03 追放
「――フィリウス、お前には失望している。それはわかっておるな?」
開口一番、玉座に座る王から男――フィリウスにそんな言葉が掛けられた。
それはフィリウスが生まれてこの方何度も、それこそ毎日の様に言われ続けて来た言葉だ。
王は続ける。
「お前の兄も弟も、5体もの人形を操る事が出来る。それでこそ、この国の王族だ。それが……お前はどうだ?」
この国――アルビオンは他国から”人形の国”と呼ばれている。
かつてこの世界に覇を唱え、一時の平和を齎した名君”人形王レインハルト”。
異名の通り”人形”を操り、それを軍勢として、彼はそれまでは数多の国々が群雄割拠していた大陸を、たった数年であるが支配した。
その”人形王”亡き後、世界は再び群雄割拠の世界となった。
”人形王”の力によって統一し齎された平和は、人形王が死ぬと直ぐに瓦解した。
この国はその”人形王”の亡き後分裂し立った国の1つだ。
それと同時に、唯一大々的に『”人形王”の血を引く王家だ』と宣言している国でもある。
この国の人間は、半数が人形を操れる。貴族位ともなれば、その100%が人形を操る事が出来る。
それは代々受け継がれてきた技だ。
他国においてはもう古い魔術の1つとされるそれを、この国は今でも受け継いでいる。
『どれ程の数の人形を、どれだけ緻密に言う事を聞かせられるか』――それがこの国においては最も重要な事だった。
そして、アルビオンの第2王子であるフィリウス・アルブの操れる数は――
「……0です」
フィリウスは俯いて答える。
横に並んでいる兄弟達が馬鹿にする様に吹き出した。
フィリウスの返答に王は――父は溜息を吐いた。
「お前の容姿はかの”人形王”そっくりだと言うのに……。暫くすればお前も人形の1体でも操れると思っていたが、期待外れだ。そしてそんな”出来損ない”を王家の列にいつまでも加えているつもりはない」
父の言葉にフィリウスは顔を上げた。
父の言っている意味が分かったからだ。
「――まさか!! 僕を除名するのですか!」
「そのまさかだ。……ラーゲ」
「はっ! そら!」
父の呼びかけに応じた第1王子にして兄であるラーゲが、嘲笑を浮かべながらフィリウスの方に麻袋を放り投げた。
ジャララ、と金属の擦れる音が立つ。
「……これは?」
「餞別……と言ってやろう。それだけあれば暫くは暮らせるであろう。お前は今日より王家の人間ではない。”ただの”フィリウスだ。王家の姓であるアルブを名乗る事は許さん。お前の婚約も――無しだ。お前にはその価値すらない。婚約者にはお前は『自分を恥じて自害した』と伝えよう。速やかに仕度を整え、何処へでも行くがよい」
「――っ!!」
フィリウスは大切な婚約者の顔を思い出す。
フィリウスの婚約者はアルビオンと国境は接していないが属国に近い関係である小国リリーズの王女だ。
フィリウスと彼女は数度会っただけで、文通ばかりという関係ではあったが、それでもかなり良好な関係を築いていた。
フィリウスにとって大事な存在だ。
「良いな?」
「……わかり、ました」
フィリウスは麻袋を拾う。
何も出来ない。
フィリウスには『王族の一員である』事以外、何も無かった。
「失礼、しますっ」
フィリウスはそう言って駆け出す。
何処へ向かうべきなのか、これからどうすれば良いのか。
分からずに涙を浮かべた儘宮殿の廊下を駆ける――と、
「きゃ?!」
トン、と誰かとぶつかる。
メイドか何かとぶつかったのだろう。
「ゴメン!!」
フィリウスは誰かも確認せず、駆け出そうとして――チラリと紅い髪が視界に映る。
その瞬間、
『――だせ』
また声がして頭痛が襲った。
その痛みを無理矢理堪え、フィリウスは駆け出す。
兎に角この宮殿にいたくなかったから。
だから
「目覚めの時は近いみたいね」
そんなぶつかった女性の呟きは、全く聞こえなかった。