第111話 星田健誠編「選ばれた男」
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「やめろ……頭がかち割れそうだ」
江戸崎は頭を押さえて悶絶しているが臣は止めずに、周りの白い空間に新たな空間を作り出していく。やがてそこは、古びた研究所へと変わっていった。研究所の中には、メガネをかけた男と、赤い液体を顕微鏡で調べる長髪の男の姿が。
「これが君の記憶、近づいても構わないよ」
と、奴が発するだけで、急に体が動かせるようになった。この真っ白な空間では奴がルールなのかもな。苦しむ江戸崎に駆け寄ったが、江戸崎は頭を押さえて発狂寸前の声を出すばかり、白目で痛みをこらえている。
「助けてくれ!」
「もう、仕方ないな」
少しすると、江戸崎の叫びが止まった。臣が江戸崎の体調を配慮してくれたのか……いや、彼はただ眠らされただけ。この空間には、俺と臣と、研究所にいる白衣を着た2人の男と、眠らされた江戸崎のみ。どうなってんだ、これも別次元の力なのか?
すると、研究所にいる男2人が話し始めた。
「稔、良子は元気か?」
「元気だ、それよりこれを見ろ。モルモットの大きさなら"爆発現象"が見られない、体内で生み出せるエネルギーに限りがあるのだろう。"アドレナリン"を同時に摂取させてみたが、結果は同じく。モルモットサイズの研究はこれで終わり、次からは他の哺乳類で試してみよう、時間がない」
メガネをかけた研究者は、赤い粉を摂取したモルモットを見て、興奮気味にもう1人の研究者に話しかけている。アドレナリンに爆発現象に、粉。これって……Dream Powderのことじゃないのか。彼らは間違いなく、DPの研究を行っている。これが、封じられた俺の記憶というのか。
机に置かれた卓上カレンダーには、2010年と書かれている。2010年からDPを研究していたのは、悪魔しかいない。悪魔の論文を記したのは、目の前にいる2人の男なのか。それにしても、見覚えのある顔だな。
「いや、次は人間で試すべきだ。もう時間がない、私がやろう」
そう言ったのは長髪の研究者、手元には赤い液体の入った試験管が。間違いない、これはDream Waterだ。ショウの瓶の中に入っていた赤い液体と同じ見た目をしている。悪魔の論文の著者は既に、Dream Waterについても調査していたのか。粉が世間に見つかる7年前というのに。
「それはダメだ、下手すれば君が死ぬんだぞ。非人道的な実験には反対する、それが私の流儀」
眼鏡をかけた研究者は必死になって止めようとしている。よく見ると、2人の白衣には名札が付いていた。近づいて見ると、長髪の男には"篠原"と書かれていた。対して眼鏡をかけた研究者の名札は茶色い液体で汚れており、視認できなかった。
篠原が手に持っているのはDream Water、飲めば一瞬にして爆散し死に至る。だから絶対に飲んではいけない、でも篠原という男は危険性を理解していない様子。
「悪用される可能性があると言ったのは君じゃないか! あれは魔法ではない、と説教しただろう」
「そうだ、しかし早まるな。モルモットはエネルギーを生み出せないだけで、人間は生み出せる。アドレナリンを含んだ他の生物では爆発を起こしただろう。小規模で済んだから良かった、しかし君は人間だ。人間がこの液体を飲めば、一瞬にして爆発する」
眼鏡をかけた研究者は必死になって止めようとしている。DPとアドレナリンの関連性を理解している辺り、只者ではない。
「そうか、君は研究を悪用するつもりか。昨日は散々、家で説教してくれたな。全ては私の研究結果を奪うためか。『研究を盗まれた気持ちなんて分からないだろう』って、どの口が言っている」
「違う。君に死んでほしくないだけだ。先月の爆発で良子は怪我をした。研究を悪用するつもりなどない、研究を奪われた苦しみは誰よりも理解しているつもりだ」
篠原は試験管を正しい位置に戻し、ビニール手袋を外してから、眼鏡の研究者の首を掴んだ。しかし彼は抵抗せずに、言葉で受け止める。
「願いを叶えたい気持ちは分かる。舞を生き返らせたい願いも。しかし君は親友だ、親友をまた失いたくない。私のわがままだ、許してくれ」
「舞の名前を軽々しく使うな、舞は私にとっての全てだ。この薬は私が発見したもの、故にどう扱ってもいいだろう、誰の許可もいらない!」
すると眼鏡をかけた男は名札をケースに置き、白衣を脱ぎ始めた。時計の針は夜6時を指している。
「また明日会おう。液体を飲めば爆散する、粉を飲めば願いは叶えられるかもしれない。どうするか、それは君が選べ。もう君の親友でもなんでもない、だから好きにしろ」
そう言って、眼鏡の男は研究所を後にした。中には篠原が1人、試験管に入ったDWを見つめている。というか、何で臣はこの記憶を見せたんだ。俺に何も関係ない、悪魔の論文の筆者の記憶じゃないか。能力を手に入れた、封じされた記憶と何か関係があるのか?
「本当に覚えてないのか……僕の名前は、篠原良太。そこに映っている男の子供であり、"アダム"に選ばれた男だ」
臣はそう言って、仮面を外した。そこにいるのは真田だ、でも違うんだろ。篠原良太、聞いたこともない。これは俺の記憶を映し出したもの、なのに何で……臣の父親が映っているんだ。それもDPの研究者、とても偶然には思えない。篠原良太、お前は一体何者なんだ。
それに、アダムに選ばれた男って何だ?
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