かげ
ボクの名前は、かげ。
ある日、ペットショップに売られていた所を飼い主さんに見つけてもらって買ってもらった。
ボクの大きさは、飼い主さんが言うには"小指の第一関節くらいの大きさ"しかない。よくわからないけど、ボクは飼い主さんよりだいぶ小さいんだ。見た目は飼い主さんそっくりだけど、色が違う。飼い主さんはカラフルだけど、ボクは真っ黒。真っ黒だから、との理由で、飼い主さんはボクの頭に青い帽子を乗せてくれた。飼い主さんの手作りらしい。
それで、今ボクは目の前にある大きな硬い入れ物を見上げて考え中。どうやって登ろうか、腕を組んでうーんと首を傾げる。
飼い主さんは"会社"という所に行っていて今は居ない。帰ってくるのは部屋の外が暗くなってからだ。それまではボクの時間。
飼い主さんに怒られない範囲でなら何をやってもいいんだ。
「………うーん」
目の前にある硬い入れ物の形は四角くて底の両側がちょっとだけ丸く、片方の側面には半分の穴が空いたアーチに似た硬いものがくっついている。
飼い主さんがいつもよくこれに何かを入れているみたいだけど、ボクはそれがなんなのか全然わからない。たまにてっぺん付近から煙みたいなものが出てる時があるけど、いつかに近づこうとしたら飼い主さんに止められた。"やけど"するかもしれないって。
"やけど"って何…?
「…つめたい」
両手を伸ばして、ぴとっと触る。
そこはひんやりと冷たくてつるつるとしていた。ボクの手は飼い主さんが言うに少しだけぺとぺとしているみたいで、ボクはその手をそこにひっつけるように置いて、試しによいしょ、と足を浮かせてみる。
すると、足はちょっとざらざらした地面から離れてボクはそれにくっついた。おー、と目を輝かせてボクはちょっとだけ浮いた足をパタパタと動かす。
これなら登れると頭の中で思った。
そしてボクはもう片方の手をそこにひっつけてそこをゆっくり登り始めた。
よいしょ、よいしょ。と、時々休憩を挟みながら登り続ける。
「よいしょ、…うーん、うーん」
登り続けて、ようやくてっぺんまで辿り着く。残り少ない力を振り絞って顔をてっぺん付近にまで押し上げれば、そこには大きな穴が広がっていた。それを見て、ボクは驚いてぴゃっと声を出しながら全身を震わせる。
「うぅ…」
なんだろう。とても怖い。
飼い主さんは、いつもこれを使って何をしているのだろう。
「………わっ!」
穴をもっとよく見てみようと、限界まで登ってみる。しかしそこでどうしてかしっかりとひっついていた手が離れて、ボクはそのまま穴の中へ落ちた。
ぺちゃ、と音を立てて落ちたそこは暗くてだいぶ狭い。ボクは落ちたそこから上を見上げて声を出した。声が響いてる。ちょっと面白い。
「…………、」
ちょこん、と座って息を吐く。
この場所は怖いけど、なんとなく落ち着く。
暗いからかな。
どっちかっていうと、ボクは明るいのより暗いのが好きだ。
「…ふあぁ~」
登ってきて疲れたのかアクビが出る。
ごろん、と寝転がってボクはゆっくりと目を閉じた。
そしてこのままボクは、飼い主さんが帰ってくるまでこの硬い入れ物の中で眠っていた。
「ただいまー、かげー。…って、あれ?マグカップの中で寝てる?…可愛いから写メ撮ってシェアしよ」