8 金色と銀色の夢
「それがお宝?」
町を出るそのときになって初めて、イヴァンはケイトにお宝を見せた。それは、銀色のカードだった。
「そう。ミカが、俺にくれた、ご褒美。ヒューマノイドのアップデートデータ」
ケイトが目を丸くする。
「ミカは晩年、各国の城や町をまわって、このデータを隠した。極秘だぜ。きっと、俺がひとりぼっちで城を壊すのを想像して、かわいそうだなって思ったんだろうなあ。実際は、相棒と楽しく旅を続けてるんだけどね」
「どんなデータを?」
「いろいろあったぜ。どのヒューマノイドも持っていないスキルとか、未発表のヒューマノイドの設計図とか。俺が好きにしていいんだって」
「今回は……?」
「ヒューマノイド専用の言語データだった。新しい言葉なんてのも、あの人は作ってたんだなあ」
ケイトが、首をかしげる。
「使わないの?」
「いるか?」
「いらない」
「だろ? 俺もいらない」
ケイトはねえ、とキースに視線を向ける。
「あなたはどうして一緒に旅を?」
「友達だから」
キースの返答に、ケイトは押し黙ってしまう。
あなたは機械だから、と置いていかれたヒューマノイドが望んでいた、ヒューマンの言葉。
「ヒューマノイドドリーム」
イヴァンが小さく笑う。
「話したじゃん? 人間と一緒に生きたい」
「……あのときあなたは、銀の閃光の夢だって」
「そ。俺の夢。こいつと一緒に生きたい。でも、正確にはそうじゃない」
イヴァンが目を閉じる。
「俺はこいつと一緒に老いて死にたい」
「老いて……死ぬ? そんなヒューマノイド、どこにも……」
いいかけて、あ、とケイトがカードを指さした。ご名答、とキースが笑う。
「俺たちは、ヒューマノイドがヒューマンと一緒に老いて死ねるアップデートデータを探してる。あるかどうかわかんねえけど。だから、ドリームなわけ」
「キースはいっつもかっこいいところ持っていっちゃうんだから」
イヴァンが笑って、手を差し出した。
「このことは、他言無用な」
ケイトが、差し出された手を握り返す。
「わかった。嘘はつけないから、聞かれたときは、無言を貫き通す」
「十分。なあ、ミカは喜ぶと思うよ。人間に捨てられたヒューマノイドは、人間の世界を転々として、ひっそりと生き延びるほかないって思ってた。でも実際は、集結して、町を作っていた。俺たちは時に、ヒューマンの想像を超える」
イヴァンは手を離し、ほい、と手のひらをケイトに向けた。
「俺は、ヒューマノイドがミカの想像を超えたとき、最高の親孝行をしてるって思うんだ」
ケイトは微笑んで、イヴァンの手にパチンと自分の手を当てた。
「きっとミカさんは、あなたが最高の友人を見つけて、一緒に旅をするってことも、考えていなかったと思う。どうか気をつけて。何かあったらいつでも連絡ちょうだい。この町は、銀の閃光と、金の眼差しの味方」
「金の眼差しぃ?」
ケイトは、キースに向かって微笑む。
「ヒューマノイドは完璧じゃない。嘘がつけないように。勘が働かないように。それをしっかりと理解している銀の閃光の相棒のことで、町の話題は持ちきりなのよ。誰がつけたのか、キースの二つ名まで広がっている」
「おい聞いたかよ、銀の閃光。最高、それ、全世界に広めるように頑張って。観光客に話して、この町には銀の閃光と金の眼差しが来たんだよって」
「金の眼差しぃ? なんだそれかっけえ! 有名になるのは俺だけで、いい」
「俺も欲しかったんだそういうやつ。最高だよなやっぱり」
もめる二人の肩を、ケイトが同時に叩く。
「ほらぁ、もう! 次の城、次の城!」
「行くぞ銀の閃光!」
「俺はお前のことを金の眼差しとはいわねえから」
言い合いをしながら、徐々に、二人は町から離れていく。
「気をつけて!」
ケイトの叫び声に、遠くになった二人は、両手をあげて返事をする。
夕焼けの中、イヴァンは立ち止まり、静かに振り返る。遠くに、大きな目玉がふたつついている城が見えた。伏せられているその目の先には、誰かがいるのかもしれない。
「どうした」
キースの質問に、いや、とイヴァンは前を向く。
「あのお城ちゃんも、町のみんなも、幸せになってほしいなって。なんか、いいことした気分だよ。お宝は空振りだったけどな」
「まさか城自身に宝の場所を教えてもらう日が来るとはな」
キースはそういって、カバンから宝物を取り出した。
銀色の、小さなカードの場所を、教えてくれたのは城だった。キースが静かに、つぶやく。
「ミカが僕を起こして、話をした、それ以来起きていなかった、ずっと寝ていた、っていってたな」
「ああ、ミカが死んじまったの伝えたら、悲しんでたな」
「そりゃあそうさ。誰だって別れるのは、辛い」
「はやく俺も年を取りてえなあ。そして、寿命を迎えたい」
「叶えような」
イヴァンは、うん、と微笑んで、キースからカードを受け取ると、高く放り投げた。
「あの町に幸あれ!」
包帯をおろし、首を静かに押す。
首にぽっかりと開いた穴が、きらきらと銀色に輝き始める。
「はなむけだ!」
銀色の閃光が、夕日を割くようにまっすぐと伸びていく。その先にあったカードは、閃光に貫かれ、跡形もなく消えていった。
イヴァンが城に目をやると、城の両目が確かにこちらを見ていた。
「お、見てくれた、かも」
「銀の閃光の話でもちきりになるぜ」
「なあ、お前ほんっとうに浮かれてるだろ、金の眼差しなんていわれてさ」
「さあ、次の町次の町!」
「おい、キース! おい!」
イヴァンとキースは、じゃれるようにもみあいながら、ゆっくりと、道を進んでいく。
夕日が沈み、静かな夜が、金色と銀色の夢を、包んでいく。
了