7 ヒューマノイドの町
イヴァンの後ろで、ライラが大きく口を開けていた。
イヴァンの首に、大きな穴があいていた。喉を貫くような、ぽっかりと開いた穴。
どういうことかと訊くと、まああとでね、とイヴァンはライラを自分の背中の後ろにやり、そうして、息を吸うように背中をのけぞらせた。すると、イヴァンの首元に光が集まっていき、直後、銀色の閃光が城の二本脚をあっという間に貫いたのだ。
「の、の、の」
イヴァンは振り返ると、ライラが目をぱちくりとさせているのを見てふふ、と笑った。その笑顔と同時に、城がずん、と音を立て、静かに着地した。
「のど、のど、のど」
「不格好だろお、ぽっかり穴が開いちゃって」
「あ、あなた、あなた」
「俺の正体はキースに聞いて。いっていいかどうかはあいつが判断する」
さて、とイヴァンは城の下部をじっと見つめた。二本の足を失いバランスを崩した城の壁から、何本もの鉄の棒が飛び出し、しっかりと地面につきささっている。
足が壊されたときを想定し、その際には城が崩れないように城自体が支えられるよう、あらかじめ設定されていたのだ。
ふう、とイヴァンはため息をつく。
「信頼してたぜ、ミカ・アカツキ」
「さ、イヴァンの元へ向かうぞ。ケイトも来るか?」
「……行っていいの?」
「もちろん。町を救ってくれたんだから、俺は君になら何を知られてもいいと思っている。君には知る権利があるとも思っている」
「何をしに行くの?」
「お宝さがしとスイッチオフ。それが終わるまでは一応、町のみんなは引き続き避難しててもらった方がいい」
イヴァンはそういって、走り始めた。待ってよ、とケイトが後を追う。ケイトがキースの背中に何を話しかけても、キースは返事をしなかった。
お宝って何よ。
あの城はもう動かないの?
スイッチって何。
「銀の閃光がイヴァンってどういうことよお!」
その質問にだけ、キースは少し、反応した。振り返って、楽しそうに笑ったのだ。少年のような笑顔を浮かべて「そういうことなんだよ」と叫ぶ。
どういうことなのよ。
ケイトは質問をするのをやめて、黙って走ることにした。
「おーす、お疲れ」
キースの登場に、イヴァンは飛び跳ねて喜ぶと、キースに向かって手のひらを突き出した。イエス、とキースがハイタッチする。
「動力源とお宝の目星はついてるか?」
「ああ。まずは、動力を切ろう。今はこうしておとなしくしてるが、いつ動き出すかわからんからな。そうだ、ケイトは、全てをしる権利があると思って連れてきた」
イヴァンはちらりとケイトを見て、満足そうにうなずいた。
「いいぜ、なんてったって彼女、俺のファンだからな」
そういってげらげらと笑うイヴァンに向かって、ケイトが叫ぶ。
「あの女は? 城を買うっていっていた!」
「逃がした」
はあ? とケイトが眉を吊り上げる。
「なんでよ!」
「お前がそうやってぎゃんぎゃん怒るから」
「またあいつは悪いことをするかもしれないじゃない」
「しないって。約束した。悪いことしたら俺の追尾システムで、心臓貫くっていっておいた。半泣きで、おうちに帰っておとなしくするってよ。あの筋肉おじさんと取り巻きも、さっさとこの町から引き下がるって。それがケイトの一番の願いだったろ?」
ぐ、とケイトは唇を噛み、そうだけど、と目をそらした。
やるじゃんイヴァン、とキースがイヴァンの背中をどんと叩く。いてえよ、と笑いながら、さてと、とイヴァンは城を見上げた。
「キースの勘では、動力はどれだ?」
キースが目をぎょろぎょろと動かす。
「あの、目玉」
「起動した瞬間に動き出した目玉。特に悪さするわけでもないときたら、あれ自体が動力源となってるんじゃないかと踏んだ。きっと太陽光を取り込んでる」
「なるほどな、あの目玉を閉じてしまえば」
「万が一もなくなるだろ。城がただのガラクタになったかどうか、イヴァンにはわかるんだよな?」
「ああ」
「ねえ、二人とも、状況がいまいち読み込めないんだけれど」
階段をのぼりながら、ケイトがいった。状況ねえ、とキースが眉を吊り上げる。
「本来俺たちは、まずお宝を手に入れて、その後に城を動かし、動いたことを確認して木っ端みじんにぶっ壊す、という手順をだな」
「この城をぶっ壊すつもりだったの?」
「でもこの町の魂なんだろ? だからイヴァンが頑張ってくれた」
どうもどうも、とイヴァンが両手を前に出し、観客をなだめる俳優のようなしぐさを取る。
「……銀色の、閃光を?」
「この喉から出した」
イヴァンがのどをぐいと押すと、カチ、という音と共にのどが丸くへこみ、次の瞬間には大きな穴が現れていた。わあ、とケイトが目を丸くする。
「そ、それは」
「銀の閃光製造マシーン。俺はミカ・アカツキが最後に作ったヒューマノイド。どうしてこんな武器を俺につけたか、ケイトならもう、わかってるんじゃないか?」
ケイトは静かに目をふせると、小さな声で「城を壊すため?」とつぶやいた。「ご名答」とイヴァンが笑う。
「ミカは今でこそ偉人になっちまってるが、若いころは行き過ぎた発明家だった。動く城を作っては、世界各地に点在させた。そのすべてが、攻撃的なものだった。スイッチ一つで町を破壊しまくる。しかも普段はおとなしく城の格好をしているという代物だ」
「どうしてそんなものを?」
「手っ取り早く認められるには、攻撃的なものがいいと信じていたから。でも、その城は売れなかった。無用だと馬鹿にされた。ミカはやがて考えを改めた。役に立つものを作ろう。そうして作られたのがヒューマノイド。あとは、ご存じの通りの活躍だ。忙しすぎてうっかり忘れちまったんだと」
「……何を?」
「城を、解体するのを」
あはは、とイヴァンは笑う。
「キースに話したら、こいつは、きっとそうじゃないっていうんだ。攻撃的であっても、そうでなくても、ミカにとって城は我が子みたいに可愛いもんだったんじゃないかって」
「だから、彼女自身では破壊できず……」
「最後のヒューマノイドに、ミッションを託した。城が動くか確認して、動くのなら、壊すこと。動かなかったらぶっ壊れているってことだから、そのまま建造物として残してねってさ」
「じゃあ、お宝は?」
ケイトの質問に答える前に、お、ついた、とキースがいう。
後でな、とイヴァンは笑って、さて、と扉にふれた。
「この先が、あの目玉の部屋だ。正確には右目」
「開けるぜ」
扉を開けた先にあるものを見て、ぎゃあ、とイヴァンが叫ぶ。なんだ、とキースが覗き込み、ケイトもそれに続き、二人でぎゃあ! と声をあげた。
大きな目玉が、こちらを見ていたのだ。
「キース、どうする! こいつ、外見てたんじゃないのかよ!」
「こっちを見た理由なんてわかるか!」
「あの」
明らかな合成音に、三人は耳をそばだてた。「おにいさん、おねえさん」と合成音が続ける。しゃべってるう、とイヴァンが心底怖いという表情を浮かべ「なんですう」と合成音に向かって返事をした。
「ぼくを、とめにきたの? でんげん、おとすの?」
「そ、そうだよお。きみはお城かな? お城が話しているのかな?」
「うん。どうしてでんげんをおとすの?」
「暴れられたら困るからぁ」
「あばれないよ。ぼく、あばれるほうほうもしらないから。うごいて、みんなとおはなししたいだけだよ」
三人が黙る。
「ほんとうだよ」
念を押すように、機械音がつぶやく。
最初に笑ったのは、キースだった。続いてイヴァンが笑いだす。ケイトは、安心したように、その場に座り込んで目を閉じた。
「キース、知っているか? ミカのヒューマノイドは嘘がつけない」
「隠し事はできるけれど」
「そうだ、はは。動き回ってコミュニケーションをとる城! ヒューマノイドと変わらねえ。あの人、こんなもんを作ってたのか」
「どうする、ケイト」
ケイトが、静かに目を開ける。
「今、皆に訊いてみた。満場一致。このお城も、私たちの仲間だわ」
イヴァンが、静かに首をかしげる。ふふ、とケイトが笑う。
「この町の住人は皆、ヒューマノイドなの。ここは、ヒューマノイドの町」