5 城の目玉
ケイトが淹れてくれた紅茶に口をつけようとしていたキースが、あ、と虚空を見上げた。どうしたの、とケイトが問うと、「通信だ」とキースはカップをベッドのそばに置いてある机に置く。
「通信?」
「イヴァンからだ」
「何も音が聞こえないけれど」
「このサングラスは特殊でな。こっからイヴァンの声がするようにできてる。骨伝導? 俺にはよくわからんが、俺にしか聞こえない音でな。おいイヴァン、元気か」
イヴァンの声が、クリアな音で、イヴァンの耳にだけに届く。
『上々だぜ。城内の雑魚は全員ぶったおして、図体のでかいおっさんに、のびきってるやつを外に運んでもらってる。ただ、ひとつ問題がある』
「なんだ」
『ライラさんは立体映像。中身は子どもだった。俺のいうことを聞いてくれない。秘宝をどうしてもその目で見たいんだと』
キースが数秒黙り「子どもだった?」と眉を吊りあげる。
『ああ。七歳くらいだと思うぜ。いてえ!』
「どうした?」
『殴られた! 八歳だそうです! なぐるなクソガキ! い、いてえ!』
キースはくすりと笑って「無害なのか」と訊いた。イヴァンが叫ぶ。
『無害無害! 貧弱な頭が切れるガキだ、ガキじゃないですね! いたい! お嬢様です! 秘宝をこの目でご覧になりたいそうです、この! 殴るなクソガキ!』
「金銀財宝じゃないですよっていってやったら?」
『それでも見たいってきかねえんだ! 俺、もうどうすればいいかわかんねえよ』
あー、とキースは頭をかいて、わかったわかったとつぶやいた。
「いいよ、同行させてやれ。ただのガキみたいだし、どうせ現物を見てもそれが何かわからないだろう。イヴァンがやられなきゃいいよ。ったく、人がいいやつ」
『ありがとよ。そんじゃあ、さっそく探す。城内の地図を送るから、目星つけてくれ』
「ちなみにケイトがここにいるけれど」
『構わないよ。どうせもうすぐ俺のこともばれるだろうし』
「了解」
キースの目が、サングラスの向こう側でせわしなく動き始めるのを、ケイトは黙って見ていた。そわそわしているケイトを見て、キースは小さく笑う。
「このサングラスにな、映像が映っていて、視線で操作できるんだ。そんで、こうすると」
キースがぱっと正面を向いたその瞬間、サングラスから細い光が漏れ、宙に光の線を描き始めた。
「これは……?」
「城の見取り図。イヴァンが送ってくれた」
「ど、どうやって?」
「スキャンした」
「スキャン? 立体物を? 内部に入っただけで? そんなのどんな高性能なヒューマノイドもできないわよ!」
叫ぶケイトの横で、キースはその見取り図を隅から隅まで眺めた。多すぎる狭い部屋。不必要な階段。多角形の壁。
「相変わらず、ミカさんの作る城は芸術性が高すぎるな」
ちょっと、聞いてないわね! と叫ぶケイトの頭に向かって、キースがぴんと指をはじく。もお! と怒るケイトに笑いかけ、キースは地図に視線を戻した。
「イヴァン、お前今どこにいる?」
「この前俺たちが行った寝室」
「オッケー、そうしたら、とりあえず一番下の階まで行ってくれ。寝室出てすぐ右の階段を下りきったら、そこのすぐ右に扉があるからそこに入るんだ」
『あいよ』
イヴァンはキースに言われた通り、階段を下りきった先にある右の扉に入った。その先には、天井の低い、人が十人入れるかというような小さな部屋があった。全面レンガで、あかり一つない。
「キース、ついたぜ」
『そこにお宝かスイッチがある可能性が高い。どんな部屋だ』
「全面レンガ」
『奥の壁を調べてくれ。妙なレンガがあったらビンゴだ。なければ左、天井、床、右の順番で調べてくれ』
「わかった、二分三十秒くれ」
イヴァンは部屋に入り、奥の部屋をじっと見つめた。
「何してるの」
ライラがイヴァンの背中越しに問うてくる。「スキャン」というイヴァンのそっけない返事に、ライラは頬を膨らませたが、イヴァンは見向きもしない。
「私に手伝えること、ない?」
「黙っていてくれ」
何よ、とライラがつま先で床を叩く。少しだけ、床がへこんだ。気のせいかと思い、もう一度つま先をゆっくり押し込む。床のレンガが、どんどんへこんでいく。
「ねえ」
「うるせえ」
ライラは唇を尖らせると、つま先をぐいと床に押し込んだ。カコン、と何かがはまった音がして、直後、静かにレンガが半分に割れた。
割れた先に、小さなスイッチがあった。ライラは目を丸くして「ねえ!」ともう一度いうが、イヴァンは返事すらしない。
ライラは、静かにスイッチを押した。財宝への扉が開くものだと思っていた。
『キース! キース、キース、キース! キース!!!』
突然の大声にこめかみを押さえながら、キースは「何だ」と冷静に返事をする。
『スイッチを見つけたライラが、スイッチを』
さっとキースの顔が青ざめるのを、ケイトは見逃さなかった。どうしたの、といおうとするが、その前に、キースの手のひらに制される。
「スイッチをどうした」
『お、お、押しちまった!』
キースは立ち上がり、家から飛び出した。
城に目をやった瞬間。
城の窓が開き、その向こう側から、目玉が現れた。
「な、な、何あれ!」
キースの後ろで、ケイトが叫んだ。どうする、とキースはつぶやく。
『やばいか、やばいか! キース!』
「やばい、城に目玉がある。その城、動くかも」
しれない、という前に、城の下部から砂煙が巻き上がりはじめた。ずず、ずずず、という地鳴りと共に、ゆっくりと、城が上に伸びていく。
「あ、動くタイプだな」
キースが青ざめる。浮き上がった城の下から出てきたのは、機械仕掛けの足だった。
『揺れた揺れた揺れた揺れた』
「イヴァン、ライラお嬢さんを守りながら一分待て、俺が町の住人に避難指示を出す。その間に町のスキャンを転送してくれ。町に来たときに取っていただろ」
キースはそういうと、キースの後ろで縮みあがっているケイトの両肩をしっかりとつかんだ。
「ケイト、あの城は歩き出して、暴れる」
「どうして」
「説明はあとだ。町の人を避難させるしかない、できるだけ遠くへ。どうすれば一番早く伝達できる?」
ケイトの目が泳ぐ。無理か、とキースが思った瞬間、ケイトがうなずく。
「約束して。今から起こることを他言しない」
まっすぐなケイトの瞳を見て、キースは静かにうなずいた。
「約束する」
「町中の住人に十秒で連絡する。町から出るように言えばいい?」
十秒。その短さに驚愕しながらも、キースは静かに考える。
「……ああ、できればあの城が動き出すことも伝えてほしい」
「城が動くから逃げて、でいいわね」
ケイトはそういうと、静かに、目を閉じた。
「ケイト」
キースが声をかけると、「シッ」とキースは人差し指をたてる。
十秒きっかり。ケイトが「終わった」とつぶやいた。キースが思わず訊ねる。
「今のは……」
「ヒューマノイド間での伝達。それで済んだってことは、つまり、そういうこと。この町は、そういう町なの」
「……だからあの城が大切だったのか」
ケイトは、静かに顎を引いた。なるほどな、とキースがつぶやく。
「わかった、なるべく大破はしないようにする」