3 城の中
城に向かう途中で、なあなあ、とキースはイヴァンの肩を叩いた。
「さっきのお嬢さんのさ、目をつむって連絡を取るってやつ、何度見ても格好いいな」
キースの言葉に、イヴァンはそうか? と首を傾げた。
「格好いいよ、ヒューマノイド同士の連絡手段。何話してるか誰にも分かんないし。俺もやってみたいな」
「電話と大して変わらない気もするけどな」
イヴァンはそういいながら、ちらりと後ろを振り返った。イヴァンの様子を見て、キースは小さく眉を吊り上げる。
「気になるのか?」
「ああ、あの子、ついてこなかったのか、って」
「お嬢さんも暇じゃないんだろう」
「まあなあ」
イヴァンはうん、と伸びをして、近づいてくる城を見上げた。
「趣味のわりい城だ」
「ミカさんが若いころの作品なんだろ?」
「そうらしいな」
にたり、とイヴァンが笑う。
「でけえがらくた。壊しがいがあるってもんだ」
城の入り口に、図体のやたらにでかい男が待ち構えていた。二人の姿を見るや否や、手にしていた酒を道端に投げ捨て、なんだなんだ、と立ちあがる。
「わりいやつを絵にかいたような風貌だな」
キースのささやきにイヴァンが小さく笑う。男はにたにたと笑いながら、二人にゆっくりと近づいた。
「よう、兄ちゃんたち。どうした」
「観光しにきたんだが」
キースがいうと、それだけでげたげたと男は笑った。
「残念ながら城は封鎖中だ」
「町長に許可はもらったんだがな」
「残念ながら城は封鎖中だ」
「何だお前、それしかいえねえのか。ゲームのキャラクターかよ」
イヴァンの言葉に、あ? と男は目をひんむく。
「なんだ坊主」
「お? やるのか? 戦うか?」
「やめろ、イヴァン。しかしなるほど、町長の許可が下りても、この城の輩の許可が下りないといけないのか。よく考えてみたら、それはそうか」
「何ぶつぶついってんだ!」
うざってえ! と叫びながら、男は大きな拳を振りあげた。その拳は、まっすぐ、キースの顔面に向かっていく。
「あらら」
イヴァンが顔をしかめると同時に、男は宙に浮いていた。キースが、男の手を静かによけ、その勢いを殺さないようにしながら、静かに両手を男の腕に伸ばし、投げ飛ばしたのだ。あまりに早く、最小限の動きで投げ飛ばされた男は、何が起こったかわからないといった表情のまま、ぐるりとキースの上を舞う。
がら空きになった背中に向かって、キースの長い足が伸びた。
空中で蹴り飛ばされた男は、地面にたたきつけられて初めて叫び声をあげた。キースは容赦なく、男の背中を踏みつける。男がぐう、とうなるのを見て、イヴァンが「そこらへんにしとけよ」と苦笑した。その言葉ひとつで、キースは、はっと我に返った。
「イヴァン、ありがとう」
「いつものやつかよ」
キースが困ったように頭をかく。
「ストリートでの癖はぬけねえな。やられたら、完膚なきまでに」
ひえー、不良、とイヴァンは笑って、さてと、と城を見上げた。
「おじゃましましょうか」
「おじゃましまあす!」
イヴァンの大きな声に引き寄せられるように、城内からわらわらと屈強な男たちが現れた。
束になってかかってくる男たちを、キースが丁寧に、確実に、完膚なきまでに、容赦なく、叩き潰していく。イヴァンはその後ろで、爽快、爽快と微笑んで、静かに一点を見つめる。隙だらけのイヴァンを狙って攻撃を繰り出す男もいたが、当たり前のように、キースはそういったやつらを優先的に倒していった。イヴァンには、指一本触れさせない。無言の圧力に恐れをなし、男たちはがむしゃらに襲い掛かるのをやめてしまった。
イヴァンとキースを真ん中に、ぐるりと男たちが囲んでいる。
ぱちぱち、とイヴァンは何度か瞬きをし「スキャンおわり」とキースにだけ聞こえるようにつぶやいた。その後、あらら、と周りを見渡し、どうする、と苦笑した。
「囲まれちゃって、まあ。歓迎されてるな、俺たち」
「イヴァン、この城の部屋数はいくつだった」
「五十二。無駄に小さい部屋も入れてな。まったく、ミカ嬢は本当に趣味が悪い。絶対にいらない部屋がいくつもある」
「ひとつひとつあたるのは面倒くさい、か」
キースは、足元に転がっている男を片手でつかんで持ち上げた。
そのとき、おい、と群衆の中から声がした。キースは、それを聞き逃さない。声をあげた男を指さし、お前、と微笑む。
「お前らのボスのところまで案内してくれないか。話をしたい、暴れることはない、約束する。お前が三秒以内にイエスといわない場合は、たまたま俺の足元に転がっていた運の悪いお前の仲間の首をへし折るけどね」
キースは一息でそういったあと、手にしていた男の頭に手をやった。力を入れれば、あっという間に首が折れてしまう。
「いち、に」
「わかった」
キースは、手にしていた男をぶん、と放り投げた。
「ありがとうよ」
手際がいいねえ、とイヴァンは満足そうにうなずいた。
「さっきから騒がしいのは、君らのせいだね」
城の最上部にある部屋のドアをあけるや否や、奥から声がした。落ち着いた女性の声だ。「あの人?」とイヴァンが訊くと、ここまで二人を連れてきた男は静かにうなずいた。
「はじめまして。イヴァンです」
「キースだ」
「自己紹介をしてくれるなんて。まあ、中に入りなさいな」
部屋の奥にある大きな椅子に、女性は座っていた。顔は、影になって見えなかった。スーツを着た男性たちは皆、銃口をイヴァンとキースに向けている。二人は臆することなく、部屋の奥に入っていく。
「ここ、寝室なんじゃないの? ベッドとか置いてあったでしょ」
イヴァンの質問に、女性はくすくすと笑った。
「邪魔だったから、壊して、窓の外に放り投げたよ。町の住人がひいひいわめいて、愉快だった」
「お嬢さん、お名前は」
キースの言葉に、女性はけたけたと笑った。
「お嬢さんだなんて、口がうまいこと」
「名前は」
「ライラ」
キースはそう、と頷くと、静かにイヴァンを見つめた。イヴァンは数秒だけ虚空を見つめ、その後、キースにむかって首を横に振る。キースはうなずくと、ライラさん、と女性に向き直る。
「単刀直入にいう。お願いと忠告があってきた。お願いは、この屋敷を散策させてほしい。探しているものがある。忠告は、この城から出て行った方がいい。住むのは、お勧めしない。この城にそんな価値はない」
「価値はない城を散策したい。その矛盾。前者は本当、後者は嘘。そうだろう、キース青年」
「俺はそんなにかしこくない。嘘をつける脳みそはない。本当のことしか言っていない」
「どちらにせよ、答えはノーだ。この城はやがて私のものになるからうろうろされては困るし、出て行くつもりもない。すまないね」
あのさあ、と、イヴァンがのんきな声をだす。
「ライラさんさあ、ミカの秘宝を探しているなら、あきらめな。秘宝だなんて嘘っぱちだぜ」
城の外で、そびえたつ城壁を眺めながら、キースがうーんと首を傾げた。その横で、イヴァンが頭を抱えて座り込んでいる。
「俺ってばいつもこうだ。直球すぎた。そうだろ?」
「まあ、でも、秘宝の話をだしたら急に慌てはじめたから、よかったんじゃないか? 相手の目的がはっきりした。ライラとかいう金持ちは、城ごと買って、ミカの秘宝を探し出したいんだろ。ただのバカの金持ちが見栄を張るためだけに購入するってわけでもなさそうだ」
キースが頭をかき、眉をよせる。
「落ち込んでる場合じゃないぜ、イヴァン。秘宝のことを知っているってことは、秘宝を探し出してしまう可能性があるっつうことだ」
イヴァンは少し考えると、確かにな、と立ちあがった。
「それは面倒だ。ったく、ミカ嬢も面倒なことしてくれるぜ」
「そういう人だったんだろ。いったん宿に帰って、作戦立てるか」
「そうだな」
そういって、二人が後ろを振り向いた、その先に、大柄な男が数人、にたにたと笑って立っていた。キースもイヴァンも、静かに構える。城内で束になっておそってきたやつらとの格の違いを、一瞬にして感じとったのだ。
それでもすぐに戦闘態勢に入らなかったのは、真ん中にいる一番図体のでかい男が、人形でも持つように、ケイトの首根っこをつかんでいたためだ。
「町の奴らによお、何かあれば、俺に伝えるようにいっておいたんだ」
図体のでかい男はそういって、げらげらと笑った。
「そうしないと、ミカの肖像を壊すぜって脅してある。城の中にあるんだよ、ブスの肖像画がな。ぎゃはは。お前らはアンラッキーだったな。人間だったら嘘もつけただろうが、出会ったのがヒューマノイドだったんだから。いいよな、ヒューマノイドは単純でよ。駆け引きができねえ。プログラム通りに動きやがる」
ごめんなさい、と小さな声でケイトがつぶやいた。何度も何度もつぶやくその姿を、男は面白そうに眺めている。
「ただのロボットがうるせえよ、がたがたぬかすな。スクラップにしてリサイクルしてやるぜ」
ぎゃはは、と周りの男も笑う。
「ぐちゃぐちゃうるせえ、大男」
「ラックって名前があるんだぜ、おちびさん」
「イヴァンだ。自己紹介も済んだな、ケイトを離せ」
イヴァンが静かにそういうと、男はそうだな、と笑った。
「離してやるよ、もう用なしだ」
そういって、持っていた荷物を部屋の隅に投げるように、ケイトを放り投げた。
「ケイト!」
イヴァンが叫ぶと同時に、隣で鈍い音がした。直後、キースが崩れ落ちる。
「え……?」
ラックがげたげたと笑う。
「背後にご注意、ってとこだな。所詮はただのチンピラだ、隙がありすぎる。なあ、イヴァン少年。お前に用事があるって、ライラ様が」
「ああ」
イヴァンがにたりと笑う。
「あのばばあか。とりまきぶっ倒したキースにびびって、弱っちい俺に用事ってわけだ。いいぜ、出向いてやるよ。けばいメイクして待ってろって伝えてくれや」