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2 ヒューマノイドの夢

 二人が連れていかれたのは、ケイトの家だった。小さな家に住んでいるのは、ケイト一人のようだ。真四角の机を囲むように置かれた椅子に腰かけ、二人は小声で話していた。ケイトは、少し離れた場所でお茶をいれている。


「なあ、キース。俺、正直に話しすぎたかな? ミカ・アカツキの城、とか、馬鹿正直にいっちまった」

「ああ、確かに馬鹿正直だったが、結果オーライだ。何か秘密があるようじゃないか」

「あの名前を出したら、目の色変えたもんな。まさかだったぜ」

「声が大きいわよ」


 ケイトが少し笑って、二人に向かってそういった。うそお、と二人が顔をあげると、本当よ、とケイトが白い歯をみせる。


「ミカ・アカツキのことを知っているなんて驚いたわ。どこまで知ってるの」

「どこまでも」


 キースの軽口をケイトは鼻で笑い飛ばしながら、マグカップを三つ持ってきた。机の上に並べると、さてと、とケイトも椅子に座る。


「実際にはどこまでかしら」

「どこまでもだって」

「誕生日も?」

「俺が答える」


 イヴァンが静かにいう。


「百三十八年前の五月五日。正午ジャストに生誕。生まれた場所はここから車で二時間ほどの町、エストレリアの自宅。どうする、この先も彼女の歴史を詳しく話そうか? 歴史の教科書に載っていること以外にも?」


 ケイトはきょとんとした表情で「本当に何でもだったわ」とつぶやいた。

 やばい、やらかしたか? また、正直に話しすぎた? そう思ってイヴァンはちらりとキースを見つめた。俺は知らないというように、キースが静かに目を閉じる。

 イヴァンがケイトに視線を移すと、ケイトがきらきらと目を輝かせていた。


「す、すごいわ! 嬉しい! この町の人はみんな、あの城を誇りに思っている。発明の天才、ヒューマノイドの生みの親である、ミカ・アカツキ! 彼女の建てた城、世界に三つしかない城! 彼女、名前こそ今でも有名だわ。だって相変わらず、世の中はヒューマノイドであふれている。でも、四十年前に彼女の遺言としてヒューマノイドの生産が停止されてからは、だんだんとそういう人もいたって、歴史の一部になっていった。そう思わない?」

「すげえ早口」

「私の話したこと聞いてた?」

「聞いてたよ。そして同感だ。ミカ・アカツキは偉大な人だ」

「その通り」

「その人が残した立派な城がこの町にある」

「そうなの!」


 キースが片目を開けて、にやりと笑った。


「しかしお嬢さんは、この町にとって誇りである城を、観光客に見てほしくない。その矛盾はどこからくる? 何があった?」


 う、とケイトが言葉を詰まらせた。いつもこうやってかっこいいところは取っていく、と、イヴァンが小さく悪態をつく。


「……一週間前くらいかしら。いつものように観光客がやってきた。私たちはいつものように歓迎した。でも、その観光客は歓迎すべき人たちではなかった。城を気に入ったから売ってくれと町長にいってきた。もちろん断った。すると今度は、城を売ってくれるまでここを動かないと、城にたてこもった」

「たてこもったあ? あの中にいるのかよ」

「そうよ。交渉しようとしても、売る気が無いとわかると追い出されて……見せしめのように、あの城のものを窓から放り投げるのよ」

「あの城の中のものも、お嬢さんたちにとっては大切なものなのか」

「あの城のものすべてが、この町のシンボルであり、宝なのよ。私たちは今、うかつにあの城に近づけない……売る気ももちろんない」


 はあ、とケイトがためいきをついた。


「銀の閃光を待つしかないって、皆がいってる」

「銀の閃光!」


 イヴァンとキースは同時に叫ぶと、身を乗りだした。


「な、何よふたりそろって」

「銀の閃光っていったな! 有名なのか」

「ゆ、有名かどうかはわからないけれど、この町の人はみんな知ってる。伝説みたいなものよ。ミカ・アカツキが残した、最後のヒューマノイド。男だって噂。どんな能力をミカが彼に授けたか、知る人はいないの。世の中に点在するヒューマノイドの運命を握るといわれていて、この町の人は、神頼みみたいにいうことがあるの」

「銀の閃光を待つしかない、って?」

 イヴァンが目を輝かせた。そうね、とケイトがいうと、よっし、とイヴァンは両手を上に突き上げる。

「な、何がそんなに嬉しいのよ」

「銀の閃光が有名なのが嬉しいんだよ。俺はそいつについて、ミカ・アカツキよりも知ってるぜ」

「会ったことがあるの?」


 今度はケイトが身を乗りだす番だった。


「本当にいるのね? 銀の閃光は?」

「ああ、いる。約束するぜ、ヒューマノイドのお嬢ちゃん」


 ケイトが、はっと息をのんだ。

 すっと身を引き、静かに構える。戦闘モードだね、とキースが茶化した。


「どうしてわかったのかって、顔に書いてあるぜ」

 イヴァンが微笑む。

「そうね。どうしてわかったの」

「経験上、なんとなくヒューマンじゃないって思ったんだ。話し方とか、仕草とかな」


 イヴァンがにやりと笑い、キースをちらりと見た。キースが、そう、そういうのを勘っていうんだよ、とでもいうように、静かに笑う。


「鎌をかけたのね」

「そうさ、大当たり。どうして、人間のふりして生活してるんだ。君の生みの親を敬愛しながら、その正体を隠しているなんて」


 ケイトはかまえた両手をほどき、自分をそっと抱きしめた。小刻みに震える姿を見て、二人はじっとだまることしかできなかった。


「……私は、農作業特化型のヒューマノイド。まだロボットって私たちが呼ばれることもあったくらい、だいぶ初期のうまれ……人間でいえば、七十を過ぎてるわ。五十のときに、私を買った人間が亡くなって、残った家族に、捨てられたのよ。引っ越すから、君はここに住み続ければいいよっていわれてね。捨てヒューマノイドとか、孤独ヒューマノイドっていうやつね。社会問題になったの、知ってる?」


 キースがうなずく。


「知ってるよ、お嬢さん。俺は、そこらの人間より、すこしだけヒューマノイドに詳しいからね。孤独になるヒューマノイドや、捨てられるヒューマノイドが多発した時代を経て……君みたいに、自分を人間だと偽って、ヒューマノイドは人間に紛れるようになっていった。そうすれば、自分は捨てられることも、孤独になることもない。その前に引っ越せばいいだけの話。人間の社会を転々とするヒューマノイドの増加。それが悲しかったミカ・アカツキは、自分の遺書に、ヒューマノイドの制作をやめるようにと書いた。悲しみの連鎖に耐えられなかった……」


 ケイトはゆっくりとマグカップに手を伸ばすと、目を伏せた。


「人間は残酷だわ。相手はしょせん機械だからと、時に、とても残酷になる」

 パキン、と音がした。

 ケイトの手にしていたマグカップの、取っ手が割れたのだ。


「私たちはただ、生きているだけなのに。一緒に生きたい、だけなのに」

「ヒューマノイドドリームだ」

 イヴァンが、笑う。


「何ですって?」

「ヒューマノイドの夢。ヒューマンと、一緒に生きたい。銀の閃光の夢でもある」

「銀の閃光の……?」

「俺たちはその夢の手がかりを探すために、ミカ・アカツキの城に入りたい」

「何をいっているのか、よく……」


 キースが「残念ながら」とイヴァンから言葉を引き継ぐ。


「今、君に説明することはできない。俺たちは、ヒューマノイドの味方で、ヒューマノイドの夢を叶えるために生きている。それを君が信じてくれるのなら、あの城の中に入れてくれ。あの城に、手掛かりがあるかもしれないんだ」

「俺たちがいえるのはそこまでだぜ」


 ケイトは混乱していた。何をいわれているのかわからない。

 それでも。

 記憶がよみがえる。さようなら、と置いていかれたあの瞬間。鮮明に残っているあの記憶。ひとりぼっちになってしまった、あの、雨の日。


「私が、ヒューマノイドが、人間のふりをして生きていかなくてもいい方法を、あなたたちは探しているの?」


 キースがうなずく。

「そんなもんだ」

「銀の閃光を待たなくても、あなたたちがあの城も、私達も、救ってくれるの?」

「それはどうかな。でも」


 イヴァンが立ちあがる。


「あの城に入れないと、俺たちは進めない。君もだろ、ケイト」

 ケイトは意を決して頷くと、少し待って、と目を閉じた。しばらくして、静かに目を開け、許可を取ったとつぶやいた。


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