1 城の町
「うひょー、でけえ城」
レンガ造りの家が並ぶのどかな町には似合わない城を見て、イヴァンは思わず声をあげた。金属をつなぎ合わせてできたようなその城は、晴れた空を背に堂々とそびえたっている。のどかな町を守っているようにも見えて、イヴァンは思わず微笑んだ。町を守る城。自分もいつかあの城のように、見ているだけで安心できるような存在になりたいと強く思った。
感動するイヴァンの横で、ふんとキースは笑って、長い指でサングラスを押し上げる。
「町の真ん中にでんと建てるとは、ミカさんも随分と趣味がいい」
「お、あれ町の真ん中にあるのか、そうなのか」
イヴァンは立ち止まると、銀色の目を大きく見開いた。瞳の中の瞳孔が、瞬時に小さくなる。数秒城を見つめた後、イヴァンはすげえや、と瞬きをした。瞳孔は、元の大きさに戻っている。
「ど真ん中にある。よくわかったな」
イヴァンがそう言ってキースを見上げると、キースは一言、「勘だよ」と笑った。その言葉に、ふむ、とイヴァンは黒色の短い髪をかきあげる。
「俺にはその勘ってやつが無いからな、いまいち感覚がわからねえ」
「勘の感覚か……経験によるところが大きいかもな。町の入り口からここまでの大体の距離と街並み、人ごみ、それから店の種類を考えて、町の大きさを推測する。それで、あの城までの距離も考える」
「それを一瞬で考えて、判断するのか。すげえや。さっき、ざっと町をスキャンしてみたんだけど——」
イヴァンが手をこめかみに当てたそのとき、あのう、と後ろから声がした。
イヴァンは動きを止め、なんだあ? とぶっきらぼうな声をあげる。キースも無言で、静かに振り向くだけだ。
その二人の無愛想さに、縮みあがる少女がいた。二人に声をかけたのを後悔するような表情に、ふ、と思わずイヴァンの頬が緩む。
「ごめんよ、お嬢さん」
「お嬢さんって……同い年くらいでしょう? 十四歳くらいでお嬢さんって、キザだわ」
少女は、長い三つ編みを指先でいじりながら、困ったようにつぶやいた。その言葉に、イヴァンは面食らったように目を丸め、キースはくすくすと笑い始める。
「十四、に、見えるよな、お嬢さん」
「見えるわよ、どう考えたって十四とか十五くらいでしょう?」
「そう見えてそいつはお嬢さんの倍は生きてる、っていったら信じるか?」
「いいえ」
「だよな、俺も信じられない。ぎゃはは!」
くそう、とイヴァンは両手で顔を覆う。
「十四か……この前の町では十六っていわれて浮かれていたんだけどな……」
「そんなに変わらないじゃない」
「二年の差は大きいんだよ、お嬢さん」
「そのお嬢さんっていうのやめて。私はケイト。あなたたちは?」
小柄な少年が「イヴァンだ」と微笑み、長い金髪を後ろで束ねている大柄な青年が「キース」と答える。
ケイトは二人をじろじろと見つめながら、
「何しにこの町に?」
と眉を吊り上げた。
「何って、観光だが?」
キースの返事に、ふうん、とケイトがうなずく。
「こんな、何もない町に?」
「あるだろう」
キースは、そういって振り返った。視線の先には、大きな城がそびえたっている。レンガの町に似合わない、鉄の塊。
「あの城目当ての観光客で儲けている町だろ、お嬢さん」
「そうね、確かにそうだわ。でも私たちは気がついたの、観光業で儲けるのは間違っていたって。私たちの町のシンボルを見に来る人を、私たちは受け入れないってことにしたの。もともと観光客も少なかったし」
ケイトはそういって、二人をにらみつけた。
「残念ながらこの町は、観光客、お断りになったのよ」
「それは困る」
イヴァンが、腰に手を当てて、堂々といいはなつ。
「何よ、偉そうに」
「困るものは、困る! 俺たちは、あの城を見に来たんだ!」
「強情ね、世界中にたくさん城なんてあるでしょう」
「ああそうだな。でも、あのミカ・アカツキの作った城は、世界に三つしかない」
ケイトの表情が凍りついたのを、二人は見逃さなかった。
どうした? とキースが声をかけるも、ケイトは押し黙ったまま動かない。まるで何かを考えているような表情を浮かべている。二人は黙って、ケイトの言葉を待った。
やがてケイトは意を決したようにうなずくと、静かにいった。
「……ただの観光客じゃないってことはわかったわ。ついてきて。場合によっては、許可がおりるかもしれないわ。外から見たいの? 中に入りたいの?」
「俺とキースで、中に入りたい」
ケイトはわかったわ、と小さくうなずいた。
「そっちが、私たちの条件を飲んだらね。ついてきて」
「サンキューな」
イヴァンは、静かに手を差し出した。驚いた様子のケイトは、それでも静かに、その手を握り返した。