特殊部隊に転属しました!
俺の名前はトオル、地球連邦防衛軍の1等兵だ。
戦争とか軍隊とかあまり考えずに入隊した俺は需品科職種になり、最後方部隊である地球の中央兵站基地の所属になった。
だがひょんなことから最前線の特殊部隊と行動をともにした結果、防衛軍初の戦闘に巻き込まれることとなった。
そのため命令違反で特殊部隊と行動をともにしたことがバレてしまい、本来なら懲戒免職になるところを特殊部隊への”懲罰転属”でチャラになった。
通常、兵卒が他部隊に転属になることはほとんどない。ましてや特殊部隊へ転属なんてよほど一本釣りでもない限りありえない。
しかも入隊して半年ちょっとの1等兵とか。
たぶん1任期でクビだな。
俺は転属先のカフェパ星系に向かう海軍の定期船の窓から、星空を眺めながら絶望感を感じていた。
俺のそんな気持ちとは関係なく、海軍の定期船は目的地に向かって進んでゆく。
定期船に使われているのは1個中隊を輸送できる小型の強襲揚陸艦だ。前回緊急補給請求のために乗った船と同じ型だ。
船に乗ってる間は何もすることがない。ワープを挟んで10日間の航海は暇だった。
俺はベッドでごろごろしながら本を読んだり動画を見たり、同室になった人とたわいのない話をしたりして過ごした。
そんな退屈な船旅のスパイスは、夕食後の”酒保”だった。
”輸送区画”という定期便のお客さんが居る区画に海軍の上等兵がやってきて、強襲揚陸作戦のときに乗客である陸軍が使う作戦室でアイスクリームやジュースなんかを売ってくれるのだ。
乗客は皆、暇なので酒保に顔を出してなんだかんだと買っていく。この売店は言ってしまえば艦の乗組員が私物でやっているサービスである。利益は艦のものになる。
なので店員の上等兵はニコニコ顔で売りさばいている。
酒保は士官、下士官関係なくやってくる。そこで俺は女性の士官候補生と仲良くなった。別にナンパしたわけじゃない。たまたま話たら同じ特殊作戦連隊に赴任することがわかったからだ。
「小隊長はどうして特殊部隊に志願したんですか?」
あ、彼女はまだ士官候補生なので小隊長ではないが、士官候補生以上中尉までの士官は小隊長と言っておけば間違いはないのでだいたいそういう。
もっと言えば知らない人に話かけるときは”班長”と声を掛けると間違いはない。何しろ伍長から大佐まで班長という職があるからだ。
「自分の可能性を追求したかったからね。あと昇任にも有利だし手当も悪くないし」
サバサバした感じで言う。さすが士官学校卒だ。というか特殊部隊を希望するくらいだから目的意識は持っているのが当たり前なんだろうな。
やがてカフェパ星に入港した。港には反重力ジープが2台迎えに来ていた。彼女は1中隊、俺は本管中隊のジープだ。
「よお、トオル1等兵」
1曹の小隊軍曹が迎えにきてくれていた。俺は本部管理中隊の補給小隊所属になる。
「お迎えありがとうございます!」
「礼には及ばんさ。万が一逃げられたら困るからな」
小隊軍曹はにやにや笑いながら言う。
「まあ冗談だ、気にするな」
うーん、読まれてる。逃げようとは思わなかったが、絶望感を持った転属であることはわかっているのだろう。あの士官候補生の子の意識とは雲泥の差だ。
ジープが走り抜けるカフェパの街はなかなか賑やかだった。色とりどりのビルが並び、歩いている人たちのファッションも垢抜けている。
そんな”娑婆”を軍用ジープで走るのは恥ずかしいものがある。まあ目立つことこのうえない。
街を過ぎてのどかな牧草地が広がる先に駐屯地があった。カフェパ駐屯地だ。営門の前には大きな駐車場が広がっていて、民間のトラックやら乗用車やらがたくさん止まっている。
工事やら納入やら契約の調整やらで入門証を貰って中に入る民間人たちのものだ。
”我らここに励みて国安らかなり”
大きな木の柱にはそう書いてあった。
カフェパ駐屯地には第7師団主力が駐屯している。そのほかに方面軍直轄部隊や軍直轄部隊なども居る巨大な駐屯地だ。
俺の行く特殊作戦連隊は第7師団の隷下だ。モエアイス方面軍第7師団第5特殊作戦連隊、これが正式名称になる。モエアイス方面軍は、モエアイス星系とカフェパ星系を束ねる上級部隊だ。
モエアイス方面軍には、モエアイス星系に第2・5師団とカフェパ星系に第7・11師団の4個師団がある。そのほかに方面軍直轄の第1砲兵団や第1戦車群などがある。
「すごい大きな駐屯地ですね」
「ああ、食堂と売店はそれぞれ4つづある。隊員は1万人以上居るしな。あ、そうそう間違ってもひとりで外柵1周駆け足しようと思うなよ。フルマラソンになっちまうからな」
どんだけでかいんだ。中央兵站基地もでかいと思ったがそこまででかくはなかった。というか大きさもさることながら人数がすごい。
駐屯地の奥のほうにある隊舎の前でジープが止まる。俺は荷物を下ろすと小隊軍曹がモータープールにジープを置きに行って帰るのを玄関で待つ。
「お待たせ。中隊長に申告だ」
小隊軍曹に促され2階に上がる。そのまま中隊長室に入ると申告をする。
「おおトオル1等兵、よく来たな。途中で逃げるんじゃないかと心配してたぞ」
少佐の中隊長はにやっと笑って手をさしのべてきた。うーん、中隊長までそう思ってたのか。
「安心しろ、冗談だ」
中隊長はそう言うと、一緒に来いと言って連隊長室につれていった。
「入ります、トオル1等兵が着任いたしました」
「おお来たか」
連隊長は椅子から立ち上がるとニコニコしながら手をさしのべてきた。特殊作戦連隊長と言われなければ普通の優しいおじさんだ。だが雲の上の中隊長を突き抜けた先、成層圏くらいの階級の大佐だ。
「は、はい。ただいま着任いたしました!よろしくお願いします」
「まあいろいろと心配してるだろうが大丈夫だ。中隊長には鍛えるように言ってあるからな」
連隊長じきじきに鍛えろと言われてるとは。だいたい1等兵ごときが着任で連隊長に引き合わされるとかありえない。士官かせいぜい上級下士官くらいだろ。目を付けられてる、もとい目をかけて頂いてるわけだ。
まあ転属の理由が理由だから当たり前だが。
挨拶が終わり連隊長室を出ると、その足で補給小隊の事務室へ連れていかれた。
「小隊長、新入りだ。よろしく頼むな」
中隊長はそう言うと俺の肩をぽんぽん叩いて出て行った。
俺は小隊長の前で直立不動になって申告した。
「よろしくな、トオル。補給小隊は見てのとおりじじいばかりだ」
窓を背にした小隊長のデスクを囲むように2列になったデスクで仕事をしているのは全員下士官で、しかも伍長ひとりを除いて1曹と2曹ばかりだった。
小隊長の言葉に、全員パソコンから目を上げずにくすっと笑った。
「なので若いのは貴重でな。兵隊はお前を含めて3人しか居ない。あとは全員下士官だ。いろいろ雑用が多いと思うが動きに期待してるぞ」
小隊長の訓示が終わると小隊軍曹からおきまりの書類作成に入る。いろいろこまごまとした注意事項などを聞き部屋に荷物を持っていき荷物整理だ。
課業終了とともに部屋に先輩達が戻って来て挨拶をする。6人部屋で本管中隊混成の営内班だ。補給小隊の先輩の上等兵のほかに衛生、通信、偵察、誘導など各小隊の上等兵や1等兵が居る。
1等兵ということは俺と同期だ。初任部隊が特殊部隊というかなりレアな奴だ。俺は先輩達に連れられて食堂や風呂に行った。俺が転属してきた理由は全員知っているはずだがそこには触れることがなかった。気を遣ってくれているのがうれしかった。
翌日から仕事を教わったが、内容は駐屯地業務隊や業者が直納してくる物品を倉庫にしまって、必要に応じて中隊が取りに来たら払い出す、というものだった。
しかし連隊全体の補給をしているのだが、ほとんどの場合は書類だけ通って中隊があちこちに自分で取りに行く形なので実際の物品を扱うことはほとんどない。なので実働する若い兵隊が3人しか居なくても問題ないってことだ。
一週間も過ぎると仕事にも慣れ、同室の先輩たちとも仲良くなった。
「特殊部隊の人たちって言うから人を殺しそうな怖いイメージだったけど、みんな優しくて良かったよ」
俺は同期のスミス1等兵に言った。彼は通信小隊の所属だった。
「そりゃ何もないのに人を殺しそうだったらただの殺人鬼じゃないか」
彼は笑いながら言う。そうそう彼は俺より6つ年上だった。大学を卒業して2年間”娑婆”で働いてから防衛軍に入隊したんだそうだ。
彼は運動が好きで、課業終了するとグラウンドに行って軽く駆け足をしてからサーキットをする。サーキットというのはバーベルや腹筋、腕立て伏せといった筋力トレーニングを効率よく行えるようにグラウンドの周りに機材が置いてあり、順番に巡るとバランスよく筋力トレーニングが出来るようになったものだ。
俺もスミスと一緒にグラウンドに行ってトレーニングする。なんと言っても今後いつになるか判らないが特殊部隊に居る以上”空挺レンジャー課程”に行ってMOSという資格を取らなければならない。これを取らないと本業である特殊作戦に参加することが出来ない。ただのお荷物ってことだ。
スミスは運動好きなうえに教え上手だった。俺の運動を見て無理なく筋力をつけるやり方や走りのフォームなどを細かく教えてくれる。
「空挺レンジャー課程は厳しいから体力をつけないとならないけどね。トオルみたいにロクに運動してこなかった奴がいきなり走り込んだり筋トレしたら体をこわしちまうからな」
スミスはそう言ってアドバイスしてくれた。
周りを見渡すとさすが特殊部隊だ。四六時中誰かが運動している。しかも闇雲に運動するのではなく体の作り方にも詳しい。
そしてスミスと運動に行くと士官下士官の区別なくスミスに話しかけてくる。運動についての意見を求めてるようである。
俺は不思議に思って顔見知りになった伍長に聞いた。
「そりゃお前、スミスみたいな奴からアドバイス貰うとか”娑婆”なら数万クレジットくらい払わないとならないからな。それがここじゃ無料だ。」
「え?どういうことですか?」
「お前スミスの前職知らないのか?奴はジムのインストラクターだったからなあ。お前みたいにつきっきりでアドバイスなんて受けたら給料二ヶ月分くらいふっとぶぞ。」
なんと!そんなにすごい人だったとは。どうりで新兵で特殊部隊に配属されるわけだ。
だが同時に不思議でもあった。なんでそんな実入りのいいインストラクターを辞めて軍隊なんかに入ったんだろう。俺はその疑問を彼にぶつけた。
「自分のジムを持ちたくてね。それで開業資金を貯めるのに入隊したんだ。」
スミスはあっさり言った。なので2任期で辞めて任満金を元手に開業するらしい。そしてそれを承知でその能力を買って特殊作戦連隊長が一本釣りしたらしい。
お互いウィンウィンということだ。
そうこうしてるうちに、だんだんと”情勢”もわかってきた。
俺がカフェパルージュで連邦軍初の”攻撃”を受けてから、連邦政府は蜂の巣をつついたような騒ぎになったらしい。弱小勢力とみられていた銀河帝国が実はかなりの大勢力になっていたことが判明したからだ。
警察が強制捜査をしようと調査を開始したところ、彼らのアジト周辺は大規模な地雷原で囲まれ砲迫や直射火器で防御されていてとても踏み込むことが出来ない状況になっていた。
そこで第7師団の半分近い部隊がカフェパルージュに派遣され、機動歩兵連隊を中心としてアジト周辺に拠点を設けて警戒するとともに、第7偵察隊とうちの連隊から派遣されている1個中隊が協同して敵陣地への潜入や威力偵察の任務についている。
銀河帝国側も動画を逐次アップして”地球連邦”がいかに辺境に対して厳しくあたっているかをアピールし、辺境星系が力を合わせて真の独立をすべきであるか訴えはじめた。
いつのまにか”皇帝”は、あの波平みたいな生身から黒い兜を被ったダーズベイダーみたいないかつい格好に変わり、なんだかそれらしく見えてきた。
皇帝が演説している広大な地下ドームらしい場所には、士官らしき人間たちが2~300人居て、そのバックには1万体くらいのロボット兵がずらりと並んでいた。
みんなは
「ありゃCGだろ」
と本気にしていないようだったが、まがりなりにも地球連邦に喧嘩を売ろうというのである、俺にはブラフには思えなかった。
とは言うものの、あれ以来大きな戦闘も起きず俺の生活も平和なものだった。
俺個人について言えば、スミスのおかげで体力がめきめき上昇していき、空挺レンジャー課程の履修条件に達していた。
「たった3ヶ月でこんなに伸びるなんて、スミスのおかげだよ」
「トオルが頑張ったからだろ。まあこれで俺も連隊長に顔がたったよ」
「やっぱり連隊長の特命だったんだ」
「特命ってほどじゃないけどな。まあたのむわって言われてたからな」
スミスは笑いながら言った。
そんなある日、俺は小隊長に呼ばれて事務所に行った。
「カフェパルージュに行ってもらいたい」
カフェパルージュには今や師団の半分以上が展開している。うちの連隊は”事件”以前から1個中隊が派遣されているが、事件以降は連隊から中隊に人員が派遣されて増強されている。
俺に関係のある後方関係としては、本来は中隊には居ない兵站を専門に見る士官として他中隊から小隊長が派遣され、固有の補給下士官の他に2名の下士官がつき、助手として兵隊が3人つけられている。
そして俺はそのうちのひとりと交代で行くということだった。
あ、そうそう。俺はこの4月に上等兵に昇任した。早いもので防衛軍入隊して1年が過ぎたわけだ。これで見た目は新兵から卒業したってわけ。
カフェパ星からカフェパルージュ星まではおなじみの海軍の小型強襲揚陸艦の定期便で5日だ。
港に着くと宿営地までの定期便として反重力3トン半が待っていた。
3トン半にごとごと揺られて半年ぶりに宿営地に来ると、以前とは全く様子が違っていた。
前は鉄条網で囲われていた外柵がコンクリートの壁に変わっていた。しかも要所要所に鉄塔が建ち、機関銃ごしに警備兵が油断なく周りを警戒していた。
宿営地も前の10倍くらいの広さになり、たくさんの気密ハットメントがずらりと並び、更にたくさんんの民間業者がいろいろな工事をしていた。
中隊長に申告し、中隊の付准尉に挨拶すると中隊本部の営内班長の1曹が営内に案内してくれた。そこで俺と交代で帰る上等兵と顔合わせする。
「申し送りはここに書いてあるから。やることは宿営地業務支援隊に行って物をもらってくるのが主任務だ。場所は申し送りに書いてあるからすぐわかるよ」
簡単な申し送りをして彼は荷物を持って足早に港へ向かった。俺が乗ってきた定期便に乗って帰るのだ。
俺は彼が使っていたベッドを使う。荷物整理をしていると課業終了のラッパが鳴る。しかし誰も戻ってこなかった。
仕方なく申し送りに書いてある地図を頼りにひとりで飯と風呂に行って戻って来ると、20時頃に同室の上等兵が戻ってきた。
「よろしくお願いします」
挨拶していろいろ話を聞くと、カフェパで見聞きするより状況は緊迫してるようだった。
特にうちの中隊は潜伏斥候として敵の基地深くまで行っているため、生の敵情報に触れる機会が多く、だいぶピリピリしている。
「うわさではここ数ヶ月以内に敵の総攻撃があるらしい」
彼は声を潜めて言った。
「海軍が機動部隊の派遣を検討しているらしい。生きて帰れるかどうか」
「そんなに切迫してるんですか」
「ああ、だから上もいろいろ忙しい。下士官ですら残業続きで帰ってくるのは消灯後だ。お前も寝れるうちに寝ておいたほうがいい」
そう言うと彼は早々に毛布に潜り込んだ。
翌日から補給下士官の指示でいろいろ飛び回る。宿営地業務支援隊からいろいろな補給物資を受領しては中隊の倉庫や器材庫に納める。
整備のために後送する装備品を逆に運んで行く。
地味な仕事だがこれがないと中隊は動けない。倉庫にぱんぱんに詰めた補給品があっというまになくなってまた補充する。中隊が動いていることを実感する。
弾薬の補給量もすごい。カフェパに居たときは射撃訓練など1~2ヶ月に1回くらいだったがここでは週に1回やる。
起床前に宿営地弾薬庫へ弾薬受領に行って器材庫に保管し監視する。
それから交代で朝飯に行って射場に弾薬を運んで射撃訓練だ。小隊は実戦に即した戦闘射撃訓練、俺たち中隊本部は基本射撃だが”空薬莢を目で追うな、撃ったら隠れろ”を徹底して言われる。
平時は薬莢回収が100%なのでなくすと大変なことになるので、どうしても撃った直後に空薬莢の行方が気になる。
あとは撃ったあとはどこに着弾したか気になるので的をじっと見てしまう。
実際に戦闘が起ったらそんなことをしては撃たれてしまう。俺みたいな若い衆なら言われて数回もすれば慣れるが、特にベテランと言われる下士官たちは苦労していた。
長年の習性を矯正するのは難しいらしい。
とにかく目がまわるほど忙しかった。俺たち下っ端だけが忙しいわけじゃない。
士官たちは調整や会議などで飛び回り課業中に姿を見かけることはなく、下士官たちも士官のサポートで書類の作成や調整などで事務所から動けない。
そういう姿を見ると俺たちも課業が終わったから帰りますなんてとても言える雰囲気じゃないし、何か手伝いをしたいと思って遅くまで雑用をこなす。
「課業終了のラッパが鳴ってからが俺の仕事さ」
夕方になってやっと席に戻って来る士官たちはそう言ってそこから計画作成や報告書作成などの事務仕事を始める。俺はコーヒーを入れたり士官事務室のゴミ捨てをするくらいしか手伝えないのがもどかしかった。
中隊は中隊本部と第1~第4小隊までの小銃小隊、いわゆるナンバー小隊と迫撃砲小隊の5個小隊ある。
2個のナンバー小隊が常時斥候として敵陣地に潜入し、1週間で次の2個小隊と交代する。迫撃砲小隊は解散し、隊員はナンバー小隊と中隊本部の増強に回されている。
斥候から帰って来た小隊は2日間の休養ののち、機動スーツなど装備品の整備や交換などの準備作業とその合間を縫って射撃訓練を行い再び斥候に行く。
ひたすらこのルーチンで任務が回っているので、俺たち中隊本部もこれに合わせて動いている。一応小隊の休養日に合わせて中隊の休養日になっているが、士官や一部の下士官は午前か午後の半日程度は自分の仕事をしている。
「段取り八分って言うだろ?準備なんていくらやってもやりすぎることはないからな。特に人命がかかってるんだから」
補給下士官の2曹はそう言って休養日にも事務所に出ていた。俺たち兵隊も、兵隊同士あうんの呼吸で午前と午後と夕方には交代で事務所に顔を出してコーヒーを入れたり事務所のゴミ捨てをしたりしていた。
俺の場合は、午前中に事務所に顔を出してコーヒーを作ったりしたあと昼飯を食べてから運動してシャワーを浴びて一息ついてから夕方また事務所に顔を出してコーヒーを入れてから夕飯を食べる。同僚の上等兵は午前中運動して昼に顔を出して20時頃顔を出して同じようなことをする。そういう棲み分けでローテしていた。
あっというまに1ヶ月がたったある日、中隊がざわつきはじめた。
中隊長以下士官や運用訓練下士官や情報下士官など主だったメンバーが中隊の作戦室に詰めて、助手の上等兵がばたばたと出入りする。
毎日20時の中隊定例会議以外でこんなことは初めてだった。
「おいトオル、業務支援隊に戦闘糧食を取りに行ってくれ」
補給下士官から指示される。
「え、受領日は明日じゃないですか?」
「急遽なんだよ。」
彼は声を潜めて言う。
「待機中の2個小隊も出るんだ」
「えっ!」
中隊全力展開ということか。これはただこごじゃない。
俺は同僚たちと反重力リアカーを引いて糧食班に向かう。宿営地全体がざわついた雰囲気だった。
トラックやジープがいつもより多く行き交い、あちこちで工事していた民間業者が建設機械をトレーラーに積んで列をなして営門から出ていく。
戦闘糧食を山のように持ち帰ると、待機中の小隊から上等兵たちが取りにきた。
「緊急出動だって?」
「ああ。今夜出発さ」
「そんな急に?」
「なんかかなりやばいらしい。地中レーダーが大規模な敵の移動を検知したとか」
俺の問いに、ひとりが声を潜めて言う。
「それってまさか?」
「わからんがな。ただ上はかなり焦っているよ」
糧食を持って行く彼らを見ながら俺は不安になった。いったいどうなるんだろう。
「中隊総員、1600(ひとろくまるまる)中隊事務室前に集合!」
気密ハットメント内の一斉放送がかかる。中隊本部と待機中の2個小隊の全員が集合する。
「諸官らに状況を説明する」
中隊長は居並ぶ隊員を見渡すと言った。
「連邦政府は、敵の動きからここ数日の間に総攻撃が行われると判断した。それに伴い本日1500をもって派遣隊に対し防衛準備命令を下達した」
全員が息をのむ。
「派遣隊も、それを受けて1510に準備命令と非常勤務態勢を下達した。今後いつ戦闘が生起するかわからない状況と考えて行動する」
中隊長は再び全員を見渡す。
「命令!中隊は派遣隊の命令に伴い行動を開始する。1小隊、2小隊、N/C(変化なし)3小隊!」
「3小隊!」
第3小隊長が返事をする。
「3小隊はハイボール髙地要域に進出、敵陣地に潜入し情報収集!」
「ハイボール髙地要域に進出し、敵陣地に潜入、情報収集!」
第3小隊長が復唱する。
「4小隊!」
「4小隊!」
「4小隊は・・・」
中隊長の命令下達が続く。
「細部指示は運用訓練士官にさせる」
中隊長はそういうと退場した。変わって運用訓練士官の大尉が前に出て、細部の指示をする。
中隊本部も含めて常時銃携行、機動スーツは起動状態にしていつでも着れるようにしておくこと、弾薬は全員BL(初度携行)分を携行すること。勤務態勢は課業時間勤務を中止し勤務表に基づいて交代勤務とする。
俺はぶるっと震えた。ガチじゃないかこれ。
命令下達が終わると中隊本部の面々は事務所に移動した。
「今、中隊長からあったように、防衛準備命令が下達された」
補給士官が補給班の面々に言った。
「戦闘糧食の追加受領、BL分の弾薬受領、機動スーツの予備燃料パックの追加受領、これらを最優先に実施する。各小隊から作業員が来るのでそれぞれを指揮して受領すること」
補給下士官たちがうなずく。それから俺たち兵隊を割り振り、小隊から来た作業員とともにそれぞれ受領に散った。
それからはてんやわんやだった。指示された物品の受領、夕飯は食いに行けないので麦缶で受領して中隊配食、2個小隊が2200に出発するので見送り、それから交代で不寝番etc
俺がやっと交代で寝れたのは夜中の3時だった。以降俺は昼の12時から18時、夜中の12時から朝6時までの勤務割で動くことになった。
俺は11時に起きると食堂に昼飯を食いにいき、12時に交代すると気密ハットメント前に掘った歩哨豪に入って警戒した。
「おい、トオル。交代をよこすから事務室に来てくれ」
他中隊から応援に来てる人事下士官の伍長に呼ばれた。
俺はやってきた2曹と交代すると、事務室に向かった。事務室にはさっきの人事伍長と俺と通信助手の上等兵が居た。
「お前達3人はこれから派遣隊司令部に行ってもらう。任務は宇宙港の警備だ」
付准尉が言う。
「今、民間人の脱出が始まっている。避難民の管理はカフェパルージュ政府が行っているが万が一敵の襲撃があった場合に備えての警備だ。お前達は派遣隊が臨時編制した警備隊に入ってもらう。よろしく頼むな」
同席していた中隊長が言う。
「わかりました」
俺たちは機動スーツを着ると小銃と弾薬を持って指示された場所に行った。ざっと5~60人くらいの人が居た。部隊毎に整列し、警備隊長の大尉に対して簡単な編成完結式をするとトラックに乗り込んで港に向かった。
「あの大尉、補給隊の人みたいだな」
隣に座った戦車部隊の伍長が隣の上等兵に話しかけた。
「顔が引きつってたぜ、大丈夫かよ」
「補給隊じゃあねえ。士官候補生学校以来戦闘訓練なんてしてないでしょうし」
「やべえな」
トラックから降りると、隊長が警戒場所を指示する。俺たち3人は入港している民間船のタラップの下を指示された。港には次々とバスがやってきて避難民を下ろしていく。港には民間船のほかに大小さまざまな海軍の強襲揚陸艦も入港していた。
避難民は指示に従い整然と船に乗り込んでいく。船がいっぱいになるとすぐに出港し、また次の船がやってくる。
「班長、ホントに撃つことになるんですかね」
通信助手の上等兵が言った。
「命令があれば撃つことになるだろうな」
「でも、俺訓練以外撃ったことないんですけど。大丈夫ですかね」
「馬鹿野郎、俺もないわ。というか撃ったことある奴なんて誰も居ないだろ」
「そうですけど」
「まあ訓練どおりにやれば大丈夫だよ」
伍長が言った。訓練とおりかあ、と上等兵が呟く。俺だって不安だけど伍長の言うとおり、訓練どおりやるしかないだろう。
「警備隊全員に連絡する!1530頃、敵が一斉攻撃を始めた!連邦政府から防衛命令が下達された!現在時をもって危害を加えてくるものに対しての発砲を許可する!」
隊長からの無線指示が飛んできた。ついに始まったのだ。
それからも避難民はぞくぞくとやってくると船に乗り込んでいった。夕方になると戦闘糧食が配られた。俺たちは交代で船の陰に隠れて飯を食う。夜中になっても避難民たちは続いていた。
「警備隊全員に連絡する!敵は第一線地域を突破した!敵の目標はこのカフェパルージュ市と思われる」
隊長からの情報が入る。
「来るのかよ」
伍長が呟く。だがまだ戦闘の影は見えない。銃声や砲声も聞こえないので現実味がない。
「交代は無しかよ。何やってんだよ隊長さんわよ」
伍長の指示で俺と上等兵は仮眠を取る。機動スーツなので立ったままでも寝れるので目立たないのは助かる。
明け方、伍長に起こされる。今度は伍長が仮眠だ。7時に起こしてくれと言うとがくっと落ちた。朝飯の戦闘糧食が配られる。朝からこれはちょっときついが12時間以上食べてないので案外食べられた。水も配られた。あわてて持って来た水筒の水はとうに切れていたので助かった。
「何人くらい避難したんだろう」
上等兵が呟く。
「ざっとですけど、俺たちが来てから5万人くらいは脱出したんじゃないですかね」
「カフェパルージュ市だけで30万人だからなあ。まだまだだな」
「持つといいんですが」
昼前に2曹と伍長ふたりがやってきた。
「交代だ」
2曹はそう言うと港の端のほうの倉庫を指さした。
「18時には戻ってこい」
俺たちは示された倉庫のほうに向かう。気密倉庫に入ると機動スーツを脱いでその場に倒れるように眠った。それ以降、俺たちは6時間シフトで警戒についた。
3日目の真夜中だった。俺たちが仮眠に入ると突然誰かに起こされた。
「街に敵がなだれ込んできた!」
俺たちはあわてて起きると機動スーツを着て港に走る。街の向こう側でドーン!ドーン!と爆発音が聞こえる。やがてバリバリという銃声も聞こえはじめた。
相変わらず避難民たちは整然とバスから降りて船に乗り込んでいく。ただ、だんだんとやってくるバスの数が減ってきた。そしてやがて新しい船もやってこなくなった。
「敵が来るぞ!」
誰かの声が無線から響いた。その直後、砲塔を後ろ向きにした戦車が港に通じる道から港に飛び込んできた。そのあとから歩兵戦闘車もやってくると、35ミリ砲を道路の奥のほうに向かってバリバリ撃ち始めた。
きゃー!という声とともに、避難民たちが1隻だけ港に残っている海軍の強襲揚陸艦めがけて走り込んでいく。俺たちはその船のランプの左右に分かれて岸壁の上に伏せる。
考えてみれば一切遮蔽物がない。銃の二脚を出すと伏せ撃ちの姿勢をとって港の入口に銃口を向ける。
戦車が道路の奥に向けて主砲を発射する。それと同時に側面が爆発する。砲塔が車体から外れて吹き飛ぶ。対戦車ミサイルが命中したようだった。
そして燃えた戦車の煙の中から金色に輝く何かが、わらわらと出て来た。
「なんだありゃあ」
上等兵が呟く。
「敵のロボット兵か?」
伍長が呆然としたように呟く。
敵のロボット兵は中隊でも教育は受けていたし、動画などで何度も見ている。鉄パイプのような細い足と腕、四角いブリキ缶のような胴体、そして頭は将棋の駒のような形で顔面にあたる部分には「歩」と書いてある。
第1印象は”馬鹿にしてるのか”というものだ。
知識では知っているがいざ対峙すると、とても現実味がない。
なだれこんで来たロボット兵の集団に向けて、歩兵戦闘車が35ミリ砲を撃ち込む。あっというまに集団はバラバラになって吹き飛ぶ。
「やった!」
俺が叫ぶと同時に、対戦車ミサイルで歩兵戦闘車が吹き飛ぶ。
ロボット兵は、あとからあとから次々となだれ込んで来る。あちこちから小銃が雨あられのようにロボット兵に向かって撃ち込まれ、ばたばたとなぎ倒していく。
俺も弾倉を付けると、こうかんを引いて弾を装填する。安全装置を”3”の位置にすると、引き金を引いた。ロボット兵の頭部に命中して吹き飛ぶ。
初めての実戦だが無我夢中で何も感じない。これで相手が人間ならどう感じたかわからないが。
「砲弾落下!」
誰かの叫びが無線で聞こえた。やがてドカーン!という音ともに破片が岸壁のコンクリートに降り注ぐ音が聞こえる。
反射的に顔を伏せ、音が止んで周りを見渡すと何体もの機動スーツが倒れたまま動かなくなっていた。
「くそっ!」
俺は頭に血が上ると、ロボット兵に向けて次々と引き金を引いた。ばたばたとロボット兵は倒れていったが、あとからあとから沸いてきた。
「掩護しろ!」
伍長が叫ぶと腰だめに銃を構えて駆けだした。上等兵もそれに続いた。
俺はセレクターを”レ”にすると引き金を引いた。あっというまに弾を撃ちつくし、弾倉を交換する。そして再び引き金を引く。視界の隅で上等兵がばったりと倒れるのが見えた。俺は怒りで頭が真っ白になった。
撃ち尽くした弾倉をリリースして捨てると、再び弾倉を装着しようと腰に手をやった。そのとき、ふわっと体を持ち上げられた感じがした。
「えっ?」
後ろを振り向くと、強襲揚陸艦のランプがゆっくりと上がり初めていた。そして俺の機動スーツの背中についている回収用の取っ手を海軍の甲板作業用パワードスーツの手が掴んでいた。
「早く乗れっ!」
彼はそう叫ぶ。
「撤退命令が出ていない!」
俺はそう言うと、体をくねらせてパワードスーツから逃げようとした。
「いいから乗れっ!」
暴れる俺を何体ものパワードスーツで抱え込む。上がる途中のランプの外側に小銃弾がかんかん音を立てて当たる。
「放せっ!俺だけ逃げるわけには行かないっ!仲間がっ!仲間が居るんだっ!」
ランプが完全に上がり、気密ロックがかかると船はがくんっという衝撃とともに上昇しはじめた。
「放してくれっ!」
暴れる俺を押さえつけながら外から機動スーツをイジェクトする。そして生身の俺をスーツから引きづり出すと何人もの海軍兵が抑えつける。
「帰してくれっ!頼むっ!」
腕にちくりと違和感を感じた。体がだんだんと重くなっていく。
「仲間を置いていけない」
俺は意識を失った。