土用の丑の日に思ったこと。「みんなスーパーで鰻を買うな! いや、お願いします!買わないでください!!」
皆さん今年は鰻を食べましたか?
7月末のある日、職場で鰻弁当を食べました。
弁当専門店の鰻弁当3,000円弱。
20数個をまとめてとったうえ、昼食時間にばらつきがあるため、私の下に届いたのは、ずいぶん時間が経ってからでした。
細長い弁当箱は2段重。片方には煮物等のおかず、メインはご飯の上にきれいに錦糸卵がかけられ、その上に斜めにスライスされた鰻が五切れ……。
悲しくなりました。
何で高いお金を払った上で、こんなみすぼらしい冷えた鰻を食べなければならないのでしょうか。これは鰻に対する冒涜だ。こう思ったら筆を取らずにはいられませんでした。
私の鰻との出会いは小学生の頃に遡ります。その頃祖父が病気になったのですが、病気の祖父に精をつけてもらおうと、祖母が定期的に町内の養魚場から鰻を買ってくるようになりました。祖母は鰻が嫌いだったため、それ以前は家で食卓に上ることはなかったのですが、こんな訳で、ある日から、我が家の食卓を定期的に鰻の蒲焼きが賑わわすことになりました。
そこで鰻に出会った私は、すっかりその虜となってしまいました。普通の子どもがカレーやハンバーグを食べたがるように、鰻の蒲焼きを食べたがる贅沢な少年の誕生でした。
ちなみに『蒲焼き』とは書きましたが、実際は、養魚場で買ってきた白焼きを自家製のたれで煮付けたもので、本当は『蒲焼き』と言うのは支障があるものでした。その上、数年前に母に聞いたところ、祖母は鰻が嫌いなので、なんと一切味見をしていなかったらしいのです。けれども、その鰻の味は私の心をとらえて止みませんでした。
その鰻も、祖父が他界し、祖母も体調を崩しがちになったことで、口にする機会は徐々に減少し、高校生の頃になると、ほとんど食卓に上がることはなくなっていました。
その後、私は地方の大学に進学し、数年間をその町で過ごすことになりました。
その町は、実家から、途中新幹線を利用してもトータル8時間以上かかる場所にあったため、大学時代はアパートで一人暮らしをすることになりました。そして、自炊のため必然的に近所のスーパーを利用するようになったのです。
今でもそうですが、どこのスーパーでも、夏になると土用の丑の日ということで、鰻のセールを行います。行きつけの近所のスーパーで、特設の鰻ブースを発見し、懐かしくなった私は、安かったC国産の鰻を購入し、鰻丼をこしらえて食べてみました。
……鰻ってこんなんだったっけ?
そこには記憶にある祖母の鰻とは似もつかない何かがありました。
C国産が良くなかったのかもしれない。そう考えた私は、駅前にある大手スーパーまで足を伸ばし、思い切って、そこで売っていたブランド鰻(!)に手を出しました。
大井川産だったか三河産だったか、忘れてしまいましたが、C国産の3倍、普通の国産鰻と比較しても、さらに5割ほど高い価格で売られていたそれを見て、これで懐かしい味がまた味わえる。いや、ブランド鰻だ。もしかしたら旨すぎてびっくりしちゃうかも。私の期待は高まるばかりでした。
家に帰り、飯を炊き、スーパーでもらった説明書き通りに鰻を調理し、炊きたてのブランド米ご飯の上に鰻を載せました。
「いただきます!」
かぐわしいにおいを放つそれに口を付けたとき、極限まで高まっていた私の期待は儚く砕け散りました。
そして、私はこう思いました。
「ブランド鰻でさえこのレベル。きっと祖母の鰻の味は、祖父と供に過ごした幼い日の幻影だったのだ。ああ、『鰻を食おう』などと思うのではなかった。私は、美しい幼い日の思い出の一つを、自らの手でつぶしてしまったのだ。もう鰻は口にするまい」
こうして、私は進んで鰻を食べるのを止めたのです。
その後、大学を卒業し、実家に戻った私でしたが、その頃には町内唯一の養魚場が店を閉めていたこともあり、30代後半に至るまで、好んで鰻を口にすることはなくなっていました。
転機が訪れたのは、転勤で以前一緒の部署にいた先輩と同じ職場になったときのことでした。その頃私は、実家を出て、別の町に住んでいたのですが、休憩中にその先輩とこんな会話をしたことが発端でした。
「鶴ちゃん(※私)。A町に住んでるんだろ? S行ったか?」
「Sってなんスか? 先輩」
「鰻屋だよ鰻屋! ほら、川沿いの」
「ああ、ありますね。でも、なんか鰻って値段の割にそんな旨い気がしないって言うか……」
「鶴ちゃん。鰻、嫌いなの?」
「いや、そんなことはないス。子どもの頃は大好きでしたし」
「じゃあ、良い鰻食ってねえんだよ!よし、俺が連れてってやるよ。S」
私はその先輩への恩を決して忘れることはないでしょう。
隣町に住む先輩と一緒に、初めて行った鰻屋Sで私は『鰻』に再会したのです。
Sの鰻は旨かった。身はふわふわ、皮はかりっとしている。タレは薄すぎず濃すぎず。肝吸いの肝は焼かれていて香ばしい。完成を待つ30分弱の間に食べた骨せんべいも旨かった。
そして、食べ終わったときには、幼い日に覚えた感動が色鮮やかに蘇っていました。祖母の作ってくれた鰻の味は、私の幻想ではなかったのです。
それからの私は、完全に鰻の虜になりました。そして、今まで食べられなかった憂さを晴らすように鰻を食べました。近隣が中心ですが30店舗以上。東京の名店も訪れましたし、京都で琵琶湖の天然物を食べたこともあります。有名店やブランド鰻の取り寄せにもチャレンジしてみました。
その結果わかったことがあります。
それは、店によって味や食感が全く違うことです。
地元のSはどちらかというとさっぱり系。蒸しと焼きの併用で2種類の食感を合わせるとともに、江戸の味を守るべくタレに砂糖を使わない(注1)のがこだわりです。
隣町の郊外にあるIは鰻を蒸さずに茹でるのが特徴です。手間が省けるせいか安いのが売り。当たり外れがあるのは残念ですが、外れても不味いわけではありませんし、当たったときは安くて旨い鰻を堪能できます。
同じく隣町の市街地のS屋は、蒸しがしっかりしていてふわふわの食感です。ブランド鰻を使用していることもあって、相当高いです。が、技術がしっかりしているため、値段相応の美味さを堪能できます。
K市のYはタレの味が濃く、ご飯が進みます。こちらは、ご飯の容器で重と丼を選べる(※鰻は一緒)のですが、できることならご飯たっぷりの鰻丼にして食べたい逸品です。
ちなみに、これらは特に良かった体験です。良かった体験があれば当然、失敗体験もあります。以下は失敗談です。
隣町では名店とされるKですが、混んでいる時間を避けようと、閉店まで1時間ほどの、夕方に訪れたところ、既に調理済みの蒲焼きが、温め直されて出てきました。なぜそんなことがわかるのかというと、目の前でそれを行っていたからです。名店の味を期待していた私は、やるせない気持ちで、その作業を見続けていました。だって見えるんだもん! 温め直しだったため待ち時間はほとんどなかったのが唯一の良い点でした。
一応Kのために弁護しておきますが、ここは強烈に人気があるため、混雑時は整理券に行列ができることもあります。少しでも客の回転をよくするため、注文を見越して作業を進めているので、きっと、この日は目算が狂って、蒲焼きを余らせしまったのでしょう。ですから、きっと混雑時に行けば、作りたてが食せるはずです。ですが、開店直後と閉店直前は別です。私は二度とその時間帯にKには行かないと決めました。
次に、K市のUですが、こちらは全て国産ウナギを使用している店(近隣の店は安いところや「並」レベルはT湾産が多い。ところどころC国産もあるらしい。)で、何度行っても鰻の味は最高です。では何が悪いかというと、ご飯の炊き方です。これは人それぞれ好みがあるからなんとも言えませんが、ここのご飯はかなり水っぽく炊かれていて、かなり軟らかいのです。そのため、タレがご飯に浸みてくれません。2度訪れて2度ともそうでしたし、知人が行った際もそうだったと聞きましたので、どうやらこの軟らかいご飯は店のポリシーなのでしょう。私は、タレご飯は鰻重(丼)の魅力の1つだと思います。そして、私はご飯がタレを吸って味がついた状態が好きなので、これ以降Uを訪れた際には、蒲焼きのみ、もしくは、蒲焼きとご飯を別に頼むようにしています。
ちなみに、これらは許容可能なケースですが、中には「金返せ!」と言いたくなるようなケースも存在します。
例えば、隣町の郊外に存在するK(※先ほどの名店とは全く別の店)では、鰻が魚であることを強く認識させられました。
鰻の蒲焼きについては、調理の過程で『蒸す』という工程が存在します。これは、身を柔らかくする。余分な脂を落とす等の目的で行われているものです(※中には別の工程でその処理を代用している店もあります)。
この工程を省略するとどうなるのでしょうか。
まず、身が引き締まりますので、ふわふわ食感ではなくなりますが、身は普通に食べることが可能です。
問題は皮です。みなさんは焼き魚を食べるとき皮を食べるでしょうか? 残すでしょうか? 普通の魚は両派に分かれると思いますが、鰻の皮はどうでしょう? おそらく鰻の皮を残す方はほとんどいないと思います。しかし、さして厚くもない鮭だの鯖だのの皮を残す方がいるのです。
ここで、鰻の皮の厚さを思い出してください。あの分厚い皮を剥かずに美味しく食べられるのは、実は適切な調理をしているからなのです。では、適切に処理をしない鰻の皮はどうなると思いますか?
狭いところをうねりながら泳いでいる魚の皮です。丈夫でないわけがありません。何もしなかった鰻の皮はゴムのように固く弾力があり、かみ切るのでさええらく難儀するような代物になります。
江戸時代の初期、鰻は骨が多く皮が堅く、脂ぎっているため、人気のない食べ物だったらしいです(※ぶつ切りや丸のままの串焼きで売られていたと鬼平犯科帳で読みましたw)。骨を処理し、皮を柔らかくし、余分な脂を落とす調理方法が開発されたからこそ人気の食材になったです。
そう、Kは、鰻が不人気だった頃の調理法の一端を体験させてくれました。これは店のポリシーによるものか、一度限りの失敗なのかは私にはわかりません。なぜなら、これ以降二度と訪れていないからです。
だってそうでしょう。1食500円や1,000円なら、またチャレンジしてみようという気にもなりますが、3,000円近い金を捨てる勇気は、私にはありません(お金持ちではないのでw)。
次に、A市のT。こちらは鰻専門店ではありませんが、独自の仕入れルートをもっており、国産鰻を使用しています。そう、素材は良いのです。何が残念なのかというと、当然調理方法です。
こちらの鰻は『蒲焼き』と称していますが、どう見ても蒲焼きには見えません。
外見は濃い焦げ茶色。タレが中まで浸みて、身の断面も濃い焦げ茶色。噛めば堅くしまった食感。味は醤油と砂糖がよく効いていて、1尾の1/4もあれば、ご飯が何杯も食べられる。
これが何かと問われたら、そう『佃煮』です。
佃煮としては旨いのですが、蒲焼きを求めているところに佃煮を出されたらどう思うでしょう。しかも、1/4サイズですら多く感じるぐらい味付けが濃いものが、1尾丸々ご飯に載っているのです。もはや完食は苦行でした。
その他にもタレと鰻のバランスが合わない店や、温め直しをするせいか、味が抜けたようになっている店も存在します。
当然ですが、鰻屋にも当たり外れがあります。しかも、鰻屋は他の料理屋と違いほぼ鰻重(鰻丼)しか出てこないので、他の料理で挽回ができません。
その上、最近のシラスウナギの不漁で、値段も馬鹿高くなっています。失敗を恐れて、あるいは少しでも安く上げようと、スーパーで済ませたくなる気持ちはよくわかります。
しかし、ちょっと待っていただきたい。スーパーの鰻は、一体いつ、どこで、誰が調理した物でしょうか?
鰻職人は熟練に大変時間がかかることで知られています。そんな熟練の職人が全てのスーパーに配属されているとはとても思えません。したがって、恐らく、スーパーの鰻のほとんどは、調理済みの物を冷凍で運んで来るのだとわかります。
最近は冷凍技術や真空パックの技術が進歩してはいますが、捌きたて、焼きたての鰻と、数日前に冷凍したり真空パックしたりした鰻が同じ味がするでしょうか。
一流の鰻屋は、注文を受けてから鰻を捌き始めることがよく知られています。これは、他の料理にも増して、鰻の味が落ちるのが速いことを示しているのではないでしょうか。
つまり、スーパーで売っている鰻は、調理済みで保管しているというだけで、きちんとした鰻屋の鰻より味が落ちることは確実なのです。
現在、養殖の鰻は、稚魚のシラスウナギの不漁が続いており、高値が続いています。このシラスウナギの不漁は末期的な物で、高値に耐えられず養殖業者が廃業しただけでなく、あまりにも獲れないので、密猟者が廃業したという話すら聞いたことがあります。天然の鰻に至っては、希少になりすぎて、天然のみで営業できる店がほぼ(注2)無くなってしまったほどです。
完全養殖に成功したというニュースはだいぶ前に話題となりましたが、採算ラインに乗るレベルではないようで、『近大マグロ』のような話は未だに聞こえてきません。
そのように希少な物を、美味しく食べないのは食材に対する冒涜ではないでしょうか。
そもそも絶滅が危惧されているのだから、一切食べなければ良いのではないかという方もいらっしゃると思います。
確かにそうすれば鰻の資源は守られるでしょう。しかし、その対策を取った場合、数年後に対策が終了したとき、ほとんどの鰻料理店は壊滅し、今まで受け継がれてきた技術も失われていることでしょう。
鰻の資源を守りつつ、技術の継承を止めないために、まだ、鰻が獲れている今だからこそ、勝負をすべきだと思います。
では、私たちは具体的に何をすべきでしょうか。それは、まず何よりも、スーパー等の大型小売店で鰻を買わないことです。(注3)
スーパーの鰻のほとんどは、前述の通り、捌いて味付けをしてから数日以上たった代物です。大抵、上手な調理の仕方を書いたリーフレットが添付されてはいますが、それを実践したところで、本来の鰻のもつ味わいの何割を再現できるか……。当然、実践せずにレンチンのみで食べようものなら、結果は惨憺たるものになることでしょう(※経験済み)。
確かにスーパーの鰻は安い。日常の中で食する物ならば安い物を買うのはよいことです。しかし、この日本で鰻を常食にしている人間が果たして何人いるでしょうか。
高騰している現在はもちろんですが、そこまで高騰していなかったはずの昭和の時代の漫画等にも、鰻は御馳走として登場します。
そう、多くの日本人にとって鰻は、御馳走なのです。そして、人によっては、ハレの日の食べ物であり、土用の丑の日を行事と考えるならば、一種の縁起物です。
常食しているならともかく、ほとんどの人にとっては年に1回の縁起物です。本当に苦しい状況なら別ですが、そうでないなら、多少奮発しても良いのではないでしょうか。
スーパーでC国産なら1,000円程度で買えますが、鰻屋で1尾分の鰻重を食べるには並レベルでも2,000円以上はかかります(注4)。しかし、この1,000円分の、味の差は馬鹿にならないほど大きいものです。鰻の味を変えるこの差は技術料の差なのです。
『縁起物』に使うお金をケチって、大して旨くない物を食べるのならば、『技術料』を加算して旨い物を食べるほうが、よっぽど人生にプラスではないでしょうか。少なくても私はそう思います。
スーパーは売れるから仕入れるのです。売れなければ当然ながら仕入れなくなります。スーパーが仕入れなくなれば、その分を鰻屋に回せます。そして、鰻屋は技術料がかかるし、大量に仕入れられるわけでもない(※鰻屋の鰻は生ものどころか生き物です)から、スーパーよりは必然的に価格が高くなります。高くなれば、当然、消費が抑えられます。消費が抑えられれば、需要が減った分、価格も抑えられますし、乱獲のリスクも減るのではないでしょうか。
このような理由から私は言うのです。本当に必要な人以外は『スーパーで鰻を買うな!』と。
しかし、昨今の新型コロナウイルス感染症の影響で、外食がままならない、外出を控えたいという方もいるでしょう。
そういう方は、できれば専門店のケータリングを利用していただきたい。その際には、遠方から取り寄せるより、近隣の評判のよい店の物を利用していただきたい。何の料理でも一緒ですが、鰻も時間が勝負。一度冷えてしまった遠方の名店のブランド鰻より、近隣の店の作りたてのT湾産鰻の方が間違いなく旨いはずです(注5)。
残念ながら、近隣に評判のよい店がないので、家で調理したいという方は、川魚料理店があれば、そこから白焼きを買ってきて、味付けをするのがベストです。それもなければ通販で白焼きを取り寄せるのがよいと思います。白焼きもなければ、蒲焼きを、と続きますが、このあたりまでくると、鰻のもつポテンシャルの何割を発揮できているかは怪しい限りです。
はっきり言いますが、取り寄せで名店の味を再現するのは不可能です。どんな名店のどんな高い鰻であっても、時が経ってしまった段階で、味はどんどん落ちていきます。個人的な事情で、今を逃せば二度と食べられないかもしれないとか、遠方の名店が閉店の危機に陥っており、存続のために買って援助したいとか、致し方ない事情があるなら仕方がないと思います。しかし、来年、再来年でも食べることが可能なら、わざわざ通販で取り寄せるよりも、近隣の店(ケータリング含む)で済ませた方が、よほど旨い鰻に出会えると思います。
鰻の産地や、有名店にこだわるのは危険です。気をつけないと、冒頭で取り上げた私の職場のような悲惨な目に遭うことになります。
ましてや、希少な天然鰻の蒲焼きを通販で取り寄せるなど愚の骨頂です。さらに、それを旨い旨いと食っている輩がいるならば、それは物の価値がわからない人間であると言っても過言ではありません。明らかに味が落ちているはずの物を旨く感じる馬鹿舌です。そんな連中に希少な天然物を与えるのは、素材に対する冒涜と言ってもよいでしょう。
物の区別のつかない人間は、それこそC国産の冷凍鰻だの、代用品の鯰の蒲焼きだのを食べていればよいのです。
そもそも、天然と養殖では、養殖の方が味が安定しているという話もあります。旬の天然鰻は確かに旨いし、自然の中で生きているので身の締まりもよいと言われています。しかし、年間を通してみると、養殖鰻の方が旨い時期が長いのだそうです(注6)。
では、天然鰻の一番の価値は一体何なのでしょうか。それは、次代の鰻の親になることだと私は考えます。
鰻の産卵場所はマリアナ海溝付近の海域であることがわかっています。
従って、養殖池の中の養殖鰻では、何らかの幸運に見舞われて養殖池から脱走できない限り、産卵場にたどり着けないので、子孫を残すことはありません。自然の中にいる天然鰻だからこそ、産卵場所までの長い道のりを泳ぎ切り、次代を残すことができるのです。
そんな貴重な天然鰻を捕獲し、宅配便で全国発送するために蒲焼きに加工し、最終的に馬鹿舌連中に食わせてしまうのは許し難い損失です。
みなさんは天然鰻を食べるならば、土用の丑の日ではなく、旬である秋に食していただきたい。そして、技術のしっかりした専門店で購入し、できることならその場で食していただきたい。
希少な天然物を訳あって食べるのですから、一番美味い時期に、一番美味しく食べてほしい。私はそう思います。
繰り返しになりますが、よほどのお金持ちかマニアでもない限り、鰻などというものは多くても年に数度の贅沢でしょう。贅沢をするのですから、スーパーの鰻などでごまかすのではなく、思い切っていただきたい。お金がないけどどうしても食べたくなったのなら、スーパーで買うよりか、牛丼屋(注7)の方がまだ良いと思います。
しかし、できることなら、鰻のもつ素材としてのポテンシャルを十分に発揮させられる場所、専門店でお召し上がりいただきたい。そして、鰻のパワーを十分に感じていただきたいのです。
最後に、一言。このシラスウナギ不漁の中、なんとか安く鰻を食卓に届けようと日夜努力されているスーパーの担当の方の努力は大変なものだと思います。頭が下がります。あなた方が悪いわけではありません。悪いのは安けりゃいいやと買ってしまう消費者です。
スーパーなどの鰻や、通販の鰻で満足している方。あなたは人生の一部を損しています。しっかりした専門の料理人がきちんと調理した鰻は本当に美味しいもの(注8)です。本当に美味しい鰻と出会ってください。みなさんが美味しい鰻とで会える日が来ることを願ってやみません。
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注1
砂糖は使わず味醂で甘みを出すため、甘さ控えめで、鰻本来の味がわかります。
注2
私は皆無だと思いますが、私が知らないだけで、どこかに存在するかもしれないので「ほぼ」を付けました。
注3
国産やT湾産はともかく、C国産の鰻は、ほとんどがヨーロッパ鰻だから大丈夫だ。と考える方がいらっしゃるかもしれませんが、ヨーロッパ鰻も資源の減少が顕著であり、対策が必要なことには変わりはありません。そして、ヨーロッパ鰻は完全養殖に成功していないことも追記しておきます。
注4
価格には地域差があります。そして、現在、「並」が存在しない店もあるので、2,000円で食べられるかは保証できません。
注5
本文中で触れた失敗店舗は別です。味付け等の好みはあると思いますが、明らかな失敗店舗を選ばないように気をつけてください。食べ○グなどのサイトなどを見るとき、マイナス評価を一度確認しておくとよいです。
注6
江戸期から続く鰻屋の主人が話していたので多分本当です。
注7
牛丼屋の鰻は半身か1/3サイズですが、1尾丸々買うより安いし、調理後冷凍して運ばれてくるスーパーの蒲焼きとは違って、真空パックなので味の落ちは比較的は小さくなっています。
注8
数年前、鰻の刺身を出せるようになったと言うニュースを耳にしました。アホか!と思いました。鰻の血液には毒があり、熱を通すことで破壊されるのです。血抜きをしたといっても、その成分を100%抜けるものでしょうか。致死量でないから毒でも食う。いかがなものかと思います。見慣れない料理を出す店は要注意です(川魚だから生は寄生虫も怖いです)。
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おまけ:鰻屋の豆知識
1 天然物と養殖物の違い。
→全体的に言うと天然物の方がさっぱりしていて、養殖物の方が脂がのっている。
天然物は秋が旬ですが、養殖技術の進歩のおかげで養殖物はいつでも品質が変わらない。
2 特上・上・並(松・竹・梅)の違い。
→基本は鰻のサイズの違い。国産・外国産併用の店は、並を外国産にしていることもあります。
3 注文した鰻が出てくるまでの時間の意味。
→鰻屋は注文を受けてから締めて捌いて焼くので、普通は20分から30分はかかります。
10分以内で出てきたら、作り置きの可能性が大。
※人気店なら流れ作業で調理しているため焼きたてが出るけれど、そうでない店は……。
4 肝吸いの意味。
→自分の今食べている鰻から取った肝であること(捌きたて)の証明。
何も言わなくても付いてくる店は、注文を受けてから捌いている可能性大。
逆に、別料金の店は、あらかじめ捌いてあった鰻を、調理している可能性があります。
※メニューの肝焼きの有無でも判断可能。メニューに有るなら、肝は別取りしています。
食には好き嫌いが付きものですので、鰻が嫌いな方に無理強いする気はありません(嫌いな方が多ければ私の分が減らないのでそれはそれでOKですw)。
このような長文を最後まで読んでくださり感謝いたします。お手数ではございますが、もしよろしければ、下の評価ボタンで評価していただけましたら幸いです。
2022.10追記
本文中の天然鰻についての部分を修正しました。読者の方からご指摘があました。調べてみると、どうやら、川を遡上する鰻はニホンウナギの全てではなく、一生を海で過ごす『海ウナギ』の割合が相当数に登るようです。従って、他の絶滅危惧種と、ニホンウナギのケースは少々異なり、川でほとんど獲れなくなったからと言って、簡単に絶滅するものではなさそうです。ですから、その辺りの記述を修正してあります。まずは、一安心です。
ただし、絶滅しないからと言って、完全に安心して良いわけではありません。なぜなら、海ウナギは漁業の対象として決して優秀ではないからです。そもそも、底生で、群れをなさず、穴にもぐっているような魚をどうやって大量に捕獲します?
ですから、残念ながら現状では、シラスウナギを捕まえて養殖することができなければ、鰻屋さんが潰れ、伝統の味が失われてしまうことに変わりはありません。