第二話 少女と少年(1)
ここから主人公目線になります。
「あぅ?」
私は、自分の身を包む冷気によって目を覚ました。
(ここはどこだろう)
見慣れない場所だ。薄暗い。木々の間から月の光が降りそそいではいるが、それだけだ。
ふと、自分の格好を見てみた。
(あれ? 濡れてる。なんでだろう)
私の髪は濡れていた。服も湿っている。どこか池にでも落ちたのだろうか。だが、周りには池などないし、水の音もしない。
(ここにずっといるのは、無理だよね。ここは寒いし、何より食べ物がない)
どうしようか私が迷っていると、ポキッと、枝か何かを踏んだような音が聞こえた。思わずそちらに顔を向けると、そこには二人の男がいた。一人は少年。私より、少し年上に見える。もう一人は男性だ。20代半ばといったところか。白い服が薄暗い森の中で目立っていた。
「*****」
少年の方が話しかけてきた。知らない言葉だ。私は首を傾げた。
「****」
もう一度少年が話しかけてきた。今度はジェスチャーも使っている。「君は誰?」とかそういう感じに見える。私は自分の名前を言おうとして――
(あれ? 私の名前って何だっけ)
――わからなかった。
思い出せないのだ、自分の名前が。途端に不安が押し寄せてくる。
言葉で伝えるのは諦めたのか、少年が近づいてきた。
「アル」
自分を指さしてそう言っている。意味がわからない。
「アル」
まただ。取り敢えず繰り返してみる。
「ある?」
少年の顔が少しだけほころんだような気がした。
「アル」
もう一度言ってみる。少年はゆっくり頷いた。そして私の頭をゆっくりと撫でた。どうやら”アル”は少年の名前らしい。撫でられた意味がわからなくて首を傾げる私に、アルは手を差し伸ばしてきた。私は戸惑いながらも、少年――アルの手をしっかりと、掴んだ。
◇◆◇
私はよくわからないままアルに手を引かれ、ある家へとやってきた。どうやらここがアルたちの家らしい。決して大きくなければ小さくもない家だ。だが中は結構きれいで、普段からこまめに掃除されていることがわかった。
私はそのままお風呂場へと連れて行かれた。そこで男性(カエルムと言うらしい)に全身を洗われた。少し恥ずかしかったが、見慣れない物ばかりで使い方がわからず、我慢して洗ってもらった。そしてお風呂のあとは髪を乾かしてもらい、ご飯を貰った。そして、気がつけば私は布団の中にいた。近くにはアルがいて、本を読んでいた。おそらくは、食事中に寝てしまった私をここまで運んでくれたのだろう。お礼を言わないとと思うのに、瞼はどんどん下がってくる。今度こそ私は眠りの底へと沈んでいった。
◇◆◇
――少女が寝たあと、家のリビングにて
「珍しいですね。あなたが他人を家にあげるだなんて」
カエルムがアルデバランに話しかけた。
「別に。ただ興味があっただけだ」
アルデバランはいつものように素っ気なく答えた。
「ふーん。まあ、そういうことにしておきましょう」
カエルムはそう言い残してリビングを出ていこうとした。だが、その背にむけてアルデバランが言葉を放った。
「明日の朝までに絵本でも用意しとけ」
その言葉だけで全てがわかったかのように「畏まりました」と答えると、今度こそカエルムはリビングを出ていった。