第一話 森の中で
(4/13)一部大幅にカットして、第三話の方に移しました。
月が淡く周囲を照らす。昼の、あの騒がしさはなりを潜め、あたりはしんと静まり返っていた。
「………あぅ?」
どこからか、少女の声がした。それはとても小さい声で。きっと普通の者なら聞き逃してしまっただろう。だが、その声に反応した者がいた。アルデバラン・アンダーソンだ。
「おい。今、何か声がしなかったか?」
アルデバランは、自分の従者であるカエルムに尋ねた。カエルムは昔からアルデバランに仕えており、アルデバランのそばにいることを許された、ただ一人の者だ。
「え? いえ、私には声など聞こえませんでしたが……」
「そうか……」
カエルムは、自分の主の様子がいつもと違うことに気づいた。何かソワソワしている。ああ、もしかして。なんとなく勘付いたカエルムは、アルデバランに聞いてみた。
「気になるのなら、行ってみますか?」
「……別に気にしてなどいない」
「そうですか? なんだかソワソワしてますけど。それに、いつもなら声が聞こえても気にしてませんよね?」
「………いや、聞こえた声が、まだ子供の声だったからな。 だが気のせいだろう。この世界にはもう、人は生まれないからな。それに10年前にいた子供も、もう俺以外はいないはずだ」
アルデバランの言う通り、この世界にはもう、人は生まれない。それは、他の動物もまた同じ。この世界に新しい命が生まれることはもうないのだ。そればかりか、死した魂は、理性を失い、ひたすらに"生"を求める"化け物"となり、地を蔓延る。
10年前にはまだ子供もいたが、今はもう死に、"化け物"になっている。
普段はおとなしいカエルムだったが、このときは譲らなかった。自分の主であるアルデバランを引きずってまで声が聞こえたという方向へ行こうとする。
「これってお前が行きたいだけだよな。俺よりお前の方が気にしてるじゃん」
アルデバランが何か言っていたが、カエルムは聞こえてないふりをして足を進めた。
◇◆◇
果たして、そこには黒髪の美しい少女がいた。この辺りでは見ないような服を着ている。綺麗な黒髪は水に濡れていて、まだほんの幼い少女だというのに、女の色香を出していた。こちらには気づいていないようで、月を見ながらぼーっとしている。頬はほんのり赤く染まり、桜色の唇はぷっくらとしている。長いまつ毛の下には黒色の丸いつぶらな瞳があり、月の光をそこに映し出していた。暗い森の中、そこだけが光っているような、そんな感じがした。思わず前に進んで――
――ポキッ
決して大きくはなく、だが小さくもないその音は、静かな森によく響いた。そして少女はその音に驚き、アルデバランの方を向いた。