64話 最後の審判
お待たせいたしましたぁぁぁ!!!
鬱陶しいな……。
円卓の騎士は、不愉快そうに眉をひそめる。
青みがかった黒色の鎧で全身を覆い、その手には〈騎士殺しの剣〉が握られていた。
「で、お前がヴァイスハイトが言ってた大鬼皇か?」
彼の目の前に立ち塞がる巨躯の怪物。
ランスロットの三倍はありそうな背丈で、二本の角を持ち、背中にはこれまた巨大な大剣が存在をありありと主張していた。
「殺ス。全テ、叩キ斬ル……!」
不自然な口調で言葉を発したかと思った次の瞬間、鬼はランスロットに向けて攻撃を仕掛けていた。
圧倒的な質量を誇る大剣が途轍もない速さで振り下ろされる。
「全く……。短気な奴だな」
そう言って、彼は軽々と大剣を受け止めた。
一撃必殺が常であった大鬼皇は、ランスロットの反応速度と膂力に驚きながらも冷静に判断を下す。
その巨躯に見合わぬ速度で大鬼皇が後方へ飛び退き、大剣を構え直した。
「一つ聞く。お前らをここに送り込んだのは誰だ?」
ランスロットは剣の切っ先を大鬼皇へと向けて尋ねる。彼の場合、今回の事件の黒幕などはどうでも良いのだが、ヴァイスハイトから《敵から指導者の情報を聞き出せ》との指示があったため、とりあえず聞いてみたのだ。
だが——。
「貴様ナドニ教エル筋合イハナイ……!!」
と、問答無用で突撃してきた。
「なるほど。なら、もうお前に用は無い」
ランスロットは自身に統合された『武器ノ男神』を使用し、〈騎士殺しの剣〉から別の武器へと持ち替えた。
反りのある特徴的な刀身、片側だけの刃。そう、刀である。
しかも今回、取り出した刀は異世界の武人が使用していたとされる業物。
名を「菊一文字則宗」。
呼吸を整え、右手で剣の柄を軽く握る。
迫り来る大鬼皇。
それに対し、放つは最速の剣技。
「剣を振るうは我が殺意」
「敵を倒すは我が使命」
「この身は我が王の為に存在する」
大剣が再び振り下ろされるその瞬間、彼が僅かに動いた。
「〈斬り裂け、翔ける鷲を〉!」
居合術。
それは、この世界とは別の世界で生まれた武術。
相手の攻撃に対し、帯刀した状態から刀を抜き放つ動作で一撃を加える。
そのような技術を体現できたのは、彼が円卓の騎士の中で最も武勇に優れていたからであり、『武器ノ男神』との統合を経て進化したからであった。
一瞬にしてランスロットが大鬼皇の背後まで突き抜ける。
刀に一切の刃毀れは無い。
ましてや、大鬼皇の血さえ付着していなかった。
それ程までに速く斬ったのである。
「ふむ。刀ってのも存外、悪くねぇな」
刀を鞘にしまい、後ろを振り返る。
そこには断末魔を上げる暇もなく絶命した、大鬼皇の死体が転がっていた。
「やるではないか、黒騎士」
突如、聞こえる涼やかな声。
声のした方を向くと、ベルゼビュートとソルドが立っていた。
確か二人は、猪頭王の相手をしていたはずだが……と、眉を顰めるランスロット。
「そう、怪訝そうな顔をするな。猪頭王ならちゃんと倒してきた」
微笑みながらベルゼビュートが言った。
どうやら、遊んでいたわけではないようだ。
「ランスロット殿は何か聞き出せましたか?」
ソルドが尋ねる。
「いや、口を割らなかったんでぶっ殺した。そっちは?」
「こちらも情報は得られなかった。魔物の割に忠誠心だけは立派な奴らだったな」
つまり、誰も黒幕へと通じる情報は得られなかったという訳だ。
「で、あの悪魔はどうした? 姿が見当たらないが……」
あの悪魔……というのはサタンの事である。
ノアの身体に憑依し、暴れ回っていた所をガブリエルによって捕縛されていたのだが、いつの間にか見失っていたのだ。
「ああ、奴ならばゴブリンとオーク達を刈り尽くしているよ。今までの悪行を水に流す代わりに、魔物達を倒せとノアに命令されたそうだ」
「なるほど。だからさっきから戦闘音が鳴り響いてんのか」
ランスロットは納得したように言う。
「それに、ノルマを達成できなかったら永続封印されるらしい」
ベルゼビュートがさらっと告げる。
すると、遠くから悪魔の叫びが聞こえてきた。
「死ねぇぇぇぇ!!!! 雑魚どもがああぁぁぁぁ!!!!」
数秒後、一際大きな爆発音が響いたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「主人様!!」
僕がゴートとの戦いを終えると、エイルとガブリエルが駆け寄ってきた。
《ゴート・ヘルヘイトの魔力減少により、リブラの消失を確認。マモンは勝敗が決したのと同時に精神世界へと逃亡しました》
ヴァイスハイトが結果を伝えてくれた。全能力向上をしたお陰で、従者達が得た情報まで共有できるようになったらしい。
「申し訳ありません。私が相手していながら悪魔を逃すなど……」
ガブリエルが頭を下げる。
「いや、良いさ。今はもっと重要な事があるしな」
そう。今はロミアの救出が最優先なのだ。ゴートを倒して終わりではない。むしろここからが正念場である。
僕は倒れ伏したゴートに目をやった。
「まずは、ロミアの心臓を返してもらおうか」
彼の胸に右手を翳し、情報子変換を行う。
慎重に、丁寧に、彼女の心臓だけを取り出すのだ。
《[ロミア・フラクス]の心臓部の変換に成功。肉体を復元します》
戦闘前に取り込んでいた情報子と心臓を変換した情報子を用いて、ロミアの肉体を復元する。
《[ロミア・フラクス]の肉体の修復に成功。同時に物質化を実行します》
そんな声が聞こえたかと思うと、僕の体から光の粒子が溢れ出し、それらが収束して形を成した。
やがて光が収まると、そこには目を閉じて横たわるロミアがいた。
どうやら肉体の修復は完璧に成功したようだ。
後は、彼女の魂を元の場所に戻せば良いのだが……。
《[エイル]を[ノア・シャルラッハロート]に憑依させます》
次の瞬間、僕の肉体が変化した。エイルを憑依させた事で情勢のような体つきへと変化する。
頼むぞ、エイル。
《お任せを》
エイル。ヴァイスハイトによると彼女は北欧神話に登場する女神なのだそうだ。「最良の医者」と呼ばれ、死者の蘇生を行う事ができたという。
そして彼女の真価は肉体的な治療だけではなく、精神、感情、霊的な治療も可能な事であった。
「憐れむべき人の子よ、運命の枷から外れるにはまだ早い」
「愛すべき者達が待っている」
「嘆き悲しんでいる彼らの涙を拭ってあげなさい」
「さぁ、今一度その目を開き、光ある場所へと向かいたまえ」
王宮の床に浮かび上がった魔法陣が聖なる光を放つ。
柔らかく暖かな光にロミアの体が包まれていく。
そして、第二の奇跡が起きる。
「〈死者へ送る女神の慈悲〉」
光が一層強くなる。
魂を完璧に修復し、止まっていた心臓を再び鼓動させる。
進化したエイルの力は凄まじいものであった。
ロミアを包んでいた光の粒子が散っていく。
《[ロミア・フラクス]の蘇生に成功しました。[エイル]の憑依状態を解除します》
ヴァイスハイトの声さえ今は遠い。
僕は横になっているロミアを抱き起こす。
すると、ゆっくりと彼女の目が見開かれた。
「あれ……ノアさん? 私は一体……?」
「ロミア!!」
僕は彼女を抱きしめた。
その感触を、温もりをしっかりと確かめるように。
小さなその体を強く、強く抱きしめた。
「良かった……。本当に良かった……!!」
「ちょ、痛いです……、一体何があったんです?」
なすがままのロミアは問う。
僕はそれに対して、抱きしめる手を少し緩めながら聞き返した。
「お前、覚えてないのか?」
「えぇっと……。何だか、この国に来てからの記憶が曖昧な気がします……」
伏し目がちに彼女は答える。
どう言う事だろう。修復が完璧では無かったのか?
《いえ、私が意図的に殺された時の記憶だけぼかしておきました。サレア様達にも同様の処置をしております》
なるほど、そういう事か。
そこまで気を回してくれたんだな。ありがとう。
「そうか、なら良い。今はお前が生きてくれてるだけで良い」
「そ、そうですか……? まぁ、私は可愛いですからね!」
「ああ。そうだな」
「えぇ……。どうしたんです…?」
ロミアは困惑しているが構わない。
今は少しでも彼女に触れていたい。その存在を確かめていたかった。
「ぐっ……何故だ。私でも『魔道書の記憶』を奪う事でしか出来なかった死者蘇生を、お前のような奴が……?」
ゴートがうつ伏せに倒れたまま此方を見ている。
意識を取り戻したのか。
「僕は何もしてないさ。やってくれたのは僕の仲間だ」
そう。今回の事件は、僕じゃない誰かだったらもっと上手く立ち回ったはずだ。
だけど、僕が未熟な魔導師で、『知識は世界を開く鍵』を持っていたからここまで来れた。
後は、この国を元どおりにするだけだ。
「ガブリエル、この国を救う為に力を貸してくれ」
「勿論です。この身はノア様のために」
ガブリエルは大仰に頭を下げた。
四大天使が一柱。
彼女が司るのは復活、慈悲、復讐、審判。そしてある宗教において、最後の審判の際にラッパを鳴らし、死者を蘇らせる天使がガブリエルなのだ。
《[ガブリエル]を[ノア・シャルラッハロート]に憑依させます》
僕は立ち上がる。
肉体的な変化を伴うが、エイルのおかげでもう慣れてしまった。
「な、何なんだお前は……!?」
変化した僕の姿を見て、ゴートが問う。
その問いに対して答える言葉はただ一つ。
「紅目の魔導師、ノア・シャルラッハロートだ」
《[ガブリエル]の能力発動に伴い、[サタン]の魔力生成を使用します》
《……魔力が規定値に到達。能力行使が可能になりました》
《効果範囲を測定……完了》
《詠唱を開始してください。実行段階に移行します》
「神は我が力」
「我は神の左に座す者」
「世界が終焉に至る時、全てを咎から解き放とう」
王宮内、いや国中に神聖な力が満ちていく。
ゴートもそれに気づいたようだ。
「貴様、この国を助けた所で何の意味がある? この国の根底には紅目の魔導師を憎む黒い感情が渦巻いている。お前がその名を名乗るならば、暴言を吐かれることはあっても、感謝されることは絶対に無いんだぞ!?」
彼は僕に訴えた。
確かに紅目の魔導師の名を背負う以上、そうなっても仕方ないのだろう。
けど——。
「別に構わないさ。救える場所にいるのなら助けるだけだ。その為だったらどんな手段でも厭わない。それに僕のせいで失われた命だ。僕が元に戻すのは当たり前の事だろう?」
そうだ。
僕は全てを助けたい。それが無謀な幻想だとしても。
頼もしい仲間がいればきっと大丈夫だ。
さぁ、鳴らそう。
復活のファンファーレだ。
「この世全てに鳴り響け!〈最後の審判〉!!」
その瞬間、カルムメリア王国に盛大なラッパの音が響き渡った。
全てを震わす神聖な音。
それは死者の魂さえ震わす。
国民全員が深い眠りから眼を覚ますのだ。
王宮の外から、ざわめきが聞こえる。
人々の活力が伝わってくる。
《国民全員の蘇生に成功しました》
「まさか……本当に全員の蘇生を……?」
ゴートは目を大きく見開いていた。
にわかには信じられないのだろう。
だがこれは、紛れも無い事実だ。
「あぁ。僕の仲間は優秀なんだ」
僕の言葉に今度は目を丸くするゴート。
「ふ。ふはは! そうか……。私ももっと仲間を頼ればよかったのだろうか……。そうすれば、こんな事には……」
「えぇ。貴方は魔法のこと以外、眼中に無かったもの」
「フィズ……?」
いつの間にか、王座に座っていた女性がゴートの側に寄り添っていた。
「私を生き返らせるために、ここまで頑張ってくれたんでしょう? それは、本当に嬉しいわ」
「ああ。私はずっと君の事を思って……」
「でも、他の人を酷い目に遭わせたら駄目。魔法は人を助けるためにあるんだってずっと言っていたじゃない」
「けれど……!」
「もう良いのよ。私は何処へも行かないわ。だから、一緒に罪を償いましょう」
フィズという名前の女性がゴートの手を握る。
すると、彼はたかが外れたように泣き始めた。
ゴート・ヘルヘイトが犯した罪は大きい。だが彼の行動原理の奥底には、一人の愛する女性がいた。
それを忘れてはならない。
僕だって、ロミアやサレアの為なら何をするかわからないのだから。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
国民全員の蘇生を完了したため、ゴートの身柄は警吏の人達へと引き渡した。
そして、催眠をかけられていたという国王には諸々の事情を説明して、王宮を出る頃にはもうすっかり夜になっていた。
「全く……。いつまで待たせるんだよ?」
開口一番、僕に対する文句を宣うランスロット。
うん、なんだか懐かしいな。
「ロミアーー!!!!」
「うわぁぁぁ!」
という、声が聞こえた次の瞬間。
僕の隣にいたはずのロミアが消え去った。
驚いて後ろを振り向くと、彼女は悪魔として覚醒したベルゼビュートに抱きしめられていた。
「ノア、俺はノルマを達成したぜ。だから永続封印は無しだよなぁ、おい?」
そう詰め寄ってくるサタン。
だが僕とサタンの間にエイルが割り込む。
「あなたは要注意人物なんですから、あまり主人様に近づかないでください」
「あぁ? 消しとばされてぇのか?」
エイルに対して凄むサタンは背後に近づくガブリエルには気付かず——、
「はい、確保」
いい笑顔で彼女は、鳥籠のようなものにサタンを捕まえていた。
どういう仕組みなのかはわからないが、悪魔を捕縛する装置なのだろうか?
「クソがぁぁぁ!! 出しやがれ!!」
まぁ、あの形でいるのが一番安全なのかもしれない。
面白いしな。
っと、それよりも。
「みんな、聞いてくれ!!」
僕の声を聞き、その場が一瞬で静かになった。
みんなが注目しているのがわかる。
「今回の事件では、たくさん迷惑をかけてすまなかった。僕はまだまだ弱いし、魔導師として未熟だけどもっと頑張っていくから、これからもよろしく!」
上手く纏まらなかったが、伝えたい事だけは伝えた。
それで大丈夫だ。
きっとみんななら分かってくれるだろう。
「よし。じゃあ一回、ユートラス王国に帰ろう。バルファさんにお礼を言わなきゃいけないからな」
そうして僕達は歩き出した。
今までは僕とロミアだけだったけど、今日は沢山の足音が聞こえる。
前に比べると随分と賑やかな帰り道だった。
三章はこれで終了となります。
ですが、修正を行うため、変更となる場合がございます。
ご了承ください。




