07話 報告と告白
この話が抜けておりました。
なかなか大事な話だったというのに抜かしてしまって申し訳ありません!
薬草採取のクエストに出かけ、その先でゴブリンの群れと戦った後、僕達はユートラス王国の西端の街に帰還した。
森の中から街までの道のりの間、魔力切れで動けないロミアを運んでくれたのはエイルだった。
回復魔法のおかげでまともに動ける様になっていたから、僕がロミアを運ぼうとしていたのだが、それはエイルによって止められてしまった。
街に到着した僕達は、クエストの結果を報告する為に冒険者ギルドへと向かう。が、その前にロミアを宿屋まで連れて行こう。
「エイル、ロミアは先に宿屋で休ませてあげよう」
僕はロミアを軽々と抱き抱えているエイルに声をかける。
「では、私がロミア様を宿まで運びましょう」
僕が宿屋の場所を教えると、エイルは颯爽と立ち去った。
さて、なら僕は冒険者ギルドに向かおう。
朝に僕達はクエストへ出発したのだが、冒険者ギルドに着く頃にはもう夕方になっていた。
重々しい木の扉を開く。
建物の中は沢山の冒険者で溢れており、酒を飲み交わしている者や、一心不乱に食事を貪る者、クエストの報告をしている者など様々だ。
僕は他の冒険者達の間を縫い、受付まで移動する。
「お疲れ様です。薬草の納品ですよね? 」
僕を見るなり、受付嬢がそう声をかけてくれた。
「そうです。えっと、これをお願いします」
採取してきた薬草を麻袋から出す。すると、薬草の持つ独特な匂いが僕の鼻に届いた。
受付嬢は薬草の数を数え、その数がクエストの達成条件と合っているかを確かめている。
僕がその様子をじっと見ていると、彼女はおもむろに顔を上げた。
「クエストの達成条件分、しっかりありますね。これでクエストは達成です、報酬
はあちらの受付で貰うことが出来ます」
手で示された方を見ると、屈強な男がこちらの様子を伺っていた。その鋭い目つきは、完全に獲物を見る捕食者のようだった。
「そういえば、あの可愛らしい方はどうなされたんです?」
萎縮していた僕に受付嬢が質問する。
あの可愛らしい方というと、恐らくロミアの事だろう。
「ロミアは少し疲れてしまったようで、先に宿屋で休んでます」
そう答えると、彼女は安心したような表情へと変わった。
「そうなんですね、何か問題とかではなくて良かったです」
問題……か。
あるにはあったが、信じてもらえるのだろうか。新米冒険者が初めてのクエストでゴブリンキングを討伐したなんて話を。正確には僕が倒した訳でも無いのだけれど……。
まぁ、それとなく仄めかしてみようか。
「すみません、質問なのですが、ゴブリンキングっていう魔物について知りたいのですが」
ふむ。だめだった。
この僕にそれとなく仄めかすなんて高等技術は扱えない。結果的に直球の質問になってしまった。
「構いませんよ。ゴブリンキングはゴブリンの中で知性や腕力の優れた個体が進化したものの事です。特に統率力に優れ、ゴブリンやホブゴブリン達を指揮し、人里を襲ったりします。ランクでいうとBの上位からAの下位辺りでしょうね」
つまり、ゴブリンキングの討伐に必要なランクはAかBということか。
尚更、Eランクの僕が倒したなんて事は信じてもらえないだろう。
「あ、あのー、もう一つ質問なんですが、討伐系のクエストの場合はどうやって達成したかを判断するんですか?」
僕は、少しだけ声を上ずらせながら聞いてみた。
証明出来る物があれば、もしかしたら信じてもらえるのではないか、と愚考してみる。
「討伐系はモンスターの身体の一部を持ってきてもらえれば、鑑定でクエスト達成かどうかを判断する事ができます」
つまり、ゴブリンキングの一部を持ってくれば、討伐した事が認められるのか。
僕はゴブリンキングの死体から何か取ってくればよかったと後悔する。
だが、あの疲れ切った僕の頭では、そんな事思いつけるはずも無い。
「ですが、たまに嘘を付く人もいます。そういう事をする人には、冒険者資格を剥奪という処置をさせてもらっています」
「冒険者資格剥奪……。そんなに厳しいものなんですか?」
「厳しすぎる、そう思われている方がいるのも事実です。ですが、迷惑度でいったらこれが一番なんですよ。全てのクエストの情報は記録しているので、一度、処理したものをわざわざ探し出して修正するわけですから」
なるほど。確かに、そんな面倒な事が多発したら迷惑どころの話では無くなるな。
じゃあ、僕がゴブリンキングの首を持ってきたとしても嘘をついていると思われるのがオチなのだろう。
「それに死体もないからな」
どこからか声が聞こえた。
唐突な発言に僕は驚いて辺りを見渡す。
「ここだ、ここ」
足元を見ると、そこには見慣れた黒猫がいた。
「ベル、お前こんな所にいていいのか?」
てっきり、ロミアにくっついて行ったと思っていた。
「そんな事より、さっきのゴブリン達の話だ。あいつらの魂は全部私が食べてしまったから、もう何も残ってないからな」
「……え?」
「あと私の声は人間、貴様にしか聞こえていないからな」
「……え?」
僕は視線を感じ、下を向いていた顔を上げた。すると受付嬢を始め、近くにいた他の冒険者達が僕を不思議なものを見るような目で見ていた。ただでさえ僕は人からの視線が苦手なのだ。
ああ、今にも逃げ出したい。
「おい、ベル。お前そういう事は早く言って欲しかったんだが……?」
小声ではありながらも鬼気迫った表情でそう告げると、ベルは若干、引き気味に答えた。
「す、すまなかったな……」
そんな一連の流れを見ていた受付嬢は、今までになかった声音で「大丈夫ですか?」と聞いた。そこには純粋な心配の気持ちの他に、哀れみの感情があったに違いない。
「心配しないで下さい。決して動揺なんてしていませんから」
僕は何とも言えない表情をしている彼女に軽く礼をしてギルドを出た。
僕は覚束ない足取りで宿屋へと向かう。
その少し後ろで申し訳なさそうにしているベル。このままだと面倒なので、極めて明るい声で僕はベルに話題を振った。
「ベル、お前がモンスターの魂を食べる理由ってあったりするのか?」
いきなりの質問に驚いているのか、すぐには答えが返ってこない。
僕は待つ。足は動かしているけれど、耳の神経は全てベルの声へと集中させている。
少しの間を置いて、黒猫は口を開いた。
「私が悪魔だからだ」
——。
「…………悪魔?」
足を止め、振り返る。 するとそこには今までいたであろう黒猫の姿は無く、代わりに黒い衣服に身を包んだ少女が立っていた。
「あ、すいません。さっきまで、この辺りに黒猫がいませんでしたか?」
少女に尋ねてみる。全く、大事な話の途中で何処かに行ってしまうとは……。話せるだけで常識は猫程度しか無いようだ。
僕は心の中でベルを少しばかり罵りつつ、少女の返答を聞く。
「人間、そんなに死にたいならはっきり言ってくれ。今ここで消し去ってやるから」
「申し訳ありませんでした」
僕はすぐさま、頭を下げて謝罪する。
もし、目の前の少女がベルで、言っている事が真実なら、戦う前から僕に勝ち目は無い。だから、せめて殺されぬように誠意を持って謝罪した。
「おい、やめろ。地面に着きそうなほど頭を下げるな。周りの人間どもが凄い目で見ているぞ」
見なくても声の様子からベルが引いているのが伝わってくる。さすがにこれ以上続けるとベルや僕が可哀想なので、この辺にしておこう。
顔を上げて、まじまじと彼女を見る。
ロミアと同じ程の背丈でその整った顔立ちからは、悪魔的な要素は一切感じられない。むしろ、頭に生えた猫耳のおかげでとても可愛らしい事になっている。
「今は完全じゃないからこんな見た目だが、本当の私はもっと格好いいんだ」
何故か自慢げな顔をしているが、その見た目だと見栄を張っているようにしか聞こえない。
まぁ、今はそんな事はどうでもいい。
それよりも聞きたい事を質問してみよう。
「ベルが悪魔だとして、魂を食らう理由は何だ?」
「完全復活には魔物達の魂が必要だからだ」
ベルは僕の目を真っ直ぐに見据えている。
僕は目を逸らさずに、質問を重ねる。
「完全復活したい理由は?」
「あの子を守るため」
あの子、というのはロミアの事で間違いないだろう。
しかし何故、悪魔が人間の少女を守りたいなどと言うのかが分からない。
「今はこの状態を保つので精一杯だが、完全復活すれば……あの子を守る力が得られる」
「ちょっと待って欲しい。お前は悪魔なんだよな? 何でロミアを守らなきゃいけない事になる?」
「それはあの子が『魔導書の記憶』を持っているからだ」
……能力が理由なのか?
能力を欲しがっているのだろうか?
質問の答えを聞けば聞くほど、混乱していく。
「能力のせいであの子は辛い思いをしてきた。だから私は、それを悪用しようとする奴らから守らなければいけないんだ」
ベルは拳を握りしめて、僕に訴えかけた。
ロミアの能力を利用しようとした奴ら…………きっと魔法協会の事だろう。
「私の友達をもう、悲しませたくないんだ」
ロミアが宿屋で話してくれた事を思い出す。
自分が辛い時に一緒にいてくれたのはベルだと語っていた。それは本人が言っている以上、事実なのだろう。
それに、ベルの真剣な眼差しはとても嘘をついているようには見えない。彼女が悪魔だとしても、真実を語っていた様に見えた。
まぁ、簡単に言ってしまえば、ベルが僕に嘘をつく必要がないと感じたからでもあるのだが……。
「最後にひとつだけ聞かせてくれ。お前が悪魔で、ロミアを守るために完全復活を望み、魔物達の魂が必要な事までは理解した。だが、それを僕に伝えた理由が分からない。僕が質問したからって正直に答える義理は無いはずだ」
そう、僕は不思議だった。
ベルが僕を騙す理由が無いように、僕に本当の事を語る理由も無い。
「私と協力してもらいたいからだ」
ベルはその紫色の瞳で僕を見つめている。
そして僕が質問を返すより早く、彼女は言葉を続ける。
「ゴブリンとの戦いで人間、お前の能力を見た。あれはロミアの持つ『魔導書の記憶』に並ぶほど強力な力……いや、それ以上かもしれない。だから、協力してもらいたい。一緒にロミアを守ってほしい」
なるほど。確かにエイルやランスロットは強かった。けれど、あれを僕の能力と呼べるかは微妙なところだ。
それにーー
「僕でいいのか? まだロミアとは知り合って間もないが……」
「ああ、別にいい。まだ知り合って間もないあの子を、助けようとしてくれた事は事実だからな」
クッ……、小癪な。
「わかったよ、協力するよ。どのみち、ロミアには宿代を貸したままだからな」
ベルは僕の返答に笑顔を見せる。
悪魔の片鱗など一切見えないその無垢な笑顔がとても眩しい。
すると、その顔がだんだんと不定形になっていく。
……おや、視界がぼやけてきた……?
頭の中が靄がかかって、うまく思考ができない。
「おい、人間!? どうしたんだ!?」
薄れていく意識の中、ベルの慌てる声だけが頭に響いていた。