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紅目の魔導師、魔法使いと旅をする。  作者: 南雲虎之助
魔王と踊り狂う星座編
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62話 反撃の狼煙

久しぶりの投稿であります。

これからもよろしくお願いいたします!

 戦地の真中に突如現れた二人の女性。


 彼女らは姿かたちこそ人間と同じであるが、その人ならざる美貌と纏っている神聖的な雰囲気によって、二柱の悪魔は動きを止めた。


「さて。お話している時間もありませんので、これより作業を開始します」


 二人のうち一人。

 節制を司る大天使、ガブリエルはサタンに向けて宣言した。

 風が吹き、彼女の美しい月白色の髪がなびく。


 次の瞬間、サタンの周囲に無数の魔法陣が展開した。


「……!?」


 彼の顔に焦りの感情が浮かんだ。これまでの戦闘では見られなかった表情である。

 だがそれは仕方のないことだった。

 サタンの場合、たいていの魔法は術式ごと焼却して無効化するため、その効果は発揮されない。しかしながら、ガブリエルが発動したのは空間を固定する神聖魔法。

 この世界に広く普及している魔法は、大気中に含まれる魔素を魔力によって制御することで発動される。それに対し、神聖魔法とは魔族の中でも特に悪魔への対抗手段として生み出されたもので、神の名を媒介として霊子を制御することで発動される。

 そして悪魔という種族は通常、霊子へ干渉する術を持っていない。

 つまり、いくら憤怒を司る大悪魔といえども、霊子で構成された術式を焼却することは不可能なのだ。


「これすなわち神の意志。邪悪そのものである貴方が動けるはずもありません」


 冷酷に淡々と、神の左に座すものは告げる。


「さぁ、エイル。北欧神話において最良の医者と称された貴女ならば、怒りの業火に巻かれている主人の治療も可能でしょう」


 そう言ってガブリエルは微笑んだ。そこに機械的な冷たさはなく、天使としての温かな慈悲で溢れていた。


「必ず、連れ戻します……!!」


 エイルはサタンに向けて歩き出した。

 覚悟を決めた彼女の手には、一冊の魔導書。

 その魔導書の名は『知識は世界を開く鍵ヴァイスハイト・シュリュッセル』。


 この場において初めて、それは鍵としての役割を果たす。


 そう。ノア・シャルラッハロートという青年の精神世界を開くために。






◆◇◆◇◆◇◆◇◆






 熱い。熱い。熱い。


 僕の中身を満たしているのは、どうしようもない熱さと怒りのみ。

 それらはいまだに燃え盛り続け、一向に冷める気配はない。


 当然だ。


 たとえ、あのゴート・ヘルヘイトを殺したとしても、この業火が消え去ることはないのだろう。


 もう、戻らないのだから。


 こんなどうしようもない僕を、愛してくれた家族や仲間はいないのだから。


 全部、僕のせいなのだ。僕が弱かったせいで、すべてを失ったのだ。


 ……段々と、自分の意識が遠のいていく感覚に襲われる。


 あぁ、これで僕という存在さえ無くなってしまうのか。


 不甲斐ない、実に酷い最後だ。


 悔しいな……。もっと旅を続けたかった。




「「…………様!!」」





 ん? 今、どこか遠くで声が聞こえたような?


 いや、気のせいだ。死に際に幻聴でも聞こえたんだろう。




「「……様!! …………主人様!!」」




 突如として目の前に現れた金髪金眼の女騎士……? だが、背中には二枚の純白の羽が生えている。


「……って、エイル!? どうしてここに!?」


 思わず驚きの声が漏れた。

 そういえば、サタンを憑依させた瞬間から『知識は世界を開く鍵ヴァイスハイト・シュリュッセル』の一切を使用できなくなっていた。

 それは、僕の肉体をサタンが操作しているからだと思っていたが、どうやら能力そのものがここから消失していたようだ。


「主人様、どうか怒りを鎮めてください。そうでなければ、本当にロミア様を失ってしまいます」


 至極、まじめな表情で彼女は言う。

 しかし、僕にはいったい何の話をしているのかわからない。


「お、おい。エイル。詳しく説明してくれ」


 焦り始める気持ちを押さえつけ、問いかける。

 まるで彼女は、まだロミアを助けられると言っているようだった。


「承知しました。ここは、ヴァイスハイトに任せるとしましょう」


『情報共有を開始します』


 無機質な声が響く。

 それは今までに何度も聞いた声である。

 僕が頼り続けてきた、一つの能力。


知識は世界を開く鍵ヴァイスハイト・シュリュッセル』は、暴走していた間のすべての情報を僕へと流し込んだ。



 ……。


 …………。


 ………………。





『━━これが今までに起きたすべてです』



 再び、無機質な声が響いた。

 こんなもの夢物語としか考えられない。

 都合よく、誰かが夢想しただけの話にしか思えない。

 けれど、ヴァイスハイトやエイルが嘘をつく必要など無いのだ。

 つまり、サレアと子供たちは生き返り、ロミアもまだ助けられるかもしれないということ。


「でも、僕は…………もう」


 もう、目覚めることはできない。

 悪魔に魂を売ったのだから。


「ええ。主人様だけではどうにもできません」


「…………」


「ですから、私がやってきたのです。主人様の心を治療するために」


 エイルが微笑み、僕に手を伸ばす。


「行きましょう。主人様の帰りを待っている者は何も二人だけではありませんから」


 彼女の言葉が精神世界の隅々まで響き渡った。


 ━━そうか。

 あまりにも僕は独りよがりだったらしい。

 サレアやロミア以外にだって、大切な仲間がいたじゃないか。

 彼らが僕を待っている。

 なら、行くしかない。


「ロミアは助ける。そして、この国を最悪の星座から解放する。それが今の僕に課せられた使命だ」


 差し出されたエイルの手を握る。

 彼女は強くうなずき、二枚の羽を広げた。


「絶対に離さないでくださいね」


 エイルの言葉の直後、浮遊感が僕の体を襲った。


 今この時、地獄から脱出する。







◆◇◆◇◆◇◆






 ゆっくりと、目を開ける。

 しばらくぶりな自身の体の具合を確認する。

 うん。問題はないようだ。


「さて…………」


 目の前に並ぶ者たちへと視線を移す。

 エイルが僕の救出をしている間、ヴァイスハイトが全員を集めていたらしい。

 しかし、皆が進化したことは知っていたが、実際に見るともう誰が誰だかわからないな。


「全く……、とんだ人騒がせな野郎だぜ……」


 そう言いながら、痛い視線を送ってくるのはランスロット。どうやら、黒騎士の正体は彼だったようだ。全身を青みがかった黒色の鎧で固めている。今思えば、かなりひどい仕打ちをしていたように思う。


「まぁまぁ、心の内では喜んでいるのでしょう? 我も同じですからよくわかります」


 と、宥めているのがソルド。

 見た目的な変化で言えば、一番変わったのはソルドだろう。何せ、狼から青年へと変わっているのだから。

 ヴァイスハイトの情報によれば、シルフとノームの意識も彼の中に取り込まれているらしい。


「ふん。まぁ、今回ばかりは黒騎士に賛同するがな」

 黒いドレスを着た美しい女性が笑う。

 こちらはまだ、人化した姿を数回見ているため、なんとなく想像はついていたのだが、あの可愛らしい状態からここまで美しく変化するとは思っていなかった。

 彼女の名前は、ベルゼビュート。そう、ロミアが連れていたあの黒猫である。

 正体が悪魔であることは知っていたが、まさか七つの大罪の内の一つ、暴食を司る大悪魔だとは思ってもみなかった。


「で、これはどうしますか? 捨てます?」


「ふざけんな! 出せよ、おい!!」


 小さい黒い靄の入った鳥籠を目元あたりまで持ち上げ、そう尋ねるのはガブリエル。そして、籠の中で喚いているのがサタンだ。

 二人は互いを抑制しあうために『知識は世界を開く鍵ヴァイスハイト・シュリュッセル』に登録されていたのである。

 憤怒の悪魔に節制の天使。そんな規格外の二人が何故、魔導書なんかに封印されていたのかは謎だが、味方である限りは強力な戦力だ。


「サタンの件については一旦、保留だ。それよりも━━」


 と、言いかけた瞬間。

 カルムメリア王国の王城の方向から、大きな音が聞こえた。

 獣の咆哮のような、殺意のこもった音だった。


『北西部より、魔物の反応が多数。大鬼皇が一体、猪頭王が二体、その他はオークとゴブリンの群れのようです』


 ヴァイスハイトからの端的な報告を受ける。


 なるほど。敵方も決着をつけに来たか。

 それならば、こちらは全力でそれを叩き潰すとしよう。



「主人様、ご命令を」



 みんなの視線が僕に集中する。

「これで最後だ。魔術協会との決着をつける。そして、ロミアを助け出す」


「だから、力を貸してくれ」


「この悪夢から醒めるために」


 僕は言葉を紡いだ。

 うまくは言い表せないけれど、皆は分かってくれるだろう。


 もう、後ろを振り返っているような猶予など無い。


 前進以外に道はない。


「━━行くぞ!!」




 最後の戦いが今、幕を開けた。




次回より、ゴートとの最終決戦となります。

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