60話 暴食の悪魔
お待たせしましたあああ!
かなり不定期ですが、頑張って完結させるのでもう暫くお付き合い願います!!
カルムメリア王国の広場にて。
憤怒の悪魔と湖の騎士の戦いは熾烈を極めていた。
その場に響き渡るのは生体鎧と剣がぶつかり合う音のみ。
サタンは『憤怒ノ悪魔』によって、内から溢れ出る怒りの感情を全て魔素と魔力に変換している。
その魔素で造られた鎧は異常なまでの硬度を誇っており、ランスロットの剣撃にも耐えられる程だった。
対して、そのランスロットの剣というのは進化の際に統合された『武器ノ男神』と『記憶ノ女神』の権能を使用して生成した〈騎士殺しの剣〉と〈永遠に光り輝く剣〉という物。
アーサー王伝説に登場する二人の優秀な騎士。その関係性はともかく、ランスロットの剣技とガウェインの〈永遠に光り輝く剣〉の斬れ味は本物だ。それはどんな魔物でも斬り裂くはずであった。
「どうした、黒騎士? 防戦一方のようだなぁ!? おい!」
サタンが可笑しそうに笑う。
そう。ランスロットは今、七つの大罪に属する悪魔を相手にしているのだ。
そこではあらゆる常識が通用しない。
彼の持つ剣がいかに鋭くとも、それを上回る硬度の鎧を身に纏われ、彼が二本の剣を魔力によって強化しても、サタンは底無しの魔力で鎧を強化してくる。
状況は最悪と言えた。
だが、彼が未だに立っていられるのは、湖の乙女であるヴィヴィアンの加護とノアを助けたいという強い願いがあったからである。
「全く……俺じゃなかったら、こんなのすぐに諦めるだろうな……」
至って冷静に、剣を振るうランスロット。
彼は理解している、圧倒的なまでの戦闘力の差を。
けれど今の状況では、サタンを相手できるのは自分しかいないという事も等しく理解していた。
例えるなら、サタンと同様のカテゴリに属する悪魔でもない限り、互角に戦う事は無理だと考えていたのだ。
結果からすると、ランスロットのその考えは正しかった。
しかしながら、そこに間違いがあるとするならば、サタンに対抗できる者は悪魔だけではないという事。
そして、自身の知っている者の中にサタンと互角に渡り合える者がいるなど、思っていなかったという事だ。
◇◆◇◆◇◆◇
ソルドは疾駆する。
血と雨に塗れた街を駆け抜ける。
自身の主人を救うために。
今の彼は人間の姿をしているが、精霊としての能力は変わらない。というより、進化を経て全ての能力が上昇したくらいである。
故に彼は感じていた。
魔力と魔力が激しくぶつかり合う衝撃を。
焦る気持ちを押さえつけ、ベルを安全に広場まで送り届けるという任務を遂行する。
「魂は足りそうですか?」
自身の腕の中で目を閉じているベルに向けて彼は尋ねる。
ノアを救う事はロミアを救う事に直結しているのだ。
そしてその目的達成には、暴走の要因である悪魔を抑えておく必要がある。
だからこそ、ベルには完全復活してもらわなければならなかった。
「きっと、広場にある魂で足りるはずだ……」
彼女は小さな声で答える。
「そうですか。なら、もっと急ぐとしましょう。シルフ殿、ノーム殿、我に力をお貸し頂きたい」
ソルドの持つ『精霊ノ王』。
それは三人の精霊と『掟ノ女神』を統合した能力。
『掟ノ女神』を核として、三人の精霊達の力が寄り集まった物。
「任せて!!」
「もちろん、協力しよう!」
ソルドからの頼みを快く了承するシルフとノーム。
そこに上下関係なんてものは無く、彼らは対等で協力し合う仲間である。
だがしかし、何故、一つに統合したというのにそれぞれの人格が残っているのか。
それは『掟ノ女神』が核としている事が原因だった。
『掟ノ女神』の権能は自分独自の掟を定められるという物だ。
ヴァイスハイトは統合する際に“精霊の意思は残しておく”といった掟を定めていたのである。
「土を編め」
魔法発動における詠唱の第一節。
ノームの力により、土でできた円筒状の道が出現する。
「氷を写せ」
第二節の段階で、その土の筒の内側が凍りついていく。
ソルドは筒状の道の前に立ち、体勢を整える。
「風を束ねよ」
第三節が発せられた。
風が集まりだす。
あらゆる方向に吹く風は、シルフの力によって次第にその向きを揃えられていく。
「我は精霊の王を授る者! 【進むべき道は唯一つ】!」
彼に向けて、一際強い突風が吹いた。
その風の持つエネルギーは全て推進力に変わり、爆発的な速度を生み出す。
一直線に、ソルドとベルの体は国の中央まで運ばれた。
事態は急速に動き始める。
◇◆◇◆◇◆◇
ランスロットとサタンが激しい戦いを繰り広げる中、そこに一陣の風が吹いた。
全てを吹き飛ばすかの如き突風は、ただ吹いていた訳では無い。
状況を好転させる悪魔を運んできたのだ。
白髪の青年が抱えていた黒髪の少女が弱々しくも地に降り立った。
「なんだぁ? また乱入者か。けど、黒騎士に比べりゃ弱いな。弱すぎるくらいだ」
サタンはベルを見てそう断定した。
確かに、今のベルはサタンがその気になればいつでも殺せる。
彼の中では、彼女を敵としてすら考えていなかった。
(ソルドと……あれは、ベルとか言ったか? 何でここに?)
ランスロットの頭の中に、疑問符が浮かび上がる。
彼は知らないのだ。
ベルの正体を。
「私を忘れたか、サタン。貴様とはよく戦っていたはずだが……」
ベルがサタンに向けて歩きだす。
すると、彼女の周りに光が集まりだした。
その光は次々とベルの体内へと取り込まれていく。
それは死んだ魔物達の魂。
魂とは高濃度の生命エネルギーの塊。それらを取り込む事で、悪魔という存在を確実な物とする。
「「生命エネルギーが規定値に到達。[ベルゼビュート]の覚醒を開始します」」
世界に響き渡る機械のような無機質な音声。
それは一柱の悪魔の覚醒を告げていた。
ベルの体が闇で包み込まれていく。
名をベルゼビュート。
暴食の悪魔と称される彼女は、権力や邪悪さではサタンに次ぐと言われ、実力に至ってはサタンを凌ぐとも言われている。
その理由として、彼女が魔王の性質を持ち合わせているという事が挙げられる。
ここで言う魔王というのはこの世界に君臨する三大魔王と同様の存在。つまり、種族の長と成り得る者。彼女の場合、率いるのは無数の悪魔達だ。
——黒い闇が晴れる。
現れたるは漆黒のドレスに身を包んだ女性。純白の肌との対比が美しく、紫色の瞳は猫のように爛々と輝いている。
「「[ベルゼビュート]への覚醒が完了。それに伴い、『暴食ノ悪魔』が解放されました」」
再び声が響いた。
ここで、サタンの顔付きが変わる。
封印を解かれてから、彼はずっと笑っていた。久しぶりの戦闘に心躍らせていたのだ。
しかし、今のサタンの顔は酷く歪んでいる。
「私の真の名は……ベルゼビュート。蠅の王であり、悪魔の君主。
このような事、言わずとも貴様はよく知っているはずだ。私はこの世の全てを喰らい尽くす者。そして、お前にとって最悪の敵だ」
不敵な笑みを浮かべ、ベルは言った。
サタンの顔は未だ歪んだままである。詳しく言うなれば、歪んでいるのはノアの顔なのだが……。
「最悪だ……。こんな所にお前がいるなんてなぁ……。
せっかく、楽しくなってきたってのによぉ……これじゃ興醒めだ」
サタンは肩を落とし、心底つまらなそうに愚痴をこぼす。
彼の持つ『憤怒ノ悪魔』という能力は、怒りの感情を魔素と魔力に変換できる。
今の状況では、サタンが憑依しているノアの怒りを変換しているというわけだ。
それに対して、ベルゼビュートが覚醒に伴い獲得した能力、『暴食ノ悪魔』。これは一言で言えば全てを吸収する力である。
吸収した物は彼女の中にそのまま残存し、それらは全て自由に出し入れができるのだ。
では、そんな強力な能力を持つ彼らが戦えばどうなるか?
答えは簡単で、ベルゼビュートが優勢になる。それだけだ。
サタンが幾ら『憤怒ノ悪魔』で魔素と魔力を生み出しても、全て『暴食ノ悪魔』に吸収されてしまう。
それに加えてベルゼビュート自身は吸収した魔素や魔力を自在に扱えるため、サタンが一方的に不利になるのだ。
「ああ……面倒くせぇな。
ノア、悪いがもう少しだけ待ってくれ。オレはあいつが苦手なんだ」
彼は暗い声でそう言った。
上位の悪魔であるサタンが自身の非を認める事は滅多に無い。
だが、それ以前に悪魔という種族は契約を重んじる。彼の場合、契約とは等価交換の事を指している。
要するに、ノアの肉体と魔術協会の破滅を交換したという事だ。
現にその契約は未達成である。
それ故、彼は自身の非を認めるような発言をしたのだった。
(邪魔な奴は全て殺せ。もうこの世界に価値は無い。残すべきものなど何一つありはしない)
ノアの声が体内に反響する。
それを聞き、サタンは確信した。
久々に全力を出せる——と。
まだ自我はあるけれど、それももうすぐ感情に飲み込まれる。そうなれば、ノアの肉体は完全にサタンの物となるのだ。
「黒騎士にベルゼビュート。喜べ。
今からオレは少し本気を出す。もちろん、お前たちを殺すためだ。
すぐに殺した後で魔術協会を叩き潰す。
そうすりゃ、この体はオレの物になる」
その言葉で広場に緊張が走った。
七つの大罪における憤怒を司る大悪魔が、本気を出すと宣言したのだ。
皆それぞれが態勢を整えようとする。
しかしながらその様な余裕は無かった。
「耐え難き苦痛」
「燃え盛るは怒り」
「地に堕ちた者は赤き竜を駆る」
「目覚めよ、我は神の敵対者である! 〈焼け爛れた赫怒〉!!」
サタンがの詠唱によって出現した一振りの剣。
それは怒りの結晶体であり、凄まじいエネルギーを秘めている。
刀身からは凶悪な光が放たれており、その鈍った輝きは直視する事さえ恐れてしまう程だった。
「お前はどこまで耐えられる?」
その内では怒りの炎で巻かれているはずだというのに、彼は酷く冷たい声で問うた。
悪魔の本質である冷酷さが、表に全て表れている。
「ふむ……。奇跡が起きるまで、とでも答えておこう」
ベルゼビュートは冗談めかして答えた。
その人を喰った様な態度に、サタンは顔をしかめる。
両者は、互いに見つめ合う。
今、悪魔同士の戦いが幕を開ける事となった。




