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紅目の魔導師、魔法使いと旅をする。  作者: 南雲虎之助
魔王と踊り狂う星座編
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57話 強欲と憤怒

お待たせしました!

昨日は申し訳ありませんでした!



「…………様! ……主人様!」


 近くで声がする。

 聞き覚えのある声だ……。

 目をゆっくりと開ける。


「主人様! 良かった……!」


 目を開けるとそこにはエイルがいた。

 僕は仰向けになっており、建物の天井が見える。

 ……気絶していたのか?

 何とか上体を起こすと、鉄臭い独特の匂いが鼻に届いた。

 恐る恐る両腕に目を落としてみれば、黒いローブにべっとりと何かが付着している。


 これは、血……?


 ぞくり、と背中に蟲が這いずった様な感覚が襲った。

 これ以上は、思い出したく無い。

 けれど、頭は考えるのをやめない。

 脳が体に命令する。

 後ろを向けと強制するのだ。



 そして、後ろで僕を迎えたのは、四人の死体だった。



 まるで神に捧げる供物の様に綺麗に横に並べられている。

 そこで全ての記憶が脳に流れ込んできた。

 そうだ……。

 思い出した……。

 ゴート・ヘルヘイトという男に、サレアを殺されたんだ。

 黒い矢で、彼女の心臓を貫かれたんだ。



「四人は即死で、回復魔法ではどうにも……。

 そして、ロミア様はゴート・ヘルヘイトに連れ去られました……」



 声が遠くで聞こえる。

 サレアは殺され、ロミアは連れ去られた……。

 ベルが人化して抵抗を試みたが、新しく現れた配下によって返り討ちにされてしまったのだそう……。


 エイルが説明を行なっているが、何も理解できなかった。

 理解したくなかった。


「エイル……。悪いが、ここを頼む……。

 少し、整理する時間が欲しい……」


 僕はよろよろと立ち上がり、言った。

 それを見て、エイルは無言で頷いてくれた。





 教会を出て、隣接する家へと入る。

 出迎えるのは記憶の中と全く変わらない風景。

 テーブルや椅子などの家具達は、ここを出た時と一切変わっていなかった。


 この家を出たあの日。

 僕はサレアに言った。


 立派になった姿で会いに行く、と。


 それなのに……。

 僕は……。

 守れなかった。



 僕のせいで……。



《主様、机の上に何かがあります》


 唐突に、ヴァイスハイトが告げた。

 もう外は夜だったので、薄暗くて見えていなかったが、近づいてみると確かに一枚の紙が置いてあった。


 紙を手に取り、窓際まで行く。

 そしてその紙を月明かりに照らすと、文字が書いてあるのがわかった。



『愛するノアへ


 まずは、お手紙ありがとう。

 ノアから手紙が届くなんて夢にも思ってなかったよ。

 いきなりの事で驚いたけど、とても嬉しかった。


 今、私は子供達に勉強を教えてるんだ。神父様みたいになりたくてね。

 子供達は純粋で可愛い子ばかりで、毎日、楽しく過ごしています。


 ノアの方も楽しそうで良かった。

 まさか冒険者になるとはね。私はきっと学者とかになると思ってたよ。

 まぁでも、職業は何であれ、ノアが優しい人なのは変わらないから。

 神父様に教わった事を活かして、困っている人を沢山、助けてあげてね!


 私の最愛なる家族、ノア・シャルラッハロート。

 貴方の未来が希望に満ち溢れています様に。


                          ノアの姉より』




 紙に、涙が溢れた。

 インクが滲んでいく。

 それは、一枚の手紙だった。

 僕が送った手紙に対する返事。

 最愛の家族からの、手紙。


 優しくたって、家族を守れなきゃ意味が無いじゃないか……。

 僕なんかを家族と呼んでくれた人を守れないのなら、意味が無いんだ……。


 涙が止まらない。

 拭っても、拭っても、絶えず流れてくる。



 僕は赤子の様に、泣く事しか出来なかった。



 そんな僕を、月の光は優しく照らしていた。








 翌朝、僕は手紙を情報管理で魂へと保存した後、教会へと戻った。


 エイルが僕の姿を見るなり、駆け寄ってくる。

 そして跪き、頭を垂れて言った。


「主人様、ご命令を」


 昨日、一晩考えた。

 サレアが死んでしまった今、僕は何をするべきか。

 答えは一つしかない。


「ロミアを救出し、魔法協会を叩き潰す」


 そう。

 残された道はそれしかない。

 サレアを殺し、ロミアを攫ったゴート・ヘルヘイト。奴を倒すという事は、魔法協会を潰すと同義だ。


「了解しました」


 短く、はっきりと彼女は答えた。

 金色の瞳で僕を見る。

 女騎士は覚悟を決めていた。


「行こう」


 僕とエイルはロミアの救出へと向かった。





◇◆◇◆◇◆◇





 王宮の広間。

 暗く淀んだ空気の中、ゴート・ヘルヘイトは着々と儀式の準備を行なっていた。

 結界魔法によりロミアを監禁し、それを中心に魔法陣を描く。

 自身の血液によって描かれた魔法陣からは怪しい光が放たれていた。


 彼の目的は『魔導書の記憶グリモワール・ゲデヒトニス』を奪う事。

 『魔導書の記憶グリモワール・ゲデヒトニス』は一度見た魔法や魔導書に書いてある魔法を再現できる能力だ。

 それは魔法を研究する者にとっての終着点の様な物。

 古い魔導書に記された魔法でも、使用者の魔素量と魔力量さえあればいくらでも再現できるのだ。

 例えそれが禁忌とされた魔法でも、奇跡に近い魔法でも、発動が可能になる。


「もう少しだ。もう少しで、“君”を助けてあげられるんだ……!」


 ゴートの目には狂気の光が灯っている。

 彼はただひたすらに魔法を研究してきた。

 それ以外の全てを犠牲にしてでも、研究の道を選んだ。

 彼は既に取り返しのつかないところまで来ている。

 魔法の研究のために、この国の国王や貴族を催眠にかけ、沢山の人々を贄とした。

 今回も三大魔王の一柱、“戦神”アイト・シュトゥルムアングリフと手を組み、己が目的のため、市民の命を全て差し出した。


 これも全て『魔導書の記憶グリモワール・ゲデヒトニス』を手に入れるため。


 その能力の力で、彼の愛した女性を生き返らせるため。

 王宮の広間の奥。

 そこには透明で巨大な容器があった。

 中には目を閉じた裸の女性がおり、周りには謎の液体が満ちていた。

 容器に名を冠するならば、〈宝瓶宮(アクエリアス)〉。

 大アルカナにおける星に該当し、正位置の意味は“願いが叶う”。

 この星座の権能だけは、クオリティーを切り替えても常駐しており、中には時間を逆流させる水が入っていた。

 彼はそんな有用な水瓶の全てを、女性の死体を完全に保存する事だけに費やしていたのだ。



 魔法陣を描き終えて、ゴートは立ち上がる。

 そして彼の視線が魔法陣の中心へと向けられた。

 魔法陣の中心に設置された結界魔法の中で、ロミアがぐったりと座り込んでいる。

 彼女は魔素と魔力を吸収され、体に力が入っていない状態であった。


「ゴート様。侵入者です」


 音も無くやって来たリブラが報告する。

 彼女はゴートによって生み出された魔人。

 正義の天秤は、彼の指示にだけ従う。

 

「ハハハ。もう来たか。

 幹部達はどうした?」


「王宮の外を警備していた木星格(ジュピター)水星格(マーキュリー)は倒されました。

 残りは火星格(マーズ)金星格ヴィーナスがいますが、火星格(マーズ)は動けない状態です」


「そうか……。

 どうせ、他の魔導師では相手にならないだろうな。

 すぐにここまでやって来るだろう。

 まぁいい……。この儀式を見せやろうじゃないか」

 

「了解しました」


 リブラが深く頭を下げる。

 

 そのやり取りが終わった瞬間——。

 広間の扉が勢いよく開かれた。







 扉を開いたのは、ノア・シャルラッハロート。

 そして彼の両脇にはソルドとエイルが控えている。

 ノアはゴートに向かって歩き始めた。

 

「フッフッフ。懲りずにやって来たのか、紅目の魔導師」


 ゴートは心底、可笑しそうに笑う。


「ロミアを返せ……!」


「無理な事だと君が一番、わかっているだろう?」


 彼はそう言いながら、右手をノアの方向に翳した。

 発動されるのは『星座ノ男神』。

 教会での惨劇が思い出されたノアはすぐに回避行動を取ろうとする。


 だが——


「なっ……!?」


 彼等の足元に突如、浮かび上がった魔法陣。

 そこからは射出された鎖がノア達を捕縛する。

 これは、〈処女宮(ヴァルゴ)〉によって隠匿された魔法だった。


「黄金の羊、この世に堕ちよ。〈白羊宮(アリエス)〉!」


 大アルカナにおいて該当するのは皇帝。

 正位置の意味は支配、軸。

 効果は催眠とエネルギー吸収の二つ。今、使用されたのはエネルギー吸収。


《魔素と魔力が大幅に減少。これ以上は生命活動に影響が出ます》


 『知識は世界を開く鍵ヴァイスハイト・シュリュッセル』がノアに告げた。

 魔素切れ、魔力切れが起きれば人間であっても、体が動かなくなる。

 精霊であるソルドや魔素を基礎として出来たエイルは、それ以上に影響が出てしまうのだ。


「ハッハッハ!

 マモン、始めるぞ!

 昨日はしっかりと見せてやれなかったからな。今日はその目に焼き付けるがいい。

 大切な人間が殺される瞬間を!」


 魔法陣の術式が意味を成す。

 ゴートとマモンがロミアに歩み寄っていく。


「やめ……ろ……!!」


 ノアは体を動かそうと必死にもがいた。

 しかし、それは叶わない。


 マモンがロミアの体を持ち上げる。


「さぁ、『強欲ノ悪魔』よ。奪え! 殺して奪え!!」


 狂ったようにゴートが笑う。

 七つの大罪の内の一柱。強欲を司る悪魔は契約を果たさんとしていた。


「やめろ…………やめてくれ…………!!」


 ノアは必死に呼びかける。

 彼はロミアに向けて手を伸ばす。

 だが、それも虚しく——、



 ズブリ



 ロミアの肉体をマモンの右腕が貫いた。

 彼女の口から血が吐き出される。

 マモンが所持する能力『強欲ノ悪魔』の権能は能力奪取、移譲。

 発動条件は能力の所持者を殺す事。


 マモンの腕が引き抜かれる。

 手には光り輝く物質、魂が握られていた。


 そしてそれをゴートの体内へと押し込む。

 歪ではあるが、『魔導書の記憶グリモワール・ゲデヒトニス』がゴートへと移ったのだ。


「フフフ……ハッハッハ!!

 これで……これで君を助けられるぞ、フィズ!!」


 狂気に満ちて、歓喜の声を上げるゴート。

 『星座ノ男神』は魔法と組み合わせられた異質な能力。『魔導書の記憶グリモワール・ゲデヒトニス』は魔法を記録、再現する能力。

 二つの能力はお互いに反発し合っていた。

 ティターン十二神に属する能力と神の名を冠さない能力では相容れない。

 だが、無理矢理に繋ぎ止め、強制的に体に留めている。


「ハハハッ! 良いぞ……! 力が漲るようだ!」


 ゴートはちらりと、ノア達を見やる。

 そして空間連結魔法を発動した。

 無詠唱ならば、大した距離は連結できないはず。

 けれど、『魔導書の記憶グリモワール・ゲデヒトニス』の力で王宮内からカルムメリア王国の中心まで連結を可能にさせていた。



 ノア達の動かぬ体は、為す術もなく外に投げ出された。



 王宮にて。

 取り得る最悪の形で、勝敗が決した。





◇◆◇◆◇◆◇






 あぁ……。どうしてだ……。

 目の前にいたのに届かなかった。

 大切な人を殺された。

 音が聞こえない。色が見えない。

 気付けば闇の中にいた。


 今までの記憶が、思い出が頭を巡る。

 どんな時でも僕の側にいてくれた。


 何故、殺す?


 何故、奪う?


 何故、僕だけが生きている?



 ……もう、いい。もういいんだ。

 これまでの全てが、僕を構成する全ては、一つ残らず無駄だった。


 家族を、愛する人を、守れなかったのだから。

 救えなかったのだから。


 けれど、空虚になった心を満たすのは怒りという感情だけ。


 嫌になる。

 何も出来なかったのに、心は怒りの炎で燃えている。

 熱い、熱い、狂いそうだ。



「フハハハハ!

 みっともねなぁ、おい?

 そんな打たれ弱ぇなんて聞いてねぇぞ!?」


 誰かの声が頭に響く。

 誰だお前は?


「あぁ? 誰だだと?

 まぁ、今がその時か。良いだろう、名乗ってやる!

 オレの名はサタン、憤怒を司る大悪魔だ!!」


 五月蝿い奴だ。

 悪魔が僕に何の用だ?


「ハッ……お前の体を貸せ、さっきの奴らをぶっ殺してきてやる」


 殺す?

 殺す、か……。

 そうか。ならもういいか。


 この怒りに任せて全てを壊そう。


 何も残らないのなら、全てを怒りの炎で燃やし尽くしてやる。





 この瞬間、ノアに悪魔が取り憑いた。


 憤怒の悪魔は暴走する。


 理性を無くし、感情で動く悪魔はもう止まらない。


 この世の全てを殺すまで。


ノアの暴走。

どうなるのでしょうか。

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