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紅目の魔導師、魔法使いと旅をする。  作者: 南雲虎之助
魔王と踊り狂う星座編
63/72

56話 災厄の星座

今回の話で苦手な人げ出るかもしれません。

ご注意を……!


 目を開ける。

 現在地は屋外。雨が降っていた。

 聞こえてくるのは人々の悲鳴、喧騒。

 どうやら、転移は無事に成功したようだ。


 辺りを見回してみるが、この場所は見覚えがない。


「ここは国の中心地です。教会はあっちの方角です!」


 ロミアが冷静に指を指す。

 その方向からは人々がこちらに向かって逃げてきていた。

 人の波に逆らっていけば、その原因に辿り着くと神父様から聞いた事がある。


「よし、行こう」


 僕はフードを目深に被り、魔導書を開いた。

 そしてソルドを召喚する。

 普通に走っていったのではきっと間に合わない。

 だがソルドなら氷の足場を作って、空を駆ける事ができる。


「ソルド、全速力で教会へ向かってくれ」


「承知」


 僕とロミアは巨大化したソルドの背中に飛び乗った。

 周りの人々が驚いていたが、そんな事を気にしている場合ではない。

 急いで魔物の侵攻を止めないと、彼らまで殺されてしまう。


 焦る気持ちを落ち着けて、僕は眼下に広がる景色を見た。


 前方に見えるのはオークとゴブリン。

 みすぼらしくはあるが、武器や防具を装備している。

 更に、その奥を見ると——、


 他のオークと比べて体が二回り程大きく、纏っているオーラが別物の個体がいた。

 それは全身を鈍色の鎧で固め、手には無骨な槌が握っている。

 一言で言うならば別格。

 あれがオークキングか。


《あの個体が他のオークとゴブリンを統制していると思われます》


 なら、真っ先にあれを潰そう。

 ここ一帯に人間の生体反応はあるか?


《教会に数名、魔物から身を潜めているようです》


「ロミア、僕がオークキングを倒す。その後に合図をしたら凍結魔法で魔物達を凍らせてくれ。けど、教会の方まではやらなくていいからな」


「わかりました。気をつけてくださいね……」


「ああ、もちろん」


 僕は頷き、ソルドの背中から飛び降りた。

 エイル、ここからは『知識は世界を開く鍵ヴァイスハイト・シュリュッセル』……やっぱ長ったらしいな。

 ……ヴァイスハイトに代わってくれ。


《情報管理による行動の最適化を行います》


 よし……。

 シルフの力を借りて風を操り空を飛ぶ。

 雨のせいで視界が悪いが、まぁどうにかなる。

 下を見ると、襲われた者の血と雨で地面はぐちゃぐちゃになっていた。


 早く、倒さないと。


 オークキングに向かって飛行速度を上げる。

 そしてランスロットの〈騎士殺しの剣(アロンダイト)〉を発動させ、情報子変換を駆使して複製する。

 強襲するからには確実に奴の首を取らなければならない。

 だから、誰かの攻撃で絶命に至らしめなければならない。

 あいつを殺して、サレアを助け出す……!



 全ての意識をオークキングへと向けて、両手の〈騎士殺しの剣(アロンダイト)〉を構える。


 剣を握れ。


 覚悟を決めろ。


 守りたいのなら。



「〈番う騎士殺しの剣アロンダイト・オーバーレイ〉!!」



 攻防は一瞬で終わる。

 飛行時の勢いをそのままに、ランスロットの剣技を放った。

 手応えは十分。

 二十連撃は全て奴の体に叩きんだ。

 だが……。


「殺スマデニハ至ラナカッタヨウダナ?」


 不気味な口調で言ったのは、紛れもなくオークキング。

 確実に剣撃は全て当てた。

 しかし、強固な鎧はアロンダイトでさえも弾いたのである。


 僕が振り返ったその瞬間——。


「死ネ!!」


 凶悪な横振りの攻撃が迫っていた。

 槌の重量を感じさせない程の速度。

 回避はできない……!


「【防壁(ヴァント)】!」


 ノームの力を借り、無詠唱で土魔法を発動する。

 だがその土壁はいとも容易く破壊された。

 剣で槌を受け止めたが衝撃は僕の体に到達し、近くの民家へと叩きつけられてしまった。


 家の壁にヒビが入る。


 ……痛い。

 これでも、風操作で勢いは殺したはずなんだが……。


 目の前に立つオークキング。

 その濁った瞳は僕の事を見下ろしていた。

 殺すべき対象としか見ていないようだな。

 せめてもの抵抗として、僕は右手に持っていた〈騎士殺しの剣(アロンダイト)〉を投げつけた。

 しかし、オークキングはたわいもなくそれを躱す。


「フッ、小賢シイ奴メ。ココデ死ネ!!」


 片腕で槌を掲げ、それが今振り下ろされようとしていた——が、



「……お前が死ね」



 ゴトリ、と。

 そんな冷酷な呟きとともにオークキングの頭部が地面に落ちた。

 少しの間があってから、思い出したかのように身体が地面に倒れる。

 血と雨の混じった泥が飛び散った。

 オークキングの巨体の後ろにいたのは、青い鎧を装備したランスロット。

 彼は眉間にしわを寄せて、不機嫌そうな表情をしている。


「おい、ノア。わざわざ俺に贋作がんさくの方を渡すとか、喧嘩売ってんのか?」


 かなり苛立った声で彼が問う。

 まぁ彼も一応は騎士。

 自身の剣の複製品を渡したのは駄目だったか。


「悪かった。後でちゃんと謝るから今は見逃してくれ」


 謝罪の言葉を述べつつ、僕は下位魔法を発動する。


「火の精霊よ、自然の理に介入し、その力を示せ。【火柱(フォイア・ゾイレ)】!」


 雨が降っていようと関係ない。

 合図として火柱を出現させる。

 魔素を炎へと変換しているのだ。消えはしない。


 その合図を受けて、上空で待機していたロミアが魔法の詠唱を開始した。

 雨音ともに響く透き通った声。


「停止した時間、崩れ去る氷塊、凍結した心臓。生きとし生けるものの自由を奪え。【氷獄アイス・ゲフェングニス】!」


 杖を空へと掲げて、彼女は魔法を発動する。

 それは全てを凍りつかせる上位魔法。

 水も、血も、死体も。

 範囲内にいた魔物達さえも、抗うこともできずに活動を停止した。


 これはあれか。

 昇格試験の時にも発動していた魔法だな。


「ノアさん!」


「主人殿!」


 ソルドとロミアが地上まで降りてきた。

 ランスロットに戻ってもらい、ソルドに跨る。


「しっかりと掴まっていてください!」


 その言葉の後すぐに、ソルドは急発進した。

 途轍もない速さで駆ける。

 フェンリルとしての敏捷性を遺憾なく発揮していた。


 道を抜け、山を駆け上がる。

 

 そうして、ものの数分で国の東端にある教会へと到着した。

 そこにはまだ沢山のゴブリンとオークが、今にも教会へと侵入しようとしている。

 数匹のゴブリンが僕達の存在に気付き、本能のままにこちらへ襲いかかってきた。


「ソルド、僕達の足元だけを凍らせろ!」


 突然の命令でもソルドは慌てず、冷静に対応する。

 瞬間的に足元が凍ったのを確認し、僕は唯一習得している上位魔法を放つ。


「雷の精霊、雷鳴の幻想、孤高の瞬き。澄んだ虚空を駆け巡れ! 【暴れ回る雷(ドナー・ヴート)】!」


 地面に浮かび上がる紫色の魔法陣。

 そこから流れ出る大量の紫電。

 それは土に染み込んだ雨水を伝い、魔物達の体にまで到達する。

 魔物達は文字通り、地上で暴れ回る雷によって感電死したようだ。

 一匹たりとも起き上がる様子はない。


 周囲の安全を確保してから、僕達は教会の中にいる人へ呼びかけた。


「周りの魔物達は倒しました! ここを開けてもらえますか!」


 雨音が鳴り止まぬ中、僕は問う。

 何回か呼びかけると内側から物音が聞こえ出した。

 僕達が外で待っているといつしかその音も止み、静かに扉が開かれた。


 木の扉の隙間から、こちらの様子を伺う女性。

 薄暗くても見間違えるはずが無かった。


「サレア!!」


「ノ、ノア!? どうしてここに?」


「魔物に襲われてるって聞いて、急いで戻ってきたんだ」


「そ、そうだったんだ……! とりあえず、中に入って!」


 サレアに促され、僕達は教会の中へと入った。

 明かりの無い教会の奥で、二人の少女と一人の少年が身を寄せ合っている。

 三人とも酷く怯えたような目で僕達の後方を見ていた。

 今回は振り返らなくとも理解している。


「ソルド、ここまでありがとう。一旦、休んでくれ」


「ハッ。ではお言葉に甘えて……」


 ソルドが光の粒子となって魔導書に吸い込まれた。

 さて、とりあえず僕とロミアは近くにあった椅子に腰を下ろす。


「それ、神父様がノアに残した魔導書だよね?」


「ああ。ここを出てすぐに使えるようになったんだ」


「そっか……。それは良かった」


 サレアが少し目を伏せた。


「この子達は?」


 視線を向けると三人はびくりと肩を震わせる。


「私、ノアがここを出てから、子供達に勉強を教えるようになったの。

 ほら、神父様がノアに色々教えてあげてたみたいにさ。

 右からミア、リリー、ジャックよ。彼女達は私の教え子なの。今日もいつもみたいに勉強を教えてたんだけど……」


 サレアの言葉が止まった。

 ふむ……。


「そしたら急に魔物達が襲ってきたってわけだな」


「うん……」


 空気が重たくなる。

 外の雨音だけが広い教会に反響する。

 ざぁざぁと。

 心の不安定な部分を執拗に責め立てられているみたいだ。


「ね、ねぇ! その可愛い子は誰なの?」


 努めて明るい声でサレアが尋ねる。

 この空気をどうにかしたいという気持ちと、純粋に気になった結果だろう。


「初めまして、私はロミア・フラクスと言います! ノアさんと一緒に冒険させてもらってます!

 あ、この子はベルと言います。よろしくお願いします!」


 ロミアもロミアで元気よく挨拶を行う。

 ベル話題に子供達の緊張を解そうとしているようだ。

 当のベルはあまり乗り気ではなかったが、ロミアに遊んであげてと言われれば断れなかったのだろう。

 仕方ないといった感じで子供達と遊んでいる。


「ロミアちゃんって言うんだね。ノアが迷惑かけたでしょう?

 でも、根はいい子だからこれからも仲良くしてあげてね?」


「いえいえ、私の方が迷惑をかけてしまってますから……」


「サレア、お前はどの目線で喋っているんだ?」


 そんな風に少しだけ三人で話をした。

 束の間の安息。

 サレアが無事だった事に、僕は安心しきっていた。

 事件はまだ終わっていないのに、油断していた。

 だから、気づく事が出来なかった。

 教会に近づいていた巨悪に。



「おやおや、こんな場面でも談笑しているとは……。

 なんとまぁ腑抜けた奴らだ。だが、それもどうでも良い。

 フフフ。見つけたぞ、ロミア・フラクス……。

 我が野望の鍵となる者よ!」


 音も無く教会内に入ってきた一人の男。

 僕やロミアと同じようなローブを着用した老人。

 だがその背筋は真っ直ぐと伸びており、見た目だけならば老紳士のようである。


「あ、貴方は…………」


 隣にいたロミアは体を小刻みに震わせており、その顔は恐怖に満ちていた。


「何だ……? 忘れてしまったかい?

 私だよ。

 魔法協会の長、ゴート・ヘルヘイトだ。

 お前もよく覚えているだろう……?」


 静かに、悠然と、男は名乗った。

 あれが……魔法協会の会長。

 ゴートから視線を逸らさずに、ロミアとサレアを背後へ移動させる。


「何だね、ノア・シャルラッハロート。

 君の目的はそのサレアという女だろう?

 ロミアは私の物だ。そこを退いてもらおうか」


「ふざけるな……!

 お前だけにはロミアは絶対渡さない」


 再び、〈騎士殺しの剣(アロンダイト)〉を発動させる。


「フン……。

 その心意気は認めるが、実力が無ければ悲劇を迎えるぞ。

 私と君が戦えば、すぐに勝敗は決まる」


 ゴート・ヘルヘイトが薄気味悪く笑う。


「黙れ。お前が僕の運命を決めるな!」





◇◆◇◆◇◆




 相対するノアとゴート。

 雨が降り止まぬ中、先に動いたのはゴートであった。

 右手を前に翳し、彼は能力を行使する。


「『星座ノ男神』に命ずる。星々よ、柔靱であれ!」


《クオリティー・ミュータブル。起動します》


 ゴートの声に呼応し、無機質な声が教会内に響く。

 基本的な活動宮から柔軟宮へと切り替わった。

 それにより、使用できる星座の種類も変化する。

 柔軟宮で使用出来るのは、双子宮、処女宮、人馬宮、双魚宮の四つ。

 ゴートはその中の二つを選び、反映させた。

 黒い弓矢を構え、詠唱が唱えられる。


「人馬の弓矢、この世に堕ちよ! 〈人馬宮(サジタリウス)〉!」


 黒い矢がノアに向かって放たれた。

 矢は瞬間的に一本から五本に増え、ノアへと迫る。

 そして、ノアが両手に持つ〈騎士殺しの剣(アロンダイト)〉と接触しようかというその時——。


 突如現れた五つの黒霧に矢は呑まれてしまった。


 驚きで目を見開くノア。

 それを見てゴートは一層、笑顔を深くした。



 ——ドシュッ



 不快な音がはっきりと聞こえた数秒後。

 雨音に上塗りするように、甲高い悲鳴が上がった。

 その音は教会の隅々まで響き渡る。


 ノアはゆっくりと後ろを向いた。


 彼には先程の悲鳴が誰のものかわかっていた。

 ただ一人だけ、ロミアが悲鳴をあげたのである。

 それでは、他の四人はというと……。


 彼の目には惨状が映った。


 子供達に一本ずつ、サレアには二本の黒い矢が彼らの心臓に突き刺さっている。

 即死だった。

 断末魔さえ上げられず、四人は絶命したのである。

 白い床に真っ赤な血液が広がっていく。


 ゴートが選択した二つの星座。

 人馬宮とあと一つ。

 それは処女宮であった。

 大アルカナにおける隠者に該当するこの星座は、あらゆる物を隠す事ができる。

 ゴートはその権能と空間連結魔法を使用し、自在にワープゲートを生み出せるようにしていた。


 つまり、ノアの目の前に五つのワープゲートを生み出し、それをサレア達の前に連結させる。そうする事で、誰も反応する事が出来ない矢となったのだ。



 ノアの眼球にその光景がべっとりと張り付く。

 何度瞬きをしても、目をこすっても、変化しない。


「サレア……! おい、サレア!」


 彼は敵に背を向けて、サレアの元へと駆け寄る。

 彼女の死体を抱きしめ、涙を流していた。

 自分の服に血がつく事も気にせず、強く、強く抱きしめる。


「フフフ……!

 ああ、何て愚かしい。歯向かわなければ殺さないでやったのに……。

 さぁ。ロミア。

 私と一緒に来てくれるね?

 拒否すれば、君の大切な人はここで死ぬ事になるけれど」


 ゴートが問いかける。

 優しく、冷酷に。

 ロミアにとって、逃げ道のない選択を迫る。


「……わかりました。

 私がついて行きます。だから、ノアさんには手を出さないでください……」


 ロミアはローブの裾を握りしめ、顔を伏せてゴートの元に歩き始めた。


「待て!! 貴様にロミアを渡すわけにはいかない!」


 この場にいるはずのない新たな人物の声。

 ロミアとゴートとの間に立ち塞がったのは、人化したベルだった。


「ベル!? 貴女……どうして!?」


「すまない。説明している時間は無い。今すぐに逃げろ!」


 ベルがゴートと対峙する。


「おや? 下位悪魔ですか……。

 そんな弱者が私と戦おうとするのか?」


「当たり前だ、友達は絶対に守る」


 彼女はゴートを睨み据えた。

 だがそれは、再び出現した黒霧によって遮られる。

 そこから姿を現したのは、メイドの様な格好をした女性だった。


「お、お前は……ぐっ……!?」


 その女性は瞬間的に移動し、片腕でベルを持ち上げる。

 手は彼女の首を強く握り締めていた。

 そうしてそれを軽々と壁に投げつけ、追い打ちの蹴りを繰り出す。


「……カハッ」


 ベルが口から血を吐き出した。


「フフ。良い働きです、マモン。

 さぁ、ロミア・フラクスを連れて来なさい」


「承りました」


 マモンと呼ばれた女性はロミアへと近づき、彼女の腕を掴んだ。

 ロミアに抵抗の意思はない。

 それを確認すると、ゴートはまたもやワープゲートを開いた。

 


「さぁ、行くぞ」



 黒い霧へと消えていく三人。


 残されたのは絶望のみ。


 本日、教会にて。

 紅目の魔導師 ノア・シャルラッハロートと魔法協会会長 ゴート・ヘルヘイトとの対決は、サレアを殺され、ロミアを連れ去られるという最悪の形で、ノアの敗北が決まったのだった。

 

一気に暗くなりました。

前書きにも書きましたがこういうのが苦手な方には申し訳ありません。

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