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紅目の魔導師、魔法使いと旅をする。  作者: 南雲虎之助
魔王と踊り狂う星座編
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55話 暗雲



 ふと意識が覚醒して、僕は目を開けた。

 映るのは白色だけが埋め尽くす空間。

 これは……僕の精神世界か。

 久しぶりだな、もうずっとここには来ていなかった。


 相変わらず、殺風景で何も無いなここは。


 辺りを見回す。

 最初にこの精神世界にきた時はエイルがいたのだが、今回は誰もいない。

 しかし、誰もいないのに精神世界に来るとは……。

 これではただ、寂しいだけである。


「フハハハハ! 何だ、お前みたいな人間が新しい宿主か!?

 こんな奴で俺様の力を制御できんのかよ、おい?」


 そんな声が聞こえた。

 悪意そのものみたいな声が。

 けれど、どこを見ても声の主を見つける事は出来ない。


「誰だ?」


 虚空へと問う。

 少なくとも、この精神世界にいるという事は『知識は世界を開く鍵ヴァイスハイト・シュリュッセルに関連した何かなのだろう。


「誰……だと? お前、聞いてないのか?

 いや、いい。知らないのならそれで良い。どうせ、すぐにわかる事だろうからな!」


 そう言って、声は聞こえなくなった。

 何処かへ行ってしまったようだ。


 一体、何だったんだ……?


 僕は、たったそれだけで崩れていく白い世界を眺める事しか出来なかった。









 二度目の意識の覚醒を迎えた。

 目を開けると今度は白い世界ではなく、建物の天井が映った。

 ここは精神世界ではなく、現実世界のようだ。


 魔王国オベリアルにやって来てから既に五日経っている。

 その間、僕達はホテルという名の宿泊施設に泊まっていた。

 この[ホテル・エメラルダ]はエメラダさんの親友のネルソンさんという方が経営しており、彼の名前を出したら料金を安くしてくれた。

 裏話として、ネルソンさんは最初[ホテル・エメラダ]にする予定だったらしい。

 けれどもエメラダさんとの激しい対立の末、エメラルダで落ち着いたのだそう。



 ……というか、何だか腹の辺りに重みを感じる。



 その重みの正体を探るため、僕は首だけを動かす。

 するとそこには猫のように丸まって眠るロミアの姿が。


「……おい、ロミア。起きてくれ。でないと俺が起きれない」


 朝という事もあって、大声とまではいかなかったが、普通の声よりかは大きめの声で呼びかける。


「むぁ……。あと五百分……」


「いつまで寝るつもりだ。いくらロミアでも僕はそこまで寛大になれないぞ」


「むぅ……。あと義憤……」


「僕がいつ道義に外れたんだ。むしろこの状態が続いてしまうと、本当に道義を外しかねないから早く起きてくれ」


 そんな掛け合いを経て、やっとロミアは起き上がった。

 寝惚けているのか、首を忙しく動かしている。

 そうして僕の顔を見るなり、微笑んで言った。


「あ……。ノアさん……おはようございます」


「ああ、おはよう。とりあえず、どけてくれるか?」


「ん? ごめんなさい」


 いそいそと、彼女は僕の体の上から降りた。

 やっと動けるようになったため、上体を起こす。

 窓の外を確認すると、朝の爽快さは無く、青空で無く、雲が覆い尽くしていた。

 何やら暗い雰囲気だ。


「で、どうしてこの部屋にいるんだ?

 お前は隣の部屋に泊まっていたはずだけど……」


「ああ、それは朝早くに目覚めたので、ノアさんを起こしに来たんです」


「それで……」


「それで、中々起きないので私も眠ってしまいました」


 ロミアはにへらとはにかんだ。

 可愛らしいし、愛らしいのだが、わざわざ僕の上で眠らなくても良かった気がする。

 僕は立ち上がって伸びをした。

 背骨がコキコキと音を立てる。


「お腹減りましたね。朝ごはん食べに行きませんか?」


 毎度の如くお腹を空かせている彼女は提案した。


「ん、そうだな。じゃあその髪をどうにかしてこい。ぼさぼさが過ぎるぞ」


「はーい。それでは! またすぐに!」


 ロミアは部屋を飛び出ていった。

 朝から元気でよろしい。


 ……さて、僕も準備をするとしよう。






 朝の支度を終えて、ロミアと合流した僕達は一階へと向かった。

 一階には宿泊の手続きをするための受付と売店などがある。そして、食事をできる場所も設けられている。

 ここの勝手はもう理解していた。

 それは従業員の人に頼むだけ。

 そうすれば席まで朝食を運んできてくれるのだ。


 今日の朝食はパンとブラッドソーセージ、付け合わせのベイクドビーンズだ。

 ナイフとフォークを使い、料理を口に運ぶ。

 ふむふむ……。

 ブラッドソーセージには名前の通り、血が混ぜられたソーセージだ。人によっては独特の癖が苦手な人もいるのだろうが、これは黒胡椒が効いているため気にならない。ベイクドビーンズもいい塩梅の塩味で美味しい。

 ふと目の前に座るロミアを見ると、幸せそうな顔で食事を満喫していた。




 あっという間に朝食を平らげ、少しばかりくつろぐ。

 五日間もあれば、この国の中心部は大体回る事が出来た。

 だから今日はまだ何をするか決めていないのである。

 国巡りをするのも良いが、今朝見た天気だとあまり気が進まない。

 僕は基本的に晴れ以外嫌いなのだ。


「今日は何をしますか? 何だか天気が怪しいのであまり外には出たく無いんですけど……」


 ロミアは正直に言う。


「そうだな。僕も外には出たく無いなぁ……」


 気怠げな声で僕は答えた。

 天気がどんよりとしていると、自分の気分にまで影響する。

 そんな風にだらっとした雰囲気に包まれた時、ある人が食事場に駆け込んできた。



「ハァ……ハァ……。ここに、ノア・シャルラッハロートさんはいらっしゃいますか!?」



 その艶やかな髪を乱しつつ、とても慌てたように辺りを見回しながら、その人は僕の名前を呼んだ。

 神父様に与えられ、聞き慣れたその名前を。


「あ、あの……! ノア・シャルラッハロートは僕です……けど」


 その慌てようにつられて、僕は立ち上がって名乗る。

 すると、彼はこちらによってきて告げた。


「ローズ女王がお呼びです。今すぐに神聖樹まで来て頂けますか?」





 

◇◆◇◆◇◆◇





 神聖樹……。

 魔王国の中心に存在し、王が住まうと言われている大樹。

 普段は神聖な雰囲気を纏っているのだが、今は空を覆う暗雲のせいで不気味さを感じる。

 天にまで届きそうなその樹は僕達を出迎えるでも無く、ただ静黙と佇んでいるだけであった。


 神聖樹の中に入り、更に奥にある部屋へと入る。

 すると、先導してくれていたエルフの方が床に手を当て、詠唱を唱えた。


「〔偉大なる天空神よ、愚者を高みまで導きたまえ〕」


 床に赤いTの文字が浮かび上がる。

 ここにもルーン魔術か。

 オベリアルではルーン魔術を幅広く活用しているようだ。

 低い起動音のような物が聞こえた後、突然、床が上昇する感覚が僕達を襲った。

 ロミアは不安そうに僕の顔を見ている。


《部屋ごと上昇しているみたいですね》


 ほう?

 なるほど。

 そういう事か。上がるだけなら風魔法でも代用が出来そうだな。

 だが、常駐型魔法ならばルーンの方が使いやすいのだろう。

 文字をあらかじめ刻み込んでおけば、いつでも発動できるしな。



 そんな事を考えていると、上昇している感覚が消え去った。



「さぁこちらへ。ローズ女王がお待ちです」



 部屋の扉が自動で開かれた。

 外の明かりが一気に注ぎ込まれる。

 僕は目を少し細めながら、前へと踏み出した。




「かっかっか。何とまぁ数奇な事よなぁ。

 まさか、件の人間がお主だったとは……」


 玉座にてしなやかな脚を組み、頬杖をつきながら僕達を見るエルフの女性。

 鮮やかな青色をした髪。

 すっとした鼻立ち。

 吸い込まれそうになる瞳。

 この世の者とは思えないその女性は、僕が郵便局で出会ったあの絶世の美女だった。


「あ、貴女は……」


「かかかっ。こんな形で再開するとはな、人間」


 彼女はそう言って笑いかける。

 目の前にいるのが本当にこの国の女王なら、彼女はエルフでは無く風人族(ハイエルフ)

 魔族領に君臨する三代魔王が一柱。

 “青薔薇姫”ローズ・オベリア。


「知っての通り妾はこの国の王、ローズ・オベリアじゃ。

 いきなり呼び立てて悪かったのう。

 じゃが、ユートラス王国のバルファ・ドラウンから緊急連絡が入ったのでな。

 妾とあいつは旧知の仲なのじゃ。それ故、たまに通信魔法で連絡を取っているのだ」


 ……。

 バルファさんからの緊急連絡?

 というか、まず、ローズ女王とバルファさんが知り合い?

 情報量が多過ぎて何が何だかわからないぞ。


「まぁそれはいい。

 重要なのは、緊急連絡の内容じゃ。とりあえず聞け、これがその音声だ」


 パチンッ、とローズ女王が指を鳴らす。

 すると青色の魔法陣が空中に展開し、そこから音声が流れ始めた。


『ローズ! 君の国にいるノア・シャルラッハロートとロミア・フラクスに至急、伝えて欲しい! 今現在、カルムメリア王国が魔物の群れに襲われている。君なら人間二人くらい簡単に転移させられるだろ!? 頼む、彼らの力になってくれ!』


 響くバルファさんの声。

 それには焦りの感情が滲んでいた。


「と、通信魔法で言っておったのはこれだけじゃ。

 ……まあ、お主らと縁のある国が危機に陥っているそうだ」


 ローズ女王は淡々と告げる。

 僕の頭の中ではサレアへと送った手紙の事が思い出されていた。

 魔物の群れがどれほどの規模かわからないが、このままではサレアが危ない。

 だが……ロミアは……。


「おい人間。

 貴様、何を迷っている?

 カルムメリア王国には、貴様が手紙を送った奴がいるのでは無いのか?

 何故、未だにそこに立っているのじゃ?」


 恐ろしく冷たい声で彼女は問うた。

 真っ直ぐに僕を見つめている。

 ただそれだけなのに、体が硬直してしまう。

 今すぐにでも、行かなきゃいけない事は理解している。けれど、ロミアを危険な場所に連れて行きたくは無い。

 それに彼女は本当なら、カルムメリア王国に助けたい人なんていないはずなのだから。


「行きましょう。早く行かないとノアさんの大切な人が、殺されてしまうかもしれません」


 隣に立つロミアがはっきりと言った。


「でも、お前は……」


「ノアさんは私を一生守ると誓ってくれました。なら私は、お返しにノアさんの守りたい人を一緒に守ります。だから、行きましょう?」


 ロミアは更に言った。

 彼女は既に覚悟を決めている。

 どうやら、この場で迷っていたのは僕だけだったようだ。

 こうなればもう、後には引けない。



「……ローズ女王。大変、失礼致しました。

 最初から、僕が取るべき行動は一つでした。

 お願いします、助けたい人がいるのです。どうか僕達をカルムメリア王国まで転移させて下さい」


 僕と彼女の目が合う。

 深い青色の瞳は、全てを見透かしているようだった。

 少しの間を置き、ローズ女王が口を開く。


「ふむ。良い目じゃ。

 紅く、覚悟に染まった目をしておる。

 いいじゃろう。

 貴様達を送ってやろうではないか」


 そして彼女は立ち上がった。

 その白くて細い右腕を掲げ、歌うように詠唱を唱え始める。

 優美なその姿は、どんな宝石よりも輝かしく、美しかった。


「時空の門番、異次元の回廊、切り拓く賢者。勇敢なる者達のために、世界の理を捻じ曲げろ! 【狂い行く座標フェリュックター・オルト】!」




 ——こうして、僕達はカルムメリア王国へと向かった。そこに、巨悪が待ち受けているとも知らずに。



何だか、暗くなってきましたね……。

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