54話 魔王国の郵便屋
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空から降ってきたエメラダさんと共に馬車に揺られて、僕達は魔王国オベリアルにある郵便局に向かっていた。
さすがに国の規模が大きいため、歩きでは時間がかかり過ぎるという事で馬車に乗る事にしたのだ。
その馬車の中で、郵便局という施設についてエメラダさんが説明してくれた。
彼の話からすると、どうやら手紙や様々な物だったりを運ぶ機関らしい。
本部を中心に五つの支部が存在しており、それぞれの間でやり取りをするそうだ。
まぁ確かに、こんな広い国だとそういった機関は必要になってくるのだろう。
転移技術がまだ発達していないとなれば尚更だ。
「お客さん、目的地に着いたよ」
御者のおじさんが告げる。
そうして僕達は郵便局本部へと到着した。
「どうですか? 立派な建物でしょう?」
エメラダさんが自慢げに言った。
馬車を降りてすぐ、僕達が目にしたのは王宮かと思いたくなるような巨大な建物だった。
職員の制服とは真逆の白いレンガで作られたその建物は、どっしりとした存在感があり、どこか要塞のような雰囲気も感じられる。
彼が自慢したくなるのも頷ける程に、荘厳で立派な建物だった。
「実はですね……この郵便局、国内だけでなく国外にも郵送してるんですよ。
まぁ人間領だとユートラス王国とカルムメリア王国の二国だけですけど……」
エメラダさんが話しながら建物の中へと入っていく。
僕とロミアもそれに続いた。
中に入ると、中央に設けられている長い階段が待ち受けていた。
その両脇には受付がずらりと並んでいる。
そして、利用しに来たのであろうエルフの方々がそこで何かのやり取りをしていた。
「あの受付では、ルーン魔術の手続きをするんです」
「ルーン魔術って、文字を刻み込んで発動する簡易魔術ですよね?」
ロミアが質問する。
ルーンというと、ドリューさんの片手剣や訓練場の自立人形のイメージが強い。
戦闘に用いる物だと考えていたが、他にも用途があるのか。
「ええ、その通りです。簡易で単純明快な魔術だからこそ、使いやすくて応用がしやすい。
そうですね……あ、少しお待ちください」
エメラダさんは近くの空いている受付へと近づき、職員の人に何かを告げ、一通の手紙を小さめの箱を手に持って戻ってきた。
「これをご覧ください」
そのまま手紙が差し出されたので、僕はとりあえず受け取る。
特に何の変哲も無い手紙のようだが……。
「裏返してもらえればわかると思います」
ほう?
言われるがまま手紙を裏返してみると、そこには冷えて固まった封蝋が。
垂らされた赤色の蝋燭の上にはっきりとAの文字が刻まれている。
なるほど、つまり……
「つまり、この封蝋がルーン魔術の役割を果たしているんですね!」
言われてしまった。
ロミアがこちらに自慢げな顔を向けている。
何故あそこまで勝ち誇っているのかは謎だが、何だかイラッとする表情である。
別に、悔しくなんて無いですし?
少しは賢いところを見せようなんて思ってませんでしたし?
《…………》
……コホン。
何だい、エイル?
言いたい事があるなら遠慮せずに言っていいんだぞ。
《いえ。私達は常に主人様のために行動します》
う、うん。ありがとう。
無事、主従の間に少しの亀裂が生まれた所で、意識をエメラダさんの話へと集中させる。
「アルファベットのA、読みはアンスール。言葉のコミュニケーションや情報といった意味を持ちます。
そして、手紙以外の物にはRのスタンプを。読みはラド、意味は移動や運送です。
このルーン魔術のおかげで、郵便物を国まで持っていけば勝手に宛先の元まで飛んでいきます。
どうです? 便利だと思いませんか?」
勝手に飛んで行く……それは自動で配達がされるのと同義。
途轍もなく便利だ。
ルーン魔術は通常の魔法より、文字を刻んで赤く染めるという段階を踏む事で魔力消費が抑えられる。
要するに、魔法職でも無い一般市民でもそれが扱えるという訳だ。それが公共機関への応用が可能になった利用の一つなのだろう。
「もし宜しければ、お二人も手紙を書いてみますか?
この郵便局の二階では手紙を書けるようになってるんです。
紙なら売店があるのでそこで買えますし、ペンも借りる事ができますよ」
エメラダさんがそう勧めてきた。
手紙か。
頭の中にサレアの顔がよぎる。
あの家を出てから、結構な時間が経った。
これまで体験した事をサレアに報告するのもいいかもしれない。
「……じゃあ、書きます」
僕がそう答えるとエメラダさんは優しく微笑み、では行きましょう、と小さく言ってから階段を登り始めた。
二階に上がると、そこには沢山の長机が並んでいた。
エメラダさんの言っていた通り売店があったので、そこで紙を買い、ペンを借りて一番奥の席に座る。
ロミアは『私には手紙を送る人なんていませんから』と言って、今はエメラダさんと魔術に関する話をしているようだ。
ペンを持ち、机に向かう。
……さて、どうするか。
書こうと思い立ったはいいが、手紙など生まれてこの方一度も書いた事がない。
まず何から書けばいいのだろう。
そう僕が頭を抱えていると、
「どうしたのじゃ、人間。何か困り事でも?」
目の前から聞こえた唐突な声に、驚いて顔を上げる。
するとそこには、青い髪をした絶世の美女がいた。
すっとした鼻や妖艶な唇。髪より少し暗めの青色をした瞳。
エメラダさんも大概美しい顔立ちだと思っていたが、目の前にいる女性は次元が違う。
ある種、この世の者とは思えない美しさだった。
「なんじゃ、妾の顔をじっと見つめて。惚れてしまったか?
かかかっ。そう取り乱すな、冗談じゃよ。
それより、何か困っていたのでは無いのか?」
彼女は僕に問う。
周りには他にも人はいる。
だが、僕以外の誰もこの女性の存在に気づいていない。
と、とりあえず落ち着け。
質問に答えよう。
「え、えっと……手紙を書こうと思ったのですが、いざ書こうとすると何から書いていいのかわからなくって……」
僕がそう言うと、彼女は驚いたように目を丸くし、笑った。
「何じゃ、そんな事で悩んでおったのか。
人間は大変じゃのう。全ての問題に答えを求めようとするとは……。
手紙の内容に正解なぞ無い。
送る相手の顔を思い浮かべて、浮かんでくる気持ちをただ文字にすれば良いのだ。
それだけでも相手は喜んでくれるはずじゃ」
穏やかで優しい声が僕の頭の中に響く。
全てを包み込むかのようなその微笑みは、脳裏にはっきりと焼きついた。
サレアへの想い……。
それなら、いくらでも書くことができる。
「うむ。困り事はこれで無くなったようじゃな。
ならば妾も退散しよう。
さらばだ人間、運が良ければまた会えるやもしれんな。
かかかっ」
その言葉を最後に、彼女は一瞬でその場から消え去った。
驚いて何度も目を擦ったが、もうそこには誰もいない。
周りを見渡しても、誰一人としてあの女性が見えていたような人もいなかった。
「まぁ、いいか」
それから僕はあの女性の助言を参考に、サレアへの感謝の気持ちを手紙に書き綴った。
決して綺麗な文章では無いけれど、気持ちは届くはずだ。
手紙を書き終えた事をエメラダさんに伝え、再び一階へと戻ってきた。
入ってすぐに見たのと同じように、受付でルーン魔術の手続きを行う。
受付にいたのはこれまた美人なエルフだったが、やはり先程の青髪の女性の前では霞んでしまう。
手紙を渡すとそれに赤い蝋を垂らされ、Aの文字が刻まれたスタンプが押された。
「〔不確かなる解答よ、望むべく相手の元へ歩を進めよ〕」
受付のエルフは綺麗な声でそう詠唱を唱えた。
後でエメラダさんから聞いた話によると、アンスールとラドのルーン魔術の詠唱はそれぞれ二つあるらしい。
今、唱えられたのは送り主と宛先の情報を処理するための詠唱らしく、実際に国に着いてからは別の詠唱を唱える事で、宛先の元まで勝手に飛んで行くのだと。
その後も、エメラダさんから魔王国オベリアルについて様々な事を教えてもらった。
次第に時間が過ぎ、いつのまにか日が落ちようとしていた。
そうすると、今まで話をしてくれていたエメラダさんがおもむろに頭を下げてこう言った。
「お二人には申し訳ないのですが、そろそろ僕も仕事に戻らないといけないのです。
これ以上時間が経ってしまうと、局長に怒られてしまいますから……」
「いえいえ。こちらこそ色々と教えて下さり、本当に助かりました」
「私も魔術のお話が出来て、とっても楽しかったです!」
僕とロミアがそれぞれに感謝の気持ちを述べる。
出会いはまぁアレだったが、話してみるととても優しくていい人だった。
この巡り合わせに感謝しなければな。
「僕としてもそう言ってくれて嬉しいです。
あ、それともし、泊まる場所をまだ決めていないようでしたら、ここに行ってみてください。
僕の名前を出せば、良くしてくれるはずです」
一枚の紙が差し出された。
[ホテル・エメラルダ]。
紙には大きくそう書かれている。これが宿泊施設の名前だろうか。
ホテルとは何か気になるところだが、親切はありがたく貰っておこう。
「ありがとうございます。助かります」
「いえ、それではお気をつけて。
お二人の旅路が幸運で満ち溢れている事を、僕は願っています」
こうして、僕達は郵便局を後にした。
「優しくていい方でしたね」
街灯に照らされた通路を隣で歩いていたロミアが呟く。
「そうだな。どこかでお礼をしなきゃな」
僕は答えた。
これまでの魔族に対する考え方が、今日でかなり変わった。
それが魔族の全てには当てはまらないだろうけど、それでもエルフのエメラダさんは優しい人だとわかった。
今はまだ、それで十分なのだろう。
「私、お腹空きました。早く何か食べたいです」
グギュルルルルルルルル、と。
腹の音が轟いた。
しかし、僕以外でその音に反応する人はいない。
ゆっくりとロミアの顔を見る。
…………。
「残念だったな、事前に遮音結界を張っておいたのさ!」
「……いや、誰だよ」
僕の疲れたような、呆れたようなその声は、遮音結界とやらのせいで、周りの人々に届くことはなかった。
あれ、戦闘シーンが無い!?
ごめんなさい!




