06話 2人の騎士
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修正いたしました(2019/03/03)
森の中を僕は疾走する。
両手にはロミアを抱え、後ろからホブゴブリンが迫っている。
かなり厳しい状況だ。
どうする。どうすれば良い?
「ノアさん、このままじゃ追いつかれます! 私を置いてって下さい!」
「そんな無茶を言われても困る!」
僕は更に脚の動きを加速させた。
木々の間をすり抜け、全力で走る。
街の方まで戻れば、他の冒険者の人達に会えるかもしれない。そんな微かな希望を抱きながらホブゴブリンから逃げる。
もう少しで森から抜けようかという所で、一匹のホブゴブリンが矢を放った。
こういう時の神様はとても意地が悪い。
放たれた矢は寸分も狂う事なく僕の背中に突き刺さった。
更に木の根に足を取られて転び、僕の両手からロミアが投げ出され、持っていた荷物が地面に散乱する。
背中が熱い。
ズキズキと痛む。
刺さった場所が悪いのか、全身は痺れ、指先が冷たく感じる。
「大丈夫ですか!?」
ロミアが悲鳴のような声で僕に声をかける。
痛みのあまり、声が思うように出ない。
「逃げ……ろ…………!」
ホブゴブリンが追いついたのだろう。
僕のすぐ後ろで足音が聞こえた。
振動が地面を伝い、僕の体を震わす。
ホブゴブリンは僕を道端の小石のように蹴り飛ばした。
吹き飛んだ体は木に当たり、僕の口から血が吐き出される。
背中の痛みが更に増す。
まずい…………このままだと本当に死ぬ。
徐々に体温が下がっているのが感じられる。
ホブゴブリンは僕を無視して、ロミアへと手を伸ばした。
僕には何の反応を見せないところからすると、こいつらの目的はロミアか……。
でも、どうして?
僕は朦朧とする頭の中で考える。
もしかして、『魔法協会』とやらが……?
いや、違うな。それなら、信用のならない魔物になんか頼むはずがない。
「ごめんなさい、私の勝手な行動のせいで……」
ロミアは僕に謝罪する。
このままではロミアが殺されてしまう。
目の前で人が死んでしまう。
もう、二度とそんな場面は見たくないのに……。
体が動かない、立ち上がることが出来ない。
僕は必死に手を伸ばす。
伸ばした手の指先が本の表紙に触れた。
これは……。
僕の頭の中に夢の記憶が蘇る。
『主人様の危機には私達をお呼びください』
エイル……そう、名乗っていた。
なら、助けてくれ……。
この状況を打破できるのはこれしかないんだ。
人任せだと嘲笑されてもいい。
今は、たった一人の少女を守れるだけでいい。
だから、力を貸してくれ……!
「主人様の呼び掛けとあらば、私達はいつ何処へでも駆けつけましょう!」
女性の声が響くと同時に、地面に転がっていた本が光り輝く。
すると、まばゆい光の中から夢で出会った女騎士が現れた。
金髪をなびかせ、凛と立つ彼女は風格と威厳に溢れていた。
「どう……して……?」
僕の口からは思わず、戸惑いの言葉が出ていた。
本当に来てくれるとは思っていなかったのだ。
一縷の望みに掛けただけだったのに。
「主人様の呼び掛けに応じない従者がどこにいると言うのです?」
即座にエイルは答えた。
さも当然かのような表情をしている。
「時間がありません。今、この場においてのみ『知識は世界を開く鍵』の権限を与えて頂けないでしょうか?」
「どう…………すれば……?」
「私に権限を与える事を声に発して頂ければ……」
「わかった……。エイル、お前に……全ての権限を、与える」
《能力の権限が[ノア・シャルラッハロート]から従者の[エイル]へと譲渡されます》
頭の中に無機質な音声が響いた。これは一体?
しかしながら、考えても意味はない。
僕にその声の正体などわかるはずもなかった。
その声はエイルにも聞こえていたのか、彼女は小さく頷き、剣を構えた。
「行くぞ、ゴブリンども。私達の主人様に傷を負わせた罪を償わせてやる」
そして、エイルとホブゴブリン達との戦いが始まった。
まず、エイルはロミアに触れようとしていた奴の腕を斬り飛ばした。
筋肉質でかなり太いその腕を軽々と斬れたのは、剣の斬れ味のおかげか、それとも彼女の剣術のおかげか、はたまたその両方だろうか。
「グギャアァァァァァ!!」
ホブゴブリンは痛みのあまり絶叫している。
しかし、エイルの金色の瞳には冷たさが帯びており、その声など届いていないようだ。
彼女は素早い動きで背後に回り、首筋に剣を突き立てた。
血が噴き出し、一際大きな絶叫の後、ホブゴブリンは動かなくなる。
僕がその強さに驚いていると、遠くの木の陰から弓を引くホブゴブリンの姿が見えた。
矢が放たれた瞬間、エイルは矢に向かって剣を投げた。
剣は矢を弾き飛ばし、回転しながら凄い速さでホブゴブリンのもとまで飛んで行く。
そして、反応が遅れたホブゴブリンの脳天に剣が突き刺さった。
少しの間、棒立ちの状態が続く。
そして、死体は思い出したかのように仰向けに倒れた。
この短い時間で二匹が殺された。
その事実だけでエイルの強さは十分にわかる。
だが、更にそこから、僕は彼女の本気を見る事となる。
エイルは剣をホブゴブリンの死体から引き抜き、左右に軽く振って血を払う。
それが彼女の一方的な蹂躙の合図だった。
エイルが地面を蹴り、動き出す。
それに合わせて、ホブゴブリン達も各々の武器を構えた。
しかし時すでに遅く、彼らはもう斬られてしまっていた。
エイルが流れるような身のこなしで首を切り落としていたのだ。
まるで何かの演目を踊っているかのような優雅さだった。
僕がそれに呆気にとられ、半ば見惚れているうちに彼らの醜悪な頭部は全て地面に落ちていた。
「大丈夫ですか?」
エイルが僕に手を差し伸べる。
「まだ……来る……」
声を絞り出し、僕がそう伝えると、どんどんと大きくなる足音が聞こえてきた。
そして、悠長な歩行速度でゴブリンキングが姿を現す。
そのゆったりとした挙動は、僕達が逃げられない事を確信しているかの様だ。
ゴブリンキングは背中に厳つい斧を携えて、僕達を見下ろし、厭らしく笑い、顔を愉悦そうに歪めた。
「出てきなさい、ランスロット!」
エイルは本に呼びかける。
すると本が再び光り始め、その溢れ出る光から青色の鎧に身に纏った男の騎士が現れた。
ランスロットと呼ばれた彼は髪をかき上げる。
端正な顔をしているが、眉間には皺が寄っていた。
あからさまに不機嫌なようだ。
「おいおい、何でお前が俺に命令してるんだ?」
ランスロットは不服そうな声で聞いた。
同じ魔導書にいる従者に指図されるのが嫌らしい。
「私は主人様を治療します。その間、あの魔物の相手をしていて下さい。別に殺しても構いません」
「チッ、面倒くせぇな」
エイルは有無を言わさずに命令する。
それを受け、悪態をつきながらも槍を構えてゴブリンキングと対峙するランスロット。
両者の間で熾烈な戦いが幕を開けた。
「すみません、痛みを感じると思いますが……」
エイルは僕の背中に刺さっている矢を引き抜いた。
一瞬だけ痛みを感じた後、焼ける様な熱さが襲う。
「生命の灯火、連なる螺旋。拗れる運命に抗え。【生命回復】」
エイルは涼やかな声で詠唱を唱える。
緑色の魔法陣が展開しているのが、視界の端に見えた。
「これで大丈夫です、回復魔法を施しました。傷もその内、元通りになるので心配はいりませんよ」
「ああ……ありがとう」
エイルに礼を述べ、ロミアの様子を伺う。
ぐったりと地面に横たわる彼女を見て、僕の心は不安に苛まれる。
「ロミア様は魔力を使い果たした事や過度な恐怖によって、気を失っているようです」
「何か、命に関わることじゃ無いんだよな?」
「はい、ご安心ください」
エイルの返答で少し、心に余裕が生まれた。
痛みが和らぐのを感じつつ、僕はランスロットの戦いを見守る。
ゴブリンキングは背中にあった巨大な斧を力任せに振り回していた。
空気を切る音を聞きながら、ランスロットはその攻撃を全て受け流している。
「ランスロット、主人様の治療は終わった! もう殺していい!」
エイルからランスロットへ承諾という形の命令が出た。
「はいはい、分かったよ」
ランスロットは軽く手を振って返事をする。
その様子からは、余裕が満ち溢れているように感じた。
「キサマ、ナゼオレトタタカウ? オマエハ、アレ二シタガウホドヨワクナイハズダ」
ゴブリンキングは突然、ランスロットに話しかけた。
ランスロットと対照的で、必死に話す姿からは焦りを感じられる。
「何だぁ? こんな時に命乞いか? ま、俺の強さをわかっている分、賢い方かもしれねぇな」
ランスロットはゴブリンキングの言葉を適当に流して、攻撃に移る準備をしている。
魔物の言葉などには耳を貸さないようだ。
「ソウダ、オマエトオレデテヲクモウ! ソウスレバ……」
「ったく、うるせぇな。何で俺を同格に見てるんだ?
頼みごとをするなら、敬語に決まってんだろ。この一介の魔物ごときと手を組んでは頂けないでしょうか、って頭を下げるべきなんじゃないのか!?」
ランスロットはゴブリンキングの必死な訴えに対し、怒っていた。
彼が怒る判断基準が全くもってわからない。
そして激昂そのまま、槍を大きく後ろに回し、横薙ぎの攻撃を放つ。
ゴブリンキングは斧で槍を受け止め、それを防いだ。衝撃が武器を伝って、お互いの体に響く。
少しの間、拮抗した状態が続く。すると、ゴブリンキングの所持していた斧にヒビが入り、粉々に砕け散った。
武器を失ったゴブリンキングは、極度の焦りからほんの一瞬だけ動きを止める。その隙を見て、ランスロットは途轍もない速さで槍を投擲した。
「死ね、お前には興味が尽きた」
手から放たれた槍はゴブリンキングを貫き、背後にあった大木まで貫通した。
ランスロットは木に磔にされたゴブリンキングの死体にまで歩いていく。
彼はその死体を見て、可笑しそうに笑いながら言う。
「ハハッ、ゴブリンの長がこんな簡単に死んじまうとはなぁ。まったく、部下どもが可哀想だな!?」
心底、楽しそうな顔でそう告げるランスロット。その表情と発言は完全に悪役そのものだ。
これが僕の持つ魔導書に記されている従者の一人なのだから笑えない。
「五月蝿い。下衆騎士」
「あ? お前も従者の一人のくせして、何で上からなんだよ?」
「私は今、能力の権限を授かっている。つまり、貴様を強制的に戻すこともできる」
エイルは氷水に浸けた金属のような目でランスロットを見据えた。
「お、おい待て。何年も閉じ込められっぱなしだったんだ、本に戻すのは待ってくれ!」
今までの強気な態度を覆し、ランスロットはエイルに懇願している。
彼女は瞳に少しばかり人の体温を取り戻して、言った。
「何年も閉じ込められていたのは他の者だって同じです。またすぐに呼ばれるでしょうから、今は戻って下さい」
「…………」
エイルの澄んだ瞳で見つめられ、ランスロットは頭を掻きながら渋々、本へと戻って行った。
エイルが僕に向き直る。
ふわりと舞う金髪はとても美しかった。
「では、ランスロットも戻った事なので、能力の権限をお返ししますね」
《能力の権限が従者[エイル]から[ノア・シャルラッハロート]へと返却されます》
僕がエイルに権限を渡した時と同じ様に、無機質で生命の感じを一切、滲ませない音声が聞こえた。
とりあえず、終わったようだ。
今、この瞬間、僕には何の実感もなかった。
ゴブリン達はエイルとランスロットにより、全て殺されたし、傷も回復魔法のおかげで癒えている。
「一旦、街に戻ろうか」
僕は目の前にいるエイルと、魔力が切れて気絶状態のロミアにそう言った。
この時、ゴブリンキングや他のホブゴブリン達の死体が無くなっている事に、疲弊していた僕は気付いていなかった。