52話 魔王の会談、星の狂乱
あの組織の長が登場です!
是非、お読みください!
小鬼族、猪頭族、大鬼族。
この様な知識無き種族は魔物と呼称される。
またそれとは別に、吸血鬼、龍人族、風人族など。
それらは人間と同じく知識を有する種族は魔族と呼ばれるのだ。
魔族は国を興する事がある。
この世に存在する魔族の中でも最も強大で圧倒的な力を持った者は、弱き者どもを統べる王となる。
そしてこの世に君臨する三名はこう呼ばれている。
——“魔王”と。
魔族領北の大地にて。
ノア達がバルファへと報告を行なっているのと時を同じくして、この世に存在する三名の魔王が一堂に集結しようとしていた。
荘厳な雰囲気が漂う城塞の一室で、ある一人の魔王が寛いでいた。
華美で巨大な椅子にもたれ掛かり、部屋を満たす紅茶の香りを楽しみながら来客を待っている。
肩まである灰色の髪を人ならざる白さの指で弄り、溜息を吐いた。
この者に性別という概念は存在しない。
故に、見かけだけで判断するならば彼女と呼ぶのが妥当だろう。
遅い、と彼女は思った。
何故なら他の魔王を招集して数年経っていたからである。
悠久の時を生きてきた彼女にとって数年など大した時間ではないが、この場合は少し事情が違った。
この魔王達による集会は過去に何度も行われている。
けれど、いつもならば招集すれば数日後には来るはずが、今回は数年後になってもまだ来ていない。
だから彼女は遅いと感じていたのだ。
「ふん……。遅い。ローズはともかく、アイトも遅刻とは珍しいな」
美しい音楽のような声が部屋に響く。
彼女の名はグリザイユ・クレエ・デストリュクシオン。
この世に最初に生まれた最古の魔王。
魔族領に存在する生命の中で最強と謳われる王であった。
「お待たせしました。灰色の王よ」
そのような言葉と共に、一人の男がやって来た。
射し込む光さえ吸い込むような黒髪をした男は、グリザイユに頭を下げつつ椅子に座る。
彼も魔王ではあるが、最古の魔王たる彼女の前では謙ってしまうのだ。
「おお、アイト。息災か?
それにしても……どうしたというのだ。いつもならば、数日でやって来ていたではないか?」
グリザイユはその毅然とした態度はそのまま、アイトに問うた。
「すみません。少し国の方で問題があったものですから……」
彼は彼女の目を見ずに答える。
長めの黒い前髪から覗くのは、これまた常闇を体現したような漆黒の瞳。
「ほう、それはお主の配下が一人いない事に関係しているのか?」
グリザイユはアイトの後方に控えた夢忍を見る。
そこには片割れである不吟の姿は無い。
別の場所にいるのか、あるいはまだ作られていないのか。
「ええ……まあ、そうですね……」
男は言葉を濁しながら、出された紅茶に手を伸ばした。
魔人である彼の味覚や嗅覚はしっかりと機能を果たし、その甘美な香りや味わいを脳に伝える。
「そうか。ならば何も問わん。友好ではあるが各々が王として君臨しているのだ。下手な過干渉は無関心よりタチが悪いゆえ」
彼女は愉快そうに笑った。
「感謝します灰色の王」
アイトは再び頭を下げる。
彼は知っている、グリザイユとの圧倒的な差を。
だからこそ礼節を忘れない。
「ハッ。やめよ、アイト。お主とて国の王。
王がそう易々と頭を下げるな。その首には民草の命が乗っていると思え。
それに王とは本来、道理を捻じ曲げ自身の掲げる信念を突き通すものだ。間違っても我以外には頭など下げてくれるなよ」
最古の魔王はその美しさに加え、王たる威厳を持って告げた。
恐ろしく冷たい声がアイトの首筋を撫でる。
彼は僅かに体が震えるのを感じ、意識的に肉体を硬直させた。
「……魂に刻み込んでおきます」
小さく、そう呟いた。
「かかかっ! 久しいのう、灰色に黒色」
声高らかな笑い声を上げながら、一人の女性が現れた。
二人の魔王を髪色で呼称する彼女は優美な動きで席に座る。
それに伴い艶やかな青色の髪が揺れた。
「ローズ、やはりお主が最後だったか」
「灰色、それに関しては言い訳をするつもりは無い。
……じゃが、謝罪するつもりも無い。妾にも事情があるのじゃ、察してくれ」
ローズは堂々としている。
良く言えば勇猛果敢、悪く言えば傲岸不遜な態度だった。
「構わん、むしろお主の場合は遅れてでも来た事を褒めるべきだろうな」
鷹揚に頷くグリザイユ。
光沢の帯びた灰色の髪がサラサラと動く。
「では始めよう。“魔王による会談”を——」
◇◆◇◆◇◆◇
更に時を同じくして、カルムメリア王国。
王宮ではまた別の者が話をしていた。
その話し合いの場にいたのは国王ではない。
濃紺のローブを身に纏った男は玉座に座り、不吟と名乗る従者を相手にしていた。
「……で、あの三大魔王が一柱、“戦神”アイト・シュトゥルムアングリフ陛下の従者様が何用かね?」
王では無い彼は玉座で足を組み、不機嫌そうな声で尋ねる。
「魔法協会会長、ゴート・ヘルヘイト。主人様が貴方と協力したいとおっしゃています」
無感情で無機質な声で不吟は言った。
不吟と夢忍は一度、スカーレットに殺されている。
よって再び作り出されたコレは、アイトの考えにより感情という機能は取り払われていた。
「協力……? それは何とも突拍子の無い申し出だな」
不吟の言葉で彼は目の色を変えた。
それも当然である。
まず、この世界では魔王が人間に興味を持つなどあり得ない話なのだ。
魔王にとって弱小種族である人間は有象無象、塵芥としてしか見ていないのだから。
「『ゴート殿、協力してカルムメリア王国を潰さないか』だそうです」
不吟は淡々と調子を変えずに、アイトの言葉を伝えた。
それによりゴートは目を大きく見開く。
瞳は驚愕の色に満ちていた。
「……わざわざ、冗談を言いに来たわけではあるまい。どういう事か説明してくれるな?」
「ゴート殿の目的は確認済み。それはロミア・フラクスの能力。彼女は今、ノア・シャルラッハロートという男と行動を共にしています」
「…………」
沈黙が少しの間続く。
彼は足を組み直し、頬杖をついて思考していた。
老紳士のような顔をしたゴートの姿は王宮の煌びやかさもあり、一枚の絵画のようであった。
「ふむ。そうか。カルムメリア王国を窮地に陥らせる事で、ノア・シャルラッハロートをおびき寄せる。そうすれば、ロミア・フラクスもついてくる……か」
「ご明察、恐れ入ります」
「……やめ給え。意思も持たぬ使い魔如きに褒められても嬉しくは無い。
それよりも窮地にどうやって陥らせるのか、だ。
そこがはっきりとしない限り、協力は出来ない」
至極、冷めた声で言い放った。
ゴートからすれば、使い魔程度いつでも殺せるのである。
だからこそ心を落ち着けて、話し合いに徹しようとしていた。
「こちらには“槌”……いえ、猪頭王が三体。そして大鬼皇が一体。
他にはオーク兵が一万とゴブリン兵を八千と用意しております」
「何故、そこまでの戦力を……?」
「簡単な話です。相手が強力であればあるほど、緊急性が高まります。
それに、この国はある程度の広さがありますから。数が多ければ殺し切る時間も短縮されます」
「この国の人々を全て殺すつもりか?」
「はい。まさか、ゴート殿。貴方の口から国民を心配する言葉なんて出るはずがありませんよね?
もし出るならば、それこそ冗談としか思えません」
「ハッ、使い魔風情が良く喋る。
……いいだろう。『魔導書の記憶』さえ手に入れば、後はどうでもいい。
好きなだけ殺してくれて構わないさ」
「ええ、こちらもカルムメリア王国を潰せればそれで良いのです。
大鬼皇達にはロミア・フラクスを攻撃しないように呪術を掛けておきましょう。
それでは、失礼します」
形式的な礼をして不吟は影に沈んでいった。
便利な物だ、とゴートは思う。
使い魔自体はそう珍しい物でもない。
けれども、主人は魔王。知性を持った人型の使い魔なんて貴重な物を所有していた。
それが消えるのを見届けた後、大きく息を吐きながらゴートは立ち上がる。
静かな部屋にドロドロとした悍ましい空気が満ちた時、彼は右手を上に掲げた。
「『星座ノ男神』に命ずる。星々よ、活動を開始せよ」
ティターン十二神の一柱、クレイオスに由来する能力が行使される。
ギリシャ神話において、クレイオスは系譜上でしか登場しない。
そのため彼に目立った逸話などは存在せず、その能力も不明瞭で不確定な物だった。
更に、『星座ノ男神』はよりにもよってゴート・ヘルヘイトという人物に宿ってしまったのだ。
魔法協会の長という役職は飾りなどでは無く、彼自身は優秀な魔導師である。
しかしその強欲さゆえ、理解されなかった。狂気に近い知識欲が暴走して、時には人を傷つける事もあった。
いつしか周りの魔導師から距離を置かれ、独りになったゴート。
そんな彼の元に悪魔が現れたのだ。
悪魔は言った。『望みを言え、手伝ってやる』と。
彼は望んだ。『魔法の全てを手に入れたい』と。
悪魔族は魔法の扱いに長けた種族。
彼と悪魔は契約を交わし、『星座ノ男神』を覚醒させた。
彼が以前に習得していた占星術を元にして、黄道十二宮星座の力を駆使できる能力へと改変を行なったのである。
《クオリティー・カーディナル。起動します》
星を司る神の力を借り、基本宮である白羊宮、巨蟹宮、天秤宮、磨羯宮の四つが解放された。
「正義の天秤、この世に墜ちよ。〈天秤の星座〉!」
流動体の如き空気がうねり、収束し、形を成す。
能力とは神々の力を借り、この世に超常的な干渉を起こす物。それには差があり、力を借りる神の力も関係している。
魔法とは大気中に存在する魔素を魔力によって操作し、超常的な干渉を起こす。
ゴートは魔力で魔素を人の形に掻き集めていた。
そこからその魔素の塊に自我を与えるには、膨大な魔力を消費する。
魔法は有能ではあるが、万能ではないのだ。
だからこそ、万能である神の力を借りる。
魔素の塊に星座を墜とし、存在と意味を与えた。
ただの魔素が魔人へと変化した。
その魔人は利発そうな女性の外見をしている。
彼女はすぐに自身の持つ魔素で衣服を生成し、ゴートの前に跪いた。
「ご命令を」
短く、落ち着いた声でリブラは言う。
彼女には創造者の命令以外では動かない。
絶対的に服従させられるという利点と命令しなければ動かないという欠点が両立していた。
「幹部をここに集めろ。計画を立てる」
ゴートは命令を下す。
それを受け、リブラは即座に行動を開始した。
再び、彼は玉座へと腰掛ける。
目を伏せて、これから辿る未来への悦びが胸を満たしていた。
「これからが楽しみだ。なぁ? 貴方もそう思うわないか?」
ゴートはある人物に視線を向ける。
玉座の横には、装飾華美な服を着た男が虚ろな表情で立っていた。
「……カルムメリア王国の王、ファルセント・ドーバー陛下……」
彼は笑う。
魔導師として高い技術を持ち、『星座ノ男神』という能力を有した怪人は、魔法の極地に至る自分を想像して黒い笑みを溢すのだった。
次には戦闘シーンがあります!
しばしお待ちを!




