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50話 咲き誇る徒花

三章ラストであります。

いやー、ここまで続いているのも読者の皆様のおかげであります。

これからもどうか宜しくお願いします!



 薄暗い裏道を進む。

 空を仰げば漆黒の幕に丸い月が浮かんでいる。

 僕達は今、再びあの家に向かっていた。

 王宮で聞いた調査の結果を一応、伝えに行こうとしているのだ。

 まぁ、最も良い結果になったと僕は思う。

 それがメルさん達にも良い結果なのかはわからない。

 けれども、何かしらの区切りにはなってくれる事だろう。


 そして辿り着いた。


 月の明かりに照らされて、その家は幻想的な雰囲気を醸し出している。

 微弱な風に庭先の花が揺れ、様々な色で彩られた壁も相まって、おとぎ話にでも出てきそうであった。


 家の扉の前に立ち、少し息を吐く。

 今回は勢いよく扉が開かれる気配はない。

 だから僕は扉を二、三回叩いた。


「はいはーい! ちょっと待ってねー」


 明るい女性の声が家の中から聞こえる。

 次にバタバタという物音を立てながら、桃色の髪を持つ女性が扉を開けてくれた。


「おや! こんなにもすぐ、また会えるとは!

 いらっしゃい、ほら、中に入って!」


 促されるまま、僕達は家に入った。見方を変えれば押し込まれたと言っても良かった。








 部屋へ入ると、食欲をそそる様な美味しそうな匂いが僕達を出迎えた。

 朝と同じ様に、丁度食事の時に来てしまったらしい。

 僕達としては別にそれを狙ったという訳ではない。

 むしろそれを避けて、早めに来たつもりでいた。

 だが、この家の食事の時間は一般的なものより早いようだった。


「お、何だ? また、飯を食べに来たのか?」


 僕達を見るなり、メルさんが笑う。

 テーブルには趣向を凝らして作られた料理が沢山並べられていた。


「いいじゃないか。食事は大勢で食べた方が美味しいからね」


 フォーマルな格好でピシッと決めた男が椅子に座る。

 メルさんとリタさんは名前が判明しているが、彼の名前だけはわかっていない。


「ギドン、お前そう言うならもう少しそっちに詰めろ。

 お前の食事の取り方は優雅だが、いささか場所を取りすぎる」


 僕の心の声を知ってか知らずか、メルさんが彼の名前を呼んだ。

 なるほど、ギドンさんと言うのか。覚えておこう。


「ほらほら、貴方達も早く座りなさい。折角のディナーが冷めてしまうわ」


 そう言って着席を促したのは、やはりソフィア王女だった。

 失礼になるのかもしれないが、何故か彼女はこの家にとても馴染んでいる。

 王女としてのオーラや優雅さといったものは損なわれてはいないけれど、今の彼女には年相応の可憐さが感じられた。


「あ! お兄さん! また来てくれたのね、とっても嬉しいわ!」


「はは、何だ? こんなに早く再会するとはな!」


 部屋の奥よりやって来た白髪碧眼の少女と黄金の竜。

 シャーロットちゃんとファフニールだ。

 少女は満面の笑みを浮かべ、ファフニールを抱えている。

 彼女は依然、儚い雰囲気を纏っているが、そこに脆さなどは感じなかった。

 ファフニールという友が復活し、心の支えを取り戻したからだろう。


「僕もシャーロットちゃんにまた会えて嬉しいよ」


 彼女の透き通るような白い頭を撫でる。

 その柔らかでさらさらとした感触が手に伝わった。


「“ちゃん”はいらないわ、シャーロットって呼んで!

 それとあなたたちの名前も教えて!」


 シャーロットちゃん……もとい、シャーロットが小首を傾げる。

 その様子は白い小鳥を連想させた。


「僕はノア。ノア・シャルラッハロートだ」


「私はロミア・フラクスです! よろしくね!」


 僕達は彼女に名前を告げた。


「いいお名前……。さぁノア、ロミア。一緒に食事をしましょう?」


 シャーロットに連れられ、僕達も席に着く。



 計七人と一匹による、食事会が始まった。









「それで、お前達は何を理由にまた来たんだ?」


 メルさんが肉を頬張りながらこちらに視線を向けている。


「メル、彼らにはノアとロミアという名前があるの。ちゃんと名前で呼んであげて」


 シャーロットが彼にそう言ってくれた。

 少女は知っている、与えられた名前の大切さを。

 だからこそ彼女は、名前で呼ぶ様に諭したのだろう。


「はいはい。で、ノア。今度は何を話しに来たんだ?」


 僕は一旦手を止めて、今回の件の顛末を話し始める。


「僕が話したかったのは秘密警察の調査の結果です。

 最終的な結果から言うと、調査によってオーツヴェイン家の悪行が明るみになりました。メルさんの言っていた通り、孤児院から多数のリストが発見されたようです。

 そして孤児院の子供達の解放に関してですが、それは叶いませんでした」


「何だと……?」


 話を聞いていたメルさんが眉間にしわを寄せる。


「いえ、勘違いさせる様な言い方でしたね。

 別に子供達が危機に晒されるままという訳ではありません。

 今までオーツヴェイン家が運営していた孤児院を王家が引き継ぐ事に決定しただけです。

 それと、オーツヴェイン家は今回の事件で失脚しました。もちろん爵位は返上されるそうです。

 つまり、メルさん達の目的は達成されたと考えてもらっていいでしょう」


 話を終えて、食卓に着く全員の顔を見渡す。

 それぞれが何かを思っている。考えている。

 だが、その思考には後ろ向きな感情などは存在していないだろう。


「そうか……。それは良かった。

 これで、あのふざけた怪盗も笑顔になってくれるだろう」


 メルさんが小さく呟いた。

 その瞳は少しばかり潤んでいる。

 リタさんやギドンさんも同じ表情を浮かべていた。



「では……これで、ソフィア王女は……」


「ああ。約束通り王女は明日、俺達で王宮まで送り届けよう」


 うん。

 これで今回の事件は全て解決する。

 皆がその望みを叶えて、この出来事は終結するのだ。


「嫌です」


 束の間の静寂を、涼やかで繊細な声が破った。

 その声の主に僕達は注目する。

 言わずもがな、言葉を発したのはソフィア王女その人だった。


「な、何を言ってるんだ……あんた?」


 そんな不敬の極まった物言いで、メルさんがソフィア王女へ問う。

 まぁ、こればかりは致し方ないとは思うけれど。


「私はここでの生活が気に入りました。あの王宮での息の詰まる様な生活に戻りたいとは思いません」


 あくまでも毅然な態度で言っているが、それは十七、八歳の少女の我儘にしか聞こえなかった。


「盗み出した俺が言うのもなんだが、それは流石に我儘が過ぎると思うぞ?」


 呆れた様子でメルさんが僕の思いを代弁する。


「そうだよ、ソフィアさん。貴女は一国の王女なんだから……」


 リタさんもそれに続いた。

 恐らく、この部屋にいるソフィア王女以外の意見は一致しているだろう。


「そ、それなら貴方達。国の諜報機関で働く気はないかしら?

 それだったら、優遇してあげるわ」


 彼女は必死だった。

 鳥籠の中にいる鳥の如く、王宮に閉じ込められた彼女は、短い間であっても自由に憧れた。

 そして自由を知ってしまったが故に、より一層戻りたくないと感じているようだ。


「いやいや。そんな重大な責務は請け負えない。何より、怪盗の活動はこれで一回終了だしな。これからはそれぞれ表の方の職で頑張りたいんだ」


 ほう。

 そうか、メルさんが花屋をやっているのと同じく、他の二人も別の職に就いているのか。

 ここで僕が言及することは無い。

 間違っても僕は正義なんかじゃ無いのだから、彼らの罪を追及するつもりも無いのである。

 しかもこの三人を見る限り、ただの悪人と言うよりは義賊と表現するのが正しい。


《彼が名乗っている[怪盗]とは、そういった意味が強いと思われます》


 おっと。

 エイルか。

 いきなりの登場、解説ありがとう。

 怪盗……弱きを助けるためにものを盗む。

 「盗んだものは何であっても傷付けない」それが彼らの理念だったはずだ。

 そんな理念を掲げる人達を裁く正義などない。


「で、でも。この楽しさや雰囲気を手放すなど、私にはできません。

 もし諜報機関が無理ならば、他の雇い方もあります」


 ソフィア王女は主張する。

 どうしても彼らと離れたく無いようだ。


「他の雇い方、とは何でしょう?」


 ギドンさんがフォークを動かしていた手を止めた。

 その場面だけを切り取っても、ここがどこかの宮廷なのではと錯覚してしまうほど決まっている。


「そうね……。リタは宮廷画家でギドンは宮廷音楽家というのはダメかしら……?」


「俺はどうした?」


「ああ、ごめんなさい。貴方は……そうね。庭師とかどう?」


 ふむ。花屋から庭師。

 かけ離れているとも感じないが、あまり近しいとも感じないな。


「職は何にせよ、俺達全員が家を空けたらシャーロットはどうする?」


「そ、それもそうね……」


 ソフィア王女は俯いた。

 彼女とて一国の王女。自身が我儘を言っている事ぐらい理解しているのだろう。


「大丈夫よ、メル。私にはファフニールがいるもの」


 シャーロットは嬉しそうに微笑んでいる。

 それに応じて、ファフニールも翼をパタパタとさせていた。


《主人様……》


 わかってる。そう慌てなくても平気だ。


「シャーロットの事ならば、心配はいりませんよ」


 僕は唐突に、そう告げた。

 それを聞いた全員の視線が僕へと集中する。

 人の視線は好きでは無いが、今は関係ない。


「どういう事だ、ノア?」


「先ほどの報告で伝え忘れていた情報がありました」


「伝え忘れた事?」


「はい。それは孤児院の建物についてです。

 オーツヴェイン家の運営していた孤児院は建物が古く、老朽化が進んでいました。

 なので、王宮のすぐ側に新しく建て直す事にしたそうです。しかも、そこで子供達に勉学を教えられるような教育機関としての役割を持たせると言っていました。

 それには早急に取り掛かるとも言っていましたから、それまでの辛抱ですね」


 そう。

 工事には大した時間はかからない。

 この世には魔法という物が存在するのだから。

 風魔法や土魔法を使用すれば普通に建築した場合より、かなり短い時間で建てられるらしい。


「それまで待てるか、シャーロット?」


 不安げに、心配した声でメルさんが尋ねた。


「ええ、もちろん!」


 幼気な少女は弾けんばかりの笑顔でそう答えた。

 そして、メルさんは考え込む。

 腕を組み、目を閉じて、考えを巡らせている。


 そうしてしばらく経ってから、彼は口を開いた。


「ふむ。俺達が仕事をしている間はシャーロットをその孤児院……というか教育機関? に預ける。

 それで仕事を終えれば、俺達と一緒にシャーロットはこの家に帰ってくる。それを認めてくれるなら俺達はあんたに雇われてやろう」


「本当!?」


 メルさんの言葉を聞いて、ソフィア王女は目を輝かせた。

 その姿は、ただの少女であった。王女などの堅苦しい役割にはまった彼女ではない、ソフィア・ユートラスという一人の少女だった。



 こうして、今度こそ全員が望んだ結末を迎え、この出来事は幕を下ろす。


 夜はまだまだこれからのようだった。










 ——翌朝、王宮にて。


 王都の住人はまだ寝ている早朝。

 張り詰めた空気の中、王宮の広間に二人の人物がいた。


「それじゃ、無事に送り届けたぞ」


 黒いコートに身を包み、鳥の様なマスクで顔を覆った男。その頭にはシルクハットを被っている。


「ええ、追って連絡するわ」


 王宮という場所だからか、彼女は厳格で優雅なソフィア王女へと戻っていた。

 優雅な仕草で振り返ってそう告げる彼女の表情は、晴れ晴れとしている。


「ふん。王様の前では我儘言うなよ」


「言わないわよ。

 ……貴方、最初からそうだったけれど、王女である私に向かっての物言いが不遜すぎではなくて?」


「ん? だって、お前は対等な友達が欲しかったんじゃないのか?

 まぁ、お前がそう言うならこれから敬語にしなくもないが……」


 彼の表情はマスクによって見えないが、恐らくその下で性格の悪そうな笑顔を浮かべているのだろう。


「い、いいえ。別にそこまで嫌な訳ではないですが……」


 頬を赤く染めながら、ソフィアは答える。

 まるで恋する乙女の様に……いや、実際に恋をしているのかもしれない。

 前途多難な彼女の恋路の行方は、今の時点では予測不能である。


「じゃあ、俺はもう行くからな」


 彼はそう言って、今にも窓から飛び降りようとしていた。


「ええ。庭師としての仕事ぶり、期待しておきます」


「はて? しがない怪盗には何の事かわからないな」


 戯けたような口ぶりで彼はそう言い残し、窓から飛び立っていった。

 夜にの闇に溶け込む怪盗は、今、朝日に照らされて輝いていた。



「……あら?」



 ソフィアは窓の側まで歩み寄る。

 するとそこには、二輪の花が置かれていた。


 ストレリチア。黄色い花弁を持ち、今にも飛び立つ鳥のような花。

 [咲き誇る徒花]の象徴であり、花言葉は“全てを手に入れる”。

 その言葉通り、彼らは望む物を全て手に入れた。強欲でありながら心優しい怪盗団として。


 そして、それに添うようにして置かれていたもう一輪の花。

 淡い紫色をしたその花の名はスターチス。

 その花言葉は“途絶えぬ記憶”。



 [咲き誇る徒花]という怪盗団が、メル・アルセーヌという怪盗がいた事を、ソフィアは忘れる事は無いだろう。

 『記憶ノ女神』の加護を受け、その力を弱き者たちのために使った彼らの記憶は、絶えず誰かによって語り継がれる事になる。



「怪盗 メル・アルセーヌ……。不遜ではあったけれど、悪い人ではなかったわね……」



 そう呟く彼女の口元には、暖かな微笑みが浮かんでいた。




 強く風が吹く。


 花びらを乗せて。


 朝日は照らす。


 この世界を。



 ——今日、徒花が咲き誇った。



これにて三章は閉幕です!

早ければもう明日から四章が始まります。お楽しみに。

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