47話 徒花の過去
メル達の過去であります。
よろしくお願い致します!
空飛ぶ魔法の馬、バヤールは駆ける。
この馬はリタが呼び出したルノー・ド・モントーバンの愛馬である。
そしてその手綱を握っているのは、トレンスによって殺されたはずのルノーだった。
ここで重要となるのは『記臆ノ女神』で呼び出されたという事。
ルノーを始めとする三人は、それぞれに関連する剣や弓などに刻まれた記臆から具現化されている。
つまり彼らを本気で消失させたいのならば、その武器達を破壊しなければならないのだ。
そのため、フランベルジュを破壊されなかったルノーは、こうして再び呼び出されているという訳だった。
噴水広場を脱出してから、どれくらいの時間が経っただろうか。
地面へと着地した衝撃が馬車に伝わった。
その後、少しの間走ったかと思うと、馬車は完全にその動きを止めた。
「到着しましたよ」
ルノーのその声で[咲き誇る徒花]の三人はリタ、ギドン、メルの順で馬車から降りた。
そして最後に降りようとするソフィアに、メルが手を差し伸べる。
「王女様、俺がエスコートでもしましょうか?」
「あら、誘拐犯でもそれくらいの気は効くのね。けど、いいわ。
貴方に保護されるほど私は弱くないから」
そう言って、彼女は優雅に地面へと降り立つ。
今のソフィアには不安や恐怖といった感情は持っていなかった。
先程までの戦いを見て、正常な判断ができなくなったわけでは無い。
彼女は気づいたのだ。
メル達には自分を害する気がないのだと。
それは彼が言っていた事なのだが、彼女は半信半疑だった。
けれどもし、彼らがソフィアを殺そうとしていたのなら、まず誘拐という手段を選ぶはずがないと考えたのだ。
そう考える事で、彼女の心に余裕が生まれた。
申し出を断られたメルは苦笑を浮かべつつ皆の前に出て、家の扉を開けた。
「ちょっと、どこに行ってたの……?
目を覚ましたら誰もいなくて驚いたじゃない……!」
扉を開けるなり、飛び出してきたシャーロット。
また、独りになってしまったのではないかと不安になった彼女は、メル達の帰りをずっと待っていたのだ。
ファフニールという友を失った少女が頼れるのは今、[咲き誇る徒花]の三人しかいないのだから。
「ごめんな……何も言わずに行って悪かったよ。これからはちゃんと報告するからさ。ほら、早く家に入ろうぜ」
そう言って、ソフィアとシャーロットを含めた五人は家の中へと入っていった。
「…………!」
部屋に入ったソフィアは、壁や天井に貼られた絵画の数々を見て驚いた。
「どうです? あまりお気に召しませんか?」
リタがソフィアの顔を覗き込む。
「いえ……素晴らしいと思うわ。宮廷画家が描く絵は美しいけれど、整合性が取れていたけれど、感動はしなかった。
彼らが描いていたのは目に見えるものだけだったから。
でも、この絵には意志が感じられるわ。表現したいという気持ちが伝わってくる……」
そこまで言って、ソフィアは周りの視線に気づいた。
こちらに向けられた顔全てが笑みを浮かべいる。
「……コホン。宮廷画家が描く絵よりは良い、というだけです」
ソフィアは頬を少し赤らめながらそう取り繕った。
「ま、そういう事にしておこう。それよりも、王女様を連れ去った理由を話したいと思う。さぁ、好きに座ってくれ」
メルはその不気味なマスクを外し、席に座るよう促した。
各々が座るのを見て、ソフィアも近くにあったソファへと腰を下ろす。
その様子を見て[咲き誇る徒花]のリーダーである彼は、静かに語り始めた。このような事態になった経緯を。
「まず最初に言っておきたいのが、俺達はソフィア王女……貴女を傷つけるつもりは一切ないという事をわかってもらいたい」
「そう……それはいいわ。で、貴方達は何を望んでいるの? 私を取引の天秤にかける理由は何かしら?」
若いけれど、彼女の交渉技術は本物だ。
今まで意地汚く狡猾な王侯貴族を相手にしてきたのだ。『美ノ女神』を使用しなくとも、地頭の良さや機転の利き方は通常の人間より優れていた。
「何だ、そこまで理解していたのなら話が早い。
じゃあ端的に言おう。
俺達が求めるのはこの王都にある孤児院にいる子供達の解放だ」
メルは今までの柔和な表情から一転し、厳しい顔つきになった。
「子供達の解放? それは一体どういう事かしら?」
ソフィアは尋ねる。
彼女は突然の事で整理が追いついていなかった。
メルが持ち出した話題は、全くもって初耳だったのである。
「この国では有力な貴族、オーツヴェイン侯爵は知っているな?」
「もちろん知っています。由緒正しきオーツヴェイン家の人間で、事故や病気で親を亡くした子や捨て子達の為に孤児院を設立したりと、心優しい人物だと聞いていますが……」
「ああ、そうだ。この国の民達はみんなそう思ってるだろう。
……だが、それは表向きだけの話だ。ソフィア王女、あんたも含めた国の全員が、あいつの裏の顔を知らない」
その言葉に少し、気分を害するソフィア。
彼女も王族の一人。件のオーツヴェイン侯爵とは面識があった。
その時の彼は、貴族の中でも良識ある人物という印象だったのだ。それ故に、オーツヴェイン侯爵を悪く言われる事が気に入らなかったのである。
「裏の顔とは何ですか……?」
ソフィアは自身の心を落ち着け、続きを促す。
いくら突拍子な事でも、頭ごなしに否定するのはいい判断では無いと考えたからだ。
メルは体を前に傾け、少しの間を置いてから言った。
「オーツヴェイン家は、孤児院の子供を売りさばいている。その取引相手は様々だ。
他の貴族や裕福層の奴らだったり、最近ではカルムメリア王国の“魔法協会”っていう変な団体にまで売っているようだ」
淡々と声の調子を一切変えず、彼は告げる。
その瞳はソフィアに向けられ、彼女の考えを見透かそうとしていた。
「そ、そんな……あり得ません。第一に証拠が無いでしょう」
努めて冷静に、平静を装う。
だが、そんな物は意味が無かった。
彼女の前に更なる事実が突きつけられる。
「証拠はある。ギドン、アレを持ってきてくれ」
そう言われ、ギドンは部屋の奥から何かの書類を持ってきてメルに手渡した。
「見てみろ。これは孤児院にいる子供達のリストだ」
差し出された紙を受け取るソフィア。
その紙には確かに子供の名前と性別、年齢が記載されていた。
四枚あったリストを全て見終えて、彼女は理解してしまった。
リストの違和感に、気づいてしまった。
「この……線は……?」
小さな声で、呟くように問う。
ここまでの話を聞けば誰でも分かる事だった。
名前の上に引かれた線の意味など簡単に。
「線が引かれた子供は、既に売られている」
ソフィアはその言葉を聞いて、大きく息を吐いた。
彼女は考える。
このリストの反証を探す。
「これを貴方達が偽造したという可能性は?」
「あんたも知っての通り、俺達は怪盗だ。たかだか四枚の紙を盗み出すなんて、王女を盗むよりずっと簡単だ。
それに、嘘をつくためにこんな事をしているとしたら、失敗した時の代償が大きすぎると思わないか?」
最もな反論を受け、ソフィアは黙り込む。
けれど、まだ諦めない。
苦し紛れではあるが、別の疑問を投げかける。
「も、もし貴方の話が事実だとして、貴方達が孤児院の子供を助ける理由は何?
盗む事を生業としているような人間が、まさか正義を語る訳では無いわよね?」
ソフィアの目とメルの目が合う。
お互いに、その瞳の奥にある真意を探っていた。
メルは何かを決心したように目を伏せ、語り始める。
「俺達三人は……孤児だった。……しかも、オーツヴェイン家が運営する孤児院にいたんだ」
「王族の人間が定期的に見学に来てたから、生活するのに不自由は無かった。
食事も出たし、水浴びの時間もあった。
孤児院には沢山の友達がいたし、みんな楽しく暮らしてたよ。
けど、そんな物はすぐに壊された」
「ある日、いつもと同じように遊んでいた俺達の所に院長が来た。
その日の院長の顔は凄く冷たい表情だった。まるで彫刻みたいに、全く感情を表さなかった」
「そして唐突に告げたんだ。『殺し合え』って。
もちろん、誰一人として動かなかった。
そこにいた全員は意味を理解できず、首を傾げていた。
そんな俺達を見て、院長は近くにいた子供を炎熱魔法で焼き殺した。
いつも楽しそうな声が響く孤児院に、炎に包まれた子供の苦しそうな絶叫がこだましたんだ」
「黒焦げになった友達を見て泣き叫ぶ俺達に、院長が言った。『残り三人になるまで殺し合え。次に私がこの部屋に入った時、三人以上残っていた場合、全員を殺す。生き残りたいなら殺せ』と、そう言ったんだ」
「そこからはもう地獄だった。
極限の恐怖に突き落とされた俺達は、殺し合った。
目の前で焼き殺された奴を見て恐慌状態になっていたから。
その小さな手で、まだ細い首を絞め上げて、小さく聞こえる声も無視して、友達を殺した。
馬鹿な話だと思うか?
けど、事実なんだ。
人は自分が危険になれば、平気で人を殺すんだよ。
それで、残りの三人になるまで殺し合いは続いた」
メルはそこで話を止めた。
大きく息を吐きながら、背もたれに寄りかかる。
「つ、つまり……その生き残った三人が……」
ソフィアは喉の奥から声を絞り出す。
自分の知っている世界とは大きくかけ離れた現実を突きつけられ、呼吸が苦しくなるのを感じながら、彼女はメルの顔を見た。
「ああ。それが俺達だ」
とても哀しそうな顔で、彼はそう答えた。
「な、何故、殺し合いなんかを……?」
「孤児を買いに来た他国の公爵がそうさせたんだ。
きっと、娯楽として殺し合いを見たかったんだろう。
その余りある金を積んで、孤児院の子供を全員買い取って、その生々しい惨劇を楽しんでいたんだろうな」
「そんな……そんな事が……」
ソフィアはこれまでにない苦痛を感じていた。
自分の中にある人間としての感情が、悲鳴を上げていた。
「苦しそうだな?
まだ話には続きがあるんだが、聞くか?」
メルは尋ねる。
その問いに、ソフィアは大きく深呼吸をしてから答えた。
「ここまで聞いたのです。最後まで話しなさい。
私はこの国の王女として、全てを聞かなければなりません」
彼女ははっきりと言い切る。
そこには兄譲りの厳格な雰囲気があった。
少し暗くなってしまいましたが、次話からは多少明るくなりますので、ご安心を。




