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44話 徒花、煙、混乱

本日二話目の投稿です!

是非、お読みください!



 舞踏会が始まった。

 宮廷楽団が優雅な音楽を奏でる。

 その音につられて、人々は踊り始める。

 色とりどりのドレスが揺れ動き、まるで風にそよぐ花のようだ。


「お兄様、もう部屋に戻っても良いかしら?」


 王女は兄であるトレンス王へ問う。


「そう言うな、ソフィア。これも王女の勤めだ」


 その返答に彼女はため息をついた。

 ソフィアは王女でありながら、このような催し物が嫌いなのだ。

 それには二つの理由があった。

 まず、彼女は貴族が苦手だという事。

 自身の身分を鼻にかけ、階級が下の存在ことごとく見下した態度を取るくせに、トレンス王やソフィアの前では機嫌を取ろうと必死に取り繕う。

 そんな、人の欠点の寄せ集めのような貴族が彼女は嫌いだったのである。


 そして、もう一つの理由は彼女が『美ノ女神』を持っている事だった。

 『美ノ女神』はその名の通りアフロディーテに由来する能力で、自らの美貌を増幅させ、人の心を征服できる能力だ。

 そのような能力をもって生まれた彼女は、年若くして外交の才を身につけた。

 それ故に、海千山千の貴族や他国の王を相手に交渉を行っていたため、ソフィアは人と関わる事に疲れてしまったのだった。



 不機嫌そうなソフィアを見て、苦笑しているトレンス王の元へ、古くから仕えている使用人がやってきた。


「失礼いたします。陛下、新しく雇った宮廷画家が到着しました。

 是非とも、陛下にお会いしたいと言っているのですが、どうなさいますか?」


 的確に、淀み無く要件が伝えられた。


「うむ、そうか。

 ならば、応接室に通しておけ。すぐに向かう」


「わかりました」


 一礼し、無駄のない動きで即座に立ち去る使用人。

 トレンス王はその後ろ姿を見つめながら言った。


「と、言う訳だ。ソフィア、しばらくの間ここを任せる」


「ちょっと、お兄様だけ逃げるの!?」


 今にもトレンス王にしがみつこうとするソフィアを宥め、王は半ば強引に立ち上がった。

 宮廷楽団による演奏が流れているため、二人の会話を聞いている者はいない。


 そしてトレンス王は自身の気配を消し、足早に会場から出て行ってしまった。


「お兄様はいつもそうやって……」


 悔しそうな表情を浮かべるソフィア。

 彼女が怒ってその場を立ち去ったりしないのは、彼女の根が真面目であるからで、決してこの場に留まる事を容認した訳ではなかった。


「もう、何か面白い事でも起きないかしら……」


 彼女がそうため息混じりに呟く。

 そして、そんな何気ない呟きは実現する。




 宮廷楽団が一つの曲を演奏し終え、次の曲に移ろうとしていた。

 少しの間だけ、会場は静寂に包まれる。



 そのほんの僅かな時間に事件は始まった。



「さぁ、全てを手に入れよう!!」



 威勢のいい宣言とともに、天井を突き破ってきた一人の男。

 [咲き誇る徒花(ストレリチア)]のリーダーである彼は、黒いコートにシルクハット、鳥のようなマスクで顔全体を覆い、その格好にはおおよそ不釣り合いな剣を腰に携えて現れた。


 騒然とする会場。

 警備を行なっていた王国軍の兵士達がすぐに彼を取り押さえようと動き出す。

 しかしそれを少しも気にせず、メルはポケットから一枚の紙を取り出した。


 それは、この世界に広く普及している下位魔法のスクロール。


「【煙幕フォーアハング】!!」


 紙に描かれた魔法陣から多量の白煙が噴出し、会場内を覆い尽くす。

 それは隣の人の顔さえ見えなくなる程の濃煙だった。

 周りにいるのは貴族や役人ばかり。これでは迂闊に動く事は出来ない。





(想定外の事態ね……。まぁ、いいわ。この混乱に乗じて王女を殺すとしましょう)


 煙の中を迷い無く進むスカーレット。

 彼女は殺すべき対象、ソフィア・ユートラスへと近づいていく。

 突然の乱入者はスカーレットにとってかなりの好都合と言えた。


 そうして、両の手に携えたナイフを構え、煙で見えぬソフィア王女へ斬りかかった。


(さようなら……お嬢さん。ヒュドラの苦しみさえ感じないくらいの速さで殺してあげるわ……!)


 高速で迫るナイフ。

 それはソフィアの首を容易く斬り落とすはずであった。




「何してるんすか? これ以上、勝手な真似をする人間は邪魔なんすけど……?」




 スカーレットによるナイフの斬撃をセリスが蹴りで受け止めていた。

 彼は〈飛翔する朱鷺(アイビス)〉で索敵を行い、〈有翼の靴(タラリア)〉を発動して彼女の攻撃を防いだのだ。

 不朽の黄金で造られたその靴は、ヒュドラの毒であっても腐蝕する事はない。


「あら、ヘルメス。元気そうで何よりね」


「あ? 俺はあんたと会うのは初めてっすけど?」


「そう? ワタシは貴方が宿している能力の神とは知り合いなのだけれど?」


「ごちゃごちゃうるさい……っすよ!」


 右足に力を込めて飛び上がり、体を捻って左足の蹴りが繰り出された。

 スカーレットはそれをナイフで防御するが、その衝撃によって彼女の体は後方へと吹き飛んだ。



「王女を守ってくれて助かった。感謝する!」


 メルの声がセリスの耳に届く。

 通常の人間では視認出来ないはずのその姿。

 しかし、セリスの〈飛翔する朱鷺(アイビス)〉は視覚に頼ったものではない。

 生物の温度と魔力を感知できる、俯瞰した視点を放つ技だ。

 メルの居場所もわかっている。


「そうはさせない……!」


 メルを追いかけようとする刹那、セリスは背後に迫った殺気を感じ取った。



「そうはさせない……は、こちらの台詞よ」



 だんだんと魔法の効果が薄れ、朧げにその姿が見え始める。

 体の至る所に目を有した巨人。

 『婚姻の女神』が使役する怪物の一体。その名をアルゴス。


「貴方にはうってつけの相手を用意してあげたわ。しばらくそれと遊んでなさい!」


 アルゴスはその巨大な拳を振り翳す。


「全く……うざったいっすね……!!」


 セリスは苛立ちを見せながらも、冷静にその攻撃を躱した。




 やがて煙が晴れていく。

 下位魔法のためその持続時間は短い。

 そして煙によって隠されていた光景が晒され、騒ぎは一瞬にして膨張する。


 王女と黒いコートの男が消え、代わりに現れたのは百の目を持つ巨人。


 今まで危険とは無縁の生活をしてきた貴族達は、アルゴスの不気味な姿を見て恐れ慄いていた。

 ある者は叫びながら逃げ惑い、またある者は恐怖のあまり気を失っている。


「フィグス! お前は貴族達を避難させろ!

 冒険者達はソフィア王女を探してくれ! 俺がこいつを片付ける!」


 混乱に陥った会場にセリスの命令が響き渡った。

 その命令を受け、各自速やかに行動に移る。







「一体、何が……?」


 レイドが疑問を口にする。

 そんな事、僕が聞きたい。

 突然現れたあの全身真っ黒な男。

 スクロールで煙幕を張ったかと思うと王女を連れ去り、残ったのはあの不気味な巨人だけ。


 そして今、セリスさんからの命令が出た。


「主人様、ご命令を」


 エイルが僕の指示を待つ。

 他の二人もそれと同様に僕の言葉を待っていた。


《追跡は主人様と[エイル]が行い、この王宮内を警戒するために二人を配置しておいた方が宜しいかと》


 そうか、お前が言うなら間違いは無いな。


「王女は僕とエイルで追いかける。レイドとロミアは王宮内や周辺にあの男の仲間がいないか見て回ってくれ」


 皆が一様に頷く。


「じゃあ、行動開始だ」


 その合図で僕を含めた四人は散開した。

 

 



 王宮を出た僕とエイルは辺りを見回す。

 外は既に深夜を迎え、空には光る月だけが浮かんでいる。


「どうやって追いかけましょうか?」


 エイルが尋ねる。

 そんなもの決まっている。

 走りにおいて従者の中で最速のフェンリル。

 僕は魔導書を取り出し、ソルドのページを開いて召喚を行う。


「頼む。お前の力を貸してくれ」


「頼まれずとも、我が身は主人殿の物。お好きにお使いください」


 そう言ってソルドは自身の体躯を最大限にまで巨大化させた。

 乗ってから巨大化して欲しかったなどという野暮な事は言わず、何とか気合いでよじ登る。


「王女がどっちに行ったかわかるか?」


「いえ……、ですが高いところからなら何かが見えるでしょう。

 しっかり掴まっていてください!」


 ソルドが予備動作なしで跳躍した。

 強靭な脚力による垂直跳びは王宮の屋根を軽々と超え、遥か上空まで達した所で、生成した氷の足場に着地した。


 その位置から王都を見下ろす。


「主人様、あれを……!」


 僕の後ろに座っているエイルがある方向を指差した。

 その指の先を辿ると——、


「何だあれ……?」


 巨大な翼を持った何かが空を飛んでいるのが見えた。

 遠近感を鑑みるならば、その何かはとても大きな体を有している事がわかる。

 あれはただ単に知恵の無い化け物なのか、それとも誰かによって使役されている使い魔なのか……。


《どちらにせよ、あの方向で何かが起きている事は明白です。手掛かりがない今、あれを追った方が良いと思われます》


 『知識は世界を開く鍵ヴァイスハイト・シュリュッセル』が冷静で的確な判断を下す。


「……よし、ソルド。あの化け物を追ってくれ!」


「承知!」


 ソルドは走り出した。

 氷の道を上空に生成しながら。

 下に見える建物が物凄い速さで後ろに流れていく。


「それにしても何故、犯人は王女の誘拐など行ったのでしょう?」


「それは……」


 思いつかない。

 わざわざ、あの場で王女を誘拐した理由など。

 どうして王女を狙ったのかさえもわからない。


《あの場で王女を殺さずに連れ去ったのなら、目的は王女の命ではなく交渉する事だと思われます》


 交渉……?

 どういう意味だ?


《人質に取られたのが王女となれば、国も動かざるを得ません。つまり、犯人の目的は国に対する要求。もしくはトレンス王に向けた直接の要求かと》


 なるほど。

 それで国の重要人物であるソフィア王女を狙ったのか。

 理由は何となくわかった。

 けれど、犯人襲撃時にトレンス王がいなかったのは偶然なのだろうか?

 流石に王女誘拐を一人で行うとは思えない。


《恐らく、主人様の予想は正しいと思われます。実際に王女を連れ去る者、トレンス王の注意を引く者、逃走手段を用意しておく者。最低でも三人の組織の犯行でしょう》


 ほう、なら——


「ならば、王宮内にはまだ一人残っている可能性が高いですね」


 エイルが僕の考えを代弁する。


「まぁ、そっちはロミアかレイドがどうにかするだろう。それより、あの化け物をどうするかだ。もしあれが王女誘拐に関係してなくても、あのまま放っとくわけにはいかないだろう」


 前方を見やると、化け物との距離が結構縮まっていた

 そしてよく目を凝らす。

 すると、化け物の背中に女性らしき人影が見えた。


 それとあれは……翼を持った獅子なのか?


 足や体の感じからして、猫科の動物のような体をしている。

 だが、そうすると顔に該当する部分が歪に思う。

 後方の離れた場所からで、夜という事もあって正確な判断は出来ないが、どうにも人間の頭部のように見えて仕方がないのだ。


「主人殿、何だか嫌な予感がします。……そう、カシネ湖での事件の時のように得体の知れない恐怖を感じます」


 ソルドが少し震えた声で言う。

 カシネ湖で残虐の限りを尽くした冒険者。

 まさか、あの化け物に乗っているのが……?


 そんな考えがよぎった時、化け物の背中に乗っていた人影が地面に向かって飛び降りた。


「僕達も後を追う。ソルド、お前はあの化け物を監視しておいてくれ!」


「ハッ。どうかお気をつけて!」


 僕はシルフの力の一端を借り受けて、風を操作する。

 それはエイルにも共有されていた。



 さぁ、下にいるのは誘拐犯か? 狂人か?

 どちらだろうか。

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