41話 威厳は何処へ
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僕は今、危機に瀕している。
何故か。
それは自分の二つ名が原因だった。
バルファさんが提案した名ではあるが、その業を背負うと決めたのは他でもない僕自身だ。
それ自体、何の後悔もしていない。
覚悟はとっくに決めている。
しかしながら、状況が悪い。
最悪である。
五百年前と言えど、同じ名を持つ魔導師がこの国の王を殺しているのだ。
躊躇う事はあっても喜んで語れるはずがない。
「……どうした?」
トレンス王が懐疑心を露わにする。
これ以上待たせる事は出来ない。
《下手に嘘をつくより、本当の事を言った方がいいと思われます》
そうだな。
……こうなれば、どうとでもなれだ。
それで反感を買うなら別に構わない。
僕は意を決して口を開いた。
「僕の……二つ名は、“紅目の魔導師”……です」
蚊の鳴くような声しか出なかった。
だが、他の人達にはしっかりと聞こえたようだ。
その証拠に、トレンス王が訝しんだ表情を浮かべている。また、フィグスさんやオルトラさんも驚いたような顔になっていた。
「……何故、そのような二つ名を選んだ?」
トレンス王の低く、重々しい声が耳に届く。
その声に込められている覇気だとか威圧感やらで、僕は吐きそうになった。
声だけでこれまでの圧迫感。もう、彼は人の領域を超えている。
《憑依をしましょうか?》
エイルが質問してきた。
彼女のその申し出はとてもありがたい。
しかし、それではダメだ。
第一、見た目が大幅に変わってしまうからな。
ここは僕に任せて欲しい。
吐き気や恐怖心を押さえつけ、僕は再び口を開く。
「同じ名を持つ魔導師が……、五百年前に行った悪行は知っています。
そのせいで同じ目の色をしていた僕は、幼少期に辛い思いをしましたから……。ですが、そんな呪われた過去を振り切り、紅目の魔導師の伝説を上書きする。そして、僕が僕である事を証明するためにこの名を背負うと決めたのです」
一度、話し始めれば後はもう勢いであった。
ただ、自分の思っている事を羅列しただけ。
けれども今は、それで十分だった。
「ふむ……そうか。
ならば、君にはあの最凶最悪の魔導師を超える覚悟があるのだな?」
王が僕に問う。
もう、迷う必要はない。
「はい。必ず超えてみせます」
僕は力強く答えた。
すると、トレンス王は目を閉じた。
一体、彼は何を思っているのだろう?
底知れぬ不安が襲う。
しばらく沈黙が続いた。
その時間は、僕からすれば永遠のように感じられた。
握り締めた拳に汗が滲む。
そして僕が耐えきれず、逃げ出したくなった頃——。
王が目を見開いた。
「いいだろう。その覚悟、賞賛に値する!!」
今まで静寂で満ちていた部屋に、彼の大音声が響き渡った。
身が震える程の気迫。
な、何事だ!?
あまりの事態に僕とロミアは唖然とする。
「実はだな、君達の二つ名は事前に聞いていたのだ。
前に商人の護衛任務があっただろう。その時に聞いていたんだ」
トレンス王がニカっと笑う。
あぁ、なるほど……って違う!
誰だ!? この優しそうなおじさんは!?
急な態度の変化で驚きを隠せない。
先程までの風格が嘘のようである。
固い結び目が解けたように、周りの空気も緩みだした。
そして、それに感化され、僕は思わず質問する。
「で、では何故あのような質問を?」
「うむ。それは、ノア・シャルラッハロートという男がどれほどの者かを見極めたかったのだ。その二つ名を語る者は勇気ある者か、それともただの愚者か……。
もし後者だったならば、この場で斬り捨てていただろう」
さらっと言っているが、王は今とても恐ろしい事を言わなかったか?
もし、怖気付いて嘘をついていたら、殺されてたかもしれないって事だ。
そう考えると体の震えが止まらない。
「だが、それは杞憂だったようだ。私のあれだけの威圧の前で、紅目の魔導師の名を背負うと宣言したんだ。これからの活躍に期待しよう」
トレンス王はそう言って微笑んだ。
それはとても慈愛に満ちた表情だった。
きっと、使い分けているのだろう。これがどちらか片方だけであれば、彼は王としてここにいなかったはずだ。
優しさだけの王が治める国は、他の国にいいように使われて終わるし、厳しいだけの王が治める国は、国民が自然と離れていくのだから。
「さて、今日の本題に入ろう」
深く椅子に腰掛け、そう告げるトレンス王。
そういえば、僕達が呼ばれた理由をはっきりとは伝えられていなかった。
僕とロミアは、王の言葉に耳を傾ける。
「君達を王都まで呼び立てたのには理由がある。
実は三日後、今回の防衛戦が無事に終わった事を祝い、舞踏会が王宮で開かれるのだ。
そこで是非、君達にもそれに参加してもらいたいと思った訳だ」
ほう。舞踏会……。
僕の頭の中で煌びやかなドレスを着た貴族達が踊っている情景が想起される。
そんな場所に僕達がいていいのだろうか?
「どうだ? もちろん、舞踏会までの三日間、泊まる場所はこちらが提供しよう」
な、何だと?
物凄く魅力的な提案だ。
けれど、これは僕だけでは決められない。
一度、ロミアと相談してから……。
「その舞踏会、喜んで参加させていただきます」
……え?
「そうか! では三日後、楽しみにしておくといい。
宮廷料理人に沢山の料理を用意させておこう」
その言葉を最後に、王都の謁見は終了した。
王城の門の前で僕達は戻ってきた。
そこまで先導してくれたのはもちろん、オルトラさんである。
「こちらが三日間、宿泊される宿への地図です。話は通っておりますので、店の者にお名前を伝えて頂くだけで大丈夫です」
「ありがとうございます」
オルトラさんから地図を受け取った。
誰が書いたのだろうか、とてもわかりやすそうである。
「それでは三日後、またお待ちしております」
徹底されたその丁寧な対応でオルトラさんが見送ってくれた。
三日後も彼が案内してくれるのだろうか?
……多分、そうだな。
そして王城を後にしてしばらく経った。
僕とロミアは歩きながら、次に何をするか相談していた。
「服屋に行きましょう!」
ロミアは元気いっぱいにそう言った。
まぁ、王都に到着する前に約束していたので、反論は無い。
——が、
「少しだけ待ってくれ」
僕は魔導書を荷物から取り出す。
そしておもむろにエイルのページを開いて、彼女を召喚した。
「ど、どうしました、主人様?」
突然の召喚で戸惑うエイル。
そんな彼女に僕は告げた。
「この三日間、いつもお世話になっているエイルに休暇を与えます。
存分に休んでください」
そう。この能力が発現してからずっと、エイルにはお世話になっている。
折角、王都まで来たのだから存分に羽を伸ばしてもらおうという訳だ。
そのつもりなのだが、彼女は更に困惑していた。
「お気持ちは嬉しいのですが、それは出来ません……。主人様の役に立つ事が私達の役目なのですから」
ふむ。
やはり簡単には了承しないか。
「じゃあ、これは任務だ。お前が十分な休養をとる事で、結果的に僕の役に立つと考えて欲しい」
ここで主従関係の利点を最大限に使用する。
別の場面では使いたく無いが、今は仕方あるまい。
「で、ですが……」
「おや? 僕からの任務を断るのかな?」
「うぅ……それはとてもずるいです……」
エイルが顔を伏せる。
うむ。何だかとても背徳的な事をしているような気がしてきたので、ここらでふざけるのは止めておこう。
「何も無理にとは言わない。それか、どこか行きたい所があったら行くとかでも良いんだぞ?」
彼女を休ませようと説得を試みる。
そうして、押し問答を繰り返した後、
「……わかりました。主人様のご厚意に甘えさせて頂きます」
ついにエイルが折れた。
「よし。じゃあ服屋に行こう。エイルも一緒に来てくれ。
そんな格好じゃ、余計に疲れそうだからな」
そんな格好とは、彼女が身につけている鎧の事だ。
重そうな装備を付けたままでは、歩くだけで疲れてしまいそうだ。
「ほら、早く行きましょう!」
ロミアが先頭を切って歩き出した。
こうして僕達は服屋に向かうのだった。
次の話では、バトルシーンがあるかもです。




