40話 王との謁見、身の危険。
皆さまの温かい応援を受け、頑張っております!
「ただいまー! いやー、疲れた疲れたー!」
大きな声を上げながら、部屋に入ってきた男。
お気楽そうな雰囲気をまとっているその男の外見年齢は若く、メルやリタと近いように見えた。
「ギドン、静かに……! 寝ている人がいるの」
リタが窘める。
するとギドンと呼ばれた男は大げさな挙動で口を押さえた。
彼はそのまま、目で疑問を示す。
表現豊かな目元からは、それが如実に伝わった。
「女の子が寝てるんだ。別に口は押さえなくてもいい、声を抑えてくれればいいよ」
ギドンに対して、メルは声量を抑えた声で言う。
「女の子……? ほう、そこにいる子の事か……」
ギドンはメルの後ろにあるソファへ目を向けた。
そこには少女が眠っている。
射し込む日の光で、その光景はやけに神秘的に見えた。
「まるで、おとぎ話に出てくる宝石姫のようだね。
儚く、脆く、麗しい。
この場面を切り取って、一曲作りたいくらいだ。
きっと素晴らしい曲ができるよ」
ギドンは高揚した気持ちを何とか内側に押し込めていた。
彼の発言からわかる通り、ギドンの表の職業は音楽家である。
作曲を主にしているが、実際に楽器を演奏する事もある。だがその種類は少なく、ほぼヴァイオリンしか弾かないと言ってもいいだろう。
「実際にこいつ……シャーロットって名前なんだが、ファフニールの宝物庫にいたんだ。
ファフニールが暴走してこの国に向かってるって言ってたから、その隙に宝を盗んでこようと思って行ってみたんだが……。
そこでシャーロットが変な二人組に絡まれてる所に遭遇して、仕方ないからここまで連れてきたって訳だ」
メルがこれまでの経緯を大まかに説明する。
その間、ギドンは顎に手を当てて、何かを考えている様子。
端正な顔立ちをしているため、その姿はとてもよく決まっていた。
彼は手に持っていた鞄を置き、ソファまで歩いて行く。
そしてシャーロットの顔をまじまじと見つめる。
「つまり、この子が……この子こそが宝石姫。
驚いた。
おとぎ話の存在に出会えるとはね」
宝石姫と宝石を抱く者。
そんな空想の物語の正体は、洞窟で退屈していた屍竜と生きる希望を失った少女のお話だったのだ。
「——でも、だからと言って今回の作戦に変更は無いんだろう?」
振り返り、そう問いかける。
ギドンには返答がわかりきっていた。
「ああ。これは恩返しでもあるからな。
……ゾル・アルセーヌ。
あのふざけた怪盗がやった事に対してのけじめだ。
俺達はあいつを超える必要があるんだから」
その答えに、ギドンとリタは静かに頷く。
「さぁて、じゃあ俺は花屋の方を開けてこようかねー」
話が一段落し、頭の後ろで手を組みながらメルは部屋から出ていこうとした。
だがギドンが彼を引き止める。
「ああ、ちょっと待ってくれ。
ついさっき、ロビンから報告が入ったんだ。
この王都にファフニールを討伐した冒険者がやって来たらしい」
「おいおい……。何て偶然だよ……」
心の声が漏れる。
今、シャーロットがその冒険者と出会えばどうなるか予想できない。
また、冒険者の存在が今回の作戦にどれだけの影響を及ぼすかも未知数。
更に詳しい強さも不明となれば、答えは一つ。
メルは部屋に入ってすぐの場所に置いていた剣に手を触れた。
「『記憶ノ女神』に命ずる。蓄積された記憶を遡り、この世に姿を現せ」
静かな部屋に響くメルの落ち着いた声。
彼が唱えたのは能力を行使するための詠唱だ。
そしてその詠唱によって出現したのは、宝物庫にてセラと戦ったあの女騎士であった。
彼女はロイヤルブルーの瞳を忙しなく動かしてから問う。
「メル、敵は何処ですか? まさか、あんな少女を……?」
「待て待て、お前。
どうしてそんなに交戦的なんだよ?
確か、前に生きてた世界では聖女って呼ばれてたんじゃないのか?」
「祖国を救う事は、敵を完膚無きまでに叩き潰す事と同義ですから」
ジャンヌは表情一つ変えずに述べる。
彼女には彼女なりの信念を持っているようだった。
だが、住んでいた世界の違いによって中々、噛み合わない。
ここでいう世界とは比喩的な表現ではなく、文字通りの意味である。
「ま、まぁ落ち着け。今回は戦闘じゃない。
ただの監視任務だ。
とある冒険者の様子を見てきて欲しい。
えぇっと……詳しい冒険者の情報はロビンに聞いてくれ」
「わかりました。では、行ってきます」
メルの話を聞くなり、部屋を出て行こうとするジャンヌ。
「ちょっと待てって……!」
肩を掴捕まれ、くるりと反転するジャンヌ。
プラチナブロンドの髪が舞う。
「どうしました?」
「そんな格好で行ったら怪しまれるだろ……!」
シャーロットが寝ているため、あまり大きな声を出せなかった。
メルが言った格好とは、彼女のドレスアーマーの事を指している。
この世界でそれが珍しい訳ではないのだが、いささか装備が本気過ぎた。
まるで竜を討伐しに行くかのようである。
冒険者は王都にもいるけれど、やはり目立つ事に変わりは無いだろう。
「リタに洋服を見繕ってもらうといい。
なるべく、目立って欲しくないんだ」
彼が目で合図すると、リタは得心がいったような表情になった。
「任せて! ほら、ジャンヌちゃん。二階に行こう」
「わー」
リタは彼女の手を引いて元気よく二階へと連れて行く。
なすがまま。
ジャンヌは棒読みの“わー”と共に連れていかれた。
メルはそれを苦笑いで見送る。
「じゃ、今度こそ本当に花屋の方を開けてくるからその子を頼む」
「ああ。もちろん」
ギドンは鷹揚に頷いてみせた。
「何かあったらすぐに呼んでくれ」
「わかったよ」
そんなやり取りを終え、メルは部屋から出て行った。
彼は最後までシャーロットの事を気にかけている様子だった。
「全く……。なかなかどうして、同情というものは人を揺り動かすんだろうね……」
そう呟く彼は、優しい目でシャーロットを見つめていた。
うっへぇ……。
あ、失礼。
やってきました、お城。
途轍もなく大きな城門が僕達を出迎えてくれていた。
西街でもかなり驚いていた僕は、これまでの道のりと城そのものを見て、腰を抜かしそうになった。
今もこの建造物を見て、あんぐりと口を開けているところだ。
「おお、よくぞここまでいらっしゃいました。
防衛戦ぶりですね、お元気そうで何よりです」
優しい声音。
丁寧な物腰。
その見覚えのある軍人は、防衛戦の時も案内をしてくれたオルトラさんだった。
「お久しぶりです……と言ってもまだ三日しか経ってませんでしたね」
僕が頭を下げると、ロミアもそれに続いた。
思い返すと、オルトラさんって案内している姿しか見た事がない。
初めて会った時に、軍での役職は大佐だと彼は言っていたが、大佐ってそんな雑用みたいな感じの仕事をするのだろうか?
《恐らく、主人様やロミア様と一度会っているためだと思われます。
顔を知っていれば、来た時にすぐに対応できますから》
なるほどな。
じゃあ、別にオルトラさんが雑務を押し付けられている訳では無いのか。
それは良かった。
「では、こちらへ。国王様がお待ちです」
僕の考えている事など知る由もないオルトラさんは、その礼節を持った丁寧な対応で王様のところまで案内してくれた。
そうして、王がいる部屋の前までやって来た。
この部屋が謁見の間というものだろう。
オルトラさんが扉を開いた。
僕達は緊張で体を震わせながら、王の前まで歩く。
ユートラス王国現国王、トレンス・ユートラス。
外見から判断するに、その年齢は三十代後半くらいだろうか。
若いと侮る事なかれ。
一国の王たる風格は本物だ。
目の前にしただけで全身が萎縮する。
何故だろう、ファフニールなんかとは比べ物にならない威圧感だ。
僕とロミアは跪き、頭を垂れた。
残念ながら謁見の際の作法までは神父様からも教えてもらっていない。
そのため、事前にエイルに聞いておいたのだ。
ランスロットにも聞いてはみたが、あまり参考にならなかった。
「頭を上げてくれ」
王の威厳に満ちた声が響く。
素直に従い、僕達は揃って頭を上げた。
こちらを真っ直ぐに見つめるトレンス王。
やはり、只者ではないと感じさせる雰囲気である。
「発言を許可する。私の質問には自由に答えて欲しい」
ふむ。質問に答えろって事だな。
この部屋にいるのはトレンス王その人と、他に二名。
オルトラさんとフィグスさんだ。
ガルロさんはまだ、回復していないのだろう。
「まず今回の防衛戦、誠に大儀であった。
悪いが、名を聞かせてくれないか?」
トレンス王が問う。
少し様子を見て、僕から先に名乗った。
「ノア・シャルラッハロートと言います。Cランクの冒険者です」
「ロミア・フラクスです。私も同じ、Cランクです」
聞かれた事だけ、名前とランクだけを端的に答える。
「そうか……。君たちの結果を聞く限り、素晴らしい戦果を挙げたようだが、Cランクなのか?」
そうだった……。
僕達の場合、事情が特殊だった。
さて、どう説明するか。
「西街のギルドマスターから、昇格試験の際にAランク相当の実力があると認められたのですが、ランクを二つまでしか昇格出来なかったのです」
考えている間にロミアが説明を始めていた。
それが途切れたところで、僕が代わる。
「ですので、規定に沿って昇格したのはCランクまででしたが、Aランクの実力を持つという事を示すため、二つ名を頂きました。
それにより、直々にギルドマスターから頼まれたクエストならば、適正ランクがAのクエストも受けられたという訳なのです」
トレンス王の前だからか、説明がぎこちなくなる。
今ので理解して貰えただろうか。
「なるほどな。あのギルドマスターらしい処遇だ。
……時に冒険者よ。
お前達の二つ名は何と言うんだ?」
王の言葉を聞き、僕の毛穴という毛穴から冷や汗が噴き出した。
完全に失敗した。
五百年前の紅目の魔導師は、その時の国王ロッド・ユートラスを殺している。
全くの別人ではあるが、その名を語る事が許されるとは思えない。
「私は“白い魔法使い”です。この姿から連想してつけて頂きました」
ロミアの抜け駆けに僕は驚嘆する。
確かに、彼女の二つ名には何の問題もない。が、もう少し間を空けて欲しかった。
どうする…………?
この国の最も安全が確保されているであろう場所で、何故か僕は人生最大とも言うべき危機に瀕していた。
どうなる、紅目の魔導師……!?




