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37話 スカーレット

あの人の登場です!

ぜひお読みください!



 ——ここはとある城塞。


 数々の部屋の内、最上階にある部屋にて黒髪の男は報告を待っていた。

 その間、彼の頭の回転は一瞬たりとも止まる事はない。

 思考を加速してあらゆる情報を処理していく。

 

 薄暗い部屋で、男は自身の呼吸の音だけが響く。


「主人様、ただ今戻りました」


 男が最後の情報を処理し終えた時、不吟と夢忍が彼の影より現れた。

 二人の鴉は男の前で跪き、言葉を待つ。


「結果は?」


 発せられた彼の声はいつになく低く、冷たかった。

 その冷たさに二人は体をびくりと震わせる。


「屍竜 ファフニールを【黒い狂気(ヴァーン・ズィン)】によって隷従させ、ユートラス王国襲撃にまではこぎつけました」


「が、その後は三人の冒険者と軍隊長によって討伐されました。王国のへの被害はありません」


 不吟の報告を夢忍が紡ぐ。

 しかしながらその報告は、最悪の一歩手前と呼べる悲惨さだった。


「王国への被害が無い……だと?」


 男は目を見開く。

 その瞳には驚愕と苛立ちの色が見て取れた。


「ファフニールの瘴気を浴びて、何の被害も無いはずがないだろう……」


 彼の言う通り、【黒い狂気(ヴァーン・ズィン)】の効果が反映された瘴気の拡散力は凄まじい。

 瘴気だけならば発熱や頭痛で済む。

 だがそこに、魔法の効果が上乗せされたのだ。

 実際にその瘴気を浴びた王国軍の兵士、一万五千人を狂人へと変化させた。


「はい。兵士達は瘴気を浴び、【黒い狂気】が彼らを蝕みました。

 ですが、“斧”を殺害した冒険者が召喚した者……」


「金髪金眼の女騎士によって、兵士達は治療されました」


「治療……?」


「一万五千人を回復魔法で治療していました」


 男は椅子に座りなおし、顎をさする。

 新たな情報を元に思考を重ねるが、そこに答えと呼べるものは見当たらない。

 その冒険者の情報が足りないのだ。

 彼の予測は正確だ。しかしそれは前提条件として、収集した情報が正確である必要がある。


 彼は若干の怒気を孕んだ声で問う。


「まぁいいだろう。で、あのガラクタは始末したのか?」


 その声で二人は心臓を掴まれたかのような悪寒が走った。

 けれども、彼らに心臓などは無い。

 今、体内を満たしているのは魔素と恐怖心の二つだけ。


「い、いえ。ファフニールによってそれは阻まれてしまい……」


 不吟のその言葉で、男は明確に表情を変化させた。

 目に見えて憤っていた。

 男が次の言葉を発しようとした時——。




「ねぇ、ちょっといいかしら?」




 突如として、部屋に声が響いた。


 部屋の入り口の方から、男に向かって歩みを進める女性。

 束ねられた薄い翡翠色の髪が、歩くたびに左右に揺れる。

 彼女の両手には大型のナイフ。

 薄暗い部屋の中だというのに、刃は異様に光って見えた。


 音もなく近づく女性の前に、不吟と夢忍が立ちはだかった。


「止まれ、ここから先は」


「行かせない」


 二人の宣言を軽く聞き流し、女性は両の腕を動かした。

 切り裂かれたそれぞれの傷から血の代わりに魔素が噴き出る。

 不吟と夢忍はこの世で生まれて初めての痛みによって蹲る。


「貴様、何者だ?」


 男は問う。

 彼は焦らない。

 その聡明な頭脳を用いて、現況を分析する。

 女性はその問いを聞き、嬉しそうに笑って口を開いた。


「ワタシはスカーレット・ドラウン。貴方は?」


 スカーレットと名乗る女性はそう聞きながらナイフの切っ先を男に向けた。


「どこの誰かもわからない人間に名乗る名前は無い」


「あら残念。でも、いいわ。

 ワタシが本当に聞きたいのは貴方の名前なんかではないもの」


 彼女は男に向けたナイフを下ろし、その瞳を覗き見る。


「貴方が成し遂げたい事は何?

 それに殺しが必要なら、ワタシがそれを請け負うわ」


 スカーレットは小首を傾げた。

 ゆらりと揺れる長めの髪。


 男は何の思考も介在させず、答える。


「目的は……世界だ。この世の全てを手に入れる」


 彼は確かな意志を持って言った。

 その黒い瞳は光を灯している。


「……とても希望のない目標ね。それでこそ人間ってものよ。

 凡庸でくだらない、平凡でつまらない。

 救いがあるかもわからない。

 そんな腐りきった世界を欲するのなら、ワタシが協力してあげる。

 命じなさい。

 この世界にいる間は、貴方のために力を使うわ」


 スカーレットは男の前に跪いた。

 その発言からは微塵も忠誠心は感じ取れない。

 けれども、彼女のちぐはぐな言動は何故か優雅で、気品すら感じさせる。

 男はその様子を見て、こう言い放った。


「お前の意思はどうでもいい。

 それより、何の手土産も無しに俺と面会しにくるとは……礼儀を知らないのか?

 本当に俺の目的に協力をすると言うのなら実力を示せ」


「厳しいわね……。

 なら、誰の首を持ってくればいいかしら?」


「殺す事しか頭に無いのか、お前は……。

 まぁ、いい。

 ならば命じる。

 ユートラス王国の王女を暗殺しろ。話はその後だ」


 彼の瞳は真っ直ぐにスカーレットを捉えていた。


「いきなり重要な命令ね。

 ……いいわ。殺してきてあげる」


 彼女は立ち上がり、踵を返す。

 そして来た時と同じように、音も無く部屋を出ようとしていた。

 男はその華奢な背中に声をかける。


「一つ聞く。何故今ここに現れ、俺に協力する?」


 スカーレットは足を止めた。


「話は後で……だったのではないかしら?」


「質問に答えろ、死にたくなかったらな」


 男は苛立ちを隠さずに言う。


「フフ。それはね……貴方があの人と同じ力を持っていたからよ」


 スカーレットは振り返る事はない。


「あの人とは誰だ?」


 部屋に男の声が響く。

 しかしスカーレットは今回の質問には答えず、ただナイフを握った手をひらひらと振り、部屋を出て行った。


 男は閉じられた扉を見つめる。


「不吟、夢忍。何をしている?

 お前達も死にたいのか?」


 その声で不吟と夢忍はよろよろと立ち上がる。

 彼らの挙動は力無く、弱々しい。

 それは、スカーレットから受けた攻撃が原因であった。


「も、申し訳……」


「……ありません」


 二人は頭を下げ、苦しそうな声で謝罪を告げる。

 しかし、彼らが再び顔を上げる事はなく、そのまま床に倒れてしまった。

 もう二度と、起き上がらない。

 男はその溢れる知識の中から、現在の状況を作り出した原因を推測する。

 そして少しの間を置いて、該当する結果を見つけた。


「ヒュドラの毒か……」


 彼は不吟と夢忍に視線を移した。

 二人の体を形成していた魔素は霧散し、そこに残っていたのは二枚の黒い羽根のみ。

 彼らに命と呼べるものがあったのかどうかはわからないが、もしあったならば、それらはこの世界から失われたと言えるだろう。


「あの女、俺のためだなんだと言っておきながら……」


 男の推測の通り、不吟と夢忍を殺したのはヒュドラの毒であった。

 ヒュドラの毒はあらゆる生命を殺す事ができる。

 たとえそれが不死の存在であっても、毒による苦しみが消える事はなく、むしろ死ねない分より多くの苦痛を味わうのだ。

 

 男は羽根を見つめる。

 彼にとって配下は全て駒である。

 有用か無能かだけが判断の基準だ。


「そうさ……。無くなったなら、また……作ればいい……」


 彼がこの世界に転生して来てから、ずっと共にいた二人の鴉。

 世界を飛び回り、情報を収集していた二人。

 男の持つ能力なら、今までと全く同じ存在を作り出せるだろう。

 けれど、彼からすればそれは全くの別物だ。


「最後くらい、労ってやるべき……だったな……」


 その小さな呟きは誰にも届かず、ただ空気の中へと吸い込まれるだけであった。


 

遅くなってしまい申し訳ありませんでした!

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