36話 宝物庫にて
第三章です!!
ここからの物語にご期待くださいませ!
「なぁ、セラ。本当にこんな森の中に宝物庫なんてあるのか?」
ドリューは歩きながらセラに問う。
「私は知らない。バルファに言われただけだから……」
セラもまた、歩みを止める事なく答えた。
二人は今現在、バルファから直々のお願い(クエスト)を頼まれて、ユートラス王国北西部の森の奥地まで来ていた。
彼らとしても、当初はファフニールを討伐しようとしていたのだが、バルファはそれを容認しなかった。
代わりに、ファフニールが巣食っていたという宝物庫の調査を依頼したのである。
「けど、国の防衛戦にはノア・シャルラッハロートとロミア・フラクスが参加してる。彼らなら、どうにかすると思う」
セラは昇格試験の記憶を辿る。
彼女はあの紅目の魔導師と白い魔法使いならば、竜の一頭や二頭を簡単に殺せると考えていた。
事実、それは実現する。けれどそれは、この時のセラたちが知るところではない。
二人はその後も休む事なく歩き続けた。
時刻は早朝。
日の光が木の葉を照らす。
今日は来るべき王国防衛戦、当日。
ノア達が屍竜と対峙していたのと時を同じくして、セラとドリューは洞窟の中を彷徨っていた。
「中は……なんて事ない洞窟だな」
「ええ、だけど位置的にはこの洞窟で間違いない」
二人は先のよく見えない道を進む。
蛇が絡まり合ったように入り組んだ道を進んでいく。
松明の弱々しい明かりだけを頼りに、彼らは宝物庫を目指した。
「お、おい!……これは」
どれくらいの時間、歩いていたのだろうか。
ドリューが驚愕の声を上げる。
彼の視線の先には、やたらに広くて明るい空間が広がっていた。
そこには数多の宝物が乱雑に散在しており、その輝きはまだ損なわれてはいないようだった。
「だ、誰……?」
宝物庫に小さな声が響く。
か細い声はセラとドリューにその存在を問うた。
二人は武器に手をかける。
「まさか、本当に……」
「気をつけて、ドリュー。この場所に何かがいたとして、それが無害とは限らない」
二人は声のした方向を見据える。
その視線の先、すなわち宝物庫の奥より現れたのは一人の少女だった。
白髪で碧眼を有する少女は、何とも儚い雰囲気を纏っている。
しかし、彼女は消えやすいと言うより、今にも消えそうなほどに衰弱していた。
「貴女達も……私から奪うの……?」
少女の瞳の奥で、怒りの炎が静かに燃えている。
『狩猟ノ女神』の些細な副産物により、彼女の目は明るさの変化に即座に対応し、少女の姿をしっかりと捉えた。
セラは目に映る情報と頭の中にある記憶を照らし合わせる。
(白髪で碧眼の少女……バルファが言っていた情報に合致している)
「つまり、あの少女が宝石姫か……。私たちは貴女を保護しに来た!」
彼女は真っ直ぐに少女を見据えて言った。
セラとドリューが頼まれたクエスト——それは屍竜の宝物庫にいる宝石姫の保護。
けれど、肝心の宝石姫は御伽噺の中の存在であると思われていた。
しかし保護対象の少女を視認した今、彼らはクエストを遂行する他ない。
「宝石姫……? 違うわ、私の名前はシャーロット。それが唯一の友から貰った贈り物……」
少女は自身の名を語る。
「では、シャーロット。私達と一緒に来て欲しい」
セラは彼女に向けて一歩を踏み出そうとした。
が、その瞬間。
新しい声が宝物庫に響いた。
「さぁ、全てを手に入れよう!」
そんな声とともに現れた一人の男。
黒いコートにシルクハット、鳥のようなマスクで顔全体を覆い、腰に剣を携えた彼は声高らかにそう宣言する。
男のその姿はどこの誰が見ても異質であった。
「何者だ!?」
ドリューは片手剣を、セラは刀を抜いた。
少女は男を睨み据えている。
「俺……いや、俺達は“咲き誇る徒花”。
覚えておくと良い、それが全てを手に入れる怪盗団の名前だ」
「怪盗だと……?」
ドリューは今にも男に斬りかかろうとしていた。
片手剣を構え、ルーン文字の発動を急ぐ。
「フフ、そうだな。お前らには馴染みのない言葉だったか……。
まぁ簡単に言えば、泥棒って奴さ」
男は瞬時に移動し、シャーロットを脇に抱えた。
「ちょっと、離して……! 離してよ!」
シャーロットは男の腕の中で暴れている。
だが、彼女の力では当然、抜けられるはずも無かった。
「今日は、宝石姫を盗みに来ただけだ。それに、宝は何であっても傷付けない。それだけは違えないと誓おう」
男は二人に正対し、告げる。
マスクによってその表情を読む事は出来ない。
彼はシャーロットを抱えていない方の手で、腰に装備していた剣を抜いた。
「けれど……どうしても戦いたいならば、戦わせてやる。さぁ、行け。ジャンヌ! 」
男は叫んだ。
その声に呼応して現れたのは、英雄と呼ばれし女騎士。
聖女 ジャンヌ・ダルクであった。
その手には彼女の愛剣、フィエルボワの剣が握られている。
世界の軸がねじ曲がり、時間の流れが乱れる事で、彼女はここに現れた。
それは男の能力が原因であった。
「こいつ、ノア・シャルラッハロートと同じような召喚能力を……」
「おい、それどころじゃ無いぞ!」
二人は困惑を振り払い、剣撃を躱す。
そこから二人と英雄による戦いが始まった。
セラとジャンヌ・ダルクが競り合う。その間に、ドリューはルーン文字を発動させた。
「〔降り頻る雹よ、破壊を伴う変革を起こせ〕!」
ドリューが片手剣を振るう。
刻まれたHの文字が赤く光る。読みはハガラズ、意味は雹。
その攻撃を受けた武器は破壊される。
だがジャンヌはそれを剣で受けずに、後方へ大きく跳んで躱した。そのため、ルーン文字の効果が発揮される事は無く、剣は空を切った。
「ジャンヌ、後は任せた! では、俺はこれで……」
そう言って男は宝物庫を後にしようとした。
しかしながらそれは、攻撃後すぐに行動していたドリューによって阻まれる。
「その子を渡せ、そうしたら消えてもらって構わない」
彼は男に剣を向ける。
「はぁ、邪魔だよ。言っただろう、俺は宝を傷付けたくないんだ。だから宝石姫を抱えたまま戦闘などしたくない」
「だったらいう通りにしてくれ……よ!」
ドリューは男の首を狙って剣撃を放った。
男はそれを半歩引いただけで躱し、詠唱を唱え始める。
「〔欠乏した血液よ、そのしがらみに耐え忍べ〕!」
男は文字の刻まれた木片を投げつけた。
そしてその木片は鎖へと形を変え、ドリューを縛り上げる。
「全く、俺が凶悪な泥棒だったらさっきの剣撃、この子を盾にしていたかもしれないぜ」
「くっ、何の目的があってその子を……?」
「お前に言う必要はない。
おい、ジャンヌ! 飽きたらすぐに帰って来いよ!
——それでは、俺はこれにて失礼する。さらばだ!」
そうして男は宝物庫から走り去る。
彼は去り際に黄色い花を置いていった。
その花の名前はストレリチアと言った。
「『狩猟ノ女神』に願い出る! 銀の弓矢を貸し与えよ!」
セラの能力により、アルテミスの弓が顕現した。
彼女はそれを手に取って、弦を引く。
「私は貴女の事を知らないが、その風格からして只者ではないとお見受けする。よって、アルテミスに由来する能力を持つ者として、全力で貴女を殺しにかかる!」
セラがジャンヌ・ダルクへと叫んだ。
「無論です。旗を掲げる者として、全力で戦うと誓いましょう」
その返答を合図にセラは矢を放った。
疫病を齎す銀の矢は一直線にジャンヌ・ダルクへと迫る。
「己が希望を追い求める者達よ、その命を祖国に捧げたまえ! 〈彼の地は自由なり〉!」
彼女が発動したのは自身の英雄譚になぞらえた結界。
発動された結界は、宝物庫を丸々覆った。
それにより、ジャンヌ・ダルク本人の身体能力が大幅に上昇する。
目の前にまで迫った銀の矢を剣で弾き、彼女はセラへと反撃を開始しようとした。
だがその時——、
「「馬鹿野郎! 結界なんて使ったらお前が帰る時の魔力はどうするんだよ!?
……ジャンヌ、もういい。お前も早く帰って来い!!」」
驚きと怒りに満ちた声が結界内に響いた。
その声の主は、先程まで同じ場にいたあの男だろう。
「そうですか……それは残念です。すみません、この戦いは次の機会に」
そう言ってジャンヌ・ダルクは結界と共に忽然と姿を消した。
宝物庫に取り残されたセラとドリュー。
セラは刀を鞘に収めるなり地面に座り込んだ。
ルーンの効果が切れ、自由になったドリューが彼女に駆け寄る。
「大丈夫か……!?」
「あぁ」
「一体、あいつらは何だったんだ?」
「わからない。けど、クエストは失敗した。バルファが何て言うか……」
その言葉にドリューは顔を引きつらせた。
二人は知っている。バルファからの直々のお願い(クエスト)を達成出来なかった場合、どうなるのか。
彼らはこれからの展開を想像して、絶望に打ちひしがれるのであった。
何故、聖女が現れたのは後に明かされますので、しばしお待ちください。




