34話 決着
決着です。
冒険者達の連携攻撃の最後を締めくくったのはロミアの高位魔法、【霜の巨人】。
その名の通り、氷で出来た巨人の如き巨大な拳が出現する。
そしてその拳と防御結界が激しくぶつかり合った。
衝撃が振動となって大気を伝い、あらゆる物を震わせる。
——結果、砕け散った。
防御結界が粉々に。それは僥倖であるはずだった。
しかし、響いたのは焦りに満ちたフィグスの声。
「「王国軍よ、一時撤退せよ!!」」
その指令は少し遅かった。
軍が離れる前に、ソレは溢れ出てしまったのだから。
「ヴアァァァァァァァアア!!!!」
ファフニールの咆哮とともに、結界内に溜まっていた瘴気が一気に溢れ出た。
それは瞬く間に戦場へと広がる。
草木がその生命力を失うのと同様に、瘴気は人間にも害を及ぼした。
ファフニールを取り囲んでいた兵士たちは瘴気に触れ、それに秘められた禁忌の魔法に蝕まれる。
【黒い狂気】の本当の恐ろしさはそこにあった。
一人だけにかけたとしても、それはいつしか世界中に広がっていく。ある種のパンデミックを引き起こすのだ。
狂気は伝染し、やがて全てを飲み込む。
狂気に感染した者は、完全に自我を失う。
空っぽになった中身を新たに満たすのは、異常なまでの殺意。
彼らは動き出した。
外敵を排除するため、生きた人間を殺すため。
「ロミア! 風魔法を撃てるか!?」
ノアが瘴気を回避するように動きながら言った。
今の彼の体には誰も憑依していない。
「後をお任せしても良いのなら!」
ロミアが答える。
彼女はこれまでで高位魔法を四つも発動していた。正確には複合魔術は大幅に魔力を消費するため、その消費量だけで考えれば、彼女は高位魔法五つ分の魔力を消費していた。
いくら魔法の杖で消費量を抑えられているとはいえ、限界は近かった。
「ああ。全力で撃っていい!」
ノアのその返事を聞いて、ロミアは力強く頷いた。
「シルフ、ロミアを手伝ってあげてくれ」
「了解だよ、ご主人様!」
召喚されたシルフはロミアのもとまで飛んでいき、魔法の発動を手助けする。
シルフが持つ魔力がその魔法の範囲をさらに広げる事になる。
二人の声が折り重なり、詠唱が意味を成した。
「「暴虐の魔神、荒唐無稽な夢、双つの頭を持つ大蛇。吹き荒れろ!【竜巻の輪廻】!」」
二匹の大蛇のような巨大な竜巻が吹き荒れる。
その広範囲攻撃魔法は一見、無差別にあらゆる物を吹き飛ばしているかに見える。
だが、それは間違いだ。
片方の竜巻で瘴気を吹き飛ばし、もう片方で兵士達を離れた場所へと運んでいた。
そんな繊細な操作を可能にしたのは、『魔導書の記憶』を持つロミアの魔法使いとしての技能の高さと、風を司る精霊であるシルフが協力していたからだった。
魔力を使い果たしたロミアはその場で倒れる。
シルフは彼女の体を優しく持ち上げ、そのまま風を操り、安全な場所まで運んだ。
「ちょっと休んでいてね。大丈夫、ご主人様と私たちに任せて!」
そう言ってシルフはノアの元へと戻ろうと振り返ると、ベルが駆け寄ってくるのが見えた。
「風の精霊、感謝する」
人型になって頭を下げるベル。
その姿を見たシルフは優しく微笑んで言った。
「ロミアちゃんを守ってあげてね」
彼女はそれだけ告げて、その場を後にした。
屍竜がその鎖を解き放ち、その翼を広げ、天高く飛び上がった。
かの竜は元人間。
精神を侵されていても、その竜としての生存本能は働いた。そして人間だった頃の知識で、自身を縛る軍用魔術を解析し、解除したのだ。
「おい、嘘だろ……」
ノアは心の声を漏らす。
ファフニールはあれだけの攻撃を防ぎきってなお、力を余している。
それは信じたくも無い、けれど疑う余地の無い、事実だった。
ファフニールが魔法を展開する。
それは古の知識で組み立てられた高位魔法。
この世に顕現する、魔法の名は【欲に塗れた猛毒】。
仰々しい黄金の魔法陣より放たれるは毒の劔。
形を持った毒は、ユートラス王国へと向けて発射されようとしていた。
「俺があの魔法を止めます、そのうちにファフニールを!」
レイドがノアに叫ぶ。
そして三度、〈湧き出る殺意の如く〉を使用する。
彼の『武器ノ男神』の固有能力として、武器を操るというものがあった。
つまり、毒であっても劔の形を取るならばそれさえも該当するのだ。
「そうだ、これ貸します!」
レイドは亜空間から取り出した一本の剣をノアへと投げた。
ノアの足元に突き刺さったのはギヨティーネ。
その細身の剣は光を反射させ、光を放っている。
(さて、どちらの殺意が強いか勝負だ……)
彼の背後には無尽蔵に武器を吐き出し続ける虚空があった。
レイドが投げた剣を地面から引き抜くと、その剣の軽さに驚いた。
本当にこんな軽さで切れるのか?
これだと完全に剣の斬れ味に依存するしか無くなる。
《それは名前のある剣です。その名はギヨティーネ、断頭台を意味します》
断頭台……。
不思議だ。名前だけで物凄く斬れそうな剣に感じる。
ありがたく使わせてもらおう。
ギヨティーネを情報子に変換し、体内に仕舞った。
上空に留まるファフニールを見据える。
出し惜しみはしない。
『知識は世界を開く鍵』を最大限まで使用して、あの竜を倒す。
「行くぞ」
僕はエイルに……いや、今回は『知識は世界を開く鍵』に直接呼びかけた。
《情報管理による、行動の最適化を行います》
無機質な声が頭の中で響き渡る。
恐らくこれは、能力その物の声。
今まででの戦いでは、従者の能力を使うには召喚するか憑依させる他なかった。
しかし、情報管理を用いてその能力を情報子に変化させ、一時的に魂に記録し、それを再び事象として現せば、前述したような事をしなくてもその力の一端を使用する事が出来る。
まぁ、こんなに長々と説明しても分かりづらいだろうし、第一、この方法を編み出したのは僕じゃ無い。
実際に能力の新しい使い方を考えたのは、僕の精神世界で暇を持て余していた従者達だ。
ノームの力で空へと続く足場を作る。
それを駆け上がり、僕はその身を空へと躍らせた。
そのまま風を操って飛行する。
そして、ファフニールの真上にまで行ったところで、上昇を止めた。
空中で浮遊しつつ〈騎士殺しの剣〉を発動し、更にそれを複製する。
両手に剣を携え、僕はファフニールを見下ろした。
ファフニールと目が合う。
その濁った目でこちらを見ていた。
どうして、この竜は暴走なんてしたのだろう。
もし、第三者が影響して、ファフニールを操っているとすれば……。
《関係ありません。今、目の前にいる屍竜は排除対象です》
『知識は世界を開く鍵』は冷たく言い放った。
確かにそうだが……。
まぁいい。今は戦いに集中だ。
何の前触れもなく、ファフニールは魔法を維持したまま、こちらに向かって途轍も無い速さで突進してきた。
覚悟を決めて僕はそれを迎え撃つ。
深呼吸をし、無駄な意識を全て断つ。
〈騎士殺しの剣〉の重みを感じながら、それを構えた。
一本で十連撃、二本なら二十連撃。
絵空事だと思うかもしれないけど、ランスロットの力なら可能になる。
人間性はともかく、その剣術は本物。
「〈番う騎士殺しの剣〉!!」
放つのはランスロットの剣技。
だが半分は本物、半分は模倣だ。
限りなく本物に近い模倣は、いつしか本物を超える。
二本の剣でファフニールの頭部から背中にかけて剣撃を叩き込んだ。
その鈍色の鱗と剣が接触し、火花が散る。
総計二十の剣撃は、一撃も余す事なくファフニールの体へと刻まれた。
それはどんな生物でも死に至らしめるはずだった。
「グルアァァァァ!!!!」
力強い咆哮。
未だにファフニールは無傷であった。その剣撃を防御魔法で防ぎきったのである。つまり、【欲に塗れた猛毒】を維持したまま、防御魔法を全身に発動させた。
「ふざけてる……! あれのどこが狂ってるんだよ……」
だが、ある意味では狂っているのか。
竜としての膨大な魔力量と人間の魔法の知識が合わさったファフニール。
狂ったように強い。
事実、狂っていながら強いのだ。
落下途中に僕は考える。
《考えられる可能性を提案。[ギヨティーネ]の使用を提案します》
頭の中で『知識は世界を開く鍵』の声が聞こえる。
なるほど、そうか……っていうか、折角貸してもらった剣を使っていなかった。
馬鹿か僕は……。
《[ギヨティーネ]は“斬った”という結果を残す剣です。つまり、その剣で斬れない物はありません。それを使わず、竜を斬れなかったと嘆くのはただの馬鹿です》
……おい。そこまではっきり言うな。悲しくなるだろう。
それに、何でそこまで詳しいんだ?
《『知識は世界を開く鍵』の権能は本来、情報に特化した能力ですから》
あまり、理由になっていないが……。
この自由落下とて無限では無い。
再び、風を操作して体勢を立て直す。
そろそろ魔力も底を尽きそうだ。
ファフニールはこちらに体を翻し、攻撃の態勢となった。
また、あの突進が来る。
空ではあちらが有利だ。しかも上を取られている……。
躱そうだなんて甘い考えは捨てた方がいいだろう。
どちらにしろ、これで最後。
これで決着をつける。
「よし。最後は全力でぶつかって散ろうか」
本物の〈騎士殺しの剣〉と偽物の〈騎士殺しの剣〉を構える。
そして、ファフニールが動いた。
その巨体に見合わぬ敏捷さ……加速魔法まで使用しているのか。
僕とファフニールは激突した。
交差させた剣と凶暴な牙が触れ合い、音が鳴っている。
その位置関係からして、僕は当然押し負ける。
このままだと地面に一直線だ。
それなら——
「エイル!!」
叫ぶ。
声の限り。
空に向かって。
《お任せを!》
空中に出現したのは、あの金髪金眼の女騎士。
その手にはギヨティーネが握られている。
「ハアアァァァァ!!!!」
エイルは掛け声と共に、ファフニールの首へと振り下ろした。
剣自体が持つ特殊効果により、頭部は体から何とも容易く切り離される。
今まで竜だったものは、一瞬にして鱗に覆われた肉塊へと変わり果てた。
「さすが、相棒……」
そう呟く僕は、魔力切れだ。
エイルの召喚で使い切ってしまったようだ。
僕の体はファフニールの死骸と共に落下する。
「主人様!!」
エイルが叫ぶ。
だが、もう力が入らない。
僕はその自然の法則に抗うことは出来なかった。
ギヨティーネ、強いなぁ。




