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30話 防衛戦前夜

防衛戦の前夜。

色々な人と能力が登場します。



 宝を抱く者(ファフニール)という名前を持った竜は空を翔ける。

 瘴気を振りまいて、その鈍色の鱗に日光を反射させながら。

 竜の眼からは、とうに理性の輝きが失われていた。

 【黒い狂気(ヴァーン・ズィン)】に侵された彼の思考の中には、ただ一つ、ユートラス国で暴ようとする意識しか無かった。

 

 そして、飛翔するファフニールの姿を見て、それに呼応するかの如く、翼竜達が集まってきた。

 元々放たれていた瘴気が魔法のせいで一層、強くなったのだろう。

 そのせいで周りの森や翼竜達に影響が出始めていたのである。


 竜達の頭に、魔法をかけた術者の声が響く。


「君たち、遅いよ。もっと急いでくれなきゃ。

 国に着いたらファフニールはそのまま正面突破を、翼竜達はそれのサポート。あと、出来れば二匹くらいで西か北の街を襲え。

 存分に暴れていい。死力を尽くせ」


 その言葉を聞き、竜達は飛行速度を速める。


 悪意はもうそこまでやって来ていた。













 ファフニールを討伐せよ、との命令を受けて、僕達はユートラス王国の北西部へとやって来た。

 たどり着いた頃には、日が沈みかけていた。

 北西部には、これといって目立った重要施設はなく、あるのは無数に建ち並ぶ民家だけだ。

 さらに、住民達は王都方面へと避難しているため人気が少ない。


 西街を出る際にもらった地図を見ながら歩く。

 この地図はバルファさんが書いてくれたものだが、お世辞にもわかりやすいとは言えなかった。

 縮尺が適当で、実際の位置と噛み合わない。

 そのため、屍竜対策本部とされた建物に着くまで、なかなかの時間がかかった。


 僕とロミアは顔を見合わせ、小さく頷きあってから扉を開けた。


 

 そこで出迎えてくれたのは、一人の軍人であった。

 男は僕達を見ると、安堵した様子でこちらへ歩いてきた。


「お待ちしておりました。ノア・シャルラッハロート様、ロミア・フラクス様。お話は西街のギルドマスター様からお聞きしております」


 彼は丁寧な物腰で対応してくれる。

 しかしながら、彼は誰だろうか。

 とりあえず、軍隊長では無いだろう。彼からは戦闘狂なんて印象を受けない。

 

「申し遅れました。私の名前はオルトラと申します。ユートラス王国軍の大佐を務めております。今回の防衛戦に協力してくださり、感謝します」


 オルトラさんが頭を下げた。

 ここまで丁重に感謝されると、やる気が出てくるな。


「いえ、こちらこそ宜しくお願いします。微力ではありますが、尽力させていただきます」


 僕も深々と頭を下げる。

 こういう時のため、しっかりとした言葉遣いを教えてくれた神父様に感謝だ。


「それではこちらへ。他の皆様方がお待ちです」


 オルトラさんに促され、僕達は奥の部屋に入った。




 部屋の中央には大きな長机があり、この立ち位置から見て右に二人、左側に一人の男が座っていた。

 誰も口を開かず、静寂の中で待っていたようだ。


「やっと来たか……。この緊急事態に呑気な奴らだな」


 鎧を着たガタイの良い男が嫌味を吐く。

 ふむ。彼が軍隊長のようだな。

 戦闘狂かどうかはわからないが、その風格からは彼の強さが滲み出ていた。


「仕方ありません。西街のギルドマスターはあのバルファ・ドラウンなのですから」


 そう発言したのは、軍隊長と同じく右側の席に座る理知的な雰囲気の女性。

 彼女がきっと参謀長なのだろう。

 その瞳は絶え間なく、僕達を観察していた。

 まぁ、情報狂としての片鱗は少し感じられる。


 そして、この緊急事態に呑気な奴らと言われたのが、少なからず僕達だけのせいでは無いと思いたい。

 何故ならば、部屋にいた三人のうちの最後の一人。北街ギルドの冒険者と思われる男が机に突っ伏して寝ていたのだ。

 この二人を前にして大した度胸である。


「さて、人も揃った事ですし、情報共有をしましょう。

 まず、私の名前はフィグス・エンシュリラ。ユートラス王国軍、参謀本部情報局局長です。今回の防衛戦の指揮を取らせていただきます」


 参謀長の自己紹介が始まってしまったので、僕達は急いで席に着いた。

 とりあえず同じ冒険者という枠組みとして、軍隊長と参謀長が座っている席とは反対側に座る。


「一応、話しておきますと、私の能力は『懐疑ノ男神』というものです。この能力の権能は簡単に分けて二つ。尋問と情報処理です。

 細かい説明は省きますが、手に入れた情報はなるべく迅速に私へ伝えてもらえると助かります」


 端的に、簡潔な自己紹介が終わる。

 なるほど、『懐疑ノ男神』で尋問か……。

 参謀長にはうってつけの能力だな。


 そんな事を考えていると、次の自己紹介が始まった。


「俺の名はガルロ・リタード。軍隊長だ」


 彼はそこで言葉を切った。

 待てど暮らせど、次の言葉は紡がれない。

 自己紹介はそこで終わりのようだった。


「すみません、彼は頭は良く無いもので……。

 彼の能力は『戦ノ男神』で、戦闘時にその真価を発揮します」


 フィグスさんによる他己紹介が行われた。

 まぁ、彼も彼で戦闘狂にぴったりな能力を持っているようだ。

 『戦ノ男神』を持っていたから戦闘狂になったのか、戦闘狂だったから『戦ノ男神』と惹かれあったのか。

 どちらなのだろう。


「おい、こんなどこの馬の骨かも分からん奴らに、情報を流して良いのか?」


 ガルロ軍隊長は明らかに冒険者を敵視していた。


「どうせ、同じ戦地に立つのですから隠しても意味ないでしょう。

 それに、お互いの攻撃に巻き込まれるよりマシだと思いますが……」


 フィグスさんがそう説得した事で、ガルロさんの溜飲が下がったようだ。

 彼は再び押し黙った。


 さて、次は僕か。


「えっと、僕の名前はノア・シャルラッハロートです。

 今回はバルファさんから直接頼まれて、やって来ました……」


 ここで僕はどうするか思い悩む。

 能力の事を包み隠さず話すか、どうか。

 

《一部だけを伝えるだけで良いと思います》


 お、エイル。

 お前ならどれを選ぶ?


《一番、無難なのは召喚能力でしょうね》


 ありがとう、それに決定だ。


 変な部分で止まったのを訝しみ、フィグスさんが僕に問う。


「どうしました?」


「い……」


 声が出なかった。

 いきなりの事態で僕は混乱する。


《申し訳ありません。一瞬だけ憑依し、主人様の体の制御を行いました》


 何かあったのか?

 お前が勝手に行動するとは……何か理由があるんだろう?


《はい。[フィグス・エンシュリラ]の『懐疑ノ男神』が発動されたのを感知しました。恐らく、質問された者の意思に関わらず、真実を語らせる能力のようです》

 

 そうか、それがさっき言っていた尋問。

 危ない所だった。

 で、エイル。それはどうにかできそうか?


《はい、『知識は世界を開く鍵ヴァイスハイト・シュリュッセル』に不可能はありません》


 その意気込みは良し。

 だが、それは流石に言い過ぎだろう。


《『懐疑ノ男神』の解析が終了。この能力による影響は完全に無効化されます》


 いや……早いな。

 早すぎるよ。

 本当に不可能など無いのかもしれない。


「ノアさん……?」


 固まっていた僕にロミアが不安げな顔を向ける。

 

「あ、ああ。すみません。少し言葉に詰まってしまいました。

 僕の能力は『知識は世界を開く鍵』という名前です。その権能は、魔導書内に記載されている従者の召喚です。

 えー、何卒よろしくお願いします」


 ふぅ。

 僕は小さく一息つく。

 優秀な従者がいて、主人様はとても安心だ。

 

《また、何かあればすぐに報告いたします》


 ああ、頼む。



 さて、続いてはロミアの番だ。


「ロミア・フラクスです。能力は『魔導書の記憶』。色々な魔法を記憶できます。

 よろしくお願いします」


 そそくさと自己紹介を終えたロミア。

 要点だけは押さえられていたので、質問されることもなかった。


 そして、最後。

 外見から察するに、僕と同じくらいの年齢だろう。

 この部屋に来てから僕は彼の瞳の色すら見ていない。

 部屋にいる人全ての視線がその男へと注がれる。

 

 丁度よく……とは言っても、かなり遅いのだけれど、男はようやく目を覚ました。


 寝ぼけ眼で辺りを見回し、状況を確認している。


「……これは?」


 男が質問する。

 まぁ、そうだろう。

 彼を置いておいて、各々の自己紹介を始めてしまっていたのだから、彼に今の状況を把握できるわけがない。


「今は、自己紹介の最中です。あなたも自分の名前と能力の概要について教えてください」


 フィグスさんが男に説明する。

 彼は少しばかり虚空を見つめ、そして何かを思い出したかのように突然言った。


「レイド・クルラリオン。能力は『武器ノ男神』。様々な武器を生成できる」


 レイドと名乗った男もまた、手短に自己紹介を終えたのだった。





 とりあえず、これで全員が名乗り終えたわけだが……。

 お互いがお互いの様子を伺っているようで、誰も言葉を発さない。

 このままでは、夜が明けるまで続きそうだったので僕が口火を切った。


「……質問なのですが、防衛戦の作戦とかはあるんですか?」


 僕の声がやたら部屋に響く。


「そうですね。あるにはありますが、この出来合わせのメンバーでは細かい作戦を実行するのは無理でしょう。

 ですから、大まかな流れだけお伝えします」


 フィグスさんが落ち着いた声で答えてくれた。


「現在、ユートラス王国へ向かっているのは屍竜だけではありません。翼竜が十二匹、屍竜の瘴気によって同じくこちらへやって来ています。

 ですので、当初の予定から少し修正をしました」


「防衛戦の流れとして、まず屍竜の進行を王国軍が阻みます。

 大掛かりな軍用魔術の魔法陣を設置していて、私の合図でさせる事が出来ます。

 その間に、冒険者の皆様は翼竜達を各個撃破してください。

 そしてその後、全員で屍竜を叩きます」


 うん、実にわかりやすくて良い。

 これなら迷うこともなく、気兼ねなく戦えそうだ。


 僕が安堵し、椅子の背もたれに寄りかかった時——。


「やぁ、みんな揃っているようだね。

 初めまして、俺の名前はセリス。秘密警察を率いる王の伝令だ」


 僕達が入ってきた扉に、青年の顔が大きく映し出された。

 その六人目の自己紹介では、聞き覚えのある名前が語られた。

 セリス・ウェンデッダ。

 秘密警察を率いる王の伝令。

 それはあの口の軽そうな、羽毛のように軽そうなバルファさんから聞いた言葉である。


 僕の知ったことでは無いが、こんなに秘密警察という組織を公にして良いのだろうか。それに顔まで出して、その秘匿性やら機密保持やらは何も考慮されていないように思うのだが……。


 セリスという青年が再び、口を開いた。


「単刀直入に言おう、悪い知らせだ。

 ファフニール達の飛行速度が速まった。恐らく、国に着くのは明日の朝頃になるだろう。

 今すぐに防衛戦の準備をしてくれ、君たちの武運を祈っている」


 そこで通信魔法は一方的に途切れた。

 断ち切られた。


 部屋に動揺が走る。

 だがそこは、さすが軍隊長と参謀長。すぐに落ち着きを取り戻し、これからの動きを確認しあっている。

 僕達は協力すると言っても、こういった戦いは初めてなので彼らに任せるしかない。

 冒険者の三人は二人の様子を見守っていた。


 そして、フィグスさんがレイドも含めた僕達に向けて言った。


「冒険者の皆さん、流れは先程お伝えしたもので変更はありません。

 全員で、この防衛戦を達成させましょう」

 

 

 さぁ、いよいよだ。

 やるからには全力を尽くそう。




次回、ファフニール防衛戦です。

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