29話 お願い(命令)
なんかぬるっと始まった対ファフニール編。
どれくらいの長さになるかはわかりませんが、お読み頂けると嬉しいです。
「屍竜 ファフニールを討伐して欲しい——」
バルファさんは率直にそう告げた。
何も包み隠さず、ただ要件というか要請の旨のみを唐突に伝えられた。
屍竜 ファフニール。
本で読んだ事はあるが、それは御伽噺の中の存在だと思っていた。
だが、本当に存在したとして、討伐して欲しいというのはどういう事だろうか。
僕の記憶では、ファフニールは洞窟内の宝を守護しているため、外には出てこないはずだが……。
「今現在、屍竜がユートラス王国に向かってきている。
どうやら暴走しているらしくてね、その凶暴性は凄まじい。
だから、防衛戦に参加して欲しいんだ」
暴走……。
あれだ、普段優しい人を怒らせるととても怖いように、今まで洞窟にいたから思いっ切り暴れたくなったのかもしれない。
《ファフニールは元人間です。竜へと変わり果てたとしても、そこまで理性を失う事は無いかと思われます》
エイルが僕のくだらない思考に指摘をしてくれた。
って、ファフニールが元人間!?
《ご存知ありませんでしたか?》
ああ、初耳だ。
そもそも存在を信じていなかったのだから、詳細を知っているはずもない。
「お願いをしているのはボクだけど、この依頼は元を辿ればグランドマスターからのお願いでもあるんだよ。
国王とグランドマスターは仲良しだからね。互いに足元を見あっている仲だ」
それは仲良しなのだろうか……?
完全にお互いがお互いを利用しようと企んでいるのでは……?
ま、まぁ無粋な考えはよそう。
今はクエストについての情報に集中だ。
「話が逸れてしまったね。
屍竜の推定ランクはA。それもAの中の上位に入るだろう。
恐らく大変な戦いになるだろうけど、君達なら大丈夫さ!」
そう言ってバルファさんは弾けんばかりの笑顔を見せる。
とても信頼されている……と言えば聞こえはいいが、この場合は違う。
彼女は面倒だから全てを僕達に押し付けようとしているのだ。
「セラさんやドリューさんはどうしたんですか?
私達より適任だと思いますけど……」
隣に座っていたロミアが質問する。
確かに、彼ら……特にセラさんなんかは魔物を狩る事だけに特化した人間だ。
僕達なんかよりずっと向いている。
「ああ、それはだね……」
バルファさんは言葉を濁す。
そこに深い意味があるのか、無いのかは判然としない。
何か言いづらい事でもあるのだろう。
だが、不思議と気になりはしない。
彼女なら何かあるのだろうと割り切るようになってしまったようだ。
「別の任務に当たっている、とだけ言っておこうかな。
そちらも重要でね、彼らは動けないんだ」
国の防衛と同じほど重要な任務。
セラさん達もなかなか、こき使われているようだ。
「僕らに断る術はありません。
どうぞ、クエストの内容について詳しく教えてください」
そう、彼女に呼ばれた時点でそれはお願いではなく命令となるのだ。
ここで、受けるか受けないかなんて考える事など無駄でしかない。
まさか、『掟ノ女神』が発動しているのだろうか。
発動していなくても、どうせ逆らえはしないとは思うけれど……。
「ふふ。ノアくんは話が早くて助かるよ。
じゃあ全容を語ろう。
この話題では隠す事なんて無いからさ」
バルファさんはいつもの笑顔浮かべて、語り始めた。
「前提として、今回のクエストの達成目標は国の防衛だ。ファフニールの討伐では無い。けど、暴走しているからね、殺すまで止まらないだろう。
つまり、最終目標の通過点としてファフニールの討伐からは逃れられない」
「そして、この防衛戦に参加するのはユートラス王国軍、その数二万。まぁ、緊急性が高いからそんなに多く居ても邪魔になるんだろうね。
それに、西街と北街にも軍の支部が一応ある。数は少ないから、合わせて五千位だろう。
最終的には国の軍が二万五千。それにあの軍隊長であるガルロさんと、参謀長のフィグスさんも来るらしいから、戦力としてはかなり盤石だと思うよ」
軍隊長に参謀長。
国の主要人物が二人。
そんな人と共闘するのか……。
心が、心臓が萎縮する。
何か失敗してしまいそうで怖いな。
「ガルロさんは戦闘狂だし、フィグスさんは情報大好き人間だから、そう緊張しなくても大丈夫だよ」
僕の心情を汲み取ってか、バルファさんがそう言ってくれた。
しかし、それは何の安心にも繋がらない。
戦闘狂と情報狂。
方向は違えど結局は同じ人種だ。
むしろ不安が一気に高まった。
「で、それに加えてボクら冒険者ギルドからも人手を貸すことになった。グランドマスターから直々のお達しだ。
協力に向かわせるのは、西街と北街のギルドにいるAランクの冒険者全て。
西街のギルドでAランクなのはセラとドリューだけ。
でも、彼らは別の任務の真っ最中だ。
ではどうするか。当然、実力的にAランク相当の君達に頼るしか無い。
だからこうして、お願いをしているという訳さ」
彼女はつらつらとここまでに至る経緯を説明した。
なるほど。
これは要するに、セラさん達に頼まれるはずだったクエストが運悪く、僕達にまで回ってきたという事か。
「で、どうする? このクエストを受けてくれるかい?」
バルファさんは問う。
そんなもの、答えは一つだ。
「受ける、それ以外に選択肢は無いんでしょう?」
「ハハハッ。いいね。
君はいつも、期待通りの返答をしてくれるね」
彼女は機嫌良さそうに肩を揺らす。
それに連動して、彼女の翡翠色の髪がフワリと揺れた。
その姿に目を奪われそうになった僕は、視線を逸らした。
《主人様、重要な事を聞き忘れていますよ》
若干、挙動不審であった僕にエイルが話しかける。
聞き忘れている……?
それは、バルファさんが何かを言い忘れている、重要な何かを伝え忘れているという事か?
《はい。ファフニールがいつこの国に襲来するのか、です》
あぁ、そうか。
準備を怠るのは良く無いからな。
猶予はそんなに無いとは思うが、どれくらいかを聞いておいた方がいいだろう。
逸らしていた視線を戻す。
「バルファさん、質問してもいいですか?」
「何を水臭い。ボクと君の仲じゃないか、足元を見つめ合うような仲じゃないか」
「どんな仲ですか。足元を見つめ合うって、それだと意味が少しばかり違ってきますよ。
……じゃなくて、屍竜。ファフニールが来るまであと何日ですか?」
僕は質問した。
率直に、実直に、聞きたい事だけを問うた。
するとバルファさんは笑顔を崩さず、立ち上がった。
何事かと思い、僕達は戸惑う。
そして、彼女はギルドマスター室の窓まで歩いて行き、物憂げな表情を浮かべた。
少しの沈黙の後、バルファさんは口を開いた。
「あと、今日をいれて二日だ」
「え?」
良く聞こえなかった。
二日とかいうおかしな日数が聞こえた気がするが、勘違いだろう。
「すみません、もう一度……」
「あと二日と言ったんだ!
ほら、早く早く! 急いで準備しないと間に合わないよ!」
そう急き立てられるが、僕とロミアは動かない。
というよりも動けない。
驚きのあまり、呆然としてしまっていたのだ。
国の防衛戦なのに、あと二日?
北西部へと向かう道のりと、あちらでの準備の時間を考えると今すぐにでも出発しなければいけない。
「ほ、本当に二日なんですか? 冗談とかではなく?」
そう問うロミアの声は、焦りに満ちていた。
僕も冗談だと思いたい。
だが、そんな希望はあっさりと打ち砕かれる。
「ああ、本当だよ。こんな時に冗談を言うと思うのかい?」
「思いますけど……」
おっと、ここでまさかの展開。
ロミアの意外な反撃が入った。
これには多少、バルファさんも動揺した様子を見せた。
「……コホン。それに、このファフニールの情報元は、秘密警察を率いる王の伝令、セリス・ウェンデッダという男がもたらしたものだ。
ボクは彼の事が大嫌いだけれど、その情報だけは信用できる」
余程そのセリスという人が嫌いなのか、彼女は苦虫を噛み潰したような顔で、情報の信憑性の高さを伝えた。
しかし、セリスさんとやらが秘密警察である事を言ってしまって良かったのだろうか。
名前に“秘密”と入っているのに、その存在をこうも簡単に露呈されるとはセリスさんも思っていなかっただろうな。秘匿性のかけらも無い。
「って、そんな事はどうでも良いんだよ! 早くしないと、国が滅んじゃうよ!」
そんな軽い感じで、宙に浮きそうなほどふわついた感じで、僕達はギルドマスター室から追い出された。
強制退出させられた。
物静かな廊下に冒険者達の声が控えめに響く。
下の集会所の騒めきが、薄っすらと耳に届いた。
「準備しますか?」
「そうだな。国のお偉いさんの間で悪い噂は流したく無いし、急ぐか」
僕とロミアは取り急ぎ、準備に取り掛かった。
そして、早急に準備を終えて——。
冒険者ギルドの前で、バルファさんが見送りをしてくれていた。
なんだか、高尚なお話を聞かされた気もするが、適当に聞き流していたため覚えていない。
きっと大した事は言ってなかっただろう。
「じゃ、よろしくね! 君達の帰りを心待ちにしているよ!」
彼女はいつでも笑顔だ。
だが、バルファさんが本気で僕らの帰りを心待ちにするはずが無い。
どうせ土産話か、自身の株を上げるために策を講じているのだろう。
そんな風に、心中では彼女を酷評しながら、僕とロミアは北西部へと向かった。
「どうする、ロミア?」
「何がです?」
「今回のクエストだよ。どんな風に戦えば良いんだろうな?」
今までは、一人だったから考える必要は無かったのだが、このクエストは事情が違う。
国の防衛だ。
とても重要な任務なのに、こんなに緊迫していないのもどうかとは思うが、実感が湧かない。
この国に竜が迫っているなんて、他人の話だけでは到底信じられないからだろう。
「そうですね……でも、軍隊長さんが指示を出してくれるんじゃないですかね?」
そうか、戦闘狂だと言われていたが、仮にも軍隊長。
戦場で支持を出さないはずは無いだろう。
「そうだな、とりあえずは軍隊長さんの言う事に従おうか」
邪魔にだけはならないといけないからな。
戦地では一瞬たりとも気を抜けない。
《北街のギルドの冒険者がどんな人かも気になりますね》
エイルが少し声を弾ませる。
何だろう、強者に飢えた人みたいだ。
そんな感じでしたっけ、エイルさん?
《いえ、単なる研究心ですのでお気になさらず》
そうですか。
それならば良いのだけれど。
ロミアの足元の連れ添って歩く、ベルが小さく鳴いた。
急ごう。
暴威が吹き荒れるまでに、到着しなければ。




