表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/72

27話 決意

感想は励みになります。

お読み頂いている全ての方々に感謝。



 僕は耳を疑った。

 否定したい気持ちでいっぱいだけれど、事実が揺らぐことは無い。

 彼女は確かに言ったのだ。

 ……紅目の魔導師と。


 バルファさんが五百年前の戦争を知らないわけがない。

 曲がりなりにも、彼女はギルドマスターという役職に就いているのだから。

 それなのに何故……?


「おい、バルファ。それは流石に……」


 セラさんが苦言を呈す。

 紅目の魔導師は災厄そのものだ。

 その名を名乗れば、忽ち周りの人間から忌み嫌われるだろう。

 だが、バルファさんは何の気なしに話を進める。


「どうしたんだい? 反論も異論も無いのかい?

 それなら、これで決定という事で……」


 そう言いかけた彼女の首筋に、剣の刃が迫った。

 いつの間に出てきていたのか、攻撃を仕掛けていたのはエイルだった。


 剣がバルファさんの首を斬り落とそうかというその瞬間——、

 それは抜刀したセラさんによって阻まれた。


 剣と刀がぶつかり、澄んだ金属音が部屋に響く。


「何のつもりだ?」


 セラさんがエイルに問う。


「私達の主人様に対し、蔑みの言葉を吐いたこの女を始末します」


 エイルは僕が今まで聞いたことのないような冷たい声で答えた。

 彼女は珍しく怒っていた。

 僕のために怒ってくれていた。


「落ち着け、エイル」


「ですが……!」


「大丈夫だから」


 僕の言葉に素直に従って、剣を仕舞うエイル。

 それに応じ、セラさんも刀を鞘に納めた。


 エイルは僕の隣に立ち、バルファさんを見据える。

 そして件のギルドマスターは、表情一つ崩さず笑っていた。

 この状況を楽しんでいた。


「その女騎士さんはどちら様かな?

 あぁ……。それも君の能力の内の一つって訳だね。

 ふむ。とっても強そうだ」


 一方的に喋り続ける。

 僕の気持ちなどは頭の中に無いのだろう。


「どういうつもりなんです……?

 ギルドマスターである貴女が、紅目の魔導師の事を知らないわけ無いですよね……?」


「ああ、それは勿論。

 紅目の魔導師 ヘレ。彼女は五百年前、この世の全てを焼き尽くしたとして、最凶最悪の魔導師として歴史にその名を刻んでいる……。

 で、それがどうかしたのかい?」


 僕の全身が熱を帯び始める。

 落ち着け。

 怒れば、冷静な判断が出来なくなる。


「何故、そんな人物の二つ名を……僕に……?」


「あぁ、悪いけれどノアくんの事は調べさせてもらったんだ。

 十年前、君の身に何が起きたのかまでは知っているよ。紅目の魔導師との血縁関係を疑われて、酷い目にあったんだってね」


 記憶が蘇る。

 恐ろしく冷酷で、痛々しい記憶が……。

 自然に手が震え始めた。


「ど、どうして……。そこまで、知っているのに……?」


「君はその時、紅目の魔導師の事をさぞ恨んだだろうね。

 そして、心のどこかで今も恨み続けている。

 忘れたいと思っているんだろう? そんな忌々しい存在なんて。

 でも忘れようとすればする程、君は彼女に囚われているんだ。

 ……だから、君が紅目の魔導師となって、彼女の伝説に上書きをしてしまえばいいんだよ。

 最凶最悪なんて肩書きを消し去ってしまおうじゃないか!

 そうでもしなきゃ、君はその呪縛に一生取り憑かれたままだよ」


 バルファさんは軽々しい態度でそう言った。

 伝説を上書きするなんて、僕の一生をかけても出来るかどうか……。


「そんなの、無理に決まってます……」


「ノアくん、出来るか出来ないかなんて聞いてない。

 ボクが聞いているのは、君に紅目の魔導師の名を継ぐ覚悟があるのかどうかだ」


 覚悟……?

 あるわけが無い。

 どうして僕が、僕を苦しめた奴の……。


「君は一つ勘違いしているよ。

 君は最凶最悪の魔導師じゃない」


 バルファさんは止まらない。

 流れるように言葉が紡がれていく。


「そんな事……言われなくても知っています」


「なら、どうしてそこまで怖がるんだい?

 紅目の魔導師と名乗れば、君は何もかも焼き尽くすような、最凶最悪の魔導師になってしまうのかい?

 違うだろう。

 君は君のはずだ。

 今、この世界にいる君は、ノア・シャルラッハロートという立派な名前の持ち主じゃないのかい?」


 今までと変わらない口調でバルファさんが僕へ語りかける。


 そこで不思議と手の震えが止まった。

 気がつくと、ロミアが僕の手を強く握っていた。

 彼女の手の温度がが伝わってくる。


 僕は恐れていたのか?

 周りから紅目の魔導師と呼ばれる事で、自分が本当にそんな残虐な人物になってしまうと……?

 

「ノアさんはノアさんですよ。私はノアさんが優しい人だって知ってます」


 ロミアが小さな声でそう言った。

 そして、エイルもそれに続く。


「私達が支えるのは主人様、唯お一人です。

 主人様が私達を信じて頂いたように、私達もまた、主人様を信じております」


 その言葉で僕は、体の中で、心の中で何かが動いたのを感じた。

 

 他の人に言われてから、やっと気づいた。

 僕は僕であると。

 単純な事だが、当たり前の事なのだが、その言葉は僕の心に重く響き渡った。


 産まれてすぐ、僕は独りだった。

 だから誰かに認めて欲しかったのだろう。

 そうでなければ、自分という存在が危うくなる気がしたから。

 僕がどんな人間なのか、わからなくなってしまうのが怖かったんだ。

 



 大きく息を吐く。



「僕は……いや、ノア・シャルラッハロートという人間は、今この瞬間、重荷を背負う事に決めました」



 そうだ。

 やってやろう。

 元より、新しい人生を歩む事が僕の目的だったのだ。

 なら、これからは紅目の魔導師の名を継いで生きて行こう。

 最凶最悪の魔導師の伝説を上書きする事を目標にしよう。



「——“紅目の魔導師”。

 それがノア・シャルラッハロートという冒険者の二つ名です」



 十年前に起きた出来事を、簡単に割り切れるはずが無い。

 けれど、いつまでも過去を振り返ったままでは前に進めない。

 だから僕は、前を向く。







「ノアくんならそう答えてくれると思っていたよ」


 彼女は笑いながら言った。


「よし、じゃあ冒険者登録の時にもらった紙を出して。

 冒険者情報を更新するからさ」


 そう促され、僕とロミアは荷物から紙を取り出した。

 そしてそれを机に置く。


 バルファさんは二枚の紙を見て軽く頷き、それぞれに手をかざした。


「『掟ノ女神』に命ずる。列挙された情報を読み取り、全てを改めよ」


 これまでの態度とは違い、鈴を転がしたような声で彼女は能力を行使した。

 その言葉と共に、二枚の紙が光に包まれる。


 『掟ノ女神』はそんな事まで出来るのか。

 『知識は世界を開く鍵ヴァイスハイト・シュリュッセル』並みに多機能である。


 そんな事を考えているうちに情報の更新が終わったようで、光が収まっていた。


「はい! これで完了だよ!

 これから君達はCランクの冒険者だ。

 クエスト受注の際は適正がCランクのクエストしか受けることが出来ないけれど、ボクから直接、クエストを頼むかもしれないからよろしくね!」


 聞き慣れた、溌剌した彼女の声を聞きながら紙を受け取る。


 紙を見ると、一番下の文字がEからCへと変わっていた。

 そして、名前の上に一つ項目が追加されている。

 そこには“紅目の魔導師”と刻まれていた。



「“白い魔法使い(プラトニック)”と“紅目の魔導師”。

 君達のこれからの活躍を、心から期待しているよ!」


 バルファさんが嬉しそうに微笑む。



 結局、彼女は笑顔を一度も崩す事はなかった。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 何をバカに覚悟しているのか、作者の頭がおかしいですよね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ