03話 魔導師の能力
ポイント評価をして下さり、ありがとうございます!
拙い文章ではありますが、お読みいただけると幸いです。
修正しました(2019/03/03)
目の前に見える巨大な外壁と大仰な門。
もう日がすっかり落ちた頃、ユートラス王国へと到着した。
門の前で手荷物検査を受ける。一回、荷物を全て取り出され、隅々まで調べられた。
問題無しと判断され、門をくぐることを許された。
「お、おおお……?」
街を見た僕は、思わず変な声を漏らしてしまった。
何故か? それは思っていた以上にこの国の文明が発達していたからだった。
僕の中にある外の世界の記憶は、十年前に行ったカルムメリア王国の記憶しか無い。だから余計に驚いているのかもしれない。
街の至る所に街灯があり、暗い場所が見当たらない。
地面にはレンガ敷き詰められていて、通路として区別されているようだ。
そして、最も驚くべきなのがこの街を覆う巨大な結界である。教会にも結界が張られてはいたが、これほど大規模な結界は初めて見る。
何なんだ、この街は……?
はっきり言って、僕からするとこの街は異常である。
まぁ、いい。きっと、そのうちに慣れてくるはずだ。
それはそうと、まずは宿屋を探さないと。泊まる場所がないと話にならない。
僕はとりあえず、宿屋を探すことにした。
——結構、歩き回っただろうか。
やっと、宿屋を見つける事が出来た。
どうやら僕は、見当違いな場所を探していたようだ。
これだけ大きく“宿屋”と書かれた看板なのだ。一目見ればわかる。
もっと早くにこっちの方を探せばよかった。
って、おや?
宿屋の前に立ち尽くしている少女。
あの亜麻色の髪をして黒猫を連れている彼女は、森で上位魔法を発動していた彼女だった。
まぁ、一応話しかけてみるか。宿屋の前にいる以上、無視は出来ないだろうから。
「こんな所で何してるんだ?」
僕の声にびくりと体を震わせて、少女はこちらを向いた。
「あれ? あなたはいつぞやの」
「いつぞやのって、会ったのは今日だけど……」
「そうでしたっけ?」
少女は惚けてみせる。
何だろう、微妙にフワフワとした感じな。
「で、宿屋の前で何をしてたんだ?」
僕は同じ質問を重ねる。
「いえ、別に。ちょっとこの宿屋の外壁に興味があって……」
ほう。宿屋の外壁に興味があるのか……。
なかなか特殊な人間のようだ。
彼女の行動の理由がわかり、用が済んだ僕は宿屋に入ろうとした。
「え? あ、ちょっと待ってください! お願いがあるんです!」
僕の服の袖を少女が掴む。
思いのほか力が強く、僕は強制的に立ち止まることになった。
「何だろうか……?」
「その……私、今日の夜、泊まる場所が無いんです……」
「は?」
少女は少し俯いている。そして黒猫は僕の方を見て、目を爛々と光らせている。
泊まる場所が無い?
目の前に宿屋があると言うのに?
僕は少しばかり考える……。
そして、ある可能性に辿り着いた。
——もしや、この少女はお金が無いのでは?
「金が無いとか……?」
「え、いや。あの…………」
「無いのか……」
僕は断定した。
すると少女はか細い声を絞り出して言った。
「はい……。私は家出をした身でして……お金が無いんです」
十五、六歳であるはずの少女はそう僕に告げた。
それくらいの歳で家出とは、何か家庭で揉め事でもあったのだろうか。
僕は仕方なく、お金を貸すことを決めた。
こんな夜に少女を一人で野宿させるわけにはいかなかったからだ。
「お金が無いのなら、今日の分はとりあえず貸してあげよう」
「えっ! 本当ですか?」
「今日の分は、だ。その後のことはまた明日だ」
「ありがとうござ……ぃ……」
パタリ。
少女はお礼を述べる途中で倒れた。
僕は急いで近寄り、彼女の様子を確認する。
「おい、大丈夫か?」
「……すみません。森を一日中歩いていたので……。しかも、移動速度上昇の魔法をかけながら……」
そりゃ、倒れるはずだ。いくら下位魔法だとしても、一日中発動していたら魔力切れを起こすに決まっている。
「まだあって間もないが、君がなかなか変な人間だって事だけはわかった気がする」
僕は少女に手を差し伸べる。
心の中では若干、焦りが生じていた。この状況を見た人が変な勘違いをお起こさないか心配になったのだ。
「立てるか?」
「すみません、全身に力が入りません……」
なんてこった。これでは僕が彼女を抱えるしか道がない。
迷っている時間も無い。
僕は意を決し、彼女を持ち上げた。
「あ、ちょ、待って」
少女は何か言おうとしているが、こうなった以上、猶予はない。
少女が重いわけではない。むしろ軽くて不安になるくらいだ。
僕は変に勘違いをした人が警吏呼ばないかが心配なのだ。
だから、さっさと店の中に入る。
店員は僕の姿を見て少し驚いていたが、何事もなく接客してくれた。
従業員に部屋を二つ頼む。
そして、銀貨一枚を支払って部屋へと向かう。
階段を上がって通路を進み、一番奥の部屋のドアを足で押し開ける。
部屋にはしっかりとしたベッドと机が置いてあった。値段の割に良質なことに驚きつつ、少女をベッドに寝かせる。
「無いとは思うが、なんかあったら呼んでくれ。僕は隣の部屋にいるから」
そう言って僕は部屋を出て行こうとした。
「あの、お名前を教えてもらえませんか?」
少女の質問に僕は足を止めた。
関わりがあったとはいえ、赤の他人に名前を教える事に僕は戸惑う。
しかし、断る理由も見当たらないため、とりあえず名乗る事にした。
「あ、ああ。ノアだ。ノア・シャルラッハロート」
「私はロミアです。ロミア・フラクスって言います。この子はベルです」
自分の紹介だけでは無く、黒猫の名前まで教えてくれた。
ロミアにベルか。
僕が覚えている名前は今までサレアだけだったが、これからは二人と一匹になるようだ。
神父様の名前は知らない。何回か聞いたが答えてはくれなかったのだ。
僕は今度こそ部屋から出るため、扉を開ける。
すると、僕の背中にロミアが声をかけた。
「おやすみなさい、ノアさん」
「ああ、おやすみ」
そんな会話を最後に交わし、僕は部屋を出た。
“おやすみ”なんて言葉は、神父様やサレアにしか言った事がなかった。
それを思うと、僕は今更ながら気恥ずかしくなったのだった。
自室のベッドに僕は突っ伏す。一日中歩いていた疲れから、すぐに意識がまどろんでいく。
「ニャー」
耳元で鳴き声がした。音の聞こえた方に首を捻ると、黒猫がいた。
「そういえば、お前の事を忘れてた。ベルだったか? 飼い主の代わりにお前がしっかりしないといけないと思うぞ」
冗談交じりでベルに話しかけてみた。
「ああ、その節はすまなかった。感謝している」
「ま、別にいいけど……」
僕は体を回転させて、仰向けになった。目を閉じて少し頭の中を整理する。
……今、返事が返ってこなかったか? 会話が成立してしまっていた気がするのだが……?
き、きっと疲れてるせいだな。
目を開けて、ベルをもう一度見る。
「どうした? そんな間の抜けた顔をして」
「しゃ、喋ったあああああ!?」
僕はベッドから転げ落ちた。打ち付けた右ひじが痛い。
「おい、あまり大きな声を出すな。迷惑になるだろう」
「いや、何で喋れるんだ?」
「お前、魂を食べる猫が喋ったって、おかしくはないだろう?」
「そういうものなのか?」
「そういうものだ。だが、私が話せることはあの子には黙っていてくれ」
「あ、……ああ」
ベッドの上からピョンと飛び降り、部屋を出て行くベル。僕はそれを呆然とした眼差しで見送ることしかできなかった。
その後、暇を持て余していたので自分の荷物を漁っていた。
荷物入れの最奥にあった分厚い本。これは、死んだ神父様から貰った物だ。
この国に来た理由の一つでもある。この本は謎の言語で文章が書かれており、何一つ読み取ることはできない。しかし、所々に魔法陣が描かれているため、魔導書なのではないかと思っている。
ベッドで横になりながらパラパラと本を繰っていくうちに、僕はいつしか眠りに落ちていた。
閉じていた目をゆっくりと開ける。そこに広がっていたのは真っ白い空間だった。
感覚的に夢だとわかり、ぐるりと辺りを見回す。
だが、視界に映るのは白、白、白。白色以外には何も目に入らなかった。
急な出来事に困惑し突っ立っていると、背後から声がした。
「主人様の事をずっとお待ちしておりました」
声のする方へ振り向くと、金髪金目の女性がいた。
騎士の格好をした彼女は跪いて、頭を垂れている。
「あの、どちら様ですか?」
状況を飲み込めず、そんな質問をしてしまった。
もっと聞く事はあっただろうが、こんな状況である。仕方ない。
「私は『知識は世界を開く鍵』の案内人、エイルと申します」
女騎士は頭を垂れたまま名乗った。
彼女の名前はエイルと言うらしい。
……というか、ヴァ、ヴァイスなんたらかんたらとは何だ?
「『知識は世界を開く鍵』は、主人様の持つ能力の事です」
……おっと、頭の中を読まれたのか?
声に出していないのに答えが返ってきた。
「ここは主人様の精神世界です。主人様の考えてらっしゃる事は筒抜けになります」
なんて恐ろしい世界だ。
やましい考えも筒抜けだと……。
「そして、この世界にはあまり長く居られません。ですが、主人様の危機には私達をお呼びください。いつ、何処へでも現れましょう」
エイルという女騎士はその言葉だけを残し、消えてしまった。
白い空間が徐々に崩壊していく。
どうやら僕の精神世界はかなり脆いらしかった。