19話 宴
そろそろ、一章が終わります。
章設定をしていなかったのですが、その内行います。
宴です、お読み頂けると幸いです!
修正いたしました(2019/03/03)
バルファ・ドラウンはクエストに出かけたノアの事を考えていた。
あの駆け出し冒険者がこのクエストを達成できる見込みは少ない。何故なら、カシネ湖に辿り着く事自体が困難だからである。
そもそもの話、彼女はノアに達成できないようなクエストを頼んでいたのである。
「君はどう思う? 彼らは立派にクエストを達成できるかなー?」
バルファは応接用の椅子に腰掛けている女性に問う。
「私にそんな事、わかる訳がない」
彼女はそのしなやかな脚を組んで、答える。
「全く、君はいつもそうやって考える事を放棄する。君はもともと強いんだから、『知恵ノ女神』とかの方が役立ったんじゃない?」
「うるさい。モンスターを殺すだけなら『狩猟ノ女神』の方が良いに決まってる」
「ボクの言いたいのはそういう事じゃないんだけどなぁ……。って、そう言えば君、あの戦闘狂はどこに行ったんだい?」
バルファは女性に質問を続ける。
女性は憂鬱そうな溜息を吐いた。
「何故、貴女は私が知らない事を知っていながら質問をするの?」
バルファはその答えに対し、楽しそうな笑い声をあげる。
「ハハハッ。知らない事を知っているとは何とも奇怪で、珍奇な表現だね。ボクは君のそういう所が大好きなんだ!」
対して女性は、さらに憂鬱そうな表情になり、呟いた。
「私は、貴女のそういう所が嫌い……」
その声はバルファ本人には聞こえていないのか。彼女はいかにも満足そうな顔で椅子に座っていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
宴だ!!
もう一度言う、宴だ!!!
そう、僕らは今、カシネ湖復活の宴をしている。
夜のカシネ湖からは、昼とはまた違った綺麗さが感じられた。
湖の水は月の明かりできらきらと輝いており、その周りを沢山の妖精たちが浮遊している。
ロミアの浄化魔法により、ここら一帯が浄化されたため、森にいた妖精たちが集まってきたようだ。
焚き火を中心に、沢山の料理や飲み物が並べられ、わいわいと賑わい始めた。
ウンディーネやスプリガン、ドライアドなど主要な妖精たちを始め、小さな精霊たちも集まってきたようだ。
ここにいる人間はたった二人。後の全員は妖精か精霊だ。
自分でもなかなか信じられないような空間にいる。
準備が終わったのだろう。ソルドとエレインが皆の視線を集めた。
「では、カシネ湖復活の喜びと、ノア様とロミア様への感謝の気持ちを込め、乾杯!!」
「乾杯!!!!」
ソルドとエレインさんの乾杯の音頭に続き、僕達は一斉に乾杯を唱和した。
妖精と精霊、人間達の大宴会が始まった。
「ノアさん! これすごい美味しいですよ!」
ロミアは口いっぱいに料理を頬張りながら、僕にも勧めてくる。
僕は詰まらせるなよとだけ注意して料理を頂く。
基本的に動物の肉などは無く、野菜と魚が中心であった。
しかし、どの料理も美味しいな。
僕は飲み物を注いでくれているエレインさんに聞いてみた。
「料理とかって、誰から教わったんですか? 別に妖精達は食事する必要はないですよね?」
「ええ。私達は食事を口にする必要はありません。ですが、ある旅人様に教えてもらったのです。あの事件の前は、人間の方も歓迎していましたから。
その旅人様は『私以外にも人間が来たら、こうして料理を振舞ってあげれば、喜ぶと思うよ』とおっしゃっていました。
こうしてやっと、教えて頂いたことを実践できて、あの旅人様もお喜びになっているでしょう」
名前も知らない旅人さん、ありがとう。
あなたのおかげで僕達は今、こんなにも美味しいものを味わえている。
感謝します。
いつか出会えたらいいな。
「ゲホッ……ゲホッ……」
僕のしんみりとした感傷が咳により全て消し飛んだ。
「だから、詰まらせるなよって注意しただろ!」
僕はロミアの背中をさすりながら飲み物を渡す。
「ゴホッ、ゲホッ……。はぁ……はぁ……ずみまぜん。死ぬかと思いました」
ロミアは涙目になっていた。
まぁ、これで落ち着いて食事をしてくれるはずだ。
「次、詰まらせても助けないからな。よく噛んで食べることだ」
「はい……」
うむ、素直でよろしい。
僕がどこ目線なのかわからなくなった時、妖精達がざわつき始めた。
そのざわめく方を見てみる。
僕の目に映ったのはランタンを灯し、フードを被った妖精——
ウィル・オー・ウィスプだった。
「ほっほっほ。何やら楽しそうな声が聞こえたのでな、来てみた」
親しそうにソルドに話しかけている。
僕も一度、会ったことがあるが覚えているだろうか。
僕はソルドとの会話を終えたウィスプに話しかけようとした。
すると——
「何見とんじゃい!!」
「えぇ…………」
また、怒られてしまった。
ユートラス王国へ向かう途中にもこれと全く同じことがあったな。
どうしてこの妖精は僕に厳しいのだろう?
「おや、可愛らしいお嬢さんじゃのう。どれ、これを飲んでみるといい」
呆けている僕を無視し、ウィスプはロミアに話しかけている。
そして、ウィスプは自身の持っていた容器から、ロミアの木のカップに何かを注いだ。
「お、おい、何だそれは? 大丈夫なやつなのか?」
僕は心配になった。
毒でも入っているのではと不安になったのだ。
「なんじゃ、人間。わしが毒を盛るとでも? そんなことすれば、忽ちここの妖精どもに殺されるじゃろうて」
それもそうか。
心配のしすぎか……。
僕はロミアの様子を見守る。
彼女はウィスプが注いだ液体を一息で飲み干した。
「あ、これ果物の味がしますね……。とっても、あまくておいひいで……す…………」
明らかに様子がおかしかった。
呂律が回っていない事は明白だった。
ロミアは酔っていたのだ。
「おや、果実酒じゃった。わしったら、うっかりさん」
「おおおおい! ロミアはまだ十五歳だぞ! 」
あまりの事態に僕は叫んだ。
澄んだ夜空に僕の声が響いた。
仕方ないので僕は、意識を失ったロミアを洞窟内のあの部屋に運ぶことにした。
意識を失い、横たわっている彼女を軽く持ち上げ、エレインさんに頼む。
「すみません、ロミアをさっきの部屋で寝かせてきたいんですけど……」
「そうですね。その方がいいでしょう。ではこちらへ」
エレインさんは再び、洞窟内の部屋まで引率してくれた。
エレインさんが慣れた手つきで自動扉を操作して、僕たちは部屋に入る。
そして、ロミアをソファに寝かせる。
ガシッ。
ん? ガシッ?
僕が腰を落としてソファに彼女の体を移そうとしていた途中、ロミアは僕の首の後ろに両腕を回し、固定していた。
「ねぇ、ノアさ〜〜ん!」
「お前、起きてんじゃねぇか!」
「行かないで〜」
「待て待て待て、腰がつらい!」
どうにかしてロミアの体をソファの上に置き、僕は跪く。
ロミアは依然、僕の頭部をがっちりと抱えたままだ。
何故だ。一体全体、この華奢な体のどこからこんな力が? というほど強固である。
もう自分自身ではどうにもできないため、僕はエレインさんに助けを求めた。
「あの、エレインさん。ちょっとこの腕外すの手伝ってもらっても良いですか?」
視界の隅で何とかエレインさんの姿を捉える。
おや? 彼女はずっと微笑んだままこちらを見ているようだ。
心の中に少しずつ不安が溜まっていく。
「あの……エレインさん……? まさか…………」
「では、ごゆっくり」
「え、嘘でしょ? 本当に行くんですか!? あ、本当に行ったよ……」
エレインさんは静かに部屋を出て行ってしまった。
僕はこのような情けない格好で取り残された。
あ、そういえばベルはどこ行った? もしかして着いてきてるんじゃないのか?
《ベル様は他の妖精の方たちと楽しそうに戯れておりました》
あいつ、悪魔としての威厳はちっとも無いな。
完全に猫になってるじゃないか。
…………?
そうだ……!
おい、エイル!! 僕に憑依してこの腕を外してくれないか?
《………………》
えっ……? 無視……?
割と本気で何のために出てきたんだ?
『知識は世界を開く鍵』はベルの動向を報告するためだけの能力じゃ無いよね。
それともあれか、猫の豆知識でも教えてくれるのか?
《………………》
全く、最初の方にあった忠誠心は完全に消え去ったのか。
エイルさんはもっと誠実な人だと思っていたのに。
僕はなす術がなく、思考を停止した。
……。
…………。
………………。
待って、だめだこれは!
よくよく思い返せば、僕の顔はロミアの胸の中にあった。
だから彼女の体温と、ささやかな胸の柔らかさが如実に僕へと伝わる。
そして何より、これだけ近いと彼女の心臓の鼓動音が明瞭に聞こえるのだ。
僕の心から平穏が奪われていく。
これは、かなりまずい。
僕はもがく。もがいてもがいてもがき続けた。
《主人様、私達が存在するのは主人様の精神世界です。これ以上精神世界が揺らぎますと、私達にも影響が出ます》
へぇ、ならエイル。お前はこの状況で平静を保てっていうのか?
無理に決まってるだろ。
そんなに言うなら、さっさと憑依でも何でもいいからどうにかしてくれ。
《それはできません。憑依したとして、多少の肉体の変化や身体能力が変化する程度です。主人様が外せないのであれば、もうそれはどうしようもできないのです》
——終わった。
本当に打つ手なしとなった僕は諦めることにした。
あの有能な『知識は世界を開く鍵』でどうにもならないのだ。
僕は再び思考を停止させた。いや、今度は無を考えていたと言った方が適切かもしれない。
そして、翌朝。人型状態のベルに蹴り飛ばされて目覚めることを、僕はまだ知る由もなかった。




