18話 語らう
ツイッターでも報告したのですが、最初の方の数話を修正します。
その修正では話の大筋は変わらないのですが、ちょっとだけ次の話に関連するようなものがあるので、ご注意とご理解のほどよろしくお願いします!
修正いたしました(2019/03/03)
僕達は洞窟へ入ったはずだった。
目に映るのは薄暗い闇の中に灯る松明の明かりのはずだった、ゴツゴツとした岩肌のはずだった。僕達が感じるのはジメジメとした湿気のはずだった、苔の青臭い匂いのはずだった。
しかし、洞窟の中はとても綺麗だった。
豪華な照明が取り付けられていて、洞窟の中とは思えないくらい明るい。床は固い灰色の材質でできており、歩くたびに軽快な音が響く。そして何より、気温が丁度いい。とても過ごしやすそうな洞窟だった。
僕の前を歩くロミアはきょろきょろとしている。洞窟だと思って入ったから驚いているようだ。
洞窟の奥まで行くと、そこには扉が設置されていた。エレインさんが手を触れると扉が自動で開いた。
これは、どういった仕組みだ?
《魔力感知の応用でしょう。登録した者の魔力を感知すると扉が開く仕組みなのだと思います》
なるほどな、それは便利だ。
だがまぁ、そんな技術がこの洞窟の中で使用されている違和感と言ったらないが……。
自動で開いた扉を通り、部屋の中に入る。
そこにあったのは豪華絢爛な家具や絵画、装飾品などだった。
さっきも思ったけれど、どうしてこんな洞窟の中に色々あるのだろう。
「お好きな席にお座りください」
エレインさんが僕とロミアへにこやかに告げる。
僕達は少しの間戸惑った後、ソファに二人並んで座った。
そしてテーブルを挟んだ向かいのソファにエレインさんが座る。
ソルドはどこに座るのだろう?
あ、普通にエレインさんの隣に座った。その姿勢は文字通りお座りの状態だった。
そしてエレインさんは青緑色の髪をひと撫でして、カシネ湖について語り始めた。
「カシネ湖は古くからこの森に住まう全ての生命に多くの資源を齎していました。
さらに、この湖の周りには特殊な薬草や果実が採れる場所があり、たまに訪れる冒険者にも恩恵を与えていたのです。
そして、その環境を維持していたのは水や木、光の妖精達でした。そのため、いつしかカシネ湖は“妖精達の楽園”と呼ばれるようになっていました」
妖精達の楽園……。あの華やかな情景にはぴったりな名前だな。
エレインさんは淡々と話を続ける。
「先程ご覧になったでしょうが、あれだけ豊かですとそれを支配しようとする者が出るかもしれませんでした。そこで私達はヴィヴィアン様を守護者としていたのです。
……ですが、ヴィヴィアン様は突然、ランスロット様の守護妖精としてこの場を離れてしまったのです」
おーい、ヴィヴィアンさん?
どうして離れてしまったのだろう。ランスロットにそんな魅力があったのだろうか? 僕にはそうは思えないけれど……。
《おい! 聞こえてるぞ……ってウグァッ!!》
《私がこの湖を出たのは、他の妖精達を守る為だったのよ》
ほう? それはどういう意味でしょう?
《魔物……すなわち知恵の無き者達は本能的に強者のところにやってくるの。だから、私がいると余計な危険に晒されると考えたのよ》
ふーん。ヴィヴィアンさんにはヴィヴィアンさんなりの理由があったわけだ。
「……きっと、定位置に縛られるのが嫌だったのでしょう。ヴィヴィアン様は自由奔放に生きてっらしゃったので……」
エレインさんの正確無比な事実が語られる。
つまり、退屈から脱したかったのか。
《………………》
急に黙りますね。それはもう図星だと言っているようなものですが……。
「そしてヴィヴィアン様がこの場を離れた後、新しく守護者となったのがソルド様です」
名前を出されてソルドは尻尾を振っている。これはあれだな。尻尾が感情を如実に表している、表れすぎている。これからソルドと話すときはそこだけ注目しておけば良さそうだ。
「ソルド様は、カシネ湖をこれまで通りに維持するためにスプリガンやドライアド達を集めて防衛部門を創設し、規則を定めました。
まぁ、規則といってもとても簡単なもので、『カシネ湖が齎す豊かな恵みは森に住まう者達へ公平に分配する』というものだけでしたが……。
特にその規則への反対意見も出ず、しばらくは平穏な日々が続いていました。ところが、その平穏な生活は一人の冒険者の訪問により呆気なく破壊されます」
「あの日もカシネ湖には多くの魔獣や魔物がいました。すると、そこに一人の冒険者が気配もなくやって来たそうです。私とソルド様はその時、ここで話し合いをしており、木の妖精が伝えに来てくれるまでは来訪者の存在にすら気づいていませんでした」
「私達が急いで湖へ向かうと、そこでは酷く惨たらしい光景が広がっていました。
その日、カシネ湖にいた生物のほとんどが狩り尽くされていたのです。大量の血が流れ、湖の水は赤く染まり、妖精達も殺されたことで水は濁っていました。
そこからソルド様と私は、残りのわずかな妖精達を守るためにその冒険者と戦いました」
エレインさんがそこで話を止めた。
僕はふと隣に座っているロミアを見る。
彼女はうたた寝をしていた。きっと森の中ずっと歩いていたからだろう。首がガックンガックンとしている。頭が取れないか心配になる程だったので、横に寝かせることにした。
だが、そうは言っても僕が隣に座った状態で、ロミアが完全に横になれるほどこのソファは大きくはない。
色々と試行錯誤した結果、僕の足を枕にすることになった。
簡単に説明すると、ロミアが座った状態から僕の方に倒れてきたような形だ。
その様子を見ていたエレインさんは微笑んでいた。
「すみません。お話の途中に……」
「いえ、大丈夫ですよ。では……もう少しだけ、お話しさせていただきますね」
エレインさんは再び話し始める。
「冒険者は私達と互角に渡り合いました。二体一の状況で、ある程度の余裕を見せながら……。
そして冒険者は用が済んだのか、単純に戦闘に飽きたのか、唐突にカシネ湖から去って行きました。
その去り際に、冒険者は自身の名前を私達に伝えました。まるで復讐心を煽るかのように、凄惨な笑みを浮かべて……」
「スカーレット・ドラウン。彼女はそう名乗って私達の目の前から消え去りました」
スカーレット・ドラウン……。
初めて聞く名前だが、ドラウンはどっかで聞いたな。
《ドラウンとは、ギルドマスターの姓です》
そうか、どうりで聞き覚えがある訳だ。だけれども、そうなると最初の予想は間違っていたことになるな。
《はい。ですが、姓が同じということは何かしらの関係があるかと……》
ふむ、確かに。
そこら辺は、街に戻ったら詳しく聞いてみよう。
正直に話してもらえるのかどうかは疑問な所だが……。
「これが、カシネ湖があのような酷い状態になっていた経緯です。今回の調査に役立てばいいのですが……」
「いえいえ、これだけでも十分だと思います。お話しして下さり、ありがとうございました」
僕とエレインさんは礼を交わし合う。
「では、これで僕達は失礼させていただきます」
そう言って僕は立ち上がろうとした……が、ロミアが眠っていた事と、エレインさんが引き止めた事で動けなかった。
「もう、外は夕暮れ時でしょう。今から森を歩くのは危険です。今夜はこちらにお泊まりになってください」
エレインさんの魅力的な提案に僕は揺れる。
確かに、今から街に戻ろうとして危険に晒されるより、明日になってから戻った方がいいな。うん、きっとそうだ。
僕は自分にそう言い聞かせて納得させる。
「それじゃあ、お言葉に甘えて……」
「はい。今日は、カシネ湖復活の宴をしましょう!」
「宴!?」
そう驚いたのは僕ではない。
今まで寝ていたロミアだ。急に起き上がったので僕の顎と彼女の頭部が激突した。
とても痛い。
ロミアも痛そうに頭をおさえている。
「いたた……。ノアさん、宴ですって!」
「知ってるよ! お前の情緒はどうなってるんだよ?」
「だってお腹空いたんですもん!」
「寝て食べてって、欲望の権化か何かか!?」
「いいじゃないですかー! 生きる上で必要なものです!」
僕達のそんな喧嘩を横目にエレインさんは「早速、準備しますね」と小さく笑って部屋を出て行った。
部屋に取り残されたソルドは僕達のやりとりを、困惑したように尻尾をゆっくりと振りながら観察していた。
これから長い夜が幕を開ける。
宴だー!! ドン!!




