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02話 旅立ち

修正いたしました(2019/03/03)


「ふぁぁ……よく寝た」


 上体を起こし、伸びをする。窓からは朝日が射し込んでいた。

 今日は僕の人生にとって節目となる日だ。

 この十年間で様々な事を学んだ。と言っても、神父様から教わった事を基礎に、独自の勉強を積み重ねただけだが……。


 芋虫のようにもぞもぞとベッドの上から這い出る。

 深呼吸をしてから、下の階へと降りた。



「おはよー、ノア」


「おはよう、サレア」


 サレアと挨拶を交わす。

 彼女は神父様が死んだ後、代わりに僕の世話をしてくれていた女性だ。

 あの頃の自分は、神父様以外の人間は敵だと考えていた。完全に心を閉ざしていた。

 だからこそ、サレアの存在は大きい。彼女がいなければ、僕はもう誰とも話そうとはしなかっただろうから。


「いよいよ今日だね」


「そうだね。長いようで短かった気がするよ」


 僕は笑いながらそう言って椅子に座った。

 そう、今日は僕がこの家を出る日だ。

 神父様はあの日の事件の後、すぐに死んでしまった。だが、彼は死ぬ前にこの教会を覆うように結界を張っていたらしい。

 つまり、神父様が死んでも安全は保障されていたという事だ。

 しかし何故、彼が僕に十年間という時間を設定したのかはわからないままである。



 僕が考え事をしながら待っていると、サレアが用意した朝食を運んできてくれた。


「いつ頃に出発するの?」


 テーブルの上に皿が並べられる。

 サレアが作った朝食を食べるのは、今回で最後かもしれない。

 仮にあったとしても、それはかなりの時間が空いている事だろう。


「なるべく早くユートラス王国には入りたいから、朝食を食べたらすぐに出発するよ」


 僕はパンの入ったカゴを受け取りながら答えた。

 今日の朝食はパンとベーコン、そして野菜の盛り合わせだ。

 僕は手を合わせ、いただきますと言ってから朝食を食べ始めた。


 


 ——「ごちそうさまでした」


 僕は食前と同様に手を合わせてお礼をする。

 サレアはそのままでいいと言ってくれたが、今日くらいは片付けをしようと思った僕は、食器を台所まで運んだ。


 その後、部屋に戻って服を着替え、旅の準備を始める。

 散在している衣服を畳み、荷物の中へ放り込む。何か忘れ物が無いか入念に確認し、最後に机の上に置いてあった古い本を荷物の最奥へ突っ込んだ。


 なるべく短時間で準備を終え、再び下へと向かう。





「準備は万端? 忘れ物してない?」

 

 サレアも心配性だな。

 もう子供じゃ無いのだから、忘れ物などしないだろう。

 外出するのは十年ぶりだが……。


「きっと大丈夫だよ。昨日の夜に確認したから」


 僕は荷物を背負い、そう答える。

 よし、これで旅の準備は完了だ。


「それじゃあ、行ってくる」


「あ、服の後ろ破けてるよ」


「え、嘘?」


 僕は首をひねり、後ろを確認する。しかし、人の視界範囲では限界がある。自分では服の破れが見えない。首が真後ろまで回ろうかという時、サレアが告げる。


「慌てるねぇ。冗談だよ」


 その大きな目で僕を見つめ、何とも憎たらしい笑みを浮かべるサレア。

 整った顔だったから良かったものの、人によっては殴られてもおかしく無いくらいの憎たらしさだ。


「サレア、どうして僕の門出を祝うでも無く、つまらない冗談を言ったんだ?」


 サレアへと詰め寄る。

 

「いや……まあ、ごめん。しんみりするのは苦手なんだよね」


 サレアは目を泳がせながら、しどろもどろに答える。

 彼女はその細い指で自身の髪を弄っていた。

 僕がこの家を出れば、サレアは一人になってしまう。

 それは神父様が居なくなって時の僕と同じ。彼女は少なからず寂しいのだろう。


「心配しないでくれ、別に一生の別れとかじゃないんだ。たまに帰ってくるよ」


 そう、何も二度と会えない訳じゃない。

 僕が他の国へと向かうのは、そこで新しい人生を歩むためだ。そちらでの生活が落ち着いたら、たまに顔を出すつもりである。

 そのつもりなのだが…………。

 サレアはいつのまにか泣きそうな顔になっていた。


「絶対……絶対にまた帰ってきてよ? もう会えないとか無しだからね?」


「大丈夫。立派になった姿で会いに行く」


 サレアはその言葉を聞いて、嬉しそうに頷いた。

 彼女に背を向け、家の扉まで歩く。


「いってらっしゃい、ノア」


 背後から微かに震えたサレアの声が聞こえた。



「行ってきます」



 ——こうして僕は新たな人生の第一歩を踏み出した。






               ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






 見渡す限り、木々ばかりである。空を見上げると、太陽の光が燦々(さんさん)と降り注いでいる。


 ここはカルムメリア王国とユートラス王国の間に位置する森の中だ。この森は商人や馬車などの通り道らしく、整備がされている。

 初めてこの道を通ったが、こんなにも道は綺麗に舗装されているものなのか。道には石畳みが敷かれているため、とても歩きやすい。



 森の景色を見ながら歩く。道が舗装されているとはいえ、夜の森が危険なことに変わりは無い。なるべく早くユートラス王国へと到着したいところだ。

 そう思って歩行速度を速めようとした瞬間、土を勢いよく蹴る音と獣の咆哮が聞こえてきた。音のする方向に振り向くと、亜麻色の髪の少女と黒猫がこちらに走ってきていた。

 僕はその光景に対して特に思う事はなかった。少女の後ろから、巨大な熊のような魔獣が迫っていなかったならば……。


「そこの方ー! 少しの間、後ろのを足止めしてもらえませんか!?」


 少女が叫んでいる。僕は辺りを見回した。生憎、周りには僕以外に誰もいない。つまり、そこの方というのは僕の事のようだ。

 右手を魔獣の方へかざす。空中に赤色の魔法陣が展開し、そこから二発の火球を放った。


 魔法の発動には基本的に詠唱が必要だが、魔法をある程度学んだ者は、下位魔法の中でも特に簡単なものならば、詠唱を唱えずに発動できる。

 例えば今のような、【火球フォイアクーゲル】は「火の精霊よ、自然の理に介入し、その力を示せ」という詠唱が必要だが、イメージが簡単なので詠唱がいらないという訳だ。


 火球は魔獣に直撃した。顔に当たったため怯んでいるようだ。少女は僕の所まで走って来ると、肩で息をしながら言った。


「すみません、あともう少しだけ時間を稼いでもらえますか?」


 僕は頷いて了承の意を示す。

 魔獣を見ると、再びこちらに向かって走り出そうとしていた。

 今度は氷結魔法を発動する。地面に青い魔法陣が出現し、魔獣の足元が凍った。足止めならこれで十分か。まあ出来る事はこれで全てなのだが……。


「これで大丈夫か?」


 隣で呼吸を落ち着かせている少女を見やる。


「はい、ありがとうございます」


 少女は僕に礼を言いながら、魔獣に両手を翳していた。

 魔獣の上に青色の魔法陣が展開している。


「凍結した大地、氷の巨人、無謀なる聖者。その安らかな眠りを妨げる者に天罰を与えよ。【氷結の十字架ゲフリーレン・クロイツ】!」


 少女は流れるように詠唱を唱え、上位魔法を発動した。

 魔法陣の中から巨大な氷の十字架が出現する。その先端は鋭く尖っており、魔獣の体を容易に穿うがつ。

 魔獣は断末魔を上げる間もなく絶命した。

 


 驚いた。

 神父様から魔法を習っていた僕ではあるが、あんな強力な魔法は習得していない。

 上位魔法は一つだけ使えるが、威力という面では足元にすら及ばないだろう。

 

「ベル、後はお願い」


 少女はその足元でくつろいでいる黒猫に話しかけた。すると黒猫はスタスタと魔獣の亡骸へと移動し、それに喰らいついた。




 その光景に釘付けになり、暫くの間、僕に呼びかける声に気づけなかった。


「お兄さん! 聞いてますか?」


「ハッ!? ……何だ?」


 我に返った僕は辺りを見回す。視界の下部に亜麻色の髪が映り込んだ。それに気づき、頭を少し下に傾ける。そこには少女の不安げな顔と、瞳を光らせた黒猫がいた。


「大丈夫ですか? どこか怪我でもしましたか?」


「あ……いや、大丈夫。……と、ところで、その猫は何だ?」


 魔獣の亡骸があった場所には、血の一滴さえも残っていなかった。

 しかし、質量的に考えるとその小さな黒猫の体に、魔獣の死体が全て入るとは思えない。

 僕が引きこもっている間に猫は異様な進化でも遂げたのだろうか。



「この子は私の友達で、魔物の魂を食べるんです」


 魂を食べる……?

 そこで僕はふと、思い出す。

 確か、魂を食われた者は肉体が消失するそうだ。神父様からそんなを事習ったような気がする。


「なるほど……。確認だけれど、本当にそれは猫なのか?」


「んー、猫だと思いますよ? 魂を食べる以外は普通の猫ですし」


 僕の常識の中では、魂を食べている時点でそれはもう猫ではない気がする……が、飼い主が言うなら違い無いのだろう。

 もしかしたら、十年の間で世界の常識も変わったのかもしれない。


「そうか、じゃあ僕はこれで」


 僕はそう言って足早にこの場から立ち去った。

 別に、魂を食べる猫に恐れをなしたわけでは無い。ユートラス王国へ一刻も早く到着したいからだ。

 そこは勘違いしないでもらいたい。






 森を歩き続ける。先ほどの少女と黒猫には驚かされたが、まぁ、もう関わることはないだろう。


 しかし、道がとても綺麗に整備されているから歩きやすいな。この調子だと、今日の夜くらいにはユートラス王国に着けそうだ。

 道端に生えている草木を観察しつつ歩く。

 こうしていると、幼かった頃を思い出す。あの頃はよく、神父様と植物の観察を行ったものだ。珍しい花やキノコを神父様に持っていくと、大抵のものが有毒で神父様が慌てていた。それを見るのが好きで、それっぽい物を持っていていた節もあるのだが……。

 そして何故か神父様は雑然とした知識、いわゆる雑学とやらを沢山知っていた。それをよく、僕に話していたのだけれど、その時の僕は適当に聞き流していたのだろう。特にこれといって思い出せない。

 まぁ、そんな神父様の影響を受けて知識欲の強い人間に育った訳だ。


 そうして道端の花を見ていると、奥の茂みから物音がした。

 魔物である可能性を考慮して後方に下がり、魔法を発動できるように準備をする。

 

 固唾を飲み込み、茂みを注視していると……ガサガサッという音ともに小さい何かが現れた。


 それは本で見た事のあるものだった。

 僕の膝くらいまでしか無いその小さな身長、フードを被りランタンを持つその精霊の名は、ウィル・オー・ウィスプだ。

 しかしながら、どうしてこんな白昼に? しかも道を普通に横切っているし……。


 僕がその珍しい光景に注目していると、ウィル・オー・ウィスプはこちらに首だけを向けた。そして少しの間、見つめ合う僕とウィル・オー・ウィスプ。



「何見とるんじゃい!!」


「えっ…………」


 突然、怒られた。精霊に怒られるどころか、声を聞くのも初めての僕は固まってしまった。


 「お前、わかっているのか? ウィル・オー・ウィスプは見たものを惑わす力を持っているんじゃぞ? それをわざわざ注視するとは何事じゃ!」


 ええ……。確かにその情報は知っていた。だが、あそこまで目立つような現れ方をしておいて、見るなと言われるとは思わなかった。


 「全く、お前さんは大馬鹿だのう。その馬鹿さ加減に免じて今回は見逃してやるわ。感謝するじゃぞ」


 そう言って、ウィル・オー・ウィスプは去って行った。

 一体、何だったのだろう……?


 突然、怒られて、見逃された僕は、あまりに急な出来事でしばらくの間ただ呆然とすることしか出来ない。



 僕は旅の始まりに高揚感を感じると共に、これまでの道のりを振り返って、この先の旅がどうなるのか不安にも思うのだった。



ウィル・オー・ウィスプは魔法使いの嫁に出てくるのをイメージしております。

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