11話 非常に異常な訓練 その1
ブックマークをしてくれた方々、本当にありがとうございます!!
これからもっと精進していきます!!
修正いたしました(2019/03/03)
僕は銅貨三枚を投入口と書いてある場所へ入れる。すると、静かに扉が横へ平行移動して僕を迎え入れた。
突然で状況がよくわからないだろう。わからないはずである。
仕方ない、少しだけ回想を語ろうか。
ギルドの中に入った僕はまず最初に、いつものクエスト受付へと足を運んだ。相変わらず、冒険者達で溢れているのでその間を縫いながら移動する。
そしてやっとの思いで受付に辿り着き、ちょっとした顔なじみとなった受付嬢に声をかけた。
「すみません、訓練場を使用したいのですが……」
顔なじみになったと思っているのが僕の勘違いだと怖いので、しっかりとした敬語で話す。急に馴れ馴れしくすると相手に嫌われると神父様も言っていたからな。
「あ……訓練場ですね。えー、あちらの通路を進んでもらって、突き当たりを右に曲がると訓練場です」
一瞬の間を置いて、受付嬢は訓練場への道のりを説明してくれた。
僕はその一瞬の間が気になったのだが、思い返せば彼女と最後に会ったのはベルと話していた所を見られた時だった。
それを思うと、彼女はよく一瞬で立て直したものだ。さすが受付嬢、あらゆる場面を想定しているのだろう。
例えば、猫と話していた変質者がさも、何も無かったかのように話しかけてきた時の対処法とか…………。やめよう……僕のなけなしの尊厳をこれ以上、失うわけにはいかない。
僕は我ながら馬鹿だな、と思いつつも歩く。
訓練場へと向かう通路は、二階に上がる階段のすぐ脇にあった。
灰色の硬い材質でできた通路を最後まで進むと、“訓練場”と書かれた札のかかった扉に辿り着いた。
そして今に至る——。
回想が簡単過ぎるって?
それは僕の知ったことでは無い。
僕は訓練場へと一歩踏み出した。靴底に伝わる感触が変化する。辺りを見回すと、この施設の形は円形だということがわかった。
それにしても広いな、この訓練場。とても建物の中にあるとは思えない。他に人が誰もいないというのが更に訓練場の広さを際立たせている。
しかし、何だかここは訓練場と言うより闘技場のようだな。
僕はこの訓練場にひと通りの感想を抱いた後、やっと壁の異変に気づいた。もしかすると、入った瞬間から気づいていたのかもしれない。けれど、僕の頭はそれをあまり認識したく無いと判断していたのだろう。
緩やかに湾曲した壁の中に、鎧を着た人間が直立不動の状態で入っていたのだ。ガラスがあるため、中の様子がよく見える。
これは、一体…………?
《近づいてみましょう》
「うおぉ!?」
……お前、この状況でいきなり声をかけるなよ!
声出して驚いただろうが……!
《フフッ、すいません》
言動と感情が一致していないようだが?
……全く、エイルは僕を主人様と呼ぶ割に、初登場以降、あまり忠義を感じられない。まぁ、僕の人徳が無いのも悪いのだろう。
《そんな事はありませんよ。私たちの忠義は主人様に捧げています》
そりゃ、どうも。
エイルと頭の中でやり取りをしつつ、僕は壁に近づく。
簡単に説明すると壁の内側にガラスの貼られた部屋があり、そこに鎧を着た人間が立っているという感じだ。そしてその部屋は、これ以外にもいくつか設置されている。
ずっと注視しているが中にいる人は微動だにしない。その様子からはまるで生気を感じないが、顔も鎧で隠されているため生きているかどうかもわからなかった。
とりあえず、僕は気まぐれでガラスに触れてみた。するとその瞬間、訓練場に何者かの声が響いた。
「「やっほー、聞こえるかーい? ボクはバルファ、ここの管理を任されているんだ! 君、初めてだろうからいろいろ教えてあげる。まず、目の前にあるのは人間じゃなくて、人型の模型だよ。訓練用に開発されたんだ。それで……」
「ちょっと待って! 待ってください! あなたは誰なんです!?」
声の主が見えないため、僕は虚空に呼びかける。一人称はボクと言っていたが声の高さからして女の子だろう。彼女はどこから僕を見ているんだ?
「「もう! 人が話してる途中だよ! ボクの名前はバルファ、ここの管理を任されているんだ! 君、初めてだろうからいろいろ……」」
「ああ、僕が悪かったです! 自己紹介を止めた事、謝りますから! この模型について教えてくれませんか!?」
危ない危ない。もう一度同じ音声を聞くところだった。姿の見えぬ人物の自己紹介に割く時間など無いのだ。さっさと次の話題に移ってもらおう。
「……このボクの話を2度も遮るとはいい度胸だね。良いよ、教えてあげる。その模型は訓練用の自立型人形さ。頑丈だから思いっきりやっちゃって良いからね! 説明は以上だよ! それじゃ、ボクは見てるから勝手に始めてね!」
————。
おっと……解説を求めたは良いが、こんなに短いとは思っていなかった。
少しの間、続きを期待してみたけれど何の反応もない。本当に説明は以上だった。いや、異常だった。
《説明が無いのなら、始めましょう》
始めるって言ってもねぇ、エイルさんや。この等身大の模型をどうやって動かせば良いのかね?
《いや、ここに来る前に遊んでいましたよね? ロミア様と子供達と一緒に》
ここに来る前に遊んだ……?
……ああ、あれか!
僕は懐かしき我が愛機を思い出す。彼は記憶の中でも弱々しい出で立ちをしていた。
これがあの模型の仕組みと同じなら——、
「〔闊歩する馬よ、自由独立せよ〕」
僕がそう唱えると同時に低い起動音が鳴り、中の自立人形が固く握り締めた拳でガラスを叩き割った。
え、これは……毎回こんな登場の仕方なのか?
「「あーあ、またボクがガラス直す羽目になるんだー!!」」
大音量で溌剌な声が僕の耳に届く。それは僕に不満を告げる内容だった。
「ここを管理するのがあなたなら、この登場方法をどうにかした方が良いのでは?」
「「でも、かっこいいでしょ? 」」
なるほど、この人とまともな会話を望んではいけないようだ。
それと、被害を度外視してまで自身の欲を満たさないでもらいたい。
《主人様! 危険です!!》
エイルの焦りの色を帯びた声が聞こえた。
ヒュンッ。
空を切る音と共に振り下ろされたのは剣だった。
僕はそれを紙一重で躱し、後ずさる。
「「あ、言い忘れてたけど、その自立人形は一定以上のダメージを加えないと止まらない仕組みだから、頑張ってね!!」」
能天気な警告に、僕は心底ため息を吐きたくなった。
迫り来る自立人形。僕の手のひらに、じっとりと汗が滲む。
——こうして、地獄の訓練が幕を開けたのだった。