09話 買い物をしよう
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修正いたしました(2019/03/03)
子供達と模型で遊んだ後、僕達は武具店に来ていた。
街の中心部には様々な店が立ち並んでおり、興味を引く物が沢山あった。
だがその中でも特に目立っていたのがこの武具店だ。
店の看板には巨大な剣が二本、交差する形で飾られている。
仰々しい扉を押し開け、店内に入る。
店内で僕達を出迎えたのはガタイの良いおじさんだった。
彼は作業していた手を止め、興味深そうに僕達を見る。
「おう、お前さん達。見ねぇ顔だな、新入りか?」
おじさんの方から声をかけてきた。
「あ、はい。この街に来てからまだ数日なんです。今日は防具を見に来ました」
「ほう、防具か。 お前さん達の役職は?」
「私達はどちらも魔法職です。なので、軽装備で構いません」
その質問には、僕の代わりにロミアが答えた。
「そうか…………なら、レザーアーマーとローブでいいか?」
おじさんは店の隅に展示されているローブを指差した。
どれどれ、値段は…………銀貨五枚……!?
僕はローブの値段に驚く。薬草の納品のクエストで貰える報酬は銅貨一枚。銀貨一枚は銅貨百枚と同じ価値。この底辺冒険者にこれを勧めるか……。
値段を見て固まっている僕におじさんは揺さぶりをかける。
「駆け出しにはちょいと高めだが、そいつは丈夫で質は確かだ。今なら、ローブニ着をまとめて銀貨九枚で売ってやろう。どうだ?」
銀貨九枚か…………。ぎりぎり出せない程じゃ無いが、簡単に決断も出来ない。
「もう少し、安くなりませんか? 私達、冒険者としても日が浅いんです」
ロミアがおじさんに対して交渉を行なっている。
僕より年下だが、なかなか行動力が高いらしい。
「いやぁ、お嬢ちゃん。ローブ二着で銀貨九枚は結構、親切な方だぞ?」
「銀貨七枚でどうでしょう?」
「七枚は流石に……。うーん、せめて銀貨八枚だ。それ以上は下げられん」
ロミアは僕に視線を向ける。まぁ、銀貨八枚ならかなり良い方か。
「おじさん、ローブを二着下さい」
「ああ、毎度あり」
おじさんはそう言って店の奥へと向かった。
少しの間、僕達が待っているとおじさんが二着のローブを抱えて戻って来た。
「黒と白いのがあるが……まぁ兄ちゃんが黒で、嬢ちゃんが白だろうな」
おじさんからローブを受け取り、試着してみる。
ローブの着心地はとても良く、大きさも丁度いい。それに、何となく力が漲ってくるようだ。
「これ、良いですね。かなり上質です」
僕の言葉におじさんは不満げな表情になる。
「当たり前だ、うちの店にある商品は全て高品質だ」
そうだろうな。素人目からしても、店に展示されている武器や防具はどれも一級品に見えた。
隣で同じ様にローブを試着しているロミア。
彼女のローブは純白な生地を基調に黒の紋様が刺繍されている。これは僕のローブと色違いのようで、僕のは黒い生地に白の紋様が刺繍されている。
「すごく肌触りが良いですね。気に入りました!」
ロミアも満足しているようだ。
「レザーアーマーはどうする?」
おじさんは期待の目でこちらを気にしているが——
「いや、今日はローブだけで……。もっと冒険者として成長してからまた来ます」
今、資金を使いすぎると宿屋代にまで回らない。もっとお金を稼いでから、また来るとしよう。
「そうか、ならこれは餞別だ。持って行きな」
おじさんは一振りの剣を僕に差し出した。
それは何の変哲も無いロングソードだった。
「あの、僕は剣士では無いんですが?」
「それはさっき聞いたさ。だがな、魔法が使えなくなった時お前はどうするんだ? 仲間が死ぬのを見てるだけか?」
頭の中でゴブリンキングの姿が思い浮かぶ。
あの醜悪で厭らしい笑みは鮮明に記憶されていた。
もう、二度とあんな体験はしたく無い。
「まぁ、その時お前がどうするかは知らんが、剣さえあれば戦えるんだ。持っていて損はないはずだ」
目の前に差し出されたロングソード。刃に光が反射して輝いている。
僕の場合、近接戦闘ならエイルやランスロットを呼び出せば良いのだろう。しかし、もし呼び出せなかったら? 護身用のナイフで戦う? いや、それには限界がある。刃の長さが短いナイフでは正面戦闘に向かない。
なら、剣があったらどうだ? 己の剣術で相手を倒せるかもしれない。
だったら——
「ありがたく頂きます、値段はいくらですか?」
「いや、代金はいらねぇ。これは餞別だって言っただろ? その代わり、お前さんらがAランクになっても、ウチを贔屓にしてくれ」
おじさんはニカッと笑った。
「わかりました」
僕もつられて、笑いながら答えた。
「あ、それと、武器や防具を試したかったら、ギルドの訓練場に行くと良い。実戦形式で訓練ができるぞ」
最後におじさんから有益な情報を貰い、僕達は武具店を後にした。
武具店の前で僕とロミアはこれからの時間について、話し合う。
「僕はこれからギルドで訓練場とやらを見てこようと思うんだが、ロミアはどうする?」
「そうですね……着いて行きたいところですが、ちょっと別に行きたいお店があるので、私はそっちに行きますね」
少し申し訳なさそうにロミアが言う。
「そうか、じゃあ昼の鐘が鳴る頃にまた武具店の前で待ち合わせよう」
「了解です!」
こうして僕達は別行動を開始した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
街の整備されている道を歩く。地面が全て土レンガになっているため、靴の底から硬い感触が伝わってくる。
さてはて、武具店のおじさんから剣を貰ったのは良いが、腰に装備するのはいささか動きにくい。ローブを着ている事が原因なのだろう。
ならば、背中に装備してみるか?
剣を背中に斜めがけする。うん……動きやすくはなったが、これだと抜剣しにくいな。咄嗟の対応ができない。
どうしたものか……。
《主人様、その点について私に提案があります》
頭の中に響く、涼やかな声。何回か聞いたことのある声だ。
この声の正体は……?
《お久しぶりです、主人様の忠実な従者エイルです》
そうか、エイルか。
……とはならない。流石に無理がある。
どうして僕の頭の中で声が聞こえるんだ?
疲れの溜まりすぎで幻聴が聞こえ始めたか。そうだとしたら、ギルドに行かずに宿屋で休んだ方が良いかもしれない。
《あ、あの……説明をさせて頂けないでしょうか? 幻聴扱いされるのは流石に私でも辛いのです……》
すまない。少しふざけすぎた。
だから、泣きそうな声を出さないでくれ。僕の脆い精神が削られる。
《……すみません、取り乱しました。気を取り直して説明させて頂きます》
ああ、頼む。
《まず、私の声が何故聞こえているのかです。これにつきましては、答えは簡単です。私が主人様の精神世界にいるだけの事です》
ちょっと待った。僕の精神世界にいるだと? 精神世界に行けるのは僕が眠っている時だけじゃ無いのか?
《はい、主人様が精神世界に行けるのは睡眠時のみです。しかし、私達『知識は世界を開く鍵』に封印されている者達は自由に行き来できるのです》
なんだと……。初めて知ったぞそんな事。
《今、初めて言いましたからね。そんな事より、主人様の持つ剣をどこに装備するかについてお話しします》
おいおい。お前が主人様と呼ぶ人間が認知していなかった事実を“そんな事”と言わないでもらおうか。
《主人様の持つ剣はロングソードである為、基本的に何処に装備しても抜剣はしづらいです》
おやー? 主人様、従者に無視されたのか?
《ですので! 剣を情報として『知識は世界を開く鍵』に仕舞えば良いのです!》
情報として仕舞う…………なるほど分からん。僕が神父様に学んだのは体術に魔法、一般常識などなど。それらの中に情報を詳しく習った事は無かった。
何が言いたいかというと……もっと分かりやすく説明してもらいたい。
《……了解しました。はじめに『知識は世界を開く鍵』はスキルという物です。スキルは稀に発現する特殊能力と捉えて下さい。
その権能は、主に私達の“従者の使役”と“情報管理”となります。そして今回使うのは情報管理の方です》
ある程度の説明をしてくれたようだが、聞きなれぬ単語が出てきたせいで、あまり話が入ってこなかった。
《……はぁ。もっと噛み砕いてお話ししましょう。情報管理はその名の通り、あらゆる現象、物質、魔法などを情報子という粒子に変換して保存できる能力です》
ほう。何となく理解した。
つまり、その対象を情報子とやらに変えてこの本に記録できるって事だな。
《いえ、その本は私達の召喚する為の媒体なだけであり、能力そのものや変換された情報子は主人様の魂に存在します》
ええい、黙らっしゃい!
そんな詳しい部分まで知るはずないだろう!
……心が乱れた。
僕は別に賢くは無いのだ。そんな簡単に話を理解できると思わないで欲しい。
《まぁ、仕方ありませんね。実際にやってみた方が早いでしょう。剣に触れた状態で情報管理を発動させれば完了です》
まどろっこしい説明の割に簡単だな。
よし、考えるより先に試してみるか。
肩に装備した剣に触れる。
《[ロングソード]を情報管理により情報子変換を行いますか?》
ああ、やってくれ。
そう答えると、手にあったざらざらとした感触が消え失せた。
すると、剣に触れていた右手に光の粒子が集束する。
集束した光の粒子は最終的に僕の右手に全て吸い込まれた。
《[ロングソード]の情報子変換に成功しました。これで、いつでも剣を情報子から物質化させる事ができます》
……成功したんだな?
背中を確認すると、剣は跡形もなく消え去っていた。
ちゃんと情報子として変換されたようだな。
で、剣はどうやって物質化させるんだ?
《そちらも簡単です。[ロングソード]を物質化させますか?》
お、おう。頼む。
《[ロングソード]を情報子から物質化させます——成功しました》
再び僕の右手に光が集まり、剣が物質としてこの世に現れた。
手にざらざらとした感触が伝わる。
仕組みはややこしいが、実践は以外に簡単だったな。
《主人様、目的地のギルドに到着しました》
エイルの声で僕は我に帰る。
目の前には木の扉があった。
頭の中で会話しながら歩いていたから気づかなかった。
それにしても、我ながらよく転ばずに歩けていたな。
《主人様の意識が集中していない時は、私が制御していました》
えーっと、そこら辺も詳しく後で聞くとしようか。
——僕は木の扉を開いて中に入った。