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伯爵と魔女の願い

 兵舎に併設されている救護室、ベッドに一人の白い髪の少年が寝ている。いや少女だと先ほど知った。

 普段なら特に何も感じることなくただ適度に手合わせして終わるだけだった兵団の見学の日、一人の少年が私の目を引いた。他の兵士たちの身体の胸や腹辺りまでしかない小さな身体、めったに見ることのない真っ白の身体、そして一欠けらの悪感情の見当たらない輝くような目。

 訓練場で目が合ったあとマルコにあの子が何者なのか聞くと、お前が誰かに興味をもつなんて珍しい、とひどく驚かれた。。曰く、人攫いに抵抗しているところを見込んで拾ってきた子だと。

 人攫い、子攫いは国の各地で問題となっていた。複数のブローカーも存在しているようで、卸業者がこの街にいるという報告も以前から上がっていたがしっぽ切りがうまく、なかなか捕まえることができなかった。その足止めをあの小さな子供がしていたのだと。


 勇敢な少女だ、と言ってしまえばそれまでだ。けれどマルコは同時に怪しんでもいた。どれだけ調べても生まれも育ちもわからないのだと。

 腕が立つうえ必死、何より悪意が全く見当たらなかったため調査の意味も含めて兵団の入団を許可したらしい。兵団での判断はすべてマルコに任せているが、いささか雑ではないかと思わないでもない。

 そんなシロと名乗る少女、訓練中は何一つ怪しいところはない、と。男のフリしているものの、何か情報を探るでも兵士の誰かに取り入るでもない。ただただ大男たちに可愛がられながら元気に訓練をして、それから夕方になるといなくなる。マルコが後をつけたこともあったが毎回なぜか途中で見失ってしまう。

 怪しいけれど、怪しくない。そんな少女だったのだそうな。

 だからこそジャン・ブジャルドを教育係につけた。

 ジャン・ブジャルドといわれ、特にぴんとこなかった。顔も思い浮かばなかったが、半年ほど前に入団した青年らしい。しかし悪感情を隠しもしないうえ、私を見る目があまりにも殺気を帯びていたという理由でマルコはマークしていた。しかし証拠はなにもなく、仕事はしっかりとこなしていた。

 そこでマルコはあえてシロという少女を彼に任せたのだと。シロがブジャルドの足を引っ張るように。余計なことを考える余裕をなくさせるために。

 けれどその結末がこれだった。

 ブジャルドに聴取すると、私のことは恨んでいたが、シロについては傷つけるつもりはなかった、だからこそ兵舎の牢に閉じ込めてきたのだと。彼の証言通り、使われていなかったはずの旧い牢には人がいた形跡があった。しかし不可解なことにそこにあったはずの錠前は何かによって”溶かされていた”。壊すことは可能だが、鉄の錠前が溶かされるなどありえない。


 そして何よりありえないことを想起させるのが、このシロという少女の言葉だ。

 一度だって会ったことはない。言葉を交わしたこともない。けれど彼女はうわごとでもなんでもなく、私に向けてこう告げた。


 「私は、貴方に拾われて、幸せでした……、」

 「少しでも、ご恩をお返ししたかったのです……、」

 「幸せな猫にしていただき、本当に、ありがとうございました。」



 まるで自分が、私に拾われた猫だとでもいうように。


 バカバカしいにもほどがある。この少女が自分の愛猫であるなど。しかし兵団長曰く、彼女を初めて見たのは月の初め頃。そして同じころ、ぱいにゃんは日中姿を消すようになった。家の中にいて、私の側や部屋にいる彼女にしては珍しく、少し汚れて帰ってくることもままあった。もとは野良猫なのだからそういうこともあるか、と思っていたのだが、時期があまりにも被っている。よくよく見てみれば少女のつけている首の黒いチョーカーは見覚えがありすぎるものだった。

 けれど、猫が人間になるなど、おとぎ話でも聞いたことがない。



 「……君は、ぱいにゃんなのか?」

 「そうよ。その子はぱいにゃん。人間としてはシロと名乗っていたわ。」

 「なっ……!」



 誰もいないはずだった部屋の中に、一人の女がいた。平然と独りごとに返事をする女に慌てて腰に差していた剣を抜くが、女は動揺した素振りもなく手を振りかざした。すると扉、窓がガタガタと動き始め、そのすべてに鍵がかかった。あまりに非現実的な光景に目を瞠る



 「マルコ、いるか!?」

 「だめよ。ここには誰も入れない。声が誰かに届くこともない。諦めておとなしくなさい。」



 異常だというほかない。突然扉や窓に鍵がかかれば外からでも異変に気が付くだろう。それに部屋の外に控えていたマルコに声が届かないはずもない。けれど外からは何の物音もしなかった。まるでこの空間を切り取られているかのように。



 「……何者だ。」

 「あらやだ、子犬が唸っても可愛いだけよ。」



 くすくすと笑う女は嘲りを隠そうともしない。睨みつけつつ、ベッドを庇うように移動すると、すっと目を細めた。



 「……初めまして、クラウス・フォン・イチェベルク。イチェベルク伯爵。愚かな伯爵の一人息子。誰も愛せない呪いの子。」

 「貴様、自分が魔女だとでも抜かすつもりか……?」

 「ええそうよ。西の森の魔女、エーヴァ・パラヴィディーノ。あなたの知っての通り、貴方に呪いをかけた魔女よ。」



 魔女は嗤う。

 魔女など、呪いなどあるはずがないと思っていた。どれもこれも、勝手な誰かの妄想で、尤もらしく語られているだけのお伽噺だと。

 だがなんの物音もなく部屋に突如現れ、片手を振るうだけで部屋の窓や扉を施錠した。何を取ってもあり得ない。この世にあるはずのないこと。

 これが魔女であると。そう認めざるを得なかった。



 「そして彼女に魔法をかけたのも私。可愛い可愛い貴方の愛猫ぱいにゃん。随分と可愛がってたのねえ。あなたに恩返しをしたいって私のところへ頼みに来たのよ。健気ねえ。人間になって、凶刃からあなたを守るって。そのためなら何をしても、何を差し出してもいいっていうのよ。笑っちゃったわ。だから私の使い魔になることを代償に人間にしてあげたの。」



 やはりこの子供はぱいにゃんであるらしかった。彼女が首に着いてけているのは私が付けてやった黒の首輪だった。彼女はどこかでジャン・ブジャルドの計画を知り、それを阻止しようとしていたらしい。そのブジャルドは今牢に入っている。随分と焦燥していた。



 「ぱいにゃんを貴様にやる気はない。」

 「あらでももう契約してしまったもの。……まあ契約も何もぱあになりそうだけどね。」

 「それはどういう、」

 「だって彼女、死にそうじゃない。」



 思わず顔をしかめる。私をかばいブジャルドに刺された彼女は胸から腹部にかけて10センチほどの傷を負った。不幸中の幸いであるが、内臓に損傷はなく、感染症や出血にさえ気を付ければ命に関わるものではないと医者は言っていた。

 しかし魔女は嗤う。



 「子供にとってはね。」

 「……事実彼女は今子供だろう。」

 「何言ってるのよ。その子は貴方のぱいにゃん。猫よ。人間から猫に戻ったら、その傷はとんどもない大怪我。まず死ぬわ。あなただってわかってるでしょ。その子が人間でいられるのはお昼の間だけ。夜になれば猫に戻るわ。」

 「そんな……!」



 そうだ。夜になるとぱいにゃんは私のもとへと帰ってきていた。懐中時計を取り出すと、針は16時を指している。日没まではあと長くて3時間ほどだろう。

 あと3時間もすれば、この勇敢な少女は猫に戻り、そして死んでしまう。その事実に血の気が引いた。足元が冷たくなる。

 恩返しなんて望んでいない。何もしなくていい。ただ私の側にいてくれさえすればよかった。

 側にいてくれるだけで私が幸せだったのに。



 「ああ可哀想な子。きっとこの子が守らなくてもあなたは怪我をするくらいで死んだりすることはなかっただろうに。主人思いで心配性なばかりに。無駄に命を使ってしまった。」



 魔女の言う通りだった。私とて戦えないわけではない。ここで私に勝てるのはマルコくらい、あの程度であれば私一人でも対応ができた。怪我をしたとしても、大したことはない。強いて彼女に求めるのなら、傍にいて慰めてくれることくらいだ。

 白い身体ですり寄り、私の他愛もない話に分かっているのかいないのか定かでない返事をして、玩具で遊び、膝の上に乗る。可愛い猫にいったいそれ以上の何を求めるだろう。



 「どうしたらいい。」

 「どうしたら?」

 「……どうすれば彼女は助かる?貴様ならできるのだろう。彼女が死なずに済む方法くらい知っているのではないか?」

 「……たとえその子が生き延びる方法があったとしても、死ぬか私が飽きるまで使い魔にさせられるかの二つに一つよ?」

 「それでもいい。私のもとにいなくとも、彼女が生きていられるなら。」

 「その子にとって、私の使い魔になるくらいなら死んだ方がましって思うかもしれない。」

 「死ぬことより悪いことなんて、ありはしない。」



 私の知らないところでもいい。どこかで生きていてくれるなら。


 魔女はひどく嫌そうな顔をした。汚いものを見るような憎いものを見るような。



 「……『誰も愛さない』呪いにこんな穴があったなんて思わなかったわ。」

 「穴?」

 「こっちの話。……それで、この子を生き永らえさせるその代償は?この子がいてもいなくても、私としてはどっちでもいいわ。使い魔にさせる契約も命を代償にする勇気があるかを試すもの。この子を助けるメリットが私にはほとんどない。」



 何でもする、何でも差し出す。だから彼女を助けてくれ。

 そう言いそうになり口をつぐんだ。

 それくらいの気持ちはある。けれどそれは軽々しく言っていい言葉ではない。そんなことを言える立場ではない。



 「……お前はなにを望む。何を欲しがる。」

 「私?」

 「なんでもやるとは言えない。民の命を差し出すことも、部下の命を差し出すことも、領地のすべてを差し出すこともできない。それらは私のものであり、私のものでない。だが私に差し出せるものであればなんでも出そう。」

 「…………、」

 「金か、家畜か、地位か、言ってみろ。」



 不安に苛まれるまま、大切なものが失われてしまうという焦燥に駆られながら、すがるように聞いた。

 けれど魔女はかぶりを振る。選択ができる側の者のはずなのにどうしてか苦しそうに、悩まし気に、懊悩するように否定する。



 「いらない、そんなつまらないものはいらない。どれもこれも私には必要がなく、興味もないわ。」

 「では、」



 うなるように、嗚咽のように、先ほどまでの余裕を微塵も残さず魔女は告げた。



 「クラウス・フォン・イチェベルク。イチェベルク伯爵。愚かな伯爵の一人息子。……人殺しの一人息子。私は……、あなたからの謝罪がほしい。それ以外に何も望まない。」



 意表を突かれた。それは想像もしていなかった要求だ。

 魔女というものが欲しがるものなど想像もつかないけれど、ただの人間の言葉などを欲しがることがあるのか。

 なぜ私の謝罪を欲しがるのか。謝罪などにいったいどのような価値があるのか。それどころかこの魔女の存在すら知らなかったというのに。

 けれど苦悩の末にそう絞り出したこの魔女が、からかっているようにも何かに妥協しているようにも見えなかった。まるでそれが、本心のようで。



 「……それは、西の魔女の存在を知らなかったことか、その存在を消し去っていたことか?」

 「差別を行っていたことも今の世代は知らないのね。」

 「……すまなかった。」



 魔女は嗤う。さっきよりも小さな声で、微かに震えた声で。



 「違うわ。私が謝ってほしいのはそれじゃない。ただの薬師だったうちの家系を魔女として迫害したことでも、差別も何も忘れ去ったことでも、私を魔女だと謗ったことでもない。」



 魔女は言う。



 「言ったでしょう。人殺しの一人息子だと。」

 「まさか、」

 「魔女でも何でもなかった、本当にただの人間だった私の妹に謝って……。」



 怨みを双眸に湛えた女は、吠えるように囁くようにそう言った。

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