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人魚姫と鯉の話

 連れてこられたのは伯爵様のお屋敷に隣接している見慣れた兵舎です。たくさんの兵士さんたちが物珍しそうに私を見下ろしています。いつもなら皆勝手に頭や背中を撫でるのですが、もちろん人間の姿をしている今、そんなことをする人はいません。いつも巨人のように感じていたので、人としての姿の時はもう少し小さく見えるかと思いましたが、兵士さんたちは悉く猫の時とさして変わらずとても大きかったです。じろじろとたくさんの視線にさらされる中うっかりボロが出てしまわないように凛々しい顔を頑張って維持します。

 真っ直ぐ何か目的をもって進んでいくアルディーロさんが足を止めたのは見たことのない若い兵士さんの前でした。



 「おうい、ブジャルド。」

 「マルコさん今日は非番じゃ、その子供は……?」

 「おう。今日からこいつ入隊な。」

 「はあ!?」

 「そんでもってお前こいつの教育係な。」

 「はあ!?」

 「お前ここ来てもう半年くらいだろ。喜べ念願の後輩だ。面倒見てやれ。」

 「なんで俺がっ、」

 「ま、一か月くらいだから頼む。んじゃ、俺非番だから帰るわ。それとさっき子攫いの連中捕まえたからあとでこっち護送されてくる。よろしくねー。」

 「マルコさん!」



 アルディーロさんは怒涛の勢いで言うことだけ言って手をヒラヒラ振りながらそのまま出て行ってしまいました。取り残されて呆然とするブジャルドさんに心の中でエールを送ります。慣れてください。彼はいつでもだれに対してもあんな感じです。

 呆けながらも何を言われたのかを時差で理解したようで、振り向いて私を見下ろします。



 「今日からここでお世話になるシロと申します!よろしくお願いいたします!」



 ピッ、と見よう見まねで敬礼をしてみせると周囲から笑い声が聞こえました。けれど目の前のブジャルドさんはにこりともしません。


 「良いじゃねえか!可愛い後輩だろ、しっかり指導してやれ。」

 「そうだそうだ!マルコさん直々の指名だぜ?光栄ってもんだろ。」



 やいのやいのと周りの兵士さんたちは賛成してくれました。突然の入団の上どこの誰ともわからないのに、暖かく迎えてくれました。それはきっと兵団の最高責任者であるアルディーロさんの人徳のおかげでしょう。彼が連れてきたのだから妙なやつではない、そう思っていただけるとありがたいです。

 しかしこのブジャルドさんはすっかり苦り切った顔をしていて、猫額ほども歓迎していないということがよくわかります。指名されたからには早く腹をくくってもらいたいです。幸い、可愛がられるのも懐に潜り込むのにも慣れているのですから、きっと仲良くなれます。



 「まことに、心底、遺憾だがお前の教育係になった、ジャン・ブジャルドだ。」

 「はい!よろしくお願いしますブジャルドさん!」

 「……はあぁ、よろしく。」



 よろしくしたくない、なんで俺が、と顔に書いてあります。しかし今の私は遠慮をしません。伯爵様をお助けするために、どうかお力をお借りさせていただきます。







 「ぱいにゃん。ああ、どこかへ行ってしまったのか思った。」

 「ただいま戻りましたー。」



 夜になると魔女さんの言っていたように元の姿に戻りました。数時間ぶりに再会した尻尾はご機嫌に揺れています。やはり生まれてからずっといる相棒のようなものなので、ないと落ち着かないのが本音です。

 クラウス様は日中姿を見せなかった私を心配してくださっているようです。心なしか厳しいお顔をしています。しかしどうかお許しください。すべては貴方を守るために必要なことなのです。



 「今日はどこに行っていたんだ?」

 「兵団にいました!」

 「……なるほど、わからない。」



 どうせ言葉通じないことをいいことに元気いっぱいお返事します。困った顔をしながらいつものようにわからない、と伯爵様は呟きます。言葉が通じるか否かというものを人間になって理解してから気が付きました。彼は困った顔で「なるほど、わからない。」と私に言いますが、さして困ってもいないし、楽しんでいるようなのです。さっきの私もそうです。言葉が通じないのを、少し楽しんでいたのです。返事がないと分かって話しかけているのですから、返事がわからないとて悲しくもないのです。

 なんとなく返事をしてくれた。会話の相手をしてくれた。それだけで十分嬉しいのです。

 彼のことを少しだけ理解できたようで、うれしかったです。



 「危ないところへは行ってはいけないよ。」

 「…………、」

 「ぱいにゃん?」



 さすがに身に覚えがありすぎてお返事もできませんでした。

 今日一日で見知らぬ黒猫さんの後をついていき、西の森にすむ恐ろしい魔女に会いに行き魔法をかけてもらい、人間になり、子攫いと戦い、兵団に入団したなんて、どの口が言えましょう。きっとクラウス様が全部知ったら卒倒してしまいます。



 「にゃーん。」

 「……どういう返事なのか、わからないな。」



 膝の上に乗りお腹に頭をこすりつけるといつものように温かい手で私のことを撫でてくれます。どうかこれでごまかされてください。「毛が付く……」とよくぼやいていますが、存外それが嫌なわけではないことをを不肖この猫、すでに知っています。


 心配してくれてありがとうございます。

 けれど伯爵様。貴方は必ず私がお守りいたします。




***********




 猫から人間となり、兵士に紛れ込むことに成功して1週間ほどたちました。二足歩行にも手で何かを掴むにもすっかり慣れ、ようやく尻尾のないこの人間の身体に馴染んできました。昼間は兵士の方々一緒に訓練やお仕事をし、夜になると伯爵様のもとに帰るという猫と人との二足草鞋も今ではあまり違和感がありません。

 夕方、人から猫に戻ろうかという時分鍵尻尾の黒猫さんが姿を見せました。



 「お前さん戦えるんだなァ。」

 「黒猫さん!」

 「ディアヴォロってぇの、俺ハ。どうなるんだと思っていたが、無事に伯爵の側にいられそうじゃないカ。大人の男相手にあれだけ立ち回れるとは思わなかったネ。」

 「見ていたのですか、ディアヴォロさん。」



 どうやら初日、路地でのことをディアヴォロさんは見ていたようでした。あの狭い場所のいったいどこで見ていたのでしょう。全く気が付きませんでした。



 「なぁんでも見られるからネ。運がよかったのか、そういう運命だったのカ。」

 「わかりません。でも私のすることは変わりませんので。」

 「おお、おお、健気だねェ。シロ、お前さんがどれだけ頑張っても、伯爵はお前のことを愛したりしないのニ。」



 ディアヴォロさんの言葉に思わず眉を寄せます。

 最初にお会いした時から彼らの言葉がずっと引っかかっていました。なぜ私がクラウス様から愛されるか否かなどという今回の件とは全く関係のない話を持ってくるのでしょう。



 「……魔女さんもあなたもなぜそんなに愛されないことを気にするのですか。私はただあの方が生きていられるならいいのです。私は猫でいる間、あの方に大切にしていただきました。慈しんでいただけました。それで十分です。その分のご恩を、今返す時なのですから。シロである私に愛を望みません。」



 疑うように金色の目で見られますが、身に覚えがなさ過ぎて困惑してしまいます。しかししばらくして彼は少し罰が悪そうに言いました。



 「……その昔、どこぞの人魚の姫が人間に愛されることを望んで人間になったのサ。」

 「人魚の姫?」

 「上半身が人間、下半身が魚の怪物だヨ。世間知らずの姫は船に乗る人間に一目惚れをしたんダ。そして海に住む魔女に頼んで人間にしてもらったのサ。期限以内に人間に愛されなければ死ぬっていうのを条件にしてネ。」



 絵物語のような不思議な物語です。確かに私と少し似ているかもしれません。けれど私に人魚の気持ちはわかりません。今まで慈しんでくれた伯爵のために人間になることを望んだ私は、たった一度会っただけの人間に焦がれるなんて。



 「それで、人魚の姫はどうなったんですか?」

 「死んだヨ。そりゃネ。王子には婚約者が既にいタ。助けようとしてくれた姉たちの厚意を捨てて、海の泡になることを選んだんダ。」



 話を省きすぎていて過程はよくわかりませんが、人間に恋をして、破れたそんなお話でしょう。

 初対面の人間にそこまで入れ込み、家族の厚意を無碍にする意味は、私にはわかりませんでした。それは私が幼いからなのでしょうか。それとも私が猫だからわからないのでしょうか。



 「人間になりたがる奴とか人間に化けたがるってやつは、人間に愛されたいと思っているか、人間のような贅沢な暮らしをしたいと思っているかの二つがほとんどだからネ。だからお前さんもそういう類だと思ったんだヨ。……まあその様子じゃ恋と鯉の区別もつかないようだけド。」



 なんとなく小馬鹿にされていることはわかりますが、反論の余地などありません。所詮私はただの猫。感情の名も衝動もさして知りません。



「人としての愛など望みません。私はそれ以上のものをずっとあの方からいただいています。あの方の盾になれるなら、それ以上を望みません。」

「……そうかイ。そいつぁ一途なことデ。」



 ディアヴォロさんは一つ笑って、どこかへ行ってしまいました。きっと主人である魔女さんのところでしょう。どこか含みのある言葉を紡ぐディアヴォロさんは、いったい私に何を望んでいるのでしょうか。考えたところで無知な私にはわかりません。私は私のことをするので精一杯なのです。

 もし彼が望んでいることがあるのであれば、どこかで叶うと良い、なんて無責任に祈っておくことくらいしか私にできることはありません。


 空の端が藍色になった時分のことでした。

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