物語のはじめ
昔、とある伯爵領で、一人の魔女が殺された。
魔女は奇妙な術を使い、病を広げ、人を堕落へと導く。
伯爵領のはずれにある森の中、二人の魔女の姉妹が暮らしていた。
遠く離れた都では、魔女は次々と火にかけられ処刑されていた。
二人の魔女も、例外ではなかった。
人々は伯爵を筆頭に松明を持ち森へと入っていった。
森の中にはひっそりと隠れるように小さな家が建っていた。
邪悪なる魔女を殺すため、その家に火を放った。
「魔女を殺せ!」
「奴らは街に災厄を呼ぶ!」
「邪悪な魔術を使うんだ!」
ぱちぱちと火の手が回る様子を、皆見ていた。興奮のまま、口々に責め立てながら、小さな家が火に包まれ、崩れ落ちていく様を。
自分たちは正しいのだと。
都では魔女たちが病を広げ、邪教へ人々を引きずり込み、敬虔な者を堕落に導いている。すべては街を守るため。
街のため、家族のため、魔女は殺さなければならない。
けれど家の中にいたのは姉妹の内の一人だけなのだと知る。
黒い大きな化け物を連れた魔女が森の奥から姿を現したのだ。
怒り狂う魔女が手を振り上げると魔術で嵐が巻き起こり、燃え盛っていた火はすべて消えてしまった。
魔女は自分の身を守るために、さらに森の奥へと逃げ出した。
しかし逃げる最中、魔女は一つ呪いをかけた。
人々を率い、愛した姉妹を殺した伯爵を魔女は決して許さなかった。
「お前から生まれる子は、誰も愛さない。実の親であるお前のことも、母親のことも、部下のことも、女のことも、民のことも。その子は誰も愛さない……!」
生まれてくる子どもから決して愛されないように。
生まれてくる子どもが、愛など知らないように。
伯爵を殺すだけの力を持っていなかった魔女の、呪いだった。
それからしばらくして、伯爵には一人の子供ができた。
クラウスと名付けれられた子どもは美しく、誰もがその見目を褒めそやした。
けれどクラウスは魔女の言った通り、誰に対して興味を抱くこともなく、父である伯爵が死んだときも、眉一つ動かすことはなかった。
成長したクラウス・フォン・イチェベルクは、人から”氷の伯爵”と呼ばれるようになる。
これは人を恨む魔女と呪われた伯爵、そして一匹の猫の物語である。