宴の始まり
黒塗りの車、ベントレー・ミュルザンヌがその外見に似合わない大排気量であるV8気筒特有の甲高い音色を響かせながら小さな建物の前に停まると、そつない動きで運転手が後部ドアを開けた。
男がゆっくりと降り立ち、その男の面持ちは白髪でカーネルサンダースのような髭を生やし大学の教授といった感じだ。そして、後ろに続いて、その息子と思われる端整な顔立ちの青年が降り立った。年齢的には大学を出たばかりだろうか。
正面玄関に立っていた黒服の男が手を玄関のガラス張りの自動ドアに向け、『リチャード ランベルト様、リチャードジュニア様 どうぞこちらに。』と案内する。
建物はせいぜいコンビニ程度の大きさだが、玄関以外はコンクリート剥き出しの味気のない四角い箱と言える。玄関から大理石の床を歩くとエレベーターの入口だけがある。大理石は白と黒の幾何学模様の意匠が施されており、ジュニアはその模様に不快感を抱いた。
先ほどの黒服が手に持った端末を操作するとエレベーターの入口が開き、老人が最初に乗り込んで、若者も続いた。
ジュニアが階数の表示されていない上部に取り付けられた液晶パネルを眺めると進んでいる矢印が左から右にシーケンシャルで表示されているだけだった。
このエレベーターは下に進んでいるのか横に進んでいるのかも分からないが、疾うに建物の幅を超えて進み、未だ到着しておらず、かなりの距離を進んでいる感じがする。
『ジュニア。前にも言ったことだが、これから会場で見聞きすることに驚きの表情を見せてはならない。誰にも動揺を悟られてはいけないのだ。』
『はい。お父さん。』
『私がこの300人委員会のメンバーになれたことは、我がランベルト家は未来永劫、約束されたようなものだ。悪戯に正義心など振りかざすことがないようにな。そのようなことになれば、お前も知っているように、ケネディーやマイケルジャクソン、ジョン・レノンのような運命が待っている。』
『ええ、心得ています』
『私はこの歳になって、ようやく手に入れられた地位だ。もう、ここまで来たら引き返すことはできない。神がいないというのは明白だ。もし本当にいるのであれば私達の行いに全員が何かしらの天罰を受けるはずだ。だが、もう数百年余り誰も天罰など受けてはいないことからも明らかだ。』
ジュニアは父がある時期から莫大な資産を手に入れ、その財源がなんであるのか分からなかった。そしてある日、父から打ち明けられたのだ。
この箱が行き着く先は人間の皮を被った悪魔の坩堝なのだろう…。
そして、父も悪魔に魂を売った。
自分は裕福な家庭に育ち、大学のアメフト部でも部長になるほど仲間の信頼も厚く、ボランティアにも勤しみ、日々正義感に満ちて生きてきた。自分は父のように自身の信条を曲げてまで一族の未来のため、身を悪魔に捧げ、自分も悪魔になることができるのだろうかと考えあぐねていると、ハッと、この先、憂慮の面持ちが表れてはまずいなと相好を崩し、『楽しみですね』と心にもないことを言った。