プロローグ
十六畳程の小会議室はホテルでありながらも、クーラーの効きが悪く、ほんのり背中に汗が滲んでいた。暑いからというよりは、やや緊張しているからか。整然と並べられたパイプ椅子に座る人達は僕と同じ二十歳前後と見られる男女から還暦を迎え、年金だけでは生活が苦しいような者達と様々だった。
まだ始まらないのかよと叱言する柄の悪い連中から、どうしてこのような場にというような深窓の令嬢のような子もいる。
ここに僕が座っている事の始まりは、数日前に遡る。
夏のアルバイトをネットで探していた際に、緊急募集ということで、二週間離島で泊まり込み50万円という破格の金額に釣られたからだった。申し込みのページには家族構成、現在の生活状況、収入等、事細かい入力欄があったのに対し、業務内容については一切触れられてなく、応募後、選考された者達にだけメールの通知があり、この会場に集まっている。
また、このアルバイトに参加することは、企業情報の漏洩防止のため、親族であっても他人には公言してはならないとの記載があり、もし破れば多額の賠償が請求されるとのことで、胡散臭さも感じていた。
説明会の時間はとうに十五分は過ぎている。僕よりも少し年上に見えるリクルートスーツに身を包み、髪をポニーテールにした女性がもう少々お待ちくださいと、やや焦りながら述べると、ガラの悪い連中が、こっちは暇じゃないんだと怒鳴り散らしている。ああいう輩は知能がないなりに、道路で棒振りか土方でもやっていればいいと思うが、このアルバイト事態、知能はさほど求められないのかも知れない。そういう僕もさほどレベルの高い大学でもない…。
そんな時、入口の扉が勢いよく開き、ハンカチで額を拭きながら、50歳ぐらいの男性が現れた。
『皆さん、遅れまして申し訳ありません。』
『私は司会及び案内訳のヘルマン・小野です。』
司会の相貌はやや白人の血が入っているように思える。見た目は紳士的な感じだ。
間もなく、部屋が暗くなりスライドで写真を交えながらアルバイトの内容が説明された。
話の内容から、ある小島全体にファンタジー世界を仮想体験できるアトラクションを建築しており、その小島で2週間生活する体験モニターとのことだった。
各々にスマートフォンが渡され、その画面内の淵はピラミッドの頂上に目のようなものやダビテの星というのだろうか、六芒星が描かれた精緻な模様で縁取られたなかに細かい文字が羅列され、最後にサインをタッチペンで記載するようになっていた。こういう模様は漫画などオカルト的な雰囲気を醸し出すための定番のガジェットなのだろう。
司会者がこれは情報を口外しないための誓約書だと言う。
後日、そのパッドに参集場所等の指示があるとのことだった。
斜め前に座っている白髪交じりの男性が『わたしはこういう機械が苦手でね…』と誰ともなしに向けた小声が聞こえた。ファンタジー世界の仮想体験と言えば、どちらかと言えば若者というイメージがあるのだけれども、老若男女問わず楽しめるようにと、幅広い年齢層をモニターにしたのかも知れない。
後ろにはカップルが座っているらしい。
『俺、こういうのやってみたかったんだよな。楽しんで金まで貰えるって最高じゃん!』
『そうね。桐人くんネトゲー得意だもんね』
確かに、2週間缶詰になるとは言え、僕も一時、オンラインゲームやこういう仮想世界の小説、アニメの世界に憧れたことはある。悪いバイトではないなとその時は思っていた。
会場からの帰路の途中、誰かの視線や足跡を感じたが、気のせいだと大学傍の安アパートに戻るとすぐにパッドからチャイム音が鳴ったので、画面を見ると、三日後に空港へ参集するよう通知があった。
夏休みは家に帰らないと母に伝えているから、連絡は不要だろう。