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一宿の女  作者: 垂平 直行
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ある作家の解釈

 お話、大変興味深く拝聴させていただきました。この話を小説にできるかどうかはわかりませんが、聞いていて一つ、私なりの解釈が生まれましたので、まずはそれを申し上げたいと思います。

 まず、今回の話の肝は「なぜ女は真夜中にそんな奇妙な行動を取っていたのか」という一点に尽きるでしょう。女が何者なのか、なぜお父上は女を泊めることを認めたのか、なぜ女は早朝に消えていったのか、副次的な疑問はありますが、全ては女の行動を理解することで解明できることと思います。

 話のなかで気になった点が一つあります。女は「腕や乳房、 体を曲げて口が届くところならどこまでも」吸っていたと貴方はおっしゃっていました。ですが、本当に女が全身に口吸いをするところを逐一見られていたわけではありますまい。女の恐ろしさにはすぐ気づいていたわけですから、実際に見ていた時間はほんの数分、下手をすれば数十秒といったところなのではないでしょうか。

 では、なぜ女が身体中を吸っていたのかと判断したのかといえば、それは女の身体に口吸いの痕が残っていたからでしょう。肌を強く吸えば、その部分が変色して赤くなり、一日くらいはそのまま残りますから。

 女の目的は、まさにその痕をつけることにあったのだと私は思います。吸血という解釈を除けば、これが最も現実的な捉え方なのではないでしょうか。

 ですが、なぜ女はそのようなことをしたのか。当時十歳に満たなかった貴方にはわかりえなかったことかもしれませんが、口吸いの痕というのは性交が行われたことを連想させます。つまり、女は性交があったということ、それも血が滲むほど強く吸っていたとのことですから、おそらくは無理やりに犯されたということを偽装しようとしていたのでしょう。

 ここからは何の根拠も無い想像ですので、気分を害されたら申し訳ありません。女はお父上の親類を名乗ってきたということですが、これは嘘でしょう。おそらく、お父上と女はもともと不義の関係にあったのだと思います。ですが、お父上のほうが家庭を顧みたのか、女に一方的な別れを切り出した。女とはそれで終わったと思っていたところに、家へいきなりやってきたわけですから、お父上の心中は穏やかではなかったでしょう。下手に追い出そうものなら、妻と子の前だけでなく、近所中にあることないこと吹聴されてしまうかもしれない。お父上は仕方なしに女を泊めることにしました。

 一方、女の目的とは何なのでしょうか。お父上を脅して金をせびることなら、こんな回りくどいことはしないでしょう。また、復縁を迫ったというのも違います。

 女は自殺しようとしていました。ですが、自分だけが死ぬつもりではありませんでした。女は自分の死を利用して、貴方のお父上へ復讐しようとしていたのです。つまり、女は自殺ではなく、男に犯されたうえで殺されたのだと警察の目を欺こうとしていました。そうなれば、外部からの侵入と思われない限り、家で唯一の成人男性であるお父上が疑われるのは必然です。捜査が進めば、女とお父上の関係も明らかになるでしょうし、痴情のもつれからの殺人という結論が下されたかもしれません。

 もしかしたら、実際にお父上を誘惑さえしていたかもしれません。ですが、さすがに父上も妻子がいる家で不貞をはたらくことはできず、女は仕方なく自らの身体に性交の痕跡をつけることで、父上を陥れようと画策しました。貴方が目撃したのは、ちょうどその企みの準備していたところだったのです。

 女が貴方だと気づいたかどうかはわかりません。ですが、自分でやったことが明らかになれば、偽装工作など水の泡です。女は仕方なく復讐を諦め、家を去ったというわけです。

 これが、貴方の話を聞く限りで私が下した解釈ですが、いかがでしょうか。女は本当に鬼女だったのか、それとも男に捨てられ、自殺と復讐を企てた哀れな女だったのか、真相はわかりません。

 ですが、後者であったなら、わざわざ私が小説などにする必要などありますまい。

 なぜなら、貴方は少なくともその日、その体験で一人の女の命を救ったわけなのですから。

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