色
白と黒だけの物語
赤
真赤な玉座に腰かけるは赤の女王。
赤を好む彼女は王を赤く染め、城を赤く染めあげた。
一枚の書類を手に取った女王は五人の大臣を呼び出した。真赤な口紅をたっぷり塗りたくった口から怒声が弾ける。
「貴様ら、バラ、イチゴ、リンゴ、ニワトリ、ウサギには白の女王のスパイである疑いがかかっている! 自らの命が惜しくば1週間以内に私の下僕である証拠を見せよ!」
突然の宣告に大臣たちは蜘蛛の子を散らすように動き出した。
まずは何をするべきなのかを早急に考えなければならない。本当のスパイを探す必要があるだろう。しかし、忠誠をいかように示したものか。他の大臣の動きはどうだろうか。スパイが一人とも限らない。
ある大臣は情報を集め真相を探ろうとした。各大臣に信頼のできる部下を送り込み、同時に白の国の情勢を探っては女王に報告した。
ある大臣は赤い見事な植物園を作り上げた。赤々とした植物は葉まで赤く、それらから作られる茶は香り高く、採れた果物は甘味と酸味が茶に良く合った。
ある大臣は戦果をあげて忠誠を示そうとした。白を盛大に赤く染め上げ、吟遊詩人に戦況を刺激的に語らせては女王のお茶会を賑わせた。
ある大臣は素晴らしい赤の染料を作り上げた。染料は家具から化粧品まで幅広く利用され、城はより華やかに、女王はより美しく飾り立てられた。
ある大臣は国外逃亡を図り牢屋にぶち込まれた。
一週間後、女王は再び大臣を呼び出した。
「貴様らは実によく働いてくれた。私には誰がスパイなのかちっとも分からん。貴様らの意見を聞かせてくれ」
バラの大臣は恭しく前に出て、花弁を震わせた。
「はい、女王陛下。私共は陛下のお心のままに働きました。あるものは白の国に情報戦を挑み、あるものは戦果を挙げました。二人の大臣は協力して植物の改良に勤しみ、素晴らしいお茶と果物、染料を作り上げ城での暮らしを一層華やかに致しました」
バラの大臣は一呼吸おいて女王の様子を伺った。機嫌を損ねた様子はなく、続きを促していることがよく分かった。
「一人、国外に逃亡しようとしたものがおりましたが彼は元々陛下のために身を粉にして働いておりました。最愛の陛下に疑われたとなれば気を変にして突拍子もない行動に出たとしても不思議ではありませぬ」
「ふむ、バラの大臣よ、貴様は話が長くていかん。もう少し簡潔には話せぬのか」
「申し訳ありません、陛下。では簡潔に申し上げますと、我々大臣の中にスパイなどはいないのではないでしょうか」
「なるほど、面白い意見だ。貴様らも同じ意見なのか?」
大臣たちは重々しく頷き、女王の様子を伺った。
そんな大臣たちの様子を女王はコロコロと可愛らしく笑った。普段の暴君の片鱗は一切見せず、まるで無垢な少女のように笑う。大臣たちは女王の笑いに緊張が解け、お互いの無事を喜び合った。
「貴様らは私が間違いを言ったと、そういうのだな?」
活気づいた玉座に冷たい風が流れ込んだ。いつの間にか大臣たちは兵士たちに囲まれており、逃げ場はない。
「縦に切り裂いてしまえ!」
女王が叫ぶと大仰な真紅の剣がどこからともなく現れた。女王が右手を振りかざすと薬指にはめられた指輪の紅い宝石が輝き、宙に浮いた剣は五人の大臣たちを数人の兵士たちと共に真二つに切り裂いた。
「おや、やっぱり一人いたじゃあないかの。外見ばかり赤く取り繕って内面は白い裏切者が」
既に死体は王室から無くなっており、兵士たちもいつの間にかいなくなっていた。
一人残された女王は退屈そうに城の外を眺める。
外には清潔な白い廊下と染み一つない真白な天井、そして少女を心配そうに眺める男女がいた。
しろに囚われた彼女の居場所はしろの中の真赤な空想の世界だけだった。
青
顔色の悪い青年がいた。
水色のワイシャツに紺色のジーパンをはいた彼は恨めし気に空を仰いだ。
空はどんよりと黒い絵の具を溶いた水をぶちまけたような空模様をしており、今にも水滴が滴ってきそうだった。
さっきまではあんなに晴れていたのに……、と青年は心の中で毒づいた。
その瞬間、ポツリときた。
確かに朝の天気予報では一時的に雨が降るといっていた。だからこそ、体調が優れなかったこともあるし、早めに帰ろうとしていたのだ。
それなのに、それがゆえに雨で濡れることになろうとは。
ぽつり、ポツリとアスファルトは黒く染まっていく。
ああ、こんなことなら折れていても傘を持ってくるべきだった。つい今朝までは玄関に放置し、邪魔物扱いしていたものが今は欲しくてたまらない。
街を歩く賢明な人々は朝のニュースの言うとおりに折りたたみ傘を持ってきていたようだった。
まるで、俺が馬鹿みたいじゃないか。怒りが心で燃え上がりそうになったが、そんな火種は次々と降り注ぐ雨水に鎮火され、悲しさだけが残った。
随分と雨も強くなってきた。サァ――という爽やかな音が青年の靴へ執拗に攻撃を行い、靴下は水没した。少し風も出てきたようで体温が奪われる。
ちくしょう、駅までもう少しだ、走っちまおう。
青年の軽快な足取りに呼応して水たまりは楽しそうに水しぶきを上げた。水しぶきはズボンの裾を濡らし、心は一段と沈んだ。
雨風はその間も強くなる。ザバザバと降り注ぐ雨の中青年は走った。体調が悪いためか、地面が濡れているためか、いつもよりも疲れる。息は直ぐに切れた。
立ち尽くす青年を雨は容赦なく上から叩き付け、風は横から殴りつけた。辺りを見渡すと濡れているのは青年だけではなかった。折り畳み傘は風に折られ、小さい傘はそもそも何の役にも立っていなかった。大きな傘も主人を守り切ることは叶わず、皆が一様に濡れていた。
そのことに気付くと幾分か楽になった。もうすっかり濡れ鼠になってしまった青年は歩いて駅のホームに向かった。
ホームにつくと水色の電車が到着した。
下車する人達も一様に濡れており、天気の激しさを物語っている。
電車に乗り込み、青年はまだ外にいる人が濡れる様を見ようと小窓を覗き込んだ。しかし、先ほどまでの風景とは異なり、傘を差している人がいない。
ひとしきり降り終えた空は満足げに雲の隙間から青空をのぞかせていた。
人々は雲の隙間からのぞく青空につられたかのように笑い、青年は静かに青筋を立てた。
黄
素晴らしい秋晴れだ。
今日でこの学校にいることができるのも最後となった。
感傷に浸りながら眺める中庭から見える青空には昔の情景が映った。
あれは、この学校に移って一年目の……、そうだあの日もこんな秋晴れのことだった。私は慣れない学校の中庭でいつもぼんやりとしていたのだ。まわりでの喧騒は煩わしく、なおかつ羨ましいものだったと記憶している。
ともかく、お一人様の中庭を満喫しているとそこに一人の少女がやってきた。何やら思いつめた表情をしていた。彼女は無言で私の横に腰かけると突然自分語りを始めたのだ。ひょっとしたら普段人があまり来ない中庭に陣取っている私になら話しても構わないと考えたのかもしれない。
ともかく彼女の話した内容は次のようなことだった。
彼女は部活の先輩に恋をしており、その先輩は今年卒業なのだという。先輩が卒業をしてしまう前に告白をしたいが、自信がなくできないらしい。
突然の色恋話に私は口出しをすることができず、話を黙って聞くことしかできなかった。
彼女の話は何度も同じ道順を辿り、堂々と巡った。私に解決策を求めているのではなく、自分の中で納得できる形を探している。そして、その過程として誰か分かるように説明をすることで自分の頭を整理している。このことに気付くのは容易かった。気づいてからは適当に相槌を打ちながらも彼女の話に耳を傾けた。
一時間程だろうか。彼女はどこか吹っ切れたような顔をして私に礼を言うと去っていった。彼女は自分なりに納得のできる形を見つけられたのだろうか?
私の疑問は次の日に解決することとなる。
その先輩とやらを中庭に連れてきたのだ。あまつさえ、私のいる中庭で愛の告白まで始めたではないか。無関心を装うのには骨が折れた。あれだけ長話に付き合えば事の顛末は気になるが、結果だけ教えてくれれば良いものの、告白を目の前で実演されようとは夢にも思わなかった。
かといって告白の途中で変に身動ぎをするのも気まずく、私は必至で背景を演じたのである。そのかいあってかその先輩とやらは私の存在に気付くことなく女生徒の告白に真剣な顔もちで答えていた。
出来立てのカップルが中庭から出て行くころには私はすっかり疲弊してしまい、先生方から心配されてしまった。かといって疲弊の原因を語るわけにもいかず、疲弊は募るばかりだった。
後日、問題の女生徒はお菓子を私に渡しに来てくれた。悩みを聞いて、告白を見守ってくれたお礼だそうだ。
特に何も考えることなく受け取ってしまったがこれがよくなかった。女生徒が私のお陰で彼氏ができたと吹聴したようで私の元に恋の悩みを相談する者や、私に見守られて告白をする者が続出したのだ。
はじめは煩わしかった。しかし、頼られるのが嬉しくて、喧騒の一部として学校に溶け入れることができたことが嬉しくて、気がついた時には真摯に悩みを聞いていた。気の利いたことは何一ついうことはできなかったが、彼女たちが真剣に悩み、そしてそれを解決していく様は輝いていた。
時には期待した結果が得られなかった人もいた。むしろ、そのような人の方が多かったと思う。けれどそんな彼女たちも瞳に涙を貯めながらお礼を言うのだ。悩みを聞いてくれてありがとうと、お礼を言うのだ。
悩みを聞くようになってから一年が経つころには、誰かの悩みを聞くことはある種の使命のように感じていた。それは今日まで続いたが一度だって苦痛に思ったことはない。
辺りを見渡すと在校生たちや過去の卒業生たちが私を囲んでいた。
彼女たちは一様に花束を持っていた。泣いている者もいる。
やめておくれ。私だって我慢しているのだ。
私から黄色い葉っぱがポロポロと落ちていく。
ああ、最後の時が来てしまったようだ。空は黄昏色に染まっていた。
この日、学校から恋を叶えるイチョウの木の伝説はなくなった。
黒
その国の王家は代々黒が好きだった。
焼くと見事な黒色を示す粘土が豊富に含まれた地層が発見されてからというもの、王様の命令で国の新しい建築物は黒粘土のみで建築された。
何代か世代が変わるころには王国の建築物は黒に統一された。色は統一されているため職人たちは配色を補うための造形美に対する関心を高めることとなった。
そんな真っ黒な王国の酒場で職人たちはご機嫌に黒ビールを煽り、弟子の生意気さとか女房の愚痴などといったとりとめもない談話を肴とした。そんな中、一人の職人は場に似合わない神妙な顔つきでグラスに半分ばかり残った黒ビールを苦々しく飲み干すと、口を開いた。
「最近、黒粘土の価格が上がってないか?」
「なんだ、お前知らないのか? 最近は黒粘土の地層が枯れ始めてんだとよ。新しい地層が見つからない限り価格は上がるだろうな」
「そうだったのか。あれは加工が楽でいいが雨に弱くていけない。これから雨季に入って作り替えの回数も多くなるだろうし、値段は上がるばかりか」
「なに、直ぐに新しい地層が見つかるさ。ほら、グラスが空いてるじゃないか。酒が足りないからそんなつまらないことを考えるんだ」
宴は大いに盛り上がり笑いとアルコールによって一人の懸念は大衆の喧騒にかき消され、笑いと喧嘩で払拭された。
時を同じくして大臣たちの顔色は優れなかった。黒くシックな作りの会議室に集まった大臣は日々の業務ですり減った気力をブラックコーヒーの香りで回復させつつ形ばかりの会議を進める。
「まだ新しい地層は見つからないのか?」
「そんなものあるわけないだろ。とっくに掘りつくして使い尽くした」
「もう、黒で統一するのは無理なんじゃないか、王に提案をした方がよいのでは?」
「あの黒狂いの王が了承するものか。ありゃ病気だよ」
「おい、滅多なことを言うな。不敬罪に取られてもおかしくはないぞ」
されど、具体的な解決策のない今、踊るばかりの会議は進むことなくあっという間に停滞し、夜は更けていく。
数年後、いよいよ黒粘土の不足は深刻なものとなっていた。雨に弱い黒粘土はどんどんと劣化し、風化していく。それに伴った無計画な改装は街並みを複雑なものとした。巨大な迷路のような街並みは黒粘土の消費を加速させ、より黒粘土の価格を高騰させた。そんな最中、ある地層が見つかった。それは焼くと美しい白色を示す粘土が豊富に含まれた粘土層だった。白粘土は固く加工こそ難しいものの、雨水に強く黒粘土と対極の特性を示した。
ふと、数年前に懸念を漏らした職人は職人同士の会合で提案した。
「黒粘土に少し白粘土を混ぜて焼いたらどうだろう」
そういって二つのレンガを取り出した。一つは普段使用している見事な黒色のレンガ。一つは見事な黒色には劣るがそれでも大差はない黒色のレンガだった。
「これは俺たちが普段から使っている黒粘土で焼いた黒レンガと、黒粘土と白粘土を9対1の割合で混ぜて焼いた混合レンガだ。黒レンガと混合レンガは見比べれば色の違いに気付くかもしれないが、そうじゃなければ誰も気づきやしない」
だが、職人たちは怪訝な顔つき押し黙ってしまった。一人の年配の職人が右手を挙げて意見を述べる。
「確かに見比べなければ分からないほど見事な黒色だが、逆を返せば比べられてしまえば見破られてしまうのではないか? それに、見破られたら最期、職人としての資格の剥奪もあり得る。そうなったら生活ができなくなってしまうぞ」
「それに関しては考えがある。今の街並みは迷路のようになっていて明暗が激しい。明るいところで比べられたら確かにバレてしまうだろうが、暗いところで使う分には問題ないはずだ。それに黒粘土の高騰は国も頭を悩ましているようでな。役人の知人を通して大臣の一人に相談したところ国王を除いた国の機関は協力してくれるようだ」
会議はその後も進み半数以上が混合レンガの使用に賛同し、会議は終わった。
その後、何人かの手によって国に混合レンガの使用についての匿名書が提出されたそうだが、国王の目に留まる前にもみ消された。混合粘土の使用によって黒粘土の価格は若干の上昇をみせたものの、一定水準以上にはならなかった。
暗い所の建築で利用された混合レンガは純粋な黒粘土から作られたレンガよりも雨水に強いため少しずつ暗いとこから薄暗い所にも利用され始めた。
国の職人と政治家たちは事情を知っているために世論に混合レンガの実態が晒されることはない。また一般人が気づいたとしても専門家である職人たちにうまく丸め込まれ、やがては国の建築物の全てが混合レンガに置き換わった。王様が不審に思った時には黒レンガそのものが国内から消えており、比較対象がないことで混合レンガは黒レンガに完全になり替わっていた。
それから世代は変わり、時代は流れ、造形に優れた文明は衰退し、王国は遺跡となった。
遺跡に二人の男性が訪れていた。
「先生、これは見事な建築技術ですね」
「全くだ。数十世紀も前にこんな建築技術があったとはな……。ロストテクノロジー、いやロストテクニックとでもいうべきだろうか」
「これだけ優れた技術を用いた文明でも衰退がおこるのですね」
「文明には寿命があるということだろう。我々の使命はこうした過去の文明から学び、そして我々の文明の寿命を延ばすことなのかもしれないな」
雑談を交わしつつ歩く二人はやがて王宮にたどり着いた。そこで古代の文字で書かれた看板を発見した。
「翻訳機にかけてみます」
二人の男性の内、まだ年の若い方が背負っていたリュックサックから小型の機械を取り出すと、慣れた手つきで光線を流れに沿って文字に当てていった。
「■■の王国よ永遠なれ、ですか。■■はまだデータベースに記録されていない文字のようですね」
先生と呼ばれた男性は顎のひげを撫でながら得意げに口を開いた。
「あらかた、■■の意味は〝白の〟とかその辺だろう。これだけ白に統一された美しい建築物で溢れているのだ。国王は余程の白好きだったのだろうな」
「なるほど、それもそうですね。一応〝白の〟で記録しておきます」
二人は新たな文字の訳をデータベースに記録すると足早に王宮を後にした。
しかし、何も問題はないだろう。
ようは観測者の認識が変わるだけで世界に影響なんてないのだから。
白
白と黒から色んな色々




