6・エピローグだよ全員終了
勝利の余韻に浸るドラグムのその姿を、狩猟団のリーダー・ベダイ(+部下1名)は愕然と眺めていた。
そしてそれは側にいた衛兵たちも同様だった。皆が皆、その光景にしばし唖然と固まったと言う。
戦場となった周辺では、まだ生々しいうめき声がそこかしこで散乱している。と言うのも、全員が全員ぶっ殺された訳ではなかったからだ。
どうやらドラグムの気紛れで殺したり殺されなかったりと、蛮行はランダムであった様子。
ただ一つだけ言えるのは、どっちにしろ全員が確実に無力化されてると言う事だ。
―ま、まさか、たった一人相手にメンバーが全滅するなんて…。
ベダイとしては一方的なリンチは手下に任せ、自分はうるさい衛兵をほんの少しだけ足止めしておく、そんな心積もりだった。
だいたいこのメンバーたちは狩りの仕方を心得ている。リーダーが一人抜けたからと言って特にやる事に違いは無いのだから。
ベダイが現実を受け入れられず無駄に時間を消費していると。ふいにドラグムがこちらを振り向き、そしてベダイと目が合う。
―え……?。
とか思ってたら、ドラグムがこちらに向かって歩き出した。
―うっ、うっそぉ…。
戦いの余韻で溢れる獰猛なオーラ。ドラグムはそれを隠しもせずベダイに歩み寄った。それも絶対的強者の足取りで。
ベダイは足がすくんで動けなかった。いや、むしろ今動けば絶対に転ぶだろうと言う確信すらあった。
そしてそんな恐怖が伝わったのは後ろにいるベダイの部下だけではなかった。無関係な衛兵たちですら身動き一つせずに息を潜めたと言う。
何しろこの殺戮者のこれ迄の行動を鑑みるに、下手に動いたら手当たり次第敵として認識されそうだったからだ。
「そう言やお前たちはどうする、俺と殺り合うのかね?」
ドラグムはベダイの前に立つと、腰を屈めてニタリと下から覗き込んだ。
ドラグムとしてはあえて隙を晒して誘ってみたつもりだったが、それどころじゃないベダイは余計に震え上がった。
だいたいこの凄惨な状況を見れば誰だって分かる、勝てる見込みなど全く無いと言う事が。
そして今最もベダイの頭を悩ます大問題、それはそもそも降伏した所で許されるのかと言う事だ。
もし許してくれると言うのならベタ降りで完全降伏してもいいくらいなのだが、果たしてその可能性は一体どれくらい存在するのであろうか、そこが問題だった。
だが良く良く考えてみれば、結局は命乞いするしか選択肢は存在しない事にベダイは気づかされる。だって戦ってもどうせ勝てないんだから…。
「す、すまん、俺たちが悪かった、許してくれ…?」
何も考えられず、思わず紡ぎ出されたセリフ。しかしベダイは、言いながらもこりゃダメだと頭を抱えた。
頭の片隅に、どうせ死ぬなら不様な姿は晒したくないと言う思いが拭い切れなかったベダイは、結果的にきわめて中途半端なセリフを吐いてしまっていたからだ。
そしてベダイがそう言ってる尻からドラグムの表情が変わって行く。
ドラグムのトカゲ面に、分かり易いくらい不機嫌な色が浮かび上がったのだ。
―あぁ〜、もっと必死に土下座するべきだった。つーか俺死んだわ!。
だが。
「そうかぁ…。んー、でもまあそーだわな」
ドラグムは唸りながらも、何やら仕方なさそうな落胆の声を漏らしていた。しかも溢れんばかりだった殺気が急速にベダイから遠ざかって行く。
―えっ…、こっ、これってもしかすると?。
「よし、それじゃあお前らはどうだ?」
すると今度は、ベダイの後ろに控える衛兵たちにドラグムの関心が移った。
―マ、マジか?。俺は許されたのか!。
ベダイは死に瀕した緊張感から解き放たれ、無言で膝をガクブルさせた。
そして一方の衛兵たちは…。
「あ、ええっ!?」
何故か突然死にフラグを押し付けられ、衛兵たちは一気に血の気が引くのを感じたと言う。
「お前らも文句があるのなら構う事はない、かかって来るがいい。相手になってやろう」
ドラグムがベダイを諦め、次の獲物を衛兵たちに定めた瞬間だった。
「なっ、な何を言っておるのだ!?。我々は諍いをと、止めに来たのだ。きさ、貴殿と争いに来た訳では断じてない!」
「なにィ?!」
衛兵たちはビビって完全に浮き足立っていたが、精鋭としてのプライドが何とかそれらしいセリフを吐き出す。
―だいたい、なんでいきなり俺たちがターゲット化されるのか?。
だが、あまりにも理不尽な成り行きに、ただただ混乱して固まる衛兵たち。
と、そこへ、後方から大通りを駆けて来る一団が現れた。なんとそれは、遅ればせながらも衛兵の増援であった。
「ムッ…!」
いち早くそれに気づいたドラグムが、尖った歯を剥き出してニヤリと嗤う。明らかに新たな獲物を見いだした表情だ。まだ暴れる気なのか?。
だが、それを見た衛兵の隊長は慌ててドラグムを遮った。
「待て待てっ!。あれは我々の仲間だ、手を出してはならん!」
その後、やる気満々の増援が到着して揉めかけたものの、この場の惨劇を知る衛兵たちが必死に間を取り持ったお陰で、なんとか新たな衝突は回避された。
―ふぅ、まったくヒヤヒヤさせるぜ…。
そして速やかに死体や重傷者が運び出されて行った。
人通りの多い正門前で起きた騒動に、いつの間にか野次馬が遠巻きに出来ていたが、衛兵たちの整理、誘導で速やかにいつもの日常風景を取り戻して行く。
そうこうして、ようやくここでこの竜人ドラグムに対する扱いをどうするかとなったのだが、まずは当然身元の照会となった。
ところが驚くべき事に、この竜人は高位の身分証を所持していたのだった。
お役人的な言葉による回りくどい詰問に対し、面倒臭くなったドラグムは、コートの内ポケットから丸められた羊皮紙を一つ取り出したのだ。
それを見た衛兵の上役はびっくらこいた。それもその筈、その証明書は国家要人が発行するハイレベルな命令書だったからだ。
それは衛兵一筋約20年の上役でも滅多にお目に掛かる代物ではなかったと言う。
要するにその証明書と言うのは、高位の貴人が他者の身分を自ら保証すると言う証書であった。
つまり彼に何かあったら俺が許さんし、彼が何か仕出かしても全て俺が責任を持つ、と言う物だ。
問題なのは、この証明書を発行した保証人だった。
その保証人こそ、魔法使いにして帝国軍の将軍位に名を連ねるザファルド・ハルケイン卿。
領地こそ持たないが、数千の直属兵を率いる超有名な大将軍だったのだ。
軍属最高位の将軍にして魔法使い。魔法戦闘を得意にする、かの「魔導将軍」をこの国で知らない者は居ない。
武力が欠かせないこの世界、人類国家にとって軍は最強の剣であり盾だ。そこで活躍する勇者や英雄は、市民にとって自らの生死にも直結する注目の的であり、憧れでもある。
しかもこの魔導将軍、ザファルド・ハルケイン卿は、ほんの数週間前にこの地でドラゴンの討伐に成功していた。
まさに、この大都マンスタルクの救世主と呼べる存在である。
正確にはドラゴン「討伐」ではなく「撃退」と言うのが本当らしいが、万魔峡谷の暴竜ウルドライアの脅威を退けたのは正に英雄と呼ぶに相応しい偉業である。
まあ実際は彼の精鋭軍もほぼ壊滅状態ではあるらしいのだが、そこは吹聴する必要もあるまい。
ドラゴン一匹のせいで国が滅ぶ原因にだってなり得るのだ。軍の一つや二つまた再編し直せばいいのだから。
と言う訳で、今やドラゴンスレイヤー、ザファルド・ハルケインの名は、このエヴァーニルトのみならず周辺国家にまで轟いていた。
そしてそんな時の人が保証する人物を、地方の役人風情がどうこう出来る訳がない。
もちろん証明書の正式な照会は行うが、一見した所で本物である事に疑いはなかった。
それにだいたいこんな物があると言う事自体、一般的には殆んど知られていないし、もし偽造なんかしてそれがバレた時の罪は果てしなく重い。
ある意味、この証書を疑う事すら畏れ多いと言えるだろう。
それ故に、一報を受けたマンスタルクの役人はすっ飛んで来てドラグムをお出迎えした。
ちなみにゲラモス狩猟団に対しては、それどころじゃないのでとりあえずとっとと何処かへ行きやがれ的に放り出された。ま、ある意味お咎めなしと言える。
まあ、パッと見すでにボロボロだったから、と言うのもあったかも知れない。と言うかたぶんそうだ。
と言う訳で、ドラグムは高待遇でオモテナシされた。
すぐさま最上級の宿へ通されると、最高のサービスが提供されたのだった、もちろんロハで。
なにしろ、それだけマンスタルク市はハルケイン卿に対して恩義を感じていたし、それに実際のところ人に助けて貰って恩義も感じない様では誰も助けてくれなくなってしまうだろう。
ただしかし、ドラグムはそんな事知ったこっちゃなかった。
ドラグムにとってぶっちゃけザファルド・ハルケインの配慮は、特にありがたくもなんともないものだったのだ。
ドラグムはただ、普通に旅がしたいだけだ。そこでもし問題が生じたとしても、それを力で何とかするのもまた楽しみなのだ。
とは言え、ザファルド・ハルケインとしても、そんな非常事態が発生する事を恐れてわざわざ御大層な証明書を発行したのだが、残念な事にドラグムにそんな思いは通じなかった様だ。
街を上げてのおもてなしも、ドラグムにとってはただただ目ざわりで鬱陶しいだけだった。
てな訳で、ドラグムは何も言わずに忽然とこの街から姿を消してしまう。
そしてそれ以降、周辺各地で傍若無人な竜人がやんちゃする姿が確認されるのだが、それはまた別の話と言う事で…。