5・明日もまた殺戮なり
「野郎共ォ、ぼさっとしてんじゃねえ!。魔法は効いてる、なんとしても絶対に奴を殺るんだ!」
サブリーダーのジェッソは、動きを止めたメンバーに激を飛ばした。
この状況下、皆ドラグムとの戦いに迷いを抱き始めていた。と言うのも、このトカゲ男に普通の狩りの常識が通用しないからだ。
だが、こんな時こそ言える事が一つある。
それは―
―どんな時も弱気になったらいかん。たとえ迷いがあったとしても、とりあえず気合いだけは入れとかなあかんのや!。(ジェッソ)
戦闘とは、心技体あらゆる全ての総合的なぶつかり合いだ。
そして戦いにおける気持ちの重要性は大きい。ただ、メンタルと言うのは限りなく気持ち次第である。それこそなんの根拠も無いどころか、単なる自信過剰や無理やりであっても、ポジティブな気持ちと言うのは戦いにおいて欠かす事の出来ない要素の一つである。
逆にネガティブな気持ちは自分の動作や相手へのプレッシャーなど、これまた様々なマイナス要素を引き起こしかねない。
それ故、ジェッソは自ら言い聞かせる様に気勢を上げて見せたのだった。
それに対して、ドラグムは一体何を考えているのか、相も変わらず不動の姿勢で仁王立ちのままだった。
―クソッ、余裕かましやがって!。(ジェッソ)
ちなみに今、狩猟団の残るメンバーの数は計7名。(リーダーのベダイとそのお共1人を除く)
前衛の重戦士2人に弓使いが2人。
そしてサブリーダーのジェッソと魔法使いが1人と、あと新人の軽戦士が1人。
確かにかなりのメンバーがやられた。短時間の内にこれだけの数が無力化&殺られたのは久々の事だった。
しかし、元々命懸けのハンター稼業に身を置く身、これくらいの事で気遅れする様な奴等ではない。逆に、むしろこのままやられっぱなしで引き下がれるか!、そんな気持ちの方がまだ強かった。
ジェッソは後方の魔法使いを振り向いた。
「もう一度奴に呪縛を掛けろ、行けるな?!」
「あっ、ああッ!」
ジェッソが魔法使いに二度目の束縛魔法の使用を指示する。
ただこの束縛魔法はそう簡単な魔法ではないので、魔法使いにとってもかなりの負担であった。連続使用するには足りない魔力の補充や、各種ブーストが不可欠。
その為、ジェッソは用意を始める魔法使いを起点にし、彼を手厚く守れる様に布陣を変えた。
と言うのも、これだけメンバーが減ってはドラグムを包囲する手数が足らないからだ。
ただ幸いな事に、ドラグムは今だに当初の位置から一歩も動く気配を見せない。ならばと円形の包囲陣形ではなく、魔法使いの防御を重点とした扇形の守備陣形に切り替えたのだ。
と、ここでジェッソは、偶然リーダーのベダイと目が合った。
―ジェッソ、何やってる早く終わらせろ!。
その表情から、そんなリーダーの切ない気持ちが痛いほど伝わって来た。
―わかってる。ただ相手が結構手強いんだ、もう少しだけ頑張ってくれ!。
二人はアイコンタクトで何となく会話を成立させた。
別にこれは二人がニュータイプだからとかではなく、長い付き合いが成せるあうんの呼吸ってやつだ。
まあ長年一緒に行動を共にしていたら、それくらいの事はそう難しくない。
そこでふと、ジェッソは衛兵の数が一人減っている事に気づいた。衛兵の数がいつの間にか三人しか見当たらないのだ。
―おい、一人足んねーけど?!。
嫌な予感がしたジェッソは、表情を変えてそう問うた。
―あー、さっき人を呼びに走って行ったぞ、だから早く野郎を殺せ?。
―マジかよ?!。
ジェッソは舌打ちした。
もたもたしてると予備の兵士たちがやって来て取り押さえられてしまう、これはのんびりしてられない。←てゆーかお前らもうニュータイプだろ…。
まあそんな事はともかくとして、ジェッソは忌々しげにドラグムを睨んだ。
今だドラグムは、余裕の表情で腕組みしたままこちらを眺めてやがる。まったく不気味だぜ…。
ジェッソだけでなく、メンバーの全員が底知れないドラグムの強さに一抹の不安を感じてはいた。
だがしかし、今ここに至りこの戦いから手を引くなどと言う選択肢は、ただ存在すると言うだけで実際に行動として取り得る選択ではなかった。
理屈的にも感情的にも、ドラグムを殺すしか他に残された道は無いのだ。
―さっさと殺るしかない!。
ジェッソは、団員たちに攻撃再開の号令を発した。
一方ドラグムは、実は今まさにこの妨害魔法の効力が薄れるのを待っている所であったと言う。
そう、この良く分からない妨害魔法は、ドラグムに対して意外と効いていた。
だが気合いを入れれば、瞬間的に動く事は可能であった。ただ気を抜くと、途端に体の動きが鈍ってしまうのだ。
―うっざ!。つーか、これ結構うっとーしいな…。
ドラグムのこの体は、実は竜種に限りなく近い特性を持っていた。そして竜種の魔法に対する耐性と言うのはかなり高い。
ウザいとは言え、人が個人で発動できるレベルの魔法など、ちょっと我慢すればすぐに消えてしまうだろう。
なので効果が切れるまで適当にその間やり過ごそう、とか思っていたのだが。ドラグムの地獄耳は、リーダー格の男が再度妨害魔法を指示する声を聞き取っていた。
―え、マジか…。俺この魔法なんか嫌いなんだけどぉ?。
そう、流石に魔法を重ね掛けされたらちょっとマズい。つーかかなりマズい。
あの魔法をもう一度掛けられたら流石のドラグムも身動き取れなくなるだろうし、それは見過ごせない。
となると魔法の詠唱元を潰すしかないのだが、それをするにはまず他の奴らを排除しなけりゃならない。魔法使いは、最後方で手厚く守られているからだ。
とは言え、別にドラグムにとって狩猟団のメンバーを一掃するのは容易い事だった。(なっ、なんだとぉ!?。←ジェッソ)
だけど、それをしたらもう遊びは終わりだ。
そう、ドラグムにとってこれはお遊びの一環と言えるものだった。
と言うか、この竜人ドラグムにとって、互いの命を奪い合うと言うのは遊びであり、そしてライフワークでもあったのだ。
互いの命を奪うやり取り、そこで生き物の本当の本性が、そして命の本質と価値が、世界を通じて露わにされる。
これはドラグムが知る唯一にして最上の行為であり、そこで勝つ事に自らの強さ=正しさ、生きる意味を見い出して来たのである。
つまりドラグムは、命を奪うその過程である戦いで、相手とコミュニケーションを取っているとも言える。
何しろ相手の最も大切な命を奪うのだ、並大抵の事じゃ叶わない。敵の長所短所を知り、時には敵自身も知らない弱点を突いたりしなければならないのだから、他者の機微を読む能力、これはもはやコミュニケーション能力と呼んでも差し支えないだろう。
なのだが…。
―せっかくハンデで受けに専念してやってるのに、すーぐ本気出しやがってよ!。
ドラグムは今回の敵、なんとか狩猟団の面々を見渡して鼻息ついた。フンッ!。
ま、実際に手合わせしてみれば、ぶっちゃけドラグムにとってそれほど脅威となる相手ではなさそうだったが(魔法はウザいが)。
しかし、その多様な手札と手慣れた連携は、もう少し観察してみたいと思わせるものがあった。
ただ、相手がここで一か八か本気モードで来ると言うのならもうどうしようもない。ドラグムも危険を犯してまで魔法を重ね掛けされる訳にもいかなかった。
―まあ、だいたい奴らの力量の程は知れた、基本的に底は見えたと言ってもいいだろう。
「しょうがねえ、それじゃあオモチャの後片付けを始めるとするか!」
ここで、ついにドラグムが動くのであった。
ドラグムを討つべく、慎重にドラグムへにじり寄る狩猟団。
そんな狩猟団の元に、突然ドラグムが無造作に間合いを詰めて来た。
ドラグムがズカズカと歩み寄り、あっと言う間に先頭の重戦士の目の前に到達。
途中ドラグムは、飛んで来た弓矢をパシッと片手ではたき落とす。
驚く射手。
―えっ、んなアホな…。狙撃スキルも乗ってるのに?。
まるで虫でも払うかの様に弓矢を退けると、ドラグムは重戦士の目の前で何故か立ち止まる。そして挑発するかの様にニヤリと嗤った。
さしもの重戦士も、敵を前にしたそのドラグムの不敵かつ意味不明な行為に一瞬躊躇する。
と言うのも、勢いに乗って迫ってきたのだから、普通はその勢いのまま攻撃を仕掛ける筈だしそうすべきだ。そうしないのは、どう考えてもただ自分が不利なだけ…。
そんな不可解な行為を投げ掛けられた重戦士の戸惑い。だがそれは、ほんの微々たる一瞬であったと言う。
―戦場に身を置く者なら、そんな一瞬の隙が命取りであると知らぬ筈はなかろうに。
つまりそれほど自分の力に自信があると言うのか?。否ッ、それは慢心であると知れ!。
重戦士はドラグムの動きに惑わされるどころか、逆にテンション上がって集中力が増したと言う。
「ウオラァァァアアッ!」
間髪を入れず、重戦士は剣をドラグムに突き入れた。
ガスッッ!。
背後から見つめる狩猟団には、重なる二人の姿だけが目に映った。そしてそのまま動きを止める二人。
見ていたメンバーたちは思った、これはイッたんじゃないの?!、と。
そしてもしかしたら、一気に殺っちゃったんじゃないのかしら!?、とまで。
ところが、だ。ドラグムと重戦士の二人は、一向にその結果を示そうとしない。微動だにせず不動のままだった。
―オ、オイ、どうなった…?。(一同)
まるでバトルの途中にCMでも入ってしまったかのような嫌らしい展開。狩猟団一同も思わずイラッと来たと言う。
と、そこへフォローすべく近付いたもう一人の重戦士が目を見開いた。なんとドラグムは重戦士の剣を両手の平で挟み込んでいたのだ。
それはまさに真剣白羽取り。
二人は剣の両端を掴み合い、ギリギリと力比べを行っていたのだ。
それにしても、ドラグムは両手で剣身を挟むと言う難易度高めな状態であるにも関わらず、ニヤニヤと笑みを浮かべて余裕の表情。一方の重戦士は顔を真っ赤にして限界必死だ。
さっき心中のセリフで慢心がどうとか重戦士が言ってたのはなんだったのか?。たとえ正論でも所詮モブキャラは主人公に勝てない運命なのか?。
そんな事より、その二人の横から回り込んだフォロー役の重戦士は焦った。これは保たない、すぐ援護に入らなきゃ!と。
すると敵のフォローに気付いたドラグムが、ニヤケ顔を消して鋭く息を吐いた。
「フンッ!」
なんとドラグムは、一瞬にして重戦士から剣をもぎ取った。
「あっ……」
あっさり剣を取られてバランスを崩す重戦士。そして刃身を素手で掴んだドラグムはそのまま剣を振り回す。
唸りを上げて疾走る一撃、その行先はまさかのフォロー役重戦士だった。
「オラッッ!」ドラ
不意を突かれ、わずかな回避行動しか取れなかったフォロー役重戦士。そんな彼の隙を的確にドラグムの一撃が襲う。
逆向きの剣が、唸りを上げて重戦士の頭部を強打。重戦士の巨体が、弾ける様に血肉を撒いて吹っ飛んだ。
そして転がってばったり倒れた重戦士は、首を変な角度に曲げたまま動きを止めた。
うん、おそらく…、と言うかこれは間違いなく死んでるな。
と、そこでドラグムはヒョイと剣を握り返すと振り向いた。
「へい、お前もだぜぃッ!」
そう言って起き上がってすぐの重戦士に問答無用で蹴りを入れると、転がして即座に剣を突き立てた。
「グッボアアアッ…!」
重戦士は、腹を貫く剣を抱えながら絶息した。
「グワハハハハハハァァァア!」
ドラグムはあっさり前衛戦士二人を始末し、そして哄笑した。
が、勝利の喜びに浸る間もなくドラグムに複数の弓矢が襲いかかる。がしかし、ドラグムは舌打ちと共に跳んでそれを回避。
いや、ドラグムは神速の勢いで疾走していた。
まるで地を這うような超高速移動で弓使いたちへと詰め寄るドラグム。
一方、二人の弓使いもスキルで神業に近い連射を放つが、捉え切れずに全てドラグムの後方へと置き去りにされてしまう。
「こンのクソ鬱陶しい蚊トンボ共がッ!」
最後の最後までしつこく矢を撃つ弓使いに対し、ドラグムは矢ごと拳で殴り飛ばした。
その弓使いは激しくスピンしながら宙を舞った。アデュ〜弓使い。
続けてドラグムがもう一人の弓使いを振り返る。が、その姿はすでに後ろ姿に変わっていた。
そう、その弓使いは武器も捨てて逃げ出していたのだ。
この弓使いの逃走は見事だった。と言うか、どうやらこれは前もって想定していた逃走だったのだろう。
ドラグムですら即応出来なかったその動きは、逃げる事が前提になければ無理だったからだ。
実際に、その逃走する弓使いは最初からドラグムと本気でやり合う気が無かった。
もちろんその弓使いも、当初は隙あらばすぐにでもドラグムを射抜いてやろうと様子を伺っていた。しかし保有するスキル『直観』が、撃ったところで決して矢はドラグムに当たらないと囁いたのだ。
弓使いの理屈や経験上では距離、タイミングその他に何の問題があるとも思えなかったが、スキルが全てそれを否定する。
正直こんな事は始めてだ。
しかし、結果的にスキルの判断は正しかった。そのお陰でほんの少しだが他の誰よりも早く逃げる事が出来たのだから。
そう、その弓使いは上手く逃げれたと思っていた。
「誰が逃がすかよっ!」
ドラグムは近くに転がる重戦士の盾を拾うと、円盤投げの要領でそれを投擲した。
そしてそれは化物じみた勢いで飛翔すると、逃げる弓使いに直撃。
結果、その一投は無慈悲なまでの破壊力で弓使いの願いと背骨を打ち砕いたのであった。
さて、と。
ドラグムは今だ呪文の詠唱を続ける魔法使いへと、ゆっくり歩を進める事にした。
残る狩猟団のメンバーは3名。
リーダーっぽいおっさんとケツの青そうな若造、そして魔法使いだ。
ちなみに、魔法使いはこんな状況でもまだ必死に詠唱を続けてやがる。えーかげんもう無駄なんやで?。
てな訳でドラグムは、おっさんと若造を一撃で沈め、最後まで呪文を詠唱し続けた頑固な魔法使いを一瞬で黙らせたのだった。
一応言うと、リーダー格だったおっさんは、リーダーだからって他の奴らより強いとかそんな事はなかった。
マンガとかじゃリーダー格って言うと絶対ラスボス扱いで強かったりするけど、それは単にその方が面白いからだろう。だが現実的にはそうとは限らない。
リーダー(指揮官)に求められる資質、それは武力的な強さではなく的確な采配を下す判断力、つまり頭脳系だ。
なので、そこはドラグムもあまり期待はしていなかった。
ま、完全に消化試合みたいな感じだった事は否めない。記述すべき点も特になかったしな。
―あ〜、終わった終わった!。
「グワハハハハハハハ!」
ドラグムは、魔法使いの死体に片足を乗せて大笑いした。ほんとそれは見事なまでに悪役顔であったと言う。