4・本日は殺戮なり
呪縛魔法をモロに食らって吼えるドラグム。
その視界の端で、容赦なく矢を放つ弓兵の姿が目に写る。それもかなりの連射、たぶんスキル込みだ。
―うおっ、マジか?!。
つーかこの魔法、結構うぜぇなっ!。
ドラグムはとにかく気合いで力を振り絞った。すると、ドラグムの全力が瞬間的に束縛魔法の支配を上回る。
そこでドラグムはすかさず手に持った死体を振りかぶり、弓矢の射線を妨げる様に投げ捨てた。
ドラグムの束縛から解き放たれた死体は、回転しながら矢を受け止めると、重戦士たちの足元で激しくバウンドした。
ダメージ源としては全く意味をなさないが、ドラグムに対する一斉攻撃の足並みを乱す牽制にはなる。
狩猟団もまさかドラグムにまだそんな力をが残っているとは思ってもみなかったので、とりあえず安全策を取って一旦距離を置くよう指示が飛ぶ。
鈍いモンスターは、魔法の効き目が遅い事も多々ある。別にトドメを急いで要らぬケガを増やす事もない。
だが、あえてそんなドラグムの死体投擲行為の隙を突く者がいた。投擲範囲外にいた遊撃戦士二人だ。
二人はドラグムの動きを読み、すかさずその背後に回った。
―チッ!。
それに気付いたドラグムが遅れて背後を振り向く。すると、ちょうど遊撃二人が挟撃を仕掛ける所だった。完全に遊撃二人のタイミングだ。
ドラグムは、振り向きざまにクッソ吼えた!。
「クッッソオンドリャアアアアアアアアッ!!!」
もはやそれは、単なる怒鳴り声であった。だがその内容に関わらず、轟く咆哮は聴く者を威圧した。
ドラグムのその咆哮はスキル的な効果を伴い、聴く者全ての動きを鈍らせた。
鈍らせたのだが…、しかしドラグムを襲った遊撃二人の攻撃自体は止まらなかったと言う。
―えっ?!。(ドラ)
うん、一旦放たれた攻撃はそう簡単には止まらない。
確かに、ほんの少しくらいは勢いが落ちたかも知れない。だが、気合い十分の攻撃と言うのは精神攻撃が効かない事もあるのだ。(え、マジで?)
てな訳で、ドラグムの左右から遊撃二人が剣を振り切った。
「フンッ!」
しかし振り向いたドラグムはそこで止まらず、さらに背を向けて回転した。
そして瞬時に高速化。
旋回するドラグムの手足、尻尾が、唸りを上げて遊撃戦士たちの双剣を迎え討つ。
ガギィィィィィィン…!。
およそ鉄と生身が捻り出したとは思えない撃音が鳴り響く。そして激音と共に吹っ飛んだのは遊撃の方だった。
ドラグムに襲い掛かった二人が、砂煙を上げて地面を転がる。
「ナメんなよッ!」
ドラグムがポーズと共に声を張り上げる。
なんとドラグムは、回転する事により剣の切れ味を超える攻撃力を瞬時に作り上げたのだった。
確かに、半端なく重量物を加速させれば硬度の差を超える事も可能だろう。しかしいくら多少の鱗があるにしても、鉄製の刀剣を素手で跳ね返すと言うのはどうなんだろうか?。
つーか、それもう武器も防具も要らんやろ…。
―ふッ、何となくだがイケそうな気がした。とゆーか、俺も自分のスゴさにビックリだぜっ!w。
しかも驚くべき事に、ドラグムの体には傷一つ付いていない。
ドラグムは、キメポーズのまましばらく微動だにしなかったと言う。やだウザい…。
一方、狩猟団の面々は予想外の結末に思考を停止させていた。正直言って途中までは完ぺきだったのだ。
いや、むしろ理想的な展開であった様に思える。
それに結果的にはスタンドプレイに終わった遊撃コンビの攻撃も、その時はむしろナイス判断とさえ思えたものだった。
―なのに、なぜ遊撃がやられてるんだ?!。
吹っ飛んだ遊撃二人は、結果的にカウンターを食らったせいで完全に気を失っていた。
僅かだが流血していて、おそらく骨折もしているだろう。これはもう使える見込みが無さそうだ。
狩猟団メンバーたちの動きが止まる。
理解し難い現状認識が、狩猟団にドラグムへの攻撃を躊躇わせたのである。
そもそも狩猟団にとって一番の大仕事は、獲物に呪縛魔法を掛けるまでだ。そして魔法が成功してしまえば、後は好きに料理するだけなのだ。
魔法が上手く掛からずに狩りが失敗する事はあっても、魔法が成功しておいて反撃を喰らうなんて事はほぼない。
ドラグムも亜人とは言え、あくまでも体重は100キロ程度。それよりもっと大きな数百キロを越える魔獣でさえ動きを制限する束縛魔法が、こんなトカゲ男ごときに何とか出来る訳ない。
の筈、なのに…。
現実には、ドラグムが平気な顔しておっ立っていやがる。
「…おい、一体どうなってる、ちゃんと魔法は決まったんだろうな?」
サブリーダーのジェッソは、こっそり魔法使いに問うた。
「いや、魔法は成功したし、ちゃんと掛かってる…。と言うか、効いてない筈はないのだが…」
魔法使いは眼を凝らしてドラグムに纏わり付く付与効果を再確認した。その見慣れた発動現象から察するに、間違いなくそれはドラグムに対して効果を発揮している。
と言う事は、だ。
ようやくここで狩猟団は、ドラグムが容易ならざる者である事に気付かされる。
今のところ狩猟団はいいとこ無しでやられっぱなし。これはつまり、狩猟団がこのトカゲ男の力量を著しく見誤っていたと言う事に他ならない。
―コイツ…、一体何者なんだ?!。
ところで、ちょうどその時。
そのすぐ横で、狩猟団のリーダー・ベダイとそのお供が衛兵4人と睨み合う一進一退の攻防を繰り広げていた。
それはもう、まさに低レベルな争いであったと言う。
何しろ、お互いが斬り合いを全く望んでおらず、あくまで両者共にやる気がある振りをしているだけだったからだ。
だって、ベダイも出来れば国の兵士は斬りたくないし、衛兵も大勢の無法者相手に無茶はしたくはない。
なのにお互いここは譲れない。
建前ではある程度体裁を気にしつつ、本音は大事に発展するのを避けたい。そんな妥協の産物が、ただ睨み合いながら言葉でやり合うと言うショボい神経戦を展開する結果となったのである。
もちろん本人たちはいたって真剣だ。何しろお互いが戦いたくないと言う気持ちはむちゃくちゃマジなのだから。
ベダイにしてもこんな茶番劇がアホらしいのは百も承知している。だが衛兵を足止めすると言うのは、意外と疎かには出来ない重要な役割だった。
こう言う重要だけど面倒臭い仕事を面倒くさいからってバカな下っぱに任せると、失敗した時に後で困る。
だからアホらしいがここは自分が本気でやるしかない。もしここで誰かに任せてそいつが衛兵を斬ったりとかしたら、それはもうフォローのしようがないからだ。絶対に避けなければならない事態なのだ。
そして一方の衛兵たち。
彼らも、国家と言う後ろ盾があるものの、現状戦力はたったの4人。
こんな何をしでかすか分からない様なハンターが暴発した場合、流石にたった4人ではなす術もなく蹂躙されてしまうだろう。こんな所で殉職とか、絶対にしたくないし。
ただ、国家と言う後ろ盾を背景とするが故に、弱腰と見られる訳にもいかない体面がある。
てな訳で、当事者たちが真剣であればある程格好悪い事この上なかった。
いい大人が、それも完全武装した戦士が、何故か口だけで言い争うとか、何が悲しくてこんなコントみたいな事しなきゃならんのか?。
しかしこれが現実で、仕事ってそんなもんだ。
生きると言う事は時に…。いや、けっこう頻繁に、滑稽な喜劇役者を演じなければならない時がある。
これが大人の世界って奴だ。
彼らだってダサいってのは分かっている。だが彼らは一般的にはまあまあ成功者の方だ。それ故に失いたくないものがあり、守りたいものがあった。
ならばこそ、ここは耐え忍ぶしかない。
それに、これも永遠では無い。
止まない雨はない、明けない夜もない。
あくまでこれは一時的な雌伏の状態である。
時が来たれば、いずれこの格好悪い努力が実を結ぶ時が来る。それを信じ、彼らは明日に向かって突っ走るのだった。
「うおおおぉぉらクソがぁっ!。喧嘩上等、命知らずの魔獣ハンター、ゲラモス狩猟団をナメんなよぉおおっ!!!」
「ええええぃい貴様こそぅっ!。この大種族帝国エヴァーニルト、聖福帝様の御威光にひれ伏せえええぇいっ!!!」
「「なにおぉぉぉおおお!!!!!!」」
おい、なんだよこれ?。